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【百合】ベッドメイクと誘惑 〜主人の寝室で、同僚メイドに迫られました〜  作者:


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02. 溢れ出す、秘められた想い

 穏やかな風が吹き込む(あるじ)の私室は、平時とは異なる――焦げ付くような緊張に満たされていた。


 柔らかな羽毛布団に身を沈めたまま、チェリーは必死に顔を背けていた。

 この顔の赤さを見られてしまえば、またキウイにからかわれるに決まっている。

 それを避けるため、今はただ隣に横たわる同僚の気配を遠ざけて、平静を保つことだけに必死だった。

 けれど、遮断した視界の代わりに、シーツ越しに伝わる微かな振動が、かえってキウイの存在を鮮明に際立たせる。


「チェリーさん」


 聞き慣れたはずの声は、どこか感情に濡れている。

 いつもの掴みどころのない響きとは違う、何かが混じったその声色。

 不意の変貌に困惑していると、音もなく伸ばされたキウイの指先がチェリーの頬を掠めた。

 産毛を撫でるようなくすぐったい感触に背筋が戦慄(わなな)く。


「ひゃっ……」

「……前から思ってたんですけど。チェリーさんって、睫毛……長い、ですよね」


(…………え?)


 背けた顔のすぐ後ろから紡がれる言葉に、チェリーの思考が一瞬停止した。

 いつもの意地悪な茶化しではない。

 もっと、触れてはいけないものに恐る恐る触れるような、慎重で熱い響き。

 その真意を考える余裕など、今のチェリーには残されていない。

 ただ事ではない何かが、今まさにこの至近距離で起きようとしている。それだけは、肌を焼くような熱から否応なしに悟らされていた。


「澄んだワインレッドの瞳も、すべすべのお肌も……全てが、綺麗、です」

「もう、からかわないでくださいよ……っ」

「心からの……本心ですよ」


 いつになく真剣な声色に、チェリーの鼓動は加速する一方だ。

 逃げ切れないと悟り、おずおずと視線を向けると、透き通った緑の瞳が逃げ場を塞ぐようにチェリーを射抜いていた。


 いつもの飄々とした笑みの仮面は、そこにはない。

 剥き出しの素顔に、どのような感情が潜んでいるのか。

 その正体をチェリーが理解するには、時間も覚悟も足りなかった。


 キウイが、深く、覚悟を決めるように息を吐く。


「……チェリーさん。今から私がすること……嫌だったら、拒否してください」


 羽毛布団が陥没するようにたわみ、キウイの身体が重力を伴って近づく。

 キウイのすらりとした手が、震えで強張ったチェリーの右手を優しく掬い上げ、そのままシーツの上へと縫い付ける。


「あ……」


 視界が、キウイの影に覆われる。

 退路を断つように添えられた手が、チェリーの顎を、優しく、そして強引に上向かせた。


「…………」

「――――っ!」


 言葉は、喉の奥に張り付いて消えた。

 互いの網膜に互いの瞳だけを映し出す、静止した数秒間。

 二人の荒い呼吸の音だけが、時計の秒針のように規則正しく、静寂を刻んでいた。


 これは自分に与えられた猶予なのだと、チェリーは悟った。

 羽毛に沈む右手は押さえ込まれたままで、これで拒否しろと請うなんて、なんと矛盾した、ずるいやり方だろう。

 けれど、強引に逃げ道を塞ぎながらも、最後の一線を越えずに答えを待つその静寂に、キウイの不器用なまでの誠実さが透けて見えた。

 その優しさに触れた瞬間、抗おうという理性が、甘い熱に侵食されて霧散していく。


 顎に添えられた指先は、小刻みに震えている。

 この震えは、これまで仮面の奥に押し込めていたであろう、未知の熱情そのものだ。

 その熱の先を、この人と見てみたい。

 氾濫(はんらん)しそうな衝動に身を任せるように、チェリーはゆっくりと(まぶた)を閉じた。


 ふわりと、キウイの短い髪がチェリーの頬を撫でる。

 甘いインクと、古い紙。落ち着くはずの香りが、今は理性を狂わせる毒のように鼻腔を抜けた。

 近づく気配のあと、想像よりもずっと柔らかい感触が唇に押し当てられる。


「ん……っ」


 唇から注ぎ込まれるキウイの体温が、チェリーの心を溶かすように広がっていく。

 甘い目眩(めまい)のような感覚に、思考の糸がゆっくりとほどけていく。


 けれど、溶けゆく意識の淵で重なる熱が深まるほどに――胸の奥で、言いようのない不安が、冷たい(くさび)のように打ち込まれた。


 唇から伝わってくる、ただ浮かされただけではない、ひたむきな熱さ。

 これほどまでに切実な想いを、今の自分はどう受け止めたらいいのか。


 もし、このまま目を開けて。

 キウイがいつもの悪戯な微笑みを浮かべて――「指を当てただけですよ」なんて冗談めかして笑ってくれたなら。

 そうすれば、昨日までの平穏な日常へと引き返せるかもしれない。

 この胸を押し潰さんばかりの重みから、解放されるかもしれない。


 そうだ、きっとそうに違いない。


 祈るような思いで、チェリーは瞼をそっと持ち上げた。

 だが、そこに在ったのは。

 睫毛が触れそうなほど間近に迫る、静かに目を閉じたキウイの顔だった。

 その白い肌には、鮮烈な赤みが刺していて。

 触れ合った唇から伝わるのは、誤魔化しようのない、激しく痛切な拍動だった。


 ああ、これは。

 からかいでも、悪ふざけでもない。

 これが、キウイの、剥き出しの本心なのだ。


 観念したように再び目を閉じ、どれほどの時間が経っただろうか。

 重なり合っていた唇の熱が静かに解けていく。


 唇が自由を得た直後、瞼の下の暗闇の中で、今度は縋り付くように、壊れ物を慈しむように抱きしめられた。


 首筋をくすぐるキウイの荒い吐息。

 メイド服の布地を隔てて、痛いほどに伝わってくる激しい拍動。

 キウイもまた、壊れてしまいそうなほどの緊張しているのが伝わってくる。


 やがて名残を惜しむようにして、その体温がゆっくりと離れていく。

 熱が奪われたあとに残ったのは、耳元に心臓が移動してしまったかのような、けたたましい自らの鼓動だけだった。

 世界からすべての音が消え去り、ただ激しいリズムだけが全身を揺らしている。

 呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、肺の奥までが熱く、苦しい。


 ゆっくりと目を開けると、眼前にキウイの姿はなかった。

 視線を彷徨わせると、ベッドの端にひっそりと腰を下ろす背中が、視界の隅に映り込む。

 顔を見られるのを拒むように背を向けたその佇まいは、いつもの自信に満ちた様相とは程遠い。

 短い髪の隙間から覗く耳は、夕焼けを移したかのように鮮やかに紅潮していた。


 シーツの上に置かれた指先が、落ち着かなげに布地を掴んでは、微かな震えを刻んでいる。

 その頼りない揺れが、一線を越えてしまった迷いと、隠しきれない独占欲の残滓(ざんし)を雄弁に物語っていた。


「キウイ、さん……。あの……いつ、から……」


 混乱の極地にある脳が、辛うじて紡ぎ出した問いかけが部屋に溶ける。


「ずっと、好き……です。細かいことは、もう、忘れてしまいました」


 難解な魔術書を何冊もそらんじるほどなのに、忘れてしまった、だなんて。

 そのキウイらしくない台詞は、二人で共にした半年という時間より、もっと深い場所から響いているようだった。

 あまりの重みに、チェリーは言葉を失うほかなかった。


 答えなければならない。何かを、伝えなければ。

 けれど、喉まで出かかった言葉は形を成す前に熱に溶け、ただ不格好な吐息となって消えていく。

 期待と困惑、そして正体不明の興奮が混ざり合い、チェリーの思考を麻痺させた。


 その、張り詰めた沈黙に耐えかねたように、不意にキウイが立ち上がった。

 振り返ったその表情は、不自然なほど穏やかな――まるで、剥がれた仮面を必死に被り直したかのようなものだった。


「…………ベッドメイク、やり直しましょうか?」

「あ……は、はいっ」


 弾かれたように、チェリーもベッドから立ち上がった。

 キウイと対角に立ち、羽毛布団を持ち上げる。

 失われた空気を戻すように、二人で交互に布を振る。


 キウイと重なり合った熱い時間の証拠が、一つ一つ(なら)されていく。

 過ちを無かったことにするかのように。

 だが、事実は、何一つ消えはしない。


 チェリーの唇には、まだ。

 火傷のように甘い熱が、確かに残っていた。






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