EP 10
「庭にダンジョンが湧いたので、丼の巨大天然冷蔵庫として使う」
ポポロ村の朝は、いつもと少し様子が違った。
庭先に生えていたハニーかぼちゃの群生地が、突如として紫色の霧に包まれ、そこから石造りの禍々しい門がせり出してきたのだ。
「……ありゃ、庭にダンジョンが湧きおったわ。しかも、かなり階層が深い高難易度タイプのやつやな」
ロード氏が呆れ顔で爪を研ぎながら指摘する。
確かに、庭の隅っこが『異界の空間』へと繋がっている。中からはヒエェェという怨霊の叫び声のような風音が漏れ聞こえ、周囲の気温を急激に下げていた。炎上神ワイズの仕業だろうか、嫌がらせにしては随分とスケールの大きいプレゼントをくれたものである。
私はホウキを握りしめ、冷や汗を流しながら門を覗き込んだ。
「ひぃっ!? 中から骸骨の魔物がこっちを覗いているでござる! 門番の交代の時間でござるか!?」
骸骨兵が錆びた剣を振りかざして飛び出してきたが、その勢いのまま、門の入り口に設置してあったロード氏の「昼寝用の枕」に足を取られて派手に転び、ロード氏の尻尾の一振りで粉々に粉砕された。
「……弱っ。ヨシキ、お前の庭の治安が悪化しとるで」
「治安どころの話ではないでござるよ! 庭がダンジョンになったら、配達の出発がしにくくて困るでござる!」
私はパニックになりながら、何とかダンジョンの入り口をどうにかしようと奔走した。
この冷気。昨日の「肉椎茸ワサビ醤油丼」を食べて、まだ少し胃にもたれている相棒や、近所の子供たちのために買い置きしておいた「マイ茄子」や「メロロン」たちが、このままでは腐ってしまう。
その時、ふと私は閃いた。
このダンジョンから漏れ出ている冷気は、尋常ではない。冷凍庫の如き冷たさだ。
「……待てよ。このダンジョン、冷気が強いなら、冷蔵庫として使えるのでは?」
私は早速、ルナ・イーツの配達で余った保冷ボックスをダンジョンの入り口に置いてみた。
一瞬でボックスの中身がキンキンに冷える。素晴らしい。これなら、夏場にメロロンを熟成させるのにも、食材を新鮮に保つのにももってこいだ。
「でござる! このダンジョンは、拙者の『丼マスター』の食材保管庫(天然冷蔵庫)として活用するでござるよ!」
私は迷わず、ダンジョンの入り口に「食材保管用・入り口」という看板を立てた。
骸骨たちが門から出てこようとするたびに、ロード氏が軽く爪を弾いて塵にし、その隙に私は食材を次々と門の中に投げ込む。
門の中は、まさに最強の冷凍庫だった。
* * *
【ダンジョン内部・深層部】
「……なんだ、これは」
アバロン魔皇国軍の斥候部隊長が、ダンジョンの奥深くで腰を抜かした。
彼らが命懸けで攻略しようとしていた高難易度ダンジョンの深層部には、骸骨たちの代わりに、整然と並べられた『高級海鮮』と『季節の野菜』、そして『大量の冷凍メロロン』が積み上げられていたからだ。
「敵の襲撃だと思って突入したのに……ここは、巨大な『食料庫』なのか……?」
隊長が積み上げられたマイ茄子を手に取ると、背後に「食材を触るな」と言わんばかりの威圧感が立ち込める。
振り向くと、そこにはロード氏が不機嫌そうに尻尾を揺らして立っていた。
「……ワテの飯を食うなよ。あと、そのマイ茄子はまだ熟してへんから、冷蔵庫の奥に直せ」
隊長は言葉を発する間もなく、ロード氏の時間操作で入り口の外へと強制排出された。
ダンジョンを攻略しに来たはずが、ただの『冷蔵庫の片付け』をさせられて追い出された格好だ。
* * *
その夜。
私は冷蔵庫から取り出したキンキンに冷えた水晶イカを使って、特製のどんぶりを作った。
「『丼マスター』発動! これぞ、ダンジョン冷気直送・『水晶イカの冷製お刺身丼』でござる!」
氷のように冷えた水晶イカの甘みが、熱々のご飯の上でとろける。
最高だ。まさか、村の庭に湧いたダンジョンが、ここまで役立つとは。
「ヨシキ、お前ホンマに……。ダンジョンを冷蔵庫にする人間なんて、世界中どこ探してもお前くらいやで」
ロード氏も、冷えたイカの触感に満足げだ。
そこに、またしても庭の門がカシャリと開く音がした。
今度は、誰だ? 食材の補充か? それとも、また厄介な客か?
「……おや。今度は、随分と高そうな気配がするでござるな」
庭に降り立ったのは、黄金の神気を纏った美しい鎧の戦士。
天使族の精鋭たちだった。どうやらダンジョン調査の報告を受けたヴァルキュリアが、今度は本気で「汚染調査」に来たらしい。
「この邪悪なダンジョンの気配……やはり、この拠点は魔界の侵略拠点だったのか! 覚悟せよ、配達員!」
彼女たちの聖槍が、拙者の喉元に突きつけられる。
だが、その槍の先で、私は冷たい冷製どんぶりを差し出した。
「お疲れ様でござる! まずはこれでも食って、冷たいイカで頭を冷やすでござるよ!」
天使たちは、槍を構えたまま固まった。
……そして、その直後。天使たちの美しい顔が、イカの香りに釣られて崩れ始める。
こうして、今日の拠点も、また一人(一団)の強者が「どんぶりの虜」になり、調査を忘れて晩餐会に加わることになった。
私はホウキを置き、次のどんぶりを召喚する。
平和だ。本当に平和でござるな。
明日はどんな食材を、この「冷蔵庫」から取り出そうか。
そんなことを考えながら、私は最高の一杯をかき込むのである。
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