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港と、小舟と、島のこと

秋の終わりに、小舟が流れ着いた。


朝の網を上げていた漁師が最初に見つけた。乗っている者はいなかった。帆もなかった。櫂もなかった。波に打ち上げられるわけでもなく、引き潮に運ばれるわけでもなく、ただ静かに岸へ寄っていた。


その朝、海は穏やかだった。風もなかった。鳥が一羽、岸壁の上に止まっていた。潮の匂いがあった。いつもと同じ朝だった。


漁師は網を置いた。


小舟に近づいた。木の舟だった。古くはなかった。新しくもなかった。知らない作りだった。継ぎ目の当て方が違った。使っている材が違った。港の船大工の仕事ではなかった。


中を覗いた。


積み荷があった。


……


白かった。


見たことのない白さだった。


米だとわかるまで少し時間がかかった。形は米だった。粒の大きさも米だった。でも白すぎた。光を放っているわけではなかった。ただ、白かった。普通の米より白い、という話ではなかった。白さの種類が違った。


漁師は触れなかった。


他の者を呼んだ。港の者が集まった。船頭が来た。市場の女が来た。岸に長く住む老人が来た。みんなで舟を覗いた。


誰も食べなかった。


怖かったから、とは誰も口に出さなかった。でも誰も食べなかった。舟を引き上げた。砂の上に置いた。米は舟に積んだままにした。


三日、そのままにした。


雨が降った。米は濡れた。でも腐らなかった。


それを見た者が学者を呼んだ。


学者が来た。米を取り出した。調べた。匂いを嗅いだ。削った。水に入れた。火に当てた。三日かけた。


港の者たちの前に立った。長い沈黙があった。


「わかりません」と学者は言った。


首をひねって帰った。


翌日、修道院の者が来た。「お預かりします」と修道士は言った。


港の者たちは少し安心した。修道院に任せればよいという気持ちになった。舟ごと引き渡した。


でも二月後、港の外れに住む農家の老人が修道院を訪ねた。


分けてほしい、と老人は言った。


理由を聞かれた。植えてみたい、と老人は言った。


修道士は少し考えた。一升だけ分けた。


老人の田は痩せていた。その一角は昔から何を植えても育たなかった。家の者は止めた。老人は止まらなかった。白い米をそこへ植えた。


春になった。芽が出た。


夏になった。育った。


秋になった。実った。


老人の妻が刈り入れを手伝った。その翌月、指を切った。治りが早かった。いつもより早かった。


疲れが減った、と息子が言った。仕事の量は変わっていなかった。田の広さも変わっていなかった。でも夜、体が楽だった。


薬だ、とは誰も言わなかった。奇跡だ、とも言わなかった。


ただそうなった、と老人は思った。それだけだった。


翌年、別の農家が老人を訪ねた。種を分けてほしいと言った。老人は分けた。またその翌年、別の者が来た。その翌々年も来た。


少しずつ、広がっていった。


三年目に、隣の村から使いが来た。種を分けてほしいと言った。老人は断らなかった。四年目には、さらに遠い村から来た者がいた。話が伝わっていた。どこで聞いたかは言わなかった。老人も聞かなかった。渡した。それだけだった。


市場に白い米が並ぶようになったのは、その翌年からだった。値がついた。高くはなかった。ただの米として並んだ。買う者がいた。食べた。体が楽になった、と言う者もいた。言わない者もいた。どちらでもよかった。米は米だった。


農家の老人は、その後も種を分け続けた。来る者に断らなかった。遠くから来た者にも断らなかった。なぜ分けるのかと聞かれたことがあった。老人は少し考えた。「育つから」とだけ言った。それだけだった。


田が増えた。食べる者が増えた。体が楽になった、と言う者が増えた。何も変わらなかった、と言う者もいた。どちらでもよかった。米は育ち続けた。


常世由来のものなら、港の市場にも昔から流通している。白鹿の角片、鱗粉、潮石、光る塩。治癒や悪夢避けの効果があると言われていた。珍しいが、珍しいだけだった。


でも食卓に上がるものが変わることは、これまでなかった。


それが今、変わりかけていた。


港の者たちは、あまり深く考えなかった。育てば食べる。食べれば体が楽になる。それだけのことだった。


……


冬の終わりに、また小舟が流れ着いた。


同じ岸に。同じ朝に。


最初の漁師が今度も見つけた。乗っている者はいなかった。前の舟と同じ作りだった。同じ継ぎ目の当て方だった。


中を覗いた。


石があった。


小銭の形をしていた。丸くて、薄かった。中央に穴が開いていた。幾つか重なっていた。数えると、多かった。


知らない石だった。


港の金細工師が来た。削った。磨いた。「どこで採れる石かわかりません」と言った。首をひねった。


知らない文字が刻んであった。書師が写し取った。「どこの文字かわかりません」と言った。


使えなかった。


どこへ持っていっても通貨として受け取られなかった。形は銭に似ていたが、銭ではなかった。値の決め方がわからなかった。


捨てられなかった。


最初は修道院が引き取る話になった。でも前の米と違い、植えるわけでも食べるわけでもなかった。修道院の者も持て余した。


それで港の者たちが少しずつ持ち帰った。一枚ずつ。二枚ずつ。家に持って帰った。棚の上に置いた。引き出しに入れた。壁に吊るした者もいた。


しばらくは何も起きなかった。


ある漁師が、何となく懐に入れるようになった。


その男は眠れない性質だった。夜になると目が覚めた。波の音が気になった。網の具合が心配になった。翌日の天気が頭から離れなかった。


特に理由はなかった。ただ、懐に入れた。


ある夜から、眠れるようになった。


何も変わっていなかった。波の音は同じだった。翌日の天気も心配だった。網の具合も気になった。でも眠れた。朝まで眠れた。


不思議だとは思わなかった。


眠れることがよかった。それだけだった。


石の小銭が動き始めたのは、誰かが意図したからではなかった。眠れるようになった漁師が、同じように眠れない友人の手に、何も言わずに一枚を置いた。友人は何も聞かなかった。受け取った。そういうことが、港の中で静かに続いた。


値段はなかった。貸し借りでもなかった。ただ、動いた。


市場の女が、不安が消えた、と言った。


何の不安か、とは誰も聞かなかった。


特に理由がなかった不安だった、と女は後で言った。ずっとそこにあった。石を持ち始めてから、消えた。


人格が変わった、とは誰も言わなかった。


静かになった、と周りは思った。


その女のことだけではなかった。港全体の話だった。少しずつ、静かになっていった。夜の怒鳴り声が減った。朝の喧嘩が減った。気づいたら、減っていた。


怖いとも思わなかった。便利だとも言わなかった。


ただ、静かになった。


港の子どもたちも、静かになっていた。夜泣きが減った、と言う親がいた。夢見が良くなった、と言う老人がいた。石を持っているかどうかはわからなかった。聞かなかった。でも、そうなった。


……


春になって、島が見えるようになった。


港の沖に。以前はなかった場所に。


最初に気づいたのは子どもだった。


「沖に丘みたいなのがある」と子どもが言った。


漁師が振り返った。あった。


丘のような輪郭があった。樹木らしきものがあった。砂浜のようなものが見えた。


霧ではなかった。


翌朝もあった。翌々朝もあった。


誰も近づかなかった。


五日後に、船頭が集まった。漁師が集まった。修道院の者が来た。学者が来た。港に長く住む老人が来た。みんなで岸から沖を眺めた。


島があった。


「あそこには何もないはずだ」と船頭が言った。「浅瀬もない。岩場もない。地図に載っていない」


老人は長いこと沖を見ていた。


「わしの父の代には、なかったな」と老人は言った。「父がよくあの辺を漁していた。何もなかったと言っていた」


沈黙があった。


学者が手帳に何か書いた。修道士が祈った。誰も船を出さなかった。その日は、それだけで終わった。


一月が過ぎた。島はあった。


二月が過ぎた。島はあった。


嵐が来た。港の舟が二艘、流された。嵐が過ぎた。島はあった。


港の者たちは慣れた。


慣れた、というより、目が慣れた。朝、沖を見ると島があった。昼も夕も、あった。夜は見えなかった。でも翌朝になるとまた、あった。それが続いた。


ある秋、老人の孫が岸で遊んでいた。


「あの島、昔からあるよな」と孫は友達に言った。


友達がうなずいた。「うん、昔から」


二人とも振り返らずに、貝を拾っていた。


老人がそれを聞いていた。


孫は知らなかった。最初に島が見えたとき、老人が岸に立っていたことを。誰も船を出さなかったことを。学者が手帳に書いたことを。修道士が祈ったことを。何も言わなかった。


何も言わなかった。


翌日から老人は時々、岸に椅子を持ち出して座るようになった。網を繕いながら、ときどき沖を見た。島があった。いつものことだった。


……


冬になった。


白い米は今年も実った。農家が増えていた。去年より多くの田に植えられていた。来年はもっと増えるだろうと農家たちは言った。


石の小銭はまだ港の人々の懐に、棚の上に、あった。どこからともなく少しずつ動いていた。値段はついていなかった。でも贈り物にされるようになっていた。眠れない者に。不安が続く者に。そっと渡す、そういう形になっていた。


島は沖にあった。


最初に小舟を見つけた漁師は、ある夜、岸に座って沖を見ていた。


星があった。波の音があった。潮の匂いがあった。


島があった。


暗くて、見えるわけでもなかった。でも、そこにあった。


明かりのようなものが見えた気がした。


見えなかったかもしれなかった。


漁師はしばらく、そのまま座っていた。


腹が少し空いていた。明日の仕事があった。網が手元にあった。


でも立たなかった。


沖を見ていた。


島が、あった。暗くて見えなかったかもしれなかった。でも、そこにあると思った。明日の朝になれば、また見えるだろうと思った。明後日も。その次の日も。


波の音があった。潮の匂いがあった。




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