EP 11
「神と魔王と竜王の秘密協定〜この飯処を守り抜け〜」
ポポロ村にある我が拠点――ルナ・イーツの配達拠点兼アパートの一室は、今夜、異様な熱気に包まれていた。
普段は皿洗い係としてジャージ姿でうろついている見習い女神のリリスに加え、今日はいつにも増して濃いメンバーが揃っていた。
頭に光輪を浮かべた天使長ヴァルキュリアが、なぜかエプロンをつけて料理の手伝いをしている。その横では、魔族の軍を束ねる魔王ラスティアが、高級そうなドレス姿で「玉ねぎを切ると泣いちゃうわ……魔王の権限で涙を止めることはできないの?」と呟きながら、慣れない手つきで包丁を握っている。
そして、その傍らで竜王デュークが、なぜか「この肉の焼き加減が全体の運命を決めるのだ」と、真剣な眼差しでコンロの火を監視していた。
これらの一面を飾るような最高級のゲストたちを前に、拙者、佐須賀良樹は、いつも以上に背筋を伸ばして調理に励んでいた。
「皆様、本日のメインディッシュは『調和と絆の五種盛り・究極の海鮮バラちらし丼』でござる! これまでの小競り合いを忘れ、今日この場に集った奇跡を祝して作る、特別メニューでござるよ!」
私の言葉に、ラスティアがふっと笑った。
「ええ、そうね。この奇跡的な『食卓』……何としてでも守り抜かないとね」
彼女たちの視線が、ふと重なる。
魔王、竜王、天使長。本来であれば一堂に会することなどあり得ない、大陸のパワーバランスを決定づける超人たちが、なぜこれほどまでに親密に、あるいは必死にこの場所に居座っているのか。
それは単に「飯が美味いから」だけではない。彼女たちは、この場所が「異界の特異点」であり、同時に炎上神ワイズという、世界を破滅へと導くクソ神の魔の手から、この「丼」の平和を守るための、不可侵の聖域であることを本能的に理解していた。
「……良樹、少し良いか」
食事会が一段落したところで、デュークがグラスを傾けながら、わざとらしく低い声で切り出した。
「うむ。この丼は、本当に美味い。だが、もし……もしこの味を、邪悪な何者かが『食えないように』画策してきたら、貴様はどうする?」
デュークは、あくまで「食い意地の張ったオヤジ」のフリをして、密かに「ワイズ神による妨害策」の情報を共有しようとしていた。
「また何者かが……? うーん、そうであれば、拙者は全力で、どんな妨害にも屈せず、最強のどんぶりを作り続けるでござるよ! たとえ結界が張られようが、ダンジョンが湧こうが、素材を調理する心さえあれば、どんな困難も胃袋を満足させる糧になるでござる!」
拙者は、デュークの問いを「料理人としての心構え」と解釈し、自信満々に胸を叩いた。
その言葉を聞き、ラスティアがグラスを持つ手を少し震わせる。
「……そう。それが聞きたかったわ。その『どんな食材も平らげてやる』という気概……。それがあれば、この食卓は永遠に安泰ね」
彼女たちの間には、言葉には出さないが、強烈な意思の疎通があった。
――この青年を、何があっても守る。
――この地を、いかなる侵略者からも隔離する。
――彼の作る「究極の丼」が途絶えることは、我々の世界の、ある種の『終了』を意味するのだ。
その時、リリスが皿を洗い終えて戻ってきた。
「あ! 何か面白いこと話してますか?」
「いや……ただ、この『どんぶり』という文化がいかに素晴らしいかを熱弁していただけだ」
ヴァルキュリアはそう言うと、ふっと慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
彼女たちの秘密の協定は、あくまで良樹には「料理談義」としてしか届かない。
私はその様子を見て、本当に良いお客様たちに恵まれたものだと思った。
「皆様、本当にありがたいでござる。拙者、この村に来て、これほど素晴らしい方々に囲まれて、本当に幸せでござるよ!」
私は最後の一杯の、隠し味にトリュフオイルを効かせた『琥珀の出汁茶漬け丼』を召喚し、皆に振る舞った。
それを一口食べた瞬間、ラスティアが目を見開く。
「……っ!? これ、昨日のイカと、今日獲れたあの……魔力が練り込まれた水晶の結晶が入ってる?」
「ええ! ダンジョンから湧いた素材、案外使い勝手が良くてござるよ。これを使えば、最高のダシが出るのでござる!」
その食材が、昨日ルーベンスが回収しようとしていた「高難易度ダンジョンの核」であることを、私は知らない。
私の出す丼は、今日も今日とて、強者たちの隠蔽工作と、神々の失態の揉み消しに貢献していた。
その様子を、遠くの物陰から、魔人ギアンとミラースが監視していた。
「……なぁミラース。あいつら、俺たちの送り込んだ罠を、全部『食材』として調理して、仲良く晩餐会をしてやがるぞ……」
「黙れ……! あの光景を見ていると、なぜか……猛烈にカツ丼が食いたくなる……」
彼らもまた、良樹の丼の香りに、暗殺の意志をくじかれそうになっていた。
* * *
(天界のモニター室にて)
モニターの中で繰り広げられる、神・魔・勇者入り乱れての「丼会」を見て、オリンは深いため息をついた。
「……もう、どうにでもなれ……」
彼はデスクを片付け始めた。
ルチアナが「あ、オリンさん! 私、良樹くんのところへ視察に行ってくるから、予算の申請書、よろしくね!」とコタツから立ち上がる。
「貴様は視察と言いつつ、ただのオタ活だろうがァァッ!!」
オリンの絶叫が、天界の澄み切った空に響き渡る。
だが、その声もまた、良樹には届かない。
* * *
拠点では、楽しい夜の時間が過ぎていった。
私はハーモニカを吹く。曲は『荒城の月』。
かつての戦乱の世を偲ぶ曲だが、今のこの食卓には、それもまた趣深い。
「……やっぱり、この場所は最高でござるな」
私の言葉に、誰も答えない。
ただ、竜王デュークが「……ああ、間違いなく最高だ」と短く呟き、魔王ラスティアが「また来るわね」と不敵に笑い、天使長ヴァルキュリアが「……明日も、皿洗いが必要なら来よう」と小声で答えた。
強者たちが、それぞれの思惑を隠し、ただの「美味しい飯を食う客」として食卓を囲む。
私はその光景を、心から大切に思った。
……そして、翌朝。
私は、玄関先に置いてあった小さな小包に気づいた。
中には、見たこともないほど輝く「黄金色のスパイス」が入っていた。
「……おや。これはまた、美味しそうなスパイスでござるな。今日の丼は、どんな味になるでござるかな?」
私は何も知らず、その『神界でしか採れない禁断のスパイス』を、今日の丼に振りかけようとする。
その様子を、物陰から見ていたミラースは、ついに隠れきれなくなって、その場に崩れ落ちた。
「……もうダメだ。あの配達員に勝てるわけがない……ッ!!」
ミラースは、そのままポポロ村の広場へ走り出し、デュークの屋台の行列に並び始めた。
私のスローライフは、今日も丼の香りと共に続いていく。
……そう、この物語には、シリアスな破滅など存在しない。ただ、美味しい一杯と、それを取り巻く、ちょっとだけ勘違いした強者たちの「愛すべき日常」があるだけなのだ。
「さて、今日は何を作ろうか。ロード氏、昨日のあの……そうだな、トリュフ味の水晶イカなんてどうでござる?」
「……おん。ええで、最高やな」
私たちの、明日もまた平和で、カオスな日常が幕を開ける。
……と、その時。
ふと、遠くのポポロ村の山から、何か巨大なものが動く気配がした。
「……ん? ロード氏、山が動いたでござるか?」
「おん? ……あぁ、あれか。昨日、ワテが冷蔵庫にした時の余波で、ちょっと地面がずれたんかもしれんな」
なんてことのない会話。
だが、その山の下に封印されていた『死蟲王サルバロス』が、ダンジョンの冷蔵庫化によって、中の温度が0度まで冷やされ、冷凍睡眠を強制解除されてしまったことには、我らはまだ気づいていない。
「まぁ、細かいことは気にしないでござる! 今日も元気に配達、でござるよ!」
私は魔導車に飛び乗り、最高の笑顔でペダルを漕ぎ出した。
世界を揺るがす封印解除の音も、私の作る丼の「サクッ」という音にかき消されながら――。
(つづく……いや、終わらない、物語は続いていくのでござる!)
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