18 約束
静寂。
誰も声を出せなかった。
虚無の王。
世界を滅ぼした災厄。
その正体は三千年前の親友。
そして。
彼が最初に口にした願いは――
今度は助けてくれるか。
だった。
◇
アリシアが震える声で言う。
「管理者様」
「何だ」
「騙されてはいけません」
真剣な表情だった。
「虚無の王は危険です」
「そうだな」
「既に文明を一つ滅ぼしています」
「そうだな」
「世界中で数億人が命を落としました」
「そうだな」
全部事実だ。
否定できない。
◇
だが。
俺は窓の外を見る。
巨大な黒い影。
災厄。
世界の敵。
そのはずなのに。
三千年前の映像が頭から離れない。
泣いていた。
助けを求めていた。
あれは化け物の顔じゃない。
人間の顔だった。
◇
「アリシア」
「はい」
「もしロイドが暴走したらどうする」
「止めます」
「見捨てるか?」
「……見捨てません」
「リュミエルは?」
「見捨てません」
「じゃあレオンも同じだ」
アリシアは言葉を失った。
◇
俺は昔からそうだった。
壊れた道具を直す。
崩れた橋を直す。
困っている人を助ける。
それだけだ。
だから。
友達ならなおさらだった。
◇
答えは。
虚無の王の声。
三千年待った問い。
俺は肩を竦めた。
そして。
「助ける」
即答した。
◇
世界が静まり返る。
アリシアが固まる。
都市システムが沈黙する。
たぶん王都で見ている連中も同じ顔をしている。
◇
虚無の王も黙っていた。
しばらく。
本当にしばらく。
何も言わない。
◇
そして。
馬鹿か。
ぽつりと呟いた。
◇
「よく言われる」
「管理者様……」
アリシアが頭を抱える。
◇
私は数億人を殺した。
「そうだな」
世界を滅ぼした。
「そうだな」
もう人間ではない。
「そうだな」
それでも助けるのか。
「約束したからな」
◇
再び沈黙。
そして。
巨大な虚無の王が。
初めて笑った。
少しだけ。
本当に少しだけ。
三千年前の青年に戻ったように。
◇
しかし。
次の瞬間だった。
異変が起きる。
レオンの身体から黒い霧が噴き出した。
いや。
今までとは違う。
制御できていない。
暴走だ。
◇
まずい。
レオン自身が言った。
◇
離れろ。
◇
黒い空間が広がる。
都市の外壁が消える。
雲が消える。
空間そのものが削られていく。
◇
アリシアが叫ぶ。
「侵食率急上昇!」
警報が鳴り響く。
赤い光が点滅する。
◇
レオンの声は苦しそうだった。
抑えられない。
長く話し過ぎた。
◇
巨大な身体が崩れ始める。
人間だった部分。
理性だった部分。
それらが虚無に飲まれていく。
◇
その時。
俺の頭に一つの記憶が蘇った。
三千年前。
最後の研究。
最後の計画。
虚無を消す方法。
◇
「そうか」
思い出した。
全部ではない。
だが十分だ。
◇
アリシアが振り向く。
「管理者様?」
「助ける方法がある」
◇
沈黙。
◇
「本当ですか!?」
「たぶん」
「たぶん!?」
◇
だが。
確信はあった。
記憶の断片。
設計図。
研究資料。
全部が繋がる。
◇
虚無そのものは消せない。
だが。
レオンを取り戻す方法はある。
◇
条件は一つ。
◇
「七つの管理都市を全部起動する」
◇
アリシアが目を見開く。
◇
それは古代文明が最後に残した希望。
世界を救うための最終計画。
◇
そして。
その計画の正式名称を。
アリシアは震える声で告げた。
《再生計画エデン》
◇
三千年前に失敗した計画。
世界を救えなかった最後の希望。
◇
今。
再び動き出そうとしていた。
そしてカインは知らない。
七つの管理都市のうち、
最も危険な都市が既に目覚め始めていることを。
その都市には、
かつての自分自身が封印した
"最悪の秘密" が眠っていることを――。




