16 虚無の王
虚無の王が探していたもの
今度こそ見つけた。
その声は都市全体を震わせた。
空気ではない。
頭の中に直接響く。
不快な声だった。
だが不思議なことに。
俺にはどこか聞き覚えがある気もした。
「会ったことあったか?」
『ありません』
アリシアが即答する。
「そうか」
『普通はもっと危機感を持ってください』
「努力する」
◇
窓の外。
虚無の王は動かない。
ただこちらを見ている。
巨大な黒い影。
輪郭すら曖昧だ。
存在そのものが不安定。
見ているだけで気分が悪くなる。
だが。
何かがおかしい。
「アリシア」
『はい』
「攻撃してこないな」
アリシアが固まる。
そして気付く。
確かにそうだった。
防衛ラインは突破された。
都市は発見された。
なのに。
虚無の王は止まっている。
◇
問う。
声が響く。
世界そのものが話しているようだった。
なぜ生きている。
「俺か?」
お前だ。
「知らん」
即答した。
アリシアが頭を抱える。
◇
沈黙。
そして。
虚無の王は続けた。
万職者は滅んだ。
文明と共に。
全て消した。
全て終わらせた。
その言葉には確信があった。
事実なのだろう。
少なくとも虚無の王はそう信じている。
「でも俺はいる」
だから理解できない。
なるほど。
どうやら本気で困惑しているらしい。
◇
その時。
アリシアが何かに気付く。
『管理者様』
「何だ」
『古代記録との照合を開始します』
空間に光の画面が現れる。
膨大な資料。
古代文明のデータベース。
そして。
一枚の記録が表示された。
アリシアの顔が変わる。
『そんな……』
「どうした」
『あり得ません』
最近よく聞く言葉だ。
◇
画面に映し出されたのは古い写真だった。
いや。
写真に近い記録映像。
そこには一人の男がいた。
作業着姿。
工具箱を持っている。
周囲には研究者。
兵士。
政治家。
皆がその男に話しかけている。
そして。
その顔を見た瞬間。
俺は固まった。
「……似てるな」
『似ているではありません』
アリシアが震える。
『同じです』
写真の男。
そして俺。
顔が全く同じだった。
◇
『識別結果』
機械音が鳴る。
一致率99.998%。
個体名確認。
主任管理者カイン。
沈黙。
誰も喋らない。
というか。
喋れない。
◇
「待て」
俺が言う。
「主任管理者?」
『はい』
「俺?」
『はい』
「古代文明の?」
『はい』
嫌な予感がした。
今までで最大級の。
◇
アリシアが震える声で説明する。
『管理都市アルケインは約三千年前に建造されました』
「そうか」
『そして最後の主任管理者の名前は』
アリシアは俺を見る。
『カイン』
沈黙。
◇
窓の外。
虚無の王も黙っていた。
いや。
違う。
見ている。
俺を。
ずっと。
そして。
やはり。
低い声。
お前だったか。
その瞬間。
頭の奥に激痛が走った。
記憶。
知らないはずの記憶。
巨大な都市。
無数の人々。
泣いている誰か。
崩壊する世界。
そして。
黒い影に向かって叫ぶ自分。
◇
「ぐっ……!」
膝をつく。
アリシアが駆け寄る。
『管理者様!』
「何だこれ……」
頭が割れそうだ。
だが。
断片的に見える。
三千年前の光景。
そして。
最後に。
誰かの顔。
◇
虚無の王。
その正体。
人間だった。
◇
記憶はそこで途切れる。
俺は荒い息を吐いた。
「アリシア」
『はい』
「一つ聞く」
『何でしょう』
「虚無の王って」
俺は窓の外を見た。
巨大な黒い存在。
災厄。
世界の敵。
そのはずなのに。
なぜか。
どこか悲しそうに見えた。
「昔、人間だったのか?」
沈黙。
アリシアは答えない。
答えられない。
その代わり。
都市の中枢システムが応答した。
機密情報を開示します。
そして。
三千年間封印されていた真実が。
ついに明らかになろうとしていた。




