EP 12
「スタンピード発生!? 大規模ケータリング案件の予感でござる!」
ポポロ村の朝は、いつものように爽やかな風と共に……と言いたいところだったが、本日は違った。
庭先に設置していた「食材保管用ダンジョン(冷蔵庫)」の門が、バキバキという不穏な音を立てて歪んでいたのだ。
「……ありゃ、ちょっと設定温度を下げすぎたか? ダンジョンの核が耐えきれず、扉が凍り付いて歪んでおるでござる」
私はホウキを片手に、霜のついた門をコンコンと叩いた。
すると、まるでダムが決壊したかのような勢いで、ダンジョンの深層から溢れ出るような黒い奔流が飛び出してきた。
「ぎゃあああっ!? なんだこれは! 黒い、とにかく黒い何かが大量に湧き出てくるでござる!」
それは、ただのトカゲや影蟲などというレベルではなかった。
死蟲王サルバロスが生み出した軍団、死蟻機や死蜂機の大群が、冷凍睡眠から叩き起こされた怒りをぶつけるように、村へと向かって波のように押し寄せてくる。
村の境界線に貼っていた防衛フィールドが、異常な魔力反応に悲鳴を上げて赤く明滅し始めた。
「ヨシキ! アカン、これはシャレにならん! ダンジョンの底で寝てた『死蟲王』の軍団が、冷え込みすぎたせいで強制覚醒したみたいや! スタンピード(魔物の氾濫)や!」
ロード氏が珍しく青ざめた顔で叫んだ。
スタンピード。この世界において、村一つが地図から消えるレベルの国難である。
村の人々が悲鳴を上げて逃げ惑う中、私は呆然と立ち尽くした。
(……大変だ! これは、ただの配達ノルマじゃない! 村の食料庫が、ただの『虫の吹き溜まり』になってしまったでござる!?)
パニックに陥る私の目に、信じられない光景が映った。
空を覆い尽くすほどの死蟲機の群れ。だが、よく見ると彼らの甲殻は、昨日の「エビ」のように瑞々しく、美味しそうに光を反射している。
「……ロード氏。これ、全部エビでござるか?」
「おん? せやな、サルバロスってのが飼ってた高級食材の集まりや。……ヨシキ、お前ひょっとして」
「もちろんでござるよ! こんなに大量の注文、断る理由がない! これは大規模ケータリング案件でござる!」
私は中二病ポーズを決め、竜撃砲(ただの鉄筒)を空へ突き上げた。
「全軍に告ぐ! 食材の確保だ! 一匹たりとも逃さず、特大の丼に仕上げるでござるよ!」
その声は、なぜか神のごとき威厳を持って村中に響き渡った。
村の広場にいたデューク竜王、ラスティア魔王、そして天使長ヴァルキュリアが、一斉に顔を上げた。
「あの配達員が、スタンピードを『食材の確保』と呼んだだと……!?」
「くふふ、さすがね。あそこまで強者の軍勢を前にして、献立のことしか考えていないなんて。私たちが守る甲斐があるわ!」
デュークがニヤリと笑い、聖槍グラニを肩に担ぐ。
「我らは、この『ケータリング』の手伝いをするぞ。この食材を傷つけては、丼の味が落ちるからな!」
最強の強者たちが、血沸き肉躍る戦場へと飛び出した。
デュークの黄金のブレスが、群がる死蟲機を完璧な温度で「湯通し」していく。
ラスティアの闇魔法が、死蟲機を「一口サイズ」に切り分けていく。
ヴァルキュリアの黄金の神気が、虫たちの外殻を「綺麗に剥き取る」作業を高速で行う。
その光景は、戦場というよりは、巨大な「海鮮加工場」のようだった。
私は広場に巨大なシステム・テーブルを設置し、DPを限界まで投入して『特大・海鮮加工用調理システム』を召喚する。
「『丼マスター』発動! 来たれ、究極の収穫祭・加工場!」
空から降ってくるのは、調理済みの一級品ばかり。
私は次々と流れてくるエビの身(死蟲機)を、秘伝のタレと衣に潜らせ、巨大な揚げ鍋で一気に黄金色へ変えていく。
「さぁ、どんどん揚げるでござるよ! 今日は村人全員、そしてこの拠点の常連様全員に、海鮮天丼を振る舞うでござる!」
村の人々は、最初こそ「スタンピードで死ぬ!」と泣き叫んでいたが、気がつけば、最強の強者たちが処理した食材を、私が豪快に天丼にしている様子を見て、呆然としていた。
「あれ……虫を食べてるのか?」
「いや、見てみろ、あれはエビだ。とんでもなく美味そうなエビだ……!」
「おい、この天丼、最高に美味いぞ! スタンピードって、こんなに豊作な祭りだったのか!?」
村は一瞬にして、スタンピードの恐怖から「感謝祭」の空気に変わった。
最強たちが収穫し、配達員が丼にし、村人がそれを食う。
これ以上の効率的な社会システムがあるだろうか。
一方、そんなこととは露知らず、ワイズ神の指示でこの惨状を影から見守っていたミラース将軍は、震えていた。
「あいつら……スタンピードを……ただの『揚げ物祭り』にしてしまった……。私の死蟲軍が、村の昼飯にされている……っ!」
彼は持っていた妖刀を落とし、そのままふらふらと行列に並んだ。
魔族としての誇りよりも、エビ天丼の誘惑が勝ったのである。
「……おい、俺にも一杯くれ。……このエビ天丼を食わないと、俺の人生は終わる気がするんだ」
ミラースの告白に、デュークは「お、魔族の客か。ここの丼は最高だぞ」と肩を叩いた。
敵も味方も、神も魔も、すべてが「特大・海鮮天丼」の下に平伏す。
私が最後の一杯を、行列の最後尾にいたミラースに差し出した時だった。
「はい、お待たせでござる! 村の食材を贅沢に使った、最高の一杯でござる!」
ミラースはどんぶりを受け取り、一口食べると、ボロ泣きした。
鎧を脱ぎ捨て、その場で皿洗いを申し出る。
「……俺は、こんなに美味い飯を食ったことがない。暗殺なんて、もういい。一生、ここの皿を洗わせてくれ……ッ!!」
拠点に、また一人、皿洗いの求職者が増えた。
スタンピードを完全に鎮圧(調理)した広場では、村人たちが「収穫万歳!」と歓声を上げている。
その中心で、私はホウキを振り回し、散らばった衣を掃除していた。
「全く、嵐のような一日でござったな。……さて、明日は冷蔵庫の冷え具合をチェックせねば」
私はそう言って、残った油を処理する。
その時、ふとロード氏が空を見上げた。
「……ヨシキ。あっちの山の方、何か黒い気配が動いとるわ。たぶん、ワテらが掃除しきれんかった『本体』が、何か言うとるみたいやで」
ロード氏の視線の先。山の中腹にある古い祠が、紫色の光に包まれていた。
死蟲王サルバロス。ダンジョンの冷蔵庫化によって目覚めた、本物の黒幕。
彼が今、激怒とともに、この「海鮮天丼村」を滅ぼそうと、その巨大な影を広げている。
だが、今の私には、そんなことよりも大事なことがある。
「ロード氏、明日の朝食は何が良いでござるか? 今日のイカとエビの残りで、海鮮炊き込み丼なんてどうでござる?」
「……おん。ええな。それと、山から変な奴が来るみたいやから、そいつも美味そうなやつなら、天丼にせぇや」
「もちろんでござる! どんな脅威も、丼にすれば最高のご馳走でござるからな!」
私は明日のお品書きを書き上げ、ホウキを置いた。
帝国の公式記録には、この出来事は『ポポロ村の大収穫祭』として、帝国の英雄的出来事として刻まれることになった。
私がただの配達員であることも知らずに。
* * *
(天界のモニター室にて)
オリンは、呆然としてモニターに映る「平和な宴会」を見つめていた。
「……スタンピードを、海鮮丼の具として完食……。あの若者、一体、何者なんだ……? ルチアナ、貴様、何か知っているのか?」
ルチアナは、モニターの中の良樹が幸せそうに天丼を食う姿を見て、満足げに紅茶をすする。
「さぁね。でも一つ言えるのは……今のこの村、私が視察に行った時より、遥かに治安が良いわよ。神々も魔族も、みんなカツ丼のために皿洗いに勤しんでいるんだから」
オリンは、頭を抱えて机に突っ伏した。
「もういい……。もう知らん……。この世界の予算、勝手に全部『ルナ・イーツ』の配達費用に回してやる……ッ!!」
天界の最高責任者が、ついに降参した。
このポポロ村の拠点は、こうして「公式に神界から予算が降りる特異点」として、さらに発展していくことになったのである。
私が、村の道の駅として公式認定されたことにも気づかず、次の配達先を確認している間に。
「おや、次のエリアは、不死鳥のフレア様の住んでいる山でござるか? あそこなら、良い薬草が拾えそうでござるな!」
私は今日も、最高のどんぶりを夢見てペダルを漕ぐ。
世界は平和だ。私がどんぶりを作る限り、この世界は今日も最高に美味い。
さぁ、明日はどんな丼を作ろうか。
空の向こうでは、死蟲王が今か今かと、自分を調理してくれる良樹の帰りを待っていることも知らずに――。
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