9 災厄
「断る」
俺は即答した。
『まだ何も頼んでないよ!?』
ダンジョン精霊が叫ぶ。
「どうせ面倒事だろ」
『その通りだけど!』
「なら断る」
住民たちがざわつく。
ロイドは頭を抱えた。
「世界の危機っぽい話なのに即答するなよ……」
「俺は野菜を育てたいだけなんだ」
本音だった。
心の底から。
◇
だが、現実はそう甘くない。
黒い霧は確実にこちらへ近づいていた。
山の木々が枯れる。
魔物たちが逃げ出す。
空を飛ぶ鳥すら近寄らない。
そして。
その霧に追われていたドラゴンが、ついにラウル近郊へ墜落した。
轟音。
地面が揺れる。
住民たちの悲鳴。
俺たちは急いで現場へ向かった。
◇
森の中。
巨大な銀竜が倒れていた。
全長二十メートル以上。
普通の冒険者なら近づくだけで震え上がる存在だ。
だが。
「傷だらけだな」
鱗は割れ。
翼は裂け。
呼吸も弱い。
そして。
黒い痣のようなものが全身に広がっていた。
『侵食されてる』
ダンジョン精霊が顔をしかめる。
『あの霧に触れたんだ』
銀竜が薄く目を開く。
黄金の瞳が俺を捉えた。
そして。
「……万職者」
低く響く声。
全員が固まった。
喋った。
ドラゴンが喋った。
「ようやく……見つけた」
「人違いだ」
反射的に答えた。
「違わぬ」
銀竜は苦しそうに息を吐く。
「その気配……その権限……」
また権限だ。
あの精霊が勝手に渡したやつである。
◇
俺は銀竜の傷を調べた。
傷口。
魔力の流れ。
侵食速度。
数分で結論が出る。
「治せるな」
ロイドたちが振り返る。
「治せるのか!?」
「たぶん」
「たぶんで言うな!」
だが本当に治療法はあった。
問題は材料だ。
「聖銀草」
「ある」
「月光水晶」
「倉庫にある」
「浄化塩」
「この前作った」
ロイドが絶望した顔になる。
「何でそんな物が町にあるんだよ……」
「必要だったから」
俺には普通だった。
だが普通ではなかったらしい。
◇
その日の夜。
治療は無事成功した。
黒い痣は薄れ。
銀竜の呼吸も安定する。
住民たちは歓声を上げた。
伝説級の存在を助けたのだから当然だ。
しかし。
銀竜本人はそれどころではなかった。
「信じられぬ……」
目の前の男。
万職者。
伝承の存在。
だが。
本人は。
「野菜は夜に水やりした方がいいな」
畑の心配をしていた。
銀竜は混乱した。
世界を救う存在のはずだ。
なぜトマトを気にしているのか。
◇
翌朝。
銀竜は完全に回復した。
そして。
ラウルの広場に住民たちが集まる中、静かに頭を下げた。
ドラゴンが。
人間に。
それだけで歴史的事件だった。
「礼を言う」
銀竜は言った。
「我が名は――」
その瞬間。
空が揺れた。
全員が見上げる。
遠くの山脈。
黒い霧が巨大な柱となって天へ伸びている。
そして。
その中心から。
何かが目を開いた。
まるで世界そのものがこちらを見たような感覚。
住民たちが震える。
銀竜の顔色が変わる。
ダンジョン精霊が青ざめる。
『そんな……』
「知ってるのか?」
俺が尋ねると。
少女は震える声で答えた。
『古代文明を滅ぼした災厄……』
『《虚無の王》』
静寂。
そして次の瞬間。
世界中の古代遺跡が同時に光り始めた。
まるで。
長い眠りから目覚めるように。
そしてその光は、一人の男――
カイン・レイヴンのもとへ向かっていた。




