EP 13
「収穫祭の片付けと、不死鳥ママの夜泣き相談」
ポポロ村の広場を埋め尽くしていた「海鮮天丼祭り」の宴もようやく終わり、残ったのは山のようなどんぶりと、満足げに腹をさする強者たちの姿だけだった。
あのスタンピード――いや、巨大海鮮加工場と化した宴は、まさに伝説の夜として村の歴史に刻まれただろう。私はホウキを片手に、散らばった衣や揚げカスを丁寧に掃除していた。これも立派な善行、DP稼ぎの大切なルーチンである。
「ヨシキ、今日の掃除は捗るな」
「ロード氏、揚げカスが天つゆを吸って良い香りでござる。これ、ネギオが教壇で使う『揚げ玉ポポロ丼』の具材に再利用できそうでござるよ」
私は、昨日まで刺客だったミラース将軍(現在は元魔族将軍・兼・皿洗い修行中の皿洗い係)が、一生懸命に大鍋を洗っている姿を横目に、ホウキで掃き掃除を進める。
なんという奇跡的な光景だろうか。あの恐ろしい魔族の将軍が、今や私の拠点の皿洗いを最も愛しているのだから、人生とは分からないものだ。
その時だった。村の結界を優雅に通り抜け、一人の女性が降り立った。
燃えるような赤髪と、意志の強そうな瞳。不死鳥フレアその人だ。
だが、今の彼女は、かつての威厳ある姿とは少し違っていた。その肩には、佐藤太郎と彼女の息子であるヒエンが背負われている……わけではなく、ヒエンが重そうな鍋を抱えて後ろからトボトボとついてきているのだ。
「……フレア様? どうしたでござるか? もしかして、また夜食の作り方のご相談でござるか?」
私はホウキを立てかけ、笑顔で出迎えた。
フレアは溜息を吐き、黄金の翼を畳みながら、広場の丸椅子にへたり込んだ。
「良樹……聞いてちょうだい。ヒエンがね、最近ずっと『俺は母さんの永遠の17歳より一個上の18歳になったんだ』なんてボヤいてばかりで……」
後ろに控えるヒエンが、少し気まずそうに顔を背ける。
「母さん、みんなの前で言うなよ……! 俺だって、母さんが永遠の17歳を貫くのは尊敬してるけど、精神的成長とか、その、男としての独立心とかあるんだよ!」
「ほら、またこれよ! 反抗期かしら? 太郎がいない今、この子の料理の才能をどう伸ばせばいいのか、太郎の残したレシピ集を見てもピンとこなくて……!」
不死鳥であり、最強の奥様であり、シングルマザー。
彼女の悩みはあまりに人間臭く、そしてあまりに重かった。
「……なるほど。独立心と、お母様の味の継承、でござるか」
「そうなのよ。この子が鍛冶師を目指すって言い出したのだけど、最近は熱血漢すぎて、炎を制御しきれずに鍋を溶かすのよ……!」
ヒエンが抱えていた鍋を見る。底が真っ赤に溶け落ちていた。
……確かに、熱すぎる炎は料理の敵だ。
「よし、拙者が一肌脱ぐでござる!」
私はDPを消費し、究極の調理器具セットを召喚した。
そして、ダンジョンの冷蔵庫から引っ張り出した『水晶イカ』と、昨日の天丼に使った『死蟲機の残骸(高級海鮮)』を、ヒエンの前に並べる。
「ヒエン殿、熱血も良いが、炎は『相手を溶かすもの』ではなく『素材の芯を引き出すもの』でござる! このイカを、炎を纏わせずに、指先から出る熱だけで『絶妙なレア』に仕上げてみてほしいでござる!」
「炎を纏わせない……? 俺の紅蓮剣でか?」
「左様。強さを制御できぬ者は、美味い丼など作れぬのでござる」
私はヒエンを指導し始めた。
元・牛丼屋のワンオペバイトとして培った、火加減の極意を。
「良いかヒエン殿、この水晶イカは、強火だとただのゴムになる。弱火のさらに奥、魂の熱量で……そう、心を落ち着けて!」
ヒエンが紅蓮の炎を制御し、指先から繊細な熱をイカに送る。
10分後。そこには、黄金色に輝く、信じられないほど柔らかな『水晶イカのレアステーキ丼』が出来上がっていた。
「……できた……! 母さん、俺……自分の炎で、イカを溶かさなかった!」
ヒエンが歓喜に震える。
フレアはそれを見て、目頭を押さえた。
「なんて……なんて優しい火加減なの……。太郎の料理も、これくらい繊細だったわ……」
母と息子が、その場でどんぶりを分け合って食べる。
その光景は、もはや戦場ではなく、心温まる団欒のひとときだった。
「良樹、本当にありがとう……。これで、この子もやっと、一人前の料理を作れるようになるわ」
フレアは帰る際、私に一枚のメモを渡した。
「これ、太郎が残した『邪神封印の場所の地図』よ。万が一、あのクソ神が拠点を本気で潰しに来たら、これを持ってダンジョンの最深部へ行きなさい。何かが起きるはずよ」
私はその地図を受け取り、小さく頷いた。
「邪神様……でござるか。良い素材が採れると良いでござるな!」
フレアは呆れたように笑い、翼を翻して空へ消えた。
その背中を見送りながら、私はふと、昨日から鳴り止まない「村の境界の軋み」に気づいた。
村の山の中腹にある古い祠。その扉が、内側から「バンッ!」と蹴破られた音が響く。
ようやく、ダンジョン冷蔵庫の冷気に当てられて強制睡眠から目覚めた、本物の死蟲王サルバロスが、今まさに、この丼に溢れる平和な村へと姿を現そうとしていた。
「……ロード氏、どうやら今度こそ『本物』の出前が来るようでござるな」
私はホウキを置き、竜撃砲(ただの鉄筒)を構えた。
だが、その表情に曇りはない。
「どんな強敵でも、どんぶりにすれば極上の食材。……さぁ、おもてなしの準備でござるよ!」
明日の朝食は、王様クラスの海鮮料理で決まりだ。
私はそう確信し、明日、この村を訪れるかもしれない『最後の刺客』を、どんぶり一杯の愛で迎える準備をするのであった。
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