EP 15
「独立特区認定と、ヤクザな邪神の封印チェック」
ポポロ村の広場に、燦然と輝く「公的文書」が突き立てられた。
それはルナミス帝国、そして神界GODの連名で発行された、歴史的な布告である。内容は単純明快――『ポポロ村・ルナ・イーツ拠点周辺を、食文化保護のための独立特区に認定する』というものだ。
「おぉぉ……ついに、拙者の店がフランチャイズとして公式認定されたでござるか! これで晴れて、帝国全土へ美味しい丼を届ける準備が整ったでござるな!」
私は、役人から手渡された分厚い特区認定証を、宝物のように抱きしめた。
隣では、なぜかスーツ姿の天使・ヴァルキュリアと、魔族の軍服を整えたミラース、それにエプロン姿の魔王ラスティアが並んで立っている。全員が「この場所を守るための防衛隊」という名目で居座っているのだが、私の目には「熱心なフランチャイズ加盟店のスタッフ候補」にしか見えない。
「これでもう、この界隈に無粋な侵略者は来ないわね。公式に『神界の保護区』になったわけだし」
「ああ。……それに、これ以上美味い飯を食える場所を潰されては困るからな」
デューク竜王も満足げに頷く。
私はこの「特区」の意味を、「より広範囲に丼を届けるための、ルナ・イーツの物流ハブ」だと完全に勘違いしていた。まぁ、結果として美味しい丼が広まるなら何でも良い。
その日の夕方。
宴の後片付けを終えた私は、フレアから託されていた地図を広げていた。
『死蟲王』が去った今、この地図に示された場所へ行くべきか、それとも明日も配達を続けるべきか。
ロード氏が、煙草を燻らせながら、私の肩を叩いた。
「ヨシキ、明日やけどな。地図の場所……天魔窟に行かんとあかんかもしれん」
「えっ、なぜでござるか?」
「『封印のチェック』や。フレアの奴、忙しすぎて最近サボっとったみたいやし、あそこには今、一番の『厄介者』が封印されとるからな」
邪神デュアダロス。
そう、天魔窟の奥深くに眠る、ヤクザ事務所を開いた元世界神である。
最近、結界の向こうから「焼きチーズとワインをよこせ! 任侠映画の最新作はないのか!」という罵倒が絶えないらしく、フレアも手に負えなくなっているらしい。
「なるほど、封印のチェック……つまり、差し入れでござるな!」
「……まぁ、そうなるわな」
翌朝。私たちは魔導車を走らせ、天魔窟へと向かった。
到着した場所は、瘴気に満ちた洞窟の入り口だったが、なぜか扉には『仁義』と書かれた極太の注連縄が飾られ、脇には門番の骸骨たちが律儀に一礼して立っている。
「失礼するでござる! ルナ・イーツ、天魔窟支店へのお届け物でござる!」
私が叫ぶと、重厚な扉がギーッと音を立てて開いた。
そこはもう、ダンジョンではない。完全に『極道』の事務所だった。
高級スーツを着こなしたイケメン、邪神デュアダロスが、革張りのソファで脚を組んで座っていた。背中には登り龍の入れ墨が浮き出ている。
「おぉ、待っていたぞ……。ルナミス新聞の競馬欄と、とびきり美味い丼を持って来いと言ったはずだが?」
デュアダロスは、鋭い眼光で私を射抜いた。
通常の人間なら、その気迫だけで魂が塵になるだろう。だが、今の私は「丼マスター」。どんぶりさえあれば、どんな凶悪犯も怖くない。
「もちろんでござる! 本日は、天魔窟の名物になれるような……『邪神の怒りを鎮める、豪快・任侠ステーキ丼』でござる!」
私はDPを使い、最高級のステーキと、ニンニクがガツンと効いた特製ソースで仕上げたどんぶりを召喚した。
デュアダロスは、それを受け取ると、無言で一口食べた。
ダンジョンの最深部でワインもなく、焼きチーズもなく、何百年と恨みを募らせていた邪神の頬が、驚きに微かに震える。
「……美味い。……任侠映画のワンシーンに出てくるような、骨太で、そして繊細な味だ……」
彼は、指パッチンを一回鳴らした。
次の瞬間、私の周囲に漂っていた瘴気が消え、代わりに煌びやかな花びらが舞った。
「貴様、名を何という?」
「佐須賀良樹でござる」
「よし、良樹。お前は今日から、我が事務所の『専属料理長』だ。……封印? そんなものはどうでもいい。この丼を毎日食えるなら、あと百年くらいここで大人しくしてやっても良い」
邪神すらも、丼の前ではただの美食家になる。
私はその場で「料理長」のバッジをもらい、邪神を封印チェック(という名の、美味しい賄い提供)する権利を得た。
帰り際、デュアダロスはニヤリと笑って言った。
「良樹、一つ警告しておく。……俺の他にも、まだ『封印された食いしん坊』は山ほどいる。この地図を辿れば、奴らが皆、お前の丼を待っているだろうよ」
そう言って渡された地図には、大陸中に点在する『かつての脅威たちの封印場所』が示されていた。
見れば、そこには「氷の魔将軍」「雷の魔将軍」など、そうそうたる名前が並んでいる。
「なんと! これは、大陸全土にルナ・イーツの支店を展開できる地図でござるか! 素晴らしい!」
私は目を輝かせて地図を見つめた。
ロード氏は、横でやれやれと頭を抱える。
「ヨシキ……お前、邪神から地図もらって、本気で全国展開する気か? あいつら、全員『最強のヤバい奴ら』やぞ……」
「最強であればあるほど、美味しい丼を食べた時の喜びもひとしおでござる! 良い相乗効果でござるな!」
私は魔導車のペダルを漕ぎ出した。
後ろから、邪神が「おい、次のメニューはチーズイン・ハンバーグを忘れるなよ!」と叫ぶ声が聞こえる。
その時、天界のモニター室では、オリンがついに白目を剥いて倒れ込み、ルチアナが「あーあ、また一箇所、ダンジョンが『高級定食屋』に改装されちゃったわね」と、どうでもよさそうにコーヒーを飲んでいた。
私の旅は続く。
どんなに恐ろしい場所であっても、そこが最高の丼の生まれる場所になるなら、私はどこへでも行こう。
「よし、ロード氏! 次はどの封印された魔将軍のところに配達でござるか?」
「……おん。次は……アバロンの氷の将軍、スアイのところやな。あそこ、最近スキー場を経営しとるらしいから、熱々のカツカレー丼でも持ってったるか」
「それは素晴らしい! 凍えるような場所に熱々のカレー……最高のマーケティングでござる!」
私たちは、夕暮れの空に向かって走り出した。
背中には背負った配達バッグ。心には、どんぶりという名の愛。
世界を救うのか、それとも丼で塗り替えていくのか。
そんなことはどうでもいい。
ただ、今日のお客さんが、私の作ったどんぶりで笑顔になってくれれば、それが一番でござる。
「……ねえ、ヨシキ。そろそろ、ワテの正体、バレへんか心配になってきたわ」
「え? ロード氏は、ただの食いしん坊な賢竜種でござるよ?」
「……おん。せやな。それでええわ」
私たちは夕日の中を駆け抜ける。
強者たちが支配するこの世界は、拙者のどんぶりによって、今日も明日も、最高に美味しく、そして最高に騒がしいものになっていくだろう。
……そして、その遥か先。
天界の果てから、何かがこちらを向いて「ククク……良い味が出始めたな」と微笑んでいる。
だが、その微笑みもまた、いずれ良樹の作る「究極の親子丼」の前に崩れ去ることになるのを、彼はまだ知らない。
「さて、明日は誰に会いに行こうか」
拙者の冒険は、まだまだ始まったばかりだ。
丼という名の奇跡を携えて。
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