16 3千年前
機密情報を開示します。
都市全体に静かな声が響く。
アリシアの表情が消える。
いや。
正確には。
感情を抑え込んだ。
「管理者権限により、最終記録の閲覧を許可します」
空間が暗くなる。
窓も壁も消えた。
俺たちの周囲に無数の光が浮かぶ。
そして。
世界が変わった。
◇
そこは三千年前だった。
巨大都市アルケイン。
空を飛ぶ船。
魔力で動く機械。
何百万人もの人々。
今とは比較にならない文明。
そして。
中央広場。
そこに一人の男が立っている。
作業着姿。
工具箱を持っている。
顔は――
俺だった。
「……」
『記録映像です』
アリシアが言う。
『当時の主任管理者』
男は忙しそうに歩いている。
研究者が呼ぶ。
兵士が相談する。
市民が質問する。
全員がその男を頼っていた。
◇
映像が切り替わる。
会議室。
世界各国の代表。
軍人。
学者。
王族。
その中心にいるのも。
やはりカインだった。
『当時の万職者は一人だけでした』
アリシアが説明する。
『世界全体の管理者です』
「待て」
『はい』
「仕事量おかしくないか?」
『当時も同じことを言っていました』
なるほど。
昔の俺も大変だったらしい。
◇
そして。
映像が進む。
空気が変わる。
人々の表情が暗い。
会議も増えている。
都市の警報も鳴っている。
『この時期に虚無が発生しました』
黒い霧。
最初は小さかった。
だが。
どれだけ倒しても消えない。
封印しても戻る。
浄化しても再発する。
世界は少しずつ侵食されていった。
◇
その時。
映像の中に一人の青年が現れる。
黒髪。
優しい顔。
白衣姿。
研究者らしい。
「誰だ?」
アリシアが答える。
『主任研究員レオン』
その名前を聞いた瞬間。
頭が痛んだ。
知らないはずなのに。
知っている。
そんな感覚。
◇
映像のレオンは笑っている。
カインと話している。
一緒に作業している。
酒を飲んでいる。
喧嘩もしている。
どう見ても。
親友だった。
◇
『虚無研究の第一人者でした』
アリシアが静かに言う。
『そして』
そこで言葉が止まる。
「そして?」
アリシアは少しだけ目を伏せた。
『虚無の王です』
◇
沈黙。
俺は言葉を失った。
親友。
研究者。
世界を救おうとしていた男。
それが。
世界を滅ぼした存在になった。
◇
映像が進む。
研究室。
レオンが叫んでいる。
周囲も騒然としている。
何かが起きた。
大事故だ。
『虚無の正体を解明しようとしました』
アリシアの声が重い。
『結果として』
映像が乱れる。
悲鳴。
警報。
崩壊。
そして。
黒い光。
◇
レオンが立っている。
いや。
立っていたものだ。
身体は変質している。
瞳は黒く染まっている。
虚無が彼を飲み込んでいた。
◇
それでも。
最初は理性が残っていた。
映像のレオンは泣いていた。
叫んでいた。
助けを求めていた。
誰よりも苦しんでいた。
◇
そして。
最後の映像。
崩壊する世界。
燃える都市。
逃げ惑う人々。
その中で。
カインとレオンが向き合っていた。
親友同士が。
◇
レオンは泣いていた。
ごめん。
ごめんな。
止まれない。
◇
カインは答える。
分かってる。
◇
助けてくれ。
◇
必ず助ける。
◇
その約束を最後に。
映像は途切れた。
◇
静寂。
誰も喋らない。
アリシアも。
都市も。
虚無の王も。
◇
しばらくして。
窓の外から声が響く。
思い出したか。
虚無の王だった。
三千年。
世界を滅ぼし続けた災厄。
だが。
その声に怒りはなかった。
◇
約束した。
助けると。
◇
頭の奥で。
記憶が繋がる。
断片が形になる。
◇
三千年前。
俺は世界を救えなかった。
親友も救えなかった。
だから。
約束した。
いつか必ず。
助けると。
◇
虚無の王――レオンは静かに言った。
三千年待った。
だから答えを聞かせろ。
◇
巨大な黒い瞳がこちらを見る。
世界の命運。
古代文明の真実。
全てが交差する。
そして。
親友は最後にこう尋ねた。
今度は助けてくれるか。
物語はここで初めて、
「災厄との戦い」ではなく、
「親友を救う物語」へと姿を変え始めていた。




