ep7. 記憶の墓場
第七話、お楽しみください。
雨の匂いがした。
割れた窓から吹き込む冷たい風が、教室中に散ったガラス片を転がしていく。
校庭に並ぶ“俺”たちは、誰一人動かなかった。
ただ、笑っている。
無数の神代湊が。
まるで、俺が俺を見下ろしているみたいに。
「……なんだよ、あれ」
声が震える。
雨音が俺の腕を掴む力を強めた。
「見ないで」
「無理だろ……!」
「目を合わせたら引っ張られる!」
その瞬間。
校庭の“俺”の一人が、ゆっくり口を開いた。
『こっちへおいで』
ぞわり、と背筋が粟立つ。
その声を聞いた瞬間、頭の奥で何かが反応した。
懐かしい。
怖いのに。
逃げたいのに。
どこかで、その声を待っていた気がする。
『思い出せるよ』
『全部』
次々に、“俺”たちが囁き始める。
『お前が誰だったか』
『誰を消したか』
『どうして残ったか』
「……やめろ」
頭痛が酷い。
視界が滲む。
すると。
俺の横で、誰かが小さく呟いた。
「みなとくん」
振り向く。
雨音だった。
だが、その顔を見た瞬間、呼吸が止まった。
一瞬だけ。
彼女の顔が、“知らない誰か”に見えた。
長い黒髪。
白いワンピース。
泣きそうな目。
そして幼い声。
『置いていかないで』
「……っ!」
頭を押さえる。
また記憶だ。
しかも今度は、明らかに“俺自身の記憶”だった。
「神代くん!」
雨音の声で現実に戻る。
彼女は不安そうにこちらを見ていた。
「大丈夫?」
「……今、お前」
「え?」
「いや……」
言葉が続かない。
思い出しかける。
だが思い出した瞬間、何か決定的なものが壊れる気がした。
その時だった。
校庭の“俺”たちが、一斉に空を見上げた。
同じタイミングで。
まるで、何かに怯えるみたいに。
次の瞬間。
ガァン!! と校舎全体が揺れた。
天井の蛍光灯が激しく明滅する。
「な、なんだ……!?」
轟音。
遠くで、何か巨大なものが這うような音がした。
ギギギギギ……。
金属を引き裂くような不快な音。
雨音の顔色が変わる。
「まずい……!」
「何が!」
「“管理者”が来る!」
その言葉と同時に。
校庭の“俺”たちが、一斉に後ずさった。
初めて恐怖を見せるみたいに。
そして、空から影が落ちる。
ゆっくり。
ゆっくりと。
巨大な“何か”が、校舎の向こうから姿を現した。
それは、人の形に似ていた。
だが、人間ではない。
異様に長い腕。
関節の数がおかしい脚。
顔の代わりに、黒い穴。
そして、その胸には無数の“顔”が埋まっていた。
泣いている子供。
笑う大人。
怒鳴る老人。
知らない誰かたちの顔が、肉みたいに張り付いている。
そいつは、校舎を覗き込むようにこちらを見た。
いや。
“見た気がした”。
顔なんて存在しないのに。
だが確かに、視線を感じた。
圧倒的な悪寒。
その瞬間。
校庭の“俺”たちが、同時に囁く。
『見つかった』
『残る側が見つかった』
『逃げろ』
直後。
巨大な“何か”の胸に埋まった顔たちが、一斉に叫んだ。
『神代湊』
その声だけで、校舎の窓ガラスが全部砕け散った。
次回第八話、随時更新。




