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【百合】ベッドメイクと誘惑 〜主人の寝室で、同僚メイドに迫られました〜  作者:


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03. 共犯者の残滓

 ぴんと張り詰めたシーツの上に、二人が重なり合った熱の残滓(ざんし)はもうどこにもなかった。

 (あるじ)の寝所を完璧に整え直し、証拠を消し去る。

 それは『共犯者』としての、初めての共同作業だった。


 城下町の視察から戻ったサクラとルリを迎え、晩餐の給仕を終えてからも、チェリーの心は嵐が過ぎ去った後の海鳴りのように、ざわつき続けていた。

 ふとした瞬間に、唇に残る熱をなぞる。

 そのたびに、言いようのないむず痒さと共に、心臓がきゅうっと甘く締め付けられる感覚に襲われた。


(キウイさんが、私のことを……)


 思い出すだけで、顔に熱が吹き上がる。

 今までただの少し変わった同僚だと思っていたキウイの言動が、チェリーの脳内で一つ一つ、全く別の意味を持ち始めていた。


 布巾の肌触りの違いをやたらと力説していたのは、布巾を介して触れ合う指を期待していたから?

 サクラとルリのデートに荷物持ちとして同行しようとしたのは、私と一緒に城下町へ出かける口実を作りたかったから?


(そうではないのかもしれません。けれど――)


 一度疑念が芽生えると、すべてが何かを期待するがゆえのように思えてしまう。

 半年もの間、キウイはどんな感情を胸に秘めて自分の隣に立っていたのだろう。

 そう思うと、申し訳なさと、得体の知れない愛おしさが胸を鋭く突くようだった。


 自意識の荒波に揉まれ、仕事はひどくぎこちない。

 私室に寛ぐサクラとルリに紅茶を用意する手が震え、茶器の音がかちりと耳障りに響く。


(……落ち着きましょう。いつも通りにすればよいのです)


 何度も心のなかで、呪文のように反芻した。

 サクラの、何かを察したような心配げな視線が突き刺さる。けれど、今の自分にそれを説明できる言葉などあるはずもなかった。


 チェリーは縋るように視線を隣に立つ同僚へと向けた。

 しかしその気配は、肌に冷たく刺さるようだった。


 視界の端に映る、見慣れた淡麗な横顔。

 その表情は完璧に仮面を被り直したかのようにひどく凪いでいて――あの情熱をぶつけてきたキウイは、どこにもいない。

 一度くらい目があってもいいはずなのに、頑ななまでに手元の所作だけに集中している。

 不自然なほどに精密にただの同僚を演じているキウイの横顔からは、微かな感情の揺らぎさえ読み取ることができなかった。


 (あるじ)の聖域であるこの部屋で、自分たちは熱を重ね、秘密を共有した。

 その背徳的な事実は、毒を孕んだ甘い蜜のように、今も自分の理性をじわじわと蝕んでいる。

 それなのに隣に立つこの人は、どうしてこんなにも平然としていられるのだろうか。


(私を……困らせないようにしてくれているのでしょうか)


 返事を急かさないよう、あえて普段通りの自分を装って、考える猶予をくれている。

 そうに違いない。キウイは自分よりずっと大人なのだ。

 その徹底した振る舞いが、今は少しだけ恨めしく――けれど、たまらなく優しく感じられた。


 サクラが時折、心配そうに自分たちを窺っていることには気づいていたが、うまく説明する言葉をチェリーは持ち合わせていなかった。


 茶葉を取ろうとして、同じように手を伸ばしていたキウイと指がぶつかる。

 ぱちりと、静電気のような衝撃が走った気がした。


「…………っ!」


 チェリーは弾かれたように手を引っ込めた。

 無意識に逃げるように一歩後ずさる。

 自分の顔が、沸騰したように熱い。


「すっ、すみません……」


 跳ねる心臓を抑え、恐る恐る隣を窺う。

 自分ばかりが顔を赤らめてばかりだが、さすがのキウイも何かの反応を示すだろう。

 そんな予測は、キウイの横顔を一目見た瞬間に霧散した。


「…………いえ、こちらこそ」


 キウイはひどく短く、どこか冷ややかな返事を返した。

 触れ合った手を胸の前できゅっと抱え、重く、沈み込むような溜め息を吐き出す。


(…………?)


 その吐息の重さに、チェリーが予感していた恋の恥じらいは、塵ひとつ分も存在しなかった。

 まるで、取り返しのつかない過ちを悔いるかのような、暗い沈黙。

 胸の奥を小さな針で突かれたような違和感が、思考の端を掠めた。


 その正体を確認する暇もなく、ずっと二人を見守っていたサクラが、ついに痺れを切らしたように沈黙を破った。


「ねぇ、二人とも……何かあったの?」

「あ…………」


 その問いに触れた瞬間、脳裏に鮮烈な情景が弾けた。


 羽毛に沈められた身体の重み、奪われた呼吸、重なり合う身体の熱。

 そして、感情に濡れた声で響いた、あの切実な告白。

 肌に焼き付いた感触が今更熱を帯びて、チェリーを内側から焼き焦がしていく。


 けれど、そんなこと、口が裂けても言えるわけがない。


「べ、別に、何もないですよ。ねぇ、キウイさん」

「…………はい、何一つ問題はありません。私は至って正常です」


 白々しく答えるチェリーの言葉に、キウイが淡々とした口調で追従する。


(あ……いつもどおりの、キウイさん……ですよね?)


 その落ち着いた口調に縋るようにして、チェリーはひそかに胸を撫で下ろした。

 熱を帯びた吐息を飲み込み、無理やり仕事の顔を繕う。

 キウイがそうしてくれているのだから、自分だけがいつまでも狼狽(うろた)えているわけにはいかないのだ。


 何か言おうとして、言い淀むように言葉を引っ込めたサクラの隣で、ルリがベッドにぽすんと身を沈めた。


「ふふっ、きょうのおふとんもきもちいいよ〜! いつもありがとうね!」


 その場を和ませようとしたのか、ルリがベッドに飛び込んで声をあげた。

 すると、ぼんやりと虚空を見つめていたキウイの口から、呟きのように声が漏れ出てきた。


「はい。……たしかに、夢見心地のような感触でした」

「へぇ? キウイ、おひるねでもしたの?」


 キウイのおかしな言葉に、ルリは無邪気な問いで返した。

 そのやり取りに、チェリーの心臓が激しく脈打つ。


「き、キウイさんっ! わわ、私たちが、サクラ様とルリ様のベッドを使うなんて、そんなこと、あるわけないじゃないですかっ!」

「あ…………申し訳ありません。私、言葉の選択を誤ったようで」


 顔を真っ赤にして叫んだチェリーの剣幕に、キウイがはっとしたように我に返る。

 危うく秘密が露呈しかけた緊張から解放され、チェリーは今度こそ、ふうと息を吐いた。

 しかし、ふと顔を見上げた先で、サクラとルリが一度、短く視線を交わしたのが目に入る。

 それはまるで何かの企みを共有したかのような、ひどく意味深な眼差しだった。

 チェリーが胸のうちに言いようのないざわめきを覚えていると、サクラがやけに明るい笑顔を顔に貼り付けた。


「私! 今日は、どうしても……一人で考え事をしながら湯浴みをしたい気分なの。ルリ、悪いけれど、今日は先に行ってくれるかしら。キウイ、ルリをよろしくね」


 サクラの提案はあまりにも唐突で不自然だった。

 しかしルリもまた不器用なほど芝居がかった仕草で、これみよがしに頷いている。


「うんうん! サクラ、そうなんだねー! そういうきぶんの時、あるよね! わたし、とってもよくわかるよ! じゃあキウイ、いっしょにおふろに行こっか!」

「あ…………」


 キウイがすぐに返事をすることはなかった。

 それは、呼びかけが時間をかけて意識の底まで沈み込み、そこで初めて言葉として認識されたかのような、ひどく鈍い反応だった。

 数拍の空白ののち、キウイはようやく焦点の合わない瞳をルリへと向け、人形のように小さく首を縦に振った。


「…………はい。わかりました、ご一緒に」


 いつものキウイなら、「何ですか、そのわざとらしい芝居は」と冷ややかに一蹴しているはずだ。

 しかしその不自然さに気づいた様子はない。

 ただ主の命に従うだけの生気(せいき)を欠いたその佇まいに、チェリーの胸を得体のしれない胸騒ぎが通り過ぎていった。


 ルリに手を引かれ、キウイが部屋を出ていく。

 その、扉をくぐる直前。


 キウイが、ふと足を止めて振り返った。


 チェリーを見るその目は、痛々しいほどの熱さを秘めつつも、それを氷の中に封じたかのようだった。

 それはまるで、二度と戻らないと決めた故郷の景色を、遠ざかる馬車の小窓から最後に一度だけ振り返るときのような――あまりにも静かな、諦念の色のようで。


(キウイ……さん?)


 その瞳を掠めた瞬間、チェリーの心に戦慄(せんりつ)にも似た不吉な予感が突き刺さった。


 今、この手を伸ばさなければ。

 今、あの人を引き止めなければ、もう二度と――。


「あっ…………待ってください、キウイさん!」


 チェリーが懸命に伸ばした腕は虚しく空を切る。

 厚い扉は、二人の間に(くさび)を打ち込むかのような重い音を立てて、無情にも閉ざされてしまった。






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