砂の化身、あるいは今日は帰る日
地鳴りから、始まった。
砂浜が割れた。砂が盛り上がった。腕が出た。肩が出た。また出た。また出た。
砂の化身だった。
砂浜の向こうに、内海が光っていた。島が重なって、水平線が見えなかった。
一体ではなかった。六体か、七体か。正確に数える余裕はなかった。
少女は走りながら最初の肩を踏んだ。次の肩へ。また次へ。
「ひ゛ぃ」
高かった。怖いとかじゃなく、ただ、思ったより高かった。次の肩へ踏み出しながら、少女はそれを確認した。
後ろから、蹄の音がついてきた。
白い。大きい。角がある。跳ねるたびに砂浜に光が散った。
「そっちにはまだ行けんから!」
鹿は止まらなかった。
「わかって。今日は帰る日よ」
なおも止まらなかった。好意で追ってきていた。それが一番困った。悪意なら、まだ断れる。
少女は四体目の肩を踏み台にして、息を吸った。
「す……なに——」
五体目へ。
「のろいかかりし——」
六体目。足がぬかるんだ。踏ん張った。
「——砂人形よ」
最後まで言い切って、
「その姿を砂に返せ」
全部が、崩れた。
どさ、どさ、どさ、どさ。
砂に返った。砂浜の上に、砂の丘がいくつかできた。少女はその一つに転がり込んで、ようやく止まった。
白い鹿は、少し手前で止まっていた。ぺたっと耳を倒して、こちらを見ていた。ぴょん、と小さく跳ねた。
「……ごめんね」少女は砂だらけのまま言った。「でも今日は帰るけんね」
鹿は鼻を鳴らした。不服そうだった。
少女は砂を払いながら、海の方を見た。光が乱れていた。島と島の間で何度も跳ね返って、どこからでも来る光だった。どこかで見た光だった、と思った。
立ち上がったところで、後ろから声が来た。
「なんであんた砂の化身を起こしたんよ」
「させたんじゃなくて。起こしてしもて」
「同じよ! だから精霊にも目ぇつけられるんよ!」
「お使いに行かされただけなんけど……」
真理矢は英理を頭のてっぺんから爪先まで見た。
「外套、砂だらけ」
それだけ言って、先に戻っていった。
白い鹿が、またぴょんと跳ねた。着地して、一度だけ山の方を見た。それから少女を見た。どちらが先かわからないような、静かな目で。




