13 決戦
ゴォォォォォ――。
王都の空が黒く染まっていく。
まるで夜が落ちてくるようだった。
しかし夜ではない。
あれは虚無だ。
存在そのものを消し去る災厄。
「避難だ!」
「住民を城壁の内側へ!」
騎士たちが叫ぶ。
広場は大混乱になった。
泣き出す子供。
逃げ惑う人々。
荷物を抱えて走る商人。
まさに修羅場だった。
◇
だが。
俺は空ではなく街を見ていた。
「なるほど」
「何がなるほどなんだ!?」
ロイドが叫ぶ。
「王都の設計図が悪い」
「今言うことか!?」
今言うことだった。
大事なことなので。
俺は周囲を見回す。
避難経路。
広場の位置。
道路の幅。
給水施設。
全部が見える。
そして。
問題点も全部見えた。
◇
「騎士団長はいるか?」
俺が尋ねると。
ちょうど向こうから鎧姿の男が走ってきた。
王国騎士団長だった。
「カイン殿!」
「指揮権を貸してくれ」
周囲が固まる。
普通なら無礼だ。
王都防衛戦の最中に、平民が言う言葉ではない。
しかし。
騎士団長は迷わなかった。
「理由は?」
「このままだと三万人が避難できない」
即答だった。
騎士団長の顔色が変わる。
「根拠は」
「東通りが詰まる」
「……!」
「中央市場が障害になる」
「……!」
「南門は十五分後に混乱する」
全部当たっていた。
騎士団長は理解した。
この男は見えている。
まだ起きていない未来が。
◇
十分後。
王都中に新しい命令が飛ぶ。
「避難経路変更!」
「東通り封鎖!」
「市場を解体しろ!」
住民たちは最初こそ戸惑った。
しかし。
結果は明らかだった。
人の流れが滑らかになる。
混雑が消える。
転倒事故も起きない。
避難速度が倍以上になった。
◇
一方その頃。
王城。
国王は執務室で報告を受けていた。
「避難完了率七割です!」
「何?」
国王は目を見開く。
「まだ二十分しか経っておらんぞ」
普通なら数時間かかる。
あり得ない速度だ。
「原因は?」
「カイン・レイヴンです」
沈黙。
そして。
国王は頭を抱えた。
「またか」
最近の報告書にはその名前しか出てこない。
◇
その時。
空が割れた。
黒い霧の中心。
巨大な裂け目が開く。
そして。
そこから何かが降りてきた。
人型。
だが人ではない。
漆黒の鎧。
赤い瞳。
異様な威圧感。
広場中が静まり返る。
騎士たちですら動けない。
「虚無の王……?」
誰かが呟く。
だが。
ダンジョン精霊が首を振った。
『違う』
「違う?」
『王じゃない』
少女の声は震えていた。
『王の配下』
『それでも最上位級』
全員の顔色が変わる。
配下でこれなのか。
◇
黒い騎士はゆっくり周囲を見回した。
そして。
視線が止まる。
俺のところで。
「発見」
低い声。
不気味なほど静かだった。
「管理者権限保有者を確認」
嫌な予感しかしない。
「対象――」
黒い騎士が剣を抜く。
「排除開始」
次の瞬間。
爆発的な速度でこちらへ突っ込んできた。
◇
アレスが動く。
「カイン!」
勇者の剣が閃く。
ガルドが盾を構える。
エリナが魔法を放つ。
王国最高戦力。
だが。
黒い騎士は止まらない。
剣を受けても。
魔法を受けても。
傷一つ付かない。
「嘘だろ……」
アレスの顔が青ざめる。
強い。
強すぎる。
◇
そして。
黒い騎士の剣が振り下ろされる。
狙いは俺。
だが。
俺は慌てなかった。
代わりに。
近くにあった荷車を見た。
樽を見た。
街灯を見た。
建物の角度を見た。
そして。
「右へ三歩」
ロイドに言う。
「は?」
「いいから」
ロイドが動く。
その瞬間。
俺は荷車を蹴った。
樽が転がる。
街灯にぶつかる。
街灯が倒れる。
建物の看板に当たる。
看板が外れる。
そして。
ガァァァン!!
黒い騎士の顔面へ直撃した。
全員が固まる。
黒い騎士も固まる。
◇
「……」
「……」
「……」
王都が静まり返る。
勇者でも傷つけられなかった相手が。
看板で吹き飛んだ。
ロイドが呟く。
「今の計算したのか?」
「した」
「何でできるんだよ」
「雑用だから」
誰も納得しなかった。
そして黒い騎士が、ゆっくり立ち上がる。
初めて。
その赤い瞳に感情が宿っていた。
怒りだ。
どうやら。
プライドを傷つけてしまったらしい。




