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9 災厄

「断る」


俺は即答した。


『まだ何も頼んでないよ!?』


ダンジョン精霊が叫ぶ。


「どうせ面倒事だろ」


『その通りだけど!』


「なら断る」


住民たちがざわつく。


ロイドは頭を抱えた。


「世界の危機っぽい話なのに即答するなよ……」


「俺は野菜を育てたいだけなんだ」


本音だった。


心の底から。



だが、現実はそう甘くない。


黒い霧は確実にこちらへ近づいていた。


山の木々が枯れる。


魔物たちが逃げ出す。


空を飛ぶ鳥すら近寄らない。


そして。


その霧に追われていたドラゴンが、ついにラウル近郊へ墜落した。


轟音。


地面が揺れる。


住民たちの悲鳴。


俺たちは急いで現場へ向かった。



森の中。


巨大な銀竜が倒れていた。


全長二十メートル以上。


普通の冒険者なら近づくだけで震え上がる存在だ。


だが。


「傷だらけだな」


鱗は割れ。


翼は裂け。


呼吸も弱い。


そして。


黒い痣のようなものが全身に広がっていた。


『侵食されてる』


ダンジョン精霊が顔をしかめる。


『あの霧に触れたんだ』


銀竜が薄く目を開く。


黄金の瞳が俺を捉えた。


そして。


「……万職者」


低く響く声。


全員が固まった。


喋った。


ドラゴンが喋った。


「ようやく……見つけた」


「人違いだ」


反射的に答えた。


「違わぬ」


銀竜は苦しそうに息を吐く。


「その気配……その権限……」


また権限だ。


あの精霊が勝手に渡したやつである。



俺は銀竜の傷を調べた。


傷口。


魔力の流れ。


侵食速度。


数分で結論が出る。


「治せるな」


ロイドたちが振り返る。


「治せるのか!?」


「たぶん」


「たぶんで言うな!」


だが本当に治療法はあった。


問題は材料だ。


「聖銀草」


「ある」


「月光水晶」


「倉庫にある」


「浄化塩」


「この前作った」


ロイドが絶望した顔になる。


「何でそんな物が町にあるんだよ……」


「必要だったから」


俺には普通だった。


だが普通ではなかったらしい。



その日の夜。


治療は無事成功した。


黒い痣は薄れ。


銀竜の呼吸も安定する。


住民たちは歓声を上げた。


伝説級の存在を助けたのだから当然だ。


しかし。


銀竜本人はそれどころではなかった。


「信じられぬ……」


目の前の男。


万職者。


伝承の存在。


だが。


本人は。


「野菜は夜に水やりした方がいいな」


畑の心配をしていた。


銀竜は混乱した。


世界を救う存在のはずだ。


なぜトマトを気にしているのか。



翌朝。


銀竜は完全に回復した。


そして。


ラウルの広場に住民たちが集まる中、静かに頭を下げた。


ドラゴンが。


人間に。


それだけで歴史的事件だった。


「礼を言う」


銀竜は言った。


「我が名は――」


その瞬間。


空が揺れた。


全員が見上げる。


遠くの山脈。


黒い霧が巨大な柱となって天へ伸びている。


そして。


その中心から。


何かが目を開いた。


まるで世界そのものがこちらを見たような感覚。


住民たちが震える。


銀竜の顔色が変わる。


ダンジョン精霊が青ざめる。


『そんな……』


「知ってるのか?」


俺が尋ねると。


少女は震える声で答えた。


『古代文明を滅ぼした災厄……』


『《虚無の王》』


静寂。


そして次の瞬間。


世界中の古代遺跡が同時に光り始めた。


まるで。


長い眠りから目覚めるように。


そしてその光は、一人の男――


カイン・レイヴンのもとへ向かっていた。

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