柑橘の段々畑、あるいは手が先に動いたこと
光が、変わった。突然ではなかった。道を歩いているうち、気づいたら光の色が変わっていた。朝の白い光ではなく、午後の橙でもなく——金だった。空気に金が混じっているような光だった。
「……明るくなりましたね」英理は言った。「なったね」とそのものが答えた。「太陽の角度ですか」「違う」「では何ですか」「もうすぐわかる」
英理はその答えをひとまず受け取った。カエルが空を見上げた。東仁が少し目を細めた。光が強くて、直接見ると目が痛かった。でも痛さの種類が、普通の日差しとは違った。
部瑠太師は目を細めなかった。まっすぐ前を向いて歩いていた。「師、目は大丈夫ですか」「大丈夫だ」「眩しくないんですか」「慣れている」それだけだった。
道が、開けた。
段々畑だった。どこから段々畑になったのかわからなかった。道の先に突然、段々畑があった。広かった。見渡せないくらい広かった。石垣が積まれている。蜜檸檬の木が並んでいる。段の下の方に、内海が光っていた。
蜜檸檬の実は黄色かった。でも光を受けると金に見えた。葉は緑だったが、光の中では金に見えた。石垣は灰色だったが、その石が金に見えた。全部が、金色だった。正確には、金色ではなかった。全部が本来の色をしていた。でも光がそれを金に変えた。光の中にいると、世界が全部、金でできているように見えた。
「……きれいですね」英理は言った。言ってから、少し足りないと思った。きれいという言葉が、追いつかなかった。でも他の言葉も出てこなかった。「うん」とそのものが言った。
カエルが立ち止まった。剣の柄に手が行かなかった。代わりに、両手をわずかに開いた。何かを受け取ろうとするような手の形だった。本人は気づいていないかもしれなかった。
東仁は黙っていた。黙ったまま、内海の遠い方を見ていた。水軍の武人が見るような目ではなかった。もっと、遠い目だった。
律が言いかけた。「律の書 第——」「律」東仁が言った。「はい」「今は黙っていてくれ」「そうですね」律は言った。傷ついた様子はなかった。今度は本当に黙った。
段々畑の中を、歩いた。石垣の際まで来ると、下の内海が見えた。
島が、重なっていた。
一つではなかった。奥にまた島があった。その奥にも島があった。水平線が、どこにもなかった。海の果ては島の向こうに隠れていた。どこまで行っても、島が続いた。
光が、乱れていた。外洋の光ではなかった。どこか一方向から来るのではなく、島と島の間で何度も跳ね返って、どこからでも来た。水面が燃えているような眩しさだった。熱くはなかった。でも光の量が違った。蜜檸檬の皮の裏側に光を透かしたときの色に、少し似ていた。
英理は少し目を細めた。
水の光がした。音は普通だった。遠くで波が砕ける、ゆっくりした音。でも普通の音なのに、ここで聞くと違って聞こえた。音に重さがあった。積み重なってきた何かの重さが。
リュウが肩の上から降りた。地面に降りて、蜜檸檬の木の間を歩いた。猫のような動きで、鼻を近づけて、また離れた。何かを確かめていた。
「この段々畑は何ですか」英理はそのものに聞いた。「三つ目の試練の場所」「試練がここにあるように見えないですが」「そう見える場所ほど、ある」
英理はその答えを頭の中に置いた。蜜檸檬の実が、風もないのに少し揺れた。
荷物が、重くなった気がした。荷物の重さは変わっていなかった。変わっていないはずだった。でも、荷物の中の本が、少しだけ、主張しているような気がした。ここにある、と言っているような。
英理は荷物に触れた。本の形が、布越しに感じられた。「……」
そのものが横に来た。「どうした」「荷物の中の本が、気になっています」「気になる?」「ここに来てから、急に。重くなったというか……主張しているというか」「うん」とそのものは言った。何かを知っているような「うん」だった。「この段々畑の性質ですか」「この場所は、欲しいものを大きくする」
英理はその言葉を聞いて、段々畑を見渡した。欲しいものを大きくする。カエルは両手を開いていた。東仁は遠くを見ていた。そして自分は、荷物の中の本が気になっていた。
「愚者さんは」英理は後ろを見た。愚者は少し後ろで、段々畑の中心を見ていた。笑みがあった。でも笑みの奥が、今日は少し違った。深かった。金の光の中で、愚者の目だけが、別の方向を向いているような感じがした。ここではないどこかを、見ているような。
「愚者さん」愚者が振り返った。笑みが戻った。「うん」「欲しいものが、大きくなっていますか」少し間があった。「もうこれ以上、大きくなれないよ」愚者は言った。「限界まで大きいから」「そうですか」「そうだよ」
その言い方は、普通だった。普通すぎた。普通すぎることが、少し怖かった。
影があった。段々畑の奥の、蜜檸檬の木が密集している場所に。人の形をした影が、立っていた。白い服だった。正確には、影だから色はわからなかった。でも服の形が、白い袂の女の人の形だった。
英理は見た瞬間に、わかった。海門の大社の回廊で、一瞬だけすれ違った人だった。足音なしに消えた人だった。「業を返す」と言った人だった。
「……」
影は、こちらを見ていなかった。段々畑の奥の方を見ていた。木の間から差し込む光の方を。ただ立っていた。それだけだった。
でもあのとき帰り道の猪車で英理が感じたこと——「いろんなものを渡してしまった人みたいな感じ。持っていたものを全部どこかへ出してしまって、中が空になった」——それが、今ここにあった。
影は、何も持っていなかった。持っていたものを全部渡した後に残る、軽さだった。影が軽かった。それが見えた。
「業を返す、というのは」英理はゆっくり言った。「全部を渡すことですか」
そのものは答えなかった。「全部の答えを得ると、全部を渡すことになりますか」「さあ」とそのものは言った。「それはわからない」「わからないんですか」「俺には。お前はどう思う?」
英理は影を見た。影が、少しだけ動いた。動いた、というより、揺れた。光が変わったから揺れたのかもしれなかった。でも揺れたとき、こちらを向いた気がした。一瞬だけ。
荷物の中の本が、また主張した。
英理の手が、動いた。動いていた。考えるより先に。荷物に手が伸びていた。本を取り出そうとしていた。
手が、止まった。止めた、のではなかった。止まった。
影が、消えた。木の間に、もうなかった。足音がしなかった。どこへ行ったかわからなかった。段々畑の光だけが残っていた。金色の、静かな光が。
英理は自分の手を見た。荷物に触れた状態で、止まっていた。本は、開かなかった。
「今」とカエルが言った。「手が動いたな」「動いていました」「気づかなかったのか」「動いてから気づきました」「止めたのか」
英理は少し考えた。「止まりました」「どっちだ」「わかりません」英理は言った。「止めたつもりはないですが、止まりました」
カエルはしばらく英理を見た。それから前を向いた。「……そうか」
東仁が言った。「本を開こうとしたのか」「そうなっていました」「なぜ」「この段々畑が欲しいものを大きくすると聞いたので。私の欲しいものが、本なので」「なのに開かなかった」「影が見えたので」東仁は黙った。
部瑠太師が、英理の隣に来た。老人は段々畑の奥を見た。影があった場所を。
「師」「うん」「あの人を、知っていますか」老人は少しの間、答えなかった。「会ったことがある」と部瑠太師はようやく言った。「昔」
「業を返すとは、何ですか」老人は英理を見た。何かを確かめるような目だった。「業は、仕事のことでもある」と老人は言った。「何かを成し遂げること。それを、渡す」「渡して、どうなるんですか」「軽くなる」
「軽く」英理は言った。「橋の上で軽くなるのと、同じですか」「違う」老人は言った。「橋は、持ちすぎているものが緩む。業を返すのは——もっと根元から、渡す」「根元から」「自分がそれをしてきたという事実ごと、渡す」
英理はその言葉を頭の中に置いた。「……なくなるんですか。渡したら」「なくなる」「それは」英理は少し考えた。「つらくないですか」
老人は段々畑の奥を見た。金色の光が、蜜檸檬の木の間を通っていた。「お前には関係ない」と部瑠太師は言った。声が、いつもより少し低かった。「わかりました」英理は言った。
腹が、鳴った。段々畑の静けさの中で、はっきりと。金色の光の中で、内海の音の合間に。「……すみません」「また」とそのものが言った。「また」「段々畑の中でも鳴るんだね」「鳴ります」「ここ、かなり神聖な場所なんだけど」「わかっています」英理は言った。「でも鳴りますけん」
そのものは少しだけ、笑った。
愚者が、後ろから言った。「さっき、手が動いたね」英理は振り返った。「見ていましたか」「見てた。それから、止まった」「止まりました」「なぜ止まったと思う?」
英理は少し考えた。「あの人の影が見えたので」「それだけ?」「……それだけかどうかは、わかりません」
愚者は笑みを崩さなかった。でも、目が少しだけ、英理の荷物の方を見た。一瞬だけ。それから戻った。
「本を開いたら、何があったと思う?」「そのものに聞いたことがあります。『試してみれば』と言われました」「試さなかった」「試しませんでした」「なぜ」
英理はそこで少し止まった。なぜ。手が動いていた。考えるより先に。でも止まった。止めたのか、止まったのかがわからなかった。影が見えたから、というのは本当だった。でもそれだけかどうかが、わからなかった。
「まだ答えを出していないので」英理はゆっくり言った。「開くのは、答えを出してからかもしれないと思いました」「思った? それとも感じた?」
英理は自分の手を見た。荷物に触れていた手を。「……手が止まりました」と英理は言った。「それだけはわかります」
愚者は少し間を置いた。笑みがあった。でも今度の笑みは——何かが違った。準備された笑みでも、遠くなる笑みでも、静かになる笑みでもなかった。薄かった。笑みが薄かった。薄くなって、その下に何かが見えかけた。一秒だけ。見えかけて、また笑みが戻った。
「そうか」と愚者は言った。「何がですか」「お前が、何を大事にしているかがわかった」「何を大事にしていますか」「答えより先に、動くこと」
英理はその言い方を頭の中に置いた。答えより先に、動くこと。手が動いたのも、止まったのも、どちらも考える前だった。
「取りに来た、と言っていましたが」英理は言った。「それと関係がありますか」愚者は笑みを戻した。完全に、戻った。「関係がないとは言えない」「関係がありますか」「ある」「何をですか」「それを言ったら面白くない」
英理はため息をつくかどうか考えた。つかなかった。
段々畑を出るとき、空が変わっていた。金色の光が、少し薄くなっていた。光が薄くなると、段々畑はただの段々畑に見えた。石垣がある。蜜檸檬の木がある。きれいだった。でも圧倒的ではなかった。試練が、終わったのかもしれなかった。
「抜けましたか」英理はそのものに聞いた。「うん」「三つ目、ということは」「次は頂上」
英理は荷物の中の本を手で確かめた。あった。ちゃんとあった。開かれていなかった。
「手が動いていましたね」英理は小声で言った。自分に確かめるように。「動いてた」とそのものが聞こえた。聞こえていたらしかった。「止まりましたが」「止まってた」「どちらが本当でしたか」そのものは少し間を置いた。「どちらも」
英理はその答えを受け取った。手が動いた。それも本当。止まった。それも本当。どちらかが間違いではなかった。
「師」英理は部瑠太師の隣を歩きながら言った。「白の板、まだ持っています」「うん」「頂上で使いますか」「わかる時がくる」と老人は言った。「お前が正確だから」「正確かどうか、わかりません」「わからなくていい」
英理はその言葉を頭の中に置いた。わからなくていい。わかる時がくる。それだけでいい。
金属の音が、した。今日は最初から聞こえていた。段々畑の中でも、光の中でも、本が主張していた時も、止まらずに続いていた。静かに。確かに。頂上は、もうすぐだった。




