4 万識者
「《万職者》……?」
聞き慣れない言葉だった。
だが、その響きだけは妙に胸に残る。
ダンジョン精霊の少女は不思議そうな顔をしている。
『知らないの?』
「知らない」
『えぇ……』
少女は本気で驚いていた。
まるで、
「魚が泳ぎ方を知らない」
と言われたような顔だ。
『万職者はね、昔は世界を支えていた人たちなの』
「世界を?」
『うん』
少女は黒い水晶――いや、本来の輝きを取り戻したダンジョンコアに触れた。
すると光が広がる。
空中に映像が浮かび上がった。
そこに映ったのは遥か昔の都市。
巨大な城壁。
空を飛ぶ船。
魔法で動く街。
今の王国よりはるかに発展している。
「古代文明……」
『その通り』
少女は頷く。
『でも勘違いされてる』
映像が変わった。
鎧を着た英雄たち。
伝説の魔導士。
名高い王たち。
だが、その背後にはいつも別の人物がいた。
武器を整備する者。
食料を管理する者。
街を設計する者。
物流を動かす者。
戦略を考える者。
『世界を発展させたのは英雄だけじゃない』
少女は静かに言った。
『全部を繋げる人がいた』
映像の中心に一人の人物が映る。
男とも女とも分からない。
だが周囲の誰よりも尊敬されている。
『それが万職者』
ロイドたちが息を呑む。
『剣士だけじゃ国は守れない』
『鍛冶師だけじゃ武器は使えない』
『商人だけじゃ街は動かない』
『全部を理解して繋げる存在』
少女は俺を見た。
『あなたはそこに近い』
「買いかぶりだ」
即答した。
俺はただ知識があるだけだ。
本を読むのが好きだった。
困っている人がいれば手伝った。
必要だから覚えた。
それだけ。
『違うよ』
少女は首を振る。
『普通の人は必要でも覚えられない』
ぐうの音も出ない。
ロイドたちも複雑な顔だ。
俺自身、鍛冶も薬学も料理も建築もそれなりにできる。
だが当たり前だと思っていた。
勇者パーティでは誰もやらなかったから。
自分がやるしかなかっただけだ。
『ねぇ』
少女が少しだけ笑う。
『王都の勇者パーティにいたよね?』
「なぜ知ってる」
『ダンジョンは意外と情報通だから』
その答えはよく分からなかった。
『でも変だよね』
少女は続ける。
『英雄たちは大事な人を追い出した』
ロイドが苦笑した。
「それは俺も思う」
周囲の冒険者も頷く。
ここまで来る間だけでも理解できた。
この男がいなければ全員死んでいた。
戦闘力だけでは測れない価値がある。
『まぁいいや』
少女は手を叩いた。
『お礼をあげる』
「いらない」
『え?』
「町の人が助かれば十分だ」
少女は絶句した。
しばらく固まる。
そして。
『本当に変な人だね』
そう言って笑った。
次の瞬間。
光が俺の胸へ飛び込んできた。
「なっ!?」
『管理権限を一部譲渡しました』
「勝手に何をしてる!?」
『拒否権はありません』
「あるだろ普通!」
『ありません』
ロイドたちが吹き出した。
初めて見る。
この異常な知識人が本気で慌てている姿を。
だが誰も知らない。
その瞬間。
王国各地に存在する古代遺跡が、一斉に反応したことを。
眠っていた古代機構が目を覚ましたことを。
そして遠く離れた王都で――
ある老人が震える声で呟いた。
「まさか……」
彼は古代文明研究の第一人者だった。
机の上には一冊の古文書。
そこにはこう記されていた。
『万職者が現れる時、
失われし時代の扉は再び開かれる』
物語は、まだ始まったばかりだった。




