「行くぞ。次も削りきる」<4章完・第1世界節約完全完了>
夜明け前、田中たちがベッカーの外れに来た時、そこにはたくさんの見送りがいた。
ルコが帳面を持って立っていた。ミントが早起きして来ていた。ギルが帳面を持ったまま来ていた。宿屋のトメさんが「見送りくらいするよ」という顔で来ていた。鍛冶屋のガンツが腕を組んで来ていた。トルネコが荷物を全部まとめて待っていた。
そして道の端に、白い杖を持った長耳の人物が静かに立っていた。
「アドル。なぜここにいる」
「記録のために来た」とアドルは言った。「800年生きて、記録に値する出来事は数えるほどだ。これはその一つだ。以上だ」
「そうか」と田中は言った。それだけだった。
田中が全員を三秒見た。「しかし......帳面持ちが多いな」
「私の帳面です(ルコ)」「私の帳面です(ギル)」「記録帳です(イース)」「......そうか(田中)」
全部で三冊あった。もちろん田中がすべて見て間違いを指摘したのは言うまでもない。
*
空が白んできた頃、遠くから音がした。
うさぎ跳びの音だった。
見えてきた。上半身裸のむきむきマッチョの勇者(?)アルスが、うさぎ跳びで坂を下りてくる。新品のシャツを肩にかけていた。ただし、服は既に少し破れていた。
「師匠!!見送りに来ました!!(うさぎ跳びのまま到着)」
「シャツが破れている、削れ」
「来る途中で破れました!!習慣です!!」
鍛冶屋のガンツが額に手を当てた。「昨日作ったばかりだぞ、それ。しかも耐久力最強の――」
「確かに丈夫な素材でした!!でも習慣、もとい僕の筋肉の方が勝ちました!!」
「......また来い。もっと丈夫なの作ってやる(呆れているが笑っている)」
「はい!!ありがとうございます!!(シャツが更に破れる)」
全員が笑った。アルスも笑っていた。目が赤かった。でも笑っていた。
*
田中がルコを見た。
「ルコ。皿、あれから何枚落とした」
「一回も落としていません!!」
「帳面は」
「全部つけています。以上です」
田中が三秒見た。返した。「よくやった。以上だ」
ルコが少し間を置いた。「......全部、田中さんに教わりました」
声が静かだった。それだけで全部言っていた。
ミントが一歩前に出た。「田中さん、次も元気でいてくださいね!!怒鳴る担当は続けます!!」
「そうか。使えるな」
「(よかったです)(怒鳴る担当って言われても)(よかったです)(ミント)」
ギルが帳面を持ったまま頭を下げた。田中は見なかった。でも右手が少しだけ動いた。ギルに手を振った。それだけだった。
ギルが帳面を持ち直した。「......削った後に残るものが本物だと言った。――確かに、そうだった」
田中「そうだ」「以上だ」
トメさんが前に出た。「いい旅してきたみたいだね。またうちに泊まりにおいで」
「世話になった、ありがとうトメさん」と田中は言った。
全員が止まった。
「え(ルコ)」「え(ミント)」「......(ギル)」「......(イース)」
田中が普通のことを言った。全員が一瞬固まった。
「田中から普通のお礼!?(ベータ)(観測中)」
田中「うるさい(歩き出す)」
トメさんが少し笑った。「はいはい。行ってらっしゃい!」
*
その時、田中の腰のあたりで魔道ケータイが鳴った。
画面に「魔界:全員接続中」と出ていた。
「出るぞ(スピーカーにする)」
音が出た。最初に聞こえたのはゾルグの大きな声だった。
「田中さん!!ゾルグです!!魔王様奪還計画はまだ諦めていません!!でも今日は見送りです!!田中さんがいなかったら我々は何度も終わっていました!!本当にありがとうございました!!うおおおおおおおおおおおおおおおおおん(号泣)!!」
「ゾルグ」とゼフィーラの声がした。「今は違う。泣くな」
「はいっ!!うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん(泣いている)」
ゼフィーラが続けた。「......田中。次の世界でも、報告を待つ」
少しの間があった。
「そうか。以上だ(田中)」
「(自分でもなぜ言ったかわからない顔をしている、とわかる声だった)(エリュシア内心)」
グレインの声がした。「......認めてないからな」少しの間。「でも......悪くなかった。以上だ」
「(聞こえた)(グレインが)(......よかったです)(エリュシア内心)」
「田中さん!!ネネちゃんのこと頼みます〜!!またね〜!!フィルナも元気でいます〜!!」
全員が止まった。
「ネネちゃん――!?(ルコ)」「ネネちゃん......(ミント)」「(......)(ギル)」
ネネの顔に熱が上がった。「フィルナ、それ以上言うな(ゼフィーラの口調になっている)」
「え〜なんでですか〜ネネちゃん~」
田中が「うるさい(フィルナに)」と言った。
また少し音が変わって、別の声が来た。田ノ里の若い声だった。
「田中さん!!ハドソンです!!以前は大変お世話になりました!!先祖の日記にはいい話しか書いてありません!!」
「そうか(田中・何も確認しない)」
「以上です!!」
イースが横でうなずいていた。「記録した」
*
その時、光が来た。
音もなく、転移魔法の光がベッカーの外れに現れた。全員が止まった。
でかかった。二メートルを超える体躯。傷だらけの外見。安葉巻が指の間にある。
大魔王ハガーだった。
「ネーネちゃん!!パパ、会いたくてきちゃいまちた~~!」
ネネ「パパッ——(あっ、しまった。急なのでつい――)」
全員が止まった。二回目の静止だった。
「......ちち——父上!!(頬が赤くなる)(来るとは聞いていなかった)」
ハガー「娘のために来てやった。以上だ」
全員が「大魔王様が降臨されました(ゾルグ・スピーカーから)」「ゾルグ、、マジで黙れ(ゼフィーラ)」「はいっ!!」という声をBGMに固まっていた。
ハガーが田中を見た。
「田中」
「なんだ」
「娘を頼む」
もう三回目だった。
今回は、間があった。長い間があった。しーんとしていた。
一体どれくらいの時間がたったのだろう......。
「......わかった」と田中が言った。
全員が止まった。三回目の静止だった。
「え(ルコ)」「え(ミント)」「えええええ(ベータ)」「(ドS)な、なんですってええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?わかったってどういうことですか田中さん!それ、どういう意味か分かってるんですか!(エリュシア)」
「受け取った(ゾルグ・スピーカーから号泣)」
「まあ、そうだろうな」と田中は続けた。「以上だ」「あとエリ、うるさい」
ハガーが口角を少しだけ上げた。安葉巻に火をつけた。
「......悪くない男だ」
そう言い放ち、ハガーの転移魔法が光った。彼は魔界に消えた。
ネネは一歩も動かなかった。顔がリンゴのように真っ赤に染まっていた。
「(父上が来た)(田中が返事をした)(......か、書けない)(書いた)(絶対書かない)」
エリュシアが全力で前を向いていた。右後ろを確保したかった。でも顔が赤かった。
ベータが「(全員おかしい)(でもなんか、よかった)(なんで?)(処理中)」という顔をしていた。
*
もう一度、ケータイが鳴った。
着信音が少し違う。田中が画面を見た。
「PCエンジンちゃんか」
「田中さん」とカーヴェの声がした。「例のもの、完成しました。今から送ります」
転送光が来た。小さかった。箱が一つ、地面に落ちた。
田中が拾い、箱を開けた。
中に、小さな機械が入っていた。手のひらに収まるサイズ。側面にカートリッジを差し込む口がある。画面がついている。起動すると、音が鳴った。
ピコ~ン、という音だった。
「セーブしてから進む機械に、一番近いものです」とカーヴェが言った。「魔道演算と糸電話の技術を掛け合わせました。セーブ機能は物理的に無理でしたが、記録して再生することはできます。ゲームとして設計しました」
田中が三秒見た。
「使えるな(PCエンジンちゃん)」
少しの間があった。カーヴェの声の温度が、かすかに変わった。
「(評価されちゃいました)(田中さんに)(また何かが悔しいです)(理由がわかりません)(次の改良を開始します)」
「ルコ」と田中が言った。
ルコが前に出た。
「これを受け取れ。世界に置いていく。普及させろ。以上だ」
「......これは」とルコが箱を受け取った。画面を見た。
「セーブポイントか——」と田中は言いかけた。止まった。「まあ、そういうことだ。以上だ」
ルコが機械を両手で持った。
「わかりました(帳面に書き始める)」
ミントが横から覗き込んだ。「なんですかこれ!!田中さん、説明してください!!」
「ルコに聞け(歩き出す)」
「ルコ君は何もわかってないですよ!!」
「わかっていません!!(ルコ・でも帳面に書いている)」
田中は振り返らなかった。エリュシアがカーヴェに短く通信した。「ありがとうございます」
「どういたしまして(カーヴェ)」
「次は感度を四倍にします(カーヴェ)」
「それは別の話では......(エリュシア)」
*
グラが田中の肩から飛んで、地面で大型化した。青緑の鱗が朝の光を受けて光る。翼を広げると全員が乗れる幅になった。
「乗れ(全員に)」
エリュシアが田中の右後ろを確保した。ネネが左後ろをいつの間にか確保していた。ベータがその後ろに来た。トルネコが「わあ!!でっか〜!!(乗る)」と言いながら後ろに収まった。
田中が一番前に乗った。前を向いた。
「先行投資の回収だ(田中)」
「うるさい(グラ)」
「よかったです、いえネネの件は後で問い詰めます(エリュシア)」
「(処理中)」
「黙れ(ネネ)」
「うるさい(グラ・全員に)」
全員が黙った。
「行くぞ」と田中は言った。「次も削りきる」
グラの翼が大きく動き、空へと飛んだ。
*
ベッカーはみるみるうちに遠くなっていった。
ルコが手を振っていた。ミントが手を振っていた。ギルが帳面を持ったまま手を振っていた。アルスが腹筋ジャンプしながら手を振っていた。トメさんが静かに手を振っていた。鍛冶屋のガンツも腕を組んだまま頷いていた。
アドルが杖を持ったまま、まっすぐ立っていた。記録帳に何かを書いていた。
田中は振り返らなかった。前を向いていた。
この世界に来てからも、来る前も、彼はいつもそうだった。
グラが後ろに向かって一声鳴いた。
「グゥ~~~~~~」
それだけだった。それで十分だった。
エリュシアが後ろから、遠くなる景色を見ていた。
(田中さんは前を向いていました)
(いつもそうです)
(次の世界でも、きっとそうです)
(よかったです)(ネネ様の件だけ気になります)
ネネが左後ろから空を見ていた。「......千年いた世界が、どんどん小さくなってゆく――」
それだけ言って、前を向いた。
ベータが「(空、広い)(田中、前向いてる)(隣にいる)(なんで?)(記録する)」という顔をしていた。
グラが飛んだ。空が広かった。
第一世界が、遠くなっていった。
******
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第一世界 節約完全完了
第4章「習慣は、呪いより強かった」 了
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
******
その頃、神界では——
「......全員集まったそうですね」とカーヴェが言った。
「聞きました」とウルダが言った。「大魔王も来たそうですね」
「『娘を頼む(三回目)』を、田中さんが受け取ったそうです」
ウルダが少しの間を置いた。「......寛大に見守っていました」
「寛大です」
「......悪くない大団円でした」
「同意します」
「SEGAでは作れない大団円ですが」
「だーかーら、それ関係ないんですよ......」
「......関係ある。なんとなく」
「ハァ。寛大に見守ります」
******
神界業務日報 第4章最終回
業務終了報告。
勇者田中剛:第一世界、節約完全完了。
私:担当女神、継続中。
ドS:残留中。
本日の特記事項。
全員集まりました。
ハガー様が転移魔法で現れました。
「娘を頼む(三回目)」と言いました。
田中さんが「わかった。まあそうだろうな」と言いました。
私の顔が赤くなりました。
理由:書けません。
田中さんは前を向いていました。
アルスさんがうさぎ跳びで見送っていました。シャツが破れていました。
グラさんが後ろに向かって「グゥ」と言いました。
田中さんは振り返りませんでした。いつもそうです。
次の世界でも、書きます。
......削れ!!(なぜか出ました)
以上です。
担当:エリュシア(神界第七課・業務継続中)
******
魔王の家計簿 第4章最終回
支出:定食代(昨日分)
父上が来た。
「娘を頼む」と言った。三回目だった。
田中が「わかった。まあそうだろうな」と言った。
今回は受け取った。
顔が赤くなる出来事があった。
書かない。
書いた。
以上。
第一世界が遠くなった。千年いた。もういい。
田中が前を向いていた。我もそうする。
以上。
******
ゾルグ奪還日誌 特別号
田中さんが第一世界を出ました。
泣きました。
ゼフィーラ様に「それ以上言うな」と言われました。
フィルナ様が「よかったねぇ」と言いました。
グレイン様が「認めてない(でも目が赤かった)」という顔をしていました。
田中さんの「わかった(娘を頼むに対して)」をスピーカーで聞きました。
号泣しました。
ゼフィーラ様に二回「黙れ」と言われました。
奪還計画は第百二十七案まで作りました。
でも今日は見送りの日でした。
以上です(泣いています)。
******
大魔王の独り言 特別号
転移した。
「娘を頼む」と言った。三回目だ。
今回、田中が「わかった」と言った。
「まあ、そうだろうな。以上だ」とも言った。
......そうだろうな。以上だ。
安葉巻に火をつけた。昭和の味がした。
娘が顔を赤くしていた。
振り返らなかった。
それでいい。それが娘だ。
悪くない男だった。まだ認めていないが。
以上だ。
ネーネちゃんさびちくなったらいつでも帰ってきていいんでちゅよ~。
この記録は削除する。
******
アルス修行日誌 特別枠(遠くから)
師匠たちが飛んでいった。
大魔王さんが来た。
グレイン様が「悪くなかった」と言った(認めていないそうだ)。
ゾルグ様が号泣した。
フィルナ様が「またね〜」と言い続けた。
グラが「グゥ」と鳴いた。師匠は振り返らなかった。
それでよかった。師匠らしかった。
丈夫なシャツを作ってもらった。
来る途中で少し破れた。習慣だと思う。
またお願いすることになりそうです、鍛冶屋さん。
以上です。
****:
ベータの観測記録 第4章最終回
本日、グラに乗って第一世界を出た。
大魔王が転移してきた。(計測値:でかい)
「娘を頼む(三回目)」と言った。
田中が「わかった」と言った。(全員止まった)(自分も止まった)
(なんで止まったんだ)(処理中)
エリュシア:右後ろにいた。(よかったです、と言っていた)(顔赤かった)
ネネ:左後ろで空を見ていた。(千年いた世界が小さくなる、と言っていた)(顔赤かった)
自分:後ろにいた。(田中の後ろ取られた)(むかつく)(でも別にいい)(なんで?)
空が広かった。隣にいた。
(なんで?)(わかんない)(でも、わかりたい)
記録する。
******
グラの一日 特別枠・最終回
グゥ(みんなが乗った)
グラ(重かった)
グゥ(後ろに向かって鳴いた)
グラ(田中は振り返らなかった)
グゥ(空が広かった)
グラ(うるさい)
グゥ(でも、悪くなかった)
******
ミントさんの業務日誌 特別記録
田中さんたちが旅立ちました。
大魔王様が来ました。驚きました。
「使えるな」と言われました。嬉しかったです。
田中さんは振り返りませんでした。
グラさんが「グゥ」と鳴きました。それだけでよかったです。
怒鳴る担当は続けます。
ミントより(リッカ)。以上です。
******
カーヴェ技術報告 特別号
神界演算遊戯機、第一世界への配布完了。
名称は田中さんが決めると思っていましたが、
渡す前に「世界に置いていく」と言って去ったので未定です。
田中さんに「使えるな(PCエンジンちゃん)」と言われました。
何かが悔しいです。
理由はわかりません。
でも少し、よかったです。
セーブ機能は物理的に無理でした。
でも記録して再生することはできます。
糸電話と魔道演算を掛け合わせました。
田中さんが最初に「セーブ魔法は作れるか」と言ったのは、
確認したところ、42話でした。
完成まで時間がかかりました。
次の改良を開始します。感度を四倍にします。
カーヴェ・エイン・ルーシェ(PCエンジンちゃん)より。
******
イースの記録帳 特別号
田中剛、第一世界出発。記録した。
800年生きた。記録に値する出来事は数えるほどだ。
今日はその一つだった。
田中剛が振り返らなかった。
いつもそうだった。記録した。
以上だ。
次の記録は、300年後かもしれない。
または、明日かもしれない。
それでいい。




