「次も、まだ削れるものがある」
ベッカーを出てしばらくはグラの背に乗っていたが、休ませる意味もあり、
一行はグラから降りて、しばらく街道を歩いていた。
空が気持ちよく晴れていた。一党は田中が先頭で、トルネコが帳面をめくりながらついていく。ベータはパーティの荷物を背負っている。グラは飛行で疲れた様子で、田中の肩でうとうとしていた。
「......田中さん、ここで、次の世界の情報があります」
エリュシアが田中の正面に回り込んで、いそいそと書類を取り出した。説明者の位置だった。神界業務日報フォーマットではなく、公式の世界情報だ。
「どんな世界だ」
「それが......節約が、通用しない世界です」
少しの間があった。
「通用しない、とは?」
「全員が贅沢を是とする社会です。節約する者は差別される制度になっています。物の値段が高いことが品質の証明とみなされています。安いものに価値はないとされています」
「......そうか」
「田中さん、これは――」
「関係ない。なら、削り方を変えるだけだ。行くぞ」
エリュシアが止まった。「......え?」
「通用しない、と言ったか」
「言いました」
「俺が通用させる。以上だ」
エリュシアが書類を持ったまま、少しの間、動かなかった。
(......そうですね)(田中さんなら)(そういうことですね)(さすがです)
「......はい。以上です(書類をしまう)」
*
説明が終わった後、エリュシアが再び田中の隣に並びかけた。
気づいたら、ネネが田中の左隣にいた。
気づいたら、ベータが田中の右隣にいた。
エリュシアだけが正面にいた。向き直ったら三人が横並びになっていた。
エリュシア「......」
ネネ「......」
ベータ「......」
エリュシア「(ドS)二人とも、田中さんのそばから離れてください!!」
全員が止まった。田中含む。
ネネ「(エリュシアが今、二人とも、と言った)(つまり我も——)(動かない)」
ベータ「(は? なんで私が言われてんの)(田中の右は自分のポジション)(なんで?)あ、やんのか?(処理中)」
エリュシア「(今、二人とも、と言いました)(私は正面にいます)(説明者なので正面です)(常識——)(......常識ですか?)(書けません)」
田中がエリュシアの頭にチョップを一発。ぺちーん。
「うるさい。説明の続きはないのか」
「いたっ......よかったです(2行) はい、あります(切り替えた)」
ネネが口角を上げた。声は出さなかった。
ベータが「(面白い)(小悪魔)(でもむかつく)(なんで?)」という顔をしていた。
「続けろ」と田中は言った。
「......はい(赤いまま説明を再開した)」
*
「次の世界、わたしも行くけど」とベータが言った。
「来るなら荷物持て」
「は? なんで命令してんの」
田中(無視)。
「......はあ、まあいっか(荷物を持つ)」
ネネ「(毎回同じやりとりをしている)(慣れてきた)(それでいいのか)(それでいい)」
「トルネコ!」
「わかってますで〜!!もちろんいきまっせ〜!!(帳面を閉じる)」
「グラ」
グラが田中の肩で目を覚ました。少し翼を広げた。田中が肩から降ろして地面に置いた。
グラが大型化した。
青緑の鱗が日差しを受けて光っている。翼を広げると全員が乗れる幅になった。
「先行投資の回収だ(田中)」
「うるさい(グラ)」
「……(全員が少し間を置いた)」
「もう一回言う(田中)」
「うるさい(グラ、二回目)」
「よかったです(エリュシア)(1行)」
「なんで(ベータ)」
「黙れ(ネネ)」
「うるさい(グラ、三回目・全員に)」
全員が黙った。
田中がグラの背中に乗った。「確認する。全員乗れ」
一人ずつ乗った。乗れた。グラが低く唸った。
「重いか」
「グゥ(少し)」
「そうか。全員、削れ(体重の話をしている)」
エリュシア「(ドS)削れ!!(追い打ち)」
田中(無視)「明日、この世界を出る。以上だ」
全員が降りた。グラが手乗りサイズに戻った。田中の肩に乗って、目を閉じた。
*
「......もう一つある」
田中が振り返った。全員を見た。
「この世界で会った奴が何人かいる。あいつらに別れを言いに行く。明日の朝だ」
誰も聞いていなかった。聞く必要もなかった。
「常識だろうが」と田中は言った。
「常識だろうが(追い打ち・エリュシア)」
「常識だろうが(ネネ、静かに)」
「まあ常識じゃないの(ベータ、ヤンキー)」
「うるさい(田中)」
「うるさい(グラ)」
夜になった。
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その頃、神界では——
カーヴェが珍しく笑っていた。
「エリュシアが『二人とも』と言ったそうですね」
「聞きました」とウルダが言った。「......SEGAなら解析できた」
「それは関係ないですよ」
「......関係ある。なんとなく」
「田中さんが『削り方を変えるだけだ』と言ったそうです。次の、節約が通用しない世界に対して」
ウルダが少しの間を置いた。「......寛大に見守ります」
「寛大ですね」
「悪くない」
※おじさん解説!
今回は解説するものが多すぎるので、一つだけにする。
次の世界では節約が通用しない、と言われた。田中剛の返答は「削り方を変えるだけだ」だった。
46歳の工場管理職が23年間体現したのは「正しいことをするたびに俺だけ負ける」だった。それでも続けた。理由は一つだ。常識だろうが。
常識は変わらない。世界が変わっても、常識は変わらない。以上だ。
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神界業務日報 第99回
本日の特記事項。
次の世界の情報を報告しました。「節約が通用しない世界」です。
田中さんが「削り方を変えるだけだ」と言いました。
私の報告が一秒で終わりました。いつもそうです。
説明中に「二人とも、田中さんの隣から離れてください」と言いました。
自分が正面にいたことに気づきました。
田中さんにチョップされました。
よかったです。
グラさんが「うるさい」を三回言いました。三回目で全員黙りました。
参考にします。
担当:エリュシア(神界第七課・業務継続中)
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魔王の家計簿 第99回
支出:なし
次に向かうのは「節約が通用しない世界」と言われた。
田中が「削り方を変えるだけだ」と言った。
一秒で終わった。田中らしい。さすがだ。
エリュシアが「二人とも」と言った。
我は動かなかった。
動かないことが答えだと思った。
それで十分だ。
以上。
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ベータの観測記録 第八回
田中が「削り方を変えるだけだ」と言った。(処理中)(なんかこれが一番やばい)(なんで?)
エリュシアが「二人とも」と言った。
(自分が正面にいた)(気づいてなかった)(面白い)(でもなんかむかつく)(なんで?)
グラが「うるさい」を三回言った。
三回目で全員黙った。
(グラ、つよい)(記録する)
田中が「明日ここを出る」と言った。
ついていく。
なんでかはまだわかんない。
記録する。
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グラの一日 第三回
グゥ(今日も乗った)
グラ(全員乗れた)
グゥ(重かった)
グラ(削れと言われた)
グゥ(うるさいと言った)
グラ(三回言った)
グゥ(全員黙った)
グラ(悪くなかった)
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ギルド受付嬢ミントさん(リッカ)の業務日誌
田中さんたちが明日旅立つそうです。
「別れを言いに来る」と田中さんが言っていました。
怒鳴る担当なので怒鳴りに行こうと思います。
違います。ちゃんとお見送りします。
ミントより(リッカ)。以上です。
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リリのメモ帳
遠くから見てたけど、引力爆発してた。
エリュシアが「二人とも」と言った。
全員やばい。
田中が「削り方を変えるだけだ」と言った。
節約が通用しない世界に対して一秒で。
この人、本当に怖いわ~(最高の褒め言葉)。
以上。




