15 空飛ぶ都市
「行きたくない」
俺は即答した。
王都中が静まり返る。
空には浮遊都市。
古代文明の遺産。
伝説級の存在。
世界中の学者が発狂しそうな光景だ。
そんな中。
管理者本人の感想がこれだった。
「行きたくない」
二回言った。
大事なことだから。
◇
「何故ですか!?」
最初に叫んだのはエドガーだった。
老学者とは思えない勢いだった。
「古代都市ですよ!?」
「そうだな」
「伝説ですよ!?」
「そうだな」
「人類最大の発見ですよ!?」
「そうだな」
「ならなぜ!」
「面倒そうだから」
エドガーが膝をついた。
◇
その時だった。
空の都市から光が伸びる。
一直線に。
俺へ向かって。
嫌な予感しかしない。
本当に嫌な予感しかしない。
そして。
管理者の来訪意思を確認します。
機械的な声。
王都中に響く。
「拒否」
即答。
回答を受理しました。
よし。
帰ろう。
そう思った瞬間。
管理者権限に基づき強制転送を開始します。
「待て」
拒否権はありません。
「またか」
◇
光が俺を包む。
慌てて手を伸ばすロイド。
叫ぶアレス。
王女。
精霊。
全部が遠ざかる。
そして。
視界が白く染まった。
◇
気付くと。
そこは巨大なホールだった。
白い床。
白い壁。
白い天井。
どこまでも広い。
そして。
目の前に一人の女性が立っていた。
銀色の髪。
青い瞳。
整いすぎた顔立ち。
だが。
どこか人間ではない。
「ようこそ」
女性が一礼する。
「第三管理都市アルケインへ」
「帰りたい」
「早いですね」
◇
女性は微笑んだ。
完璧な笑顔。
だが感情が薄い。
人形のようだった。
「私は管理補佐AI」
「えーあい?」
「人工知能です」
「なるほど」
分からない。
全然分からない。
だが今さら驚かない。
最近の人生はずっとこんな感じだ。
◇
アリシアは歩き始める。
俺も仕方なくついていく。
窓の外。
そこには雲海が広がっていた。
都市は本当に空を飛んでいるらしい。
「質問があります」
アリシアが言う。
「何だ」
「なぜ今まで起動しなかったのですか」
「知らん」
「なぜ管理者権限を放置していたのですか」
「知らん」
「なぜ世界を救っていないのですか」
「救う予定がないからだ」
アリシアが止まった。
初めて。
本当に初めて。
困った顔をした。
◇
「記録と違います」
「そうか」
「万職者は世界を導く存在です」
「知らん」
「文明を再建する存在です」
「知らん」
「救世主です」
「違う」
即答だった。
俺は救世主じゃない。
雑用係だ。
必要な仕事をしているだけだ。
◇
アリシアはしばらく黙る。
そして。
小さくため息をついた。
「理解しました」
「何を」
「あなたは歴代で最も扱いにくい万職者です」
失礼だった。
◇
その時。
都市全体が揺れた。
警報。
赤い光。
機械音。
今まで静かだった空間が一変する。
警告。
外殻防衛ライン突破。
アリシアの顔色が変わる。
初めてだった。
この完璧な補佐役が動揺したのは。
「どうした」
「あり得ません」
「何が」
アリシアは空を見上げた。
そして。
信じられないものを見る顔で呟く。
「虚無の王です」
沈黙。
「もう来たのか」
「来てはいけないのです」
その声は震えていた。
「管理都市を発見されるのは数年後のはずでした」
◇
窓の外。
雲海の向こう。
巨大な影が見える。
山より大きい。
都市より大きい。
まるで世界の終わりそのもの。
そして。
虚無の王はゆっくりとこちらを見た。
正確には。
都市ではなく。
俺を。
発見。
その声が頭の中に響く。
万職者。
空間が凍り付く。
アリシアが青ざめる。
そして。
虚無の王は続けた。
今度こそ見つけた。
その言葉には。
憎しみとも。
怒りとも違う。
もっと長く深い感情が込められていた。
まるで。
何千年も探し続けていた相手を見つけたように。




