「削れたな(一秒で終わった)」
その日、先頭を歩いていたのはベータだった。
珍しいことだった。いつもは田中が先頭で、ベータは荷物を背負って後ろの方を歩いている。それが今日に限って「こっち(ヤンキー)」「なんか、引かれる(処理中)」と言いながら前に出て、迷わず道を選んでいた。
「わかるのか」と田中が聞いた。
「......管理システムの名残、みたいなやつ(ヤンキー→システム)。核がどこにあるか、なんとなくわかる。むかつくけど(ヤンキー)」
「使えるな」
「......(処理中)(小悪魔になりかけて止まる)(むかつく)」
そのまま一行はベータについていった。一時間ほど歩いた先に、世界の終端があった。
すると、世界の終端に、”それ”が現れた。
「緊急防衛プロトコル:起動。管理者の離反を確認しました。最上位防衛機能を展開します」
声だけが先に来た。次に、光が走った。
”それ”は途轍もなく、【でかかった】。
これまでのどのキャラと比べても段違いにでかかった。根源の塔のラスボスが「でかい」なら、これは「でかすぎる!」だった。天井を突き破って上方向に消えているし、体の端が壁にめり込んでいる。目の前にいるのに全体像が見えない。
田中はもとより、全員が沈黙した。
「......師匠」とアルスが言った。「でかいです」
「そうだな」
「かなりでかいです」
「そうだな」
「めちゃくちゃでかいです!」
「うるさい。わかった」
*
”それ”との戦闘が始まった。
まずは田中が先頭でダメージを与え、ネネが魔法を撃った。エリュシアが神力で補助した。アルスがマッスル拳を叩き込んだ。フィオが石を投げた(今日は石の日だった、とあとでフィオに聞いた)が、もちろん当たらなかった。
ベータが「(計測中)(計測中)(でかすぎて計測できない)(処理中)」と言いながら後方から支援した。
グラが飛びながら「うるさい(防衛機能に向かって)」と言った。
......しかし、それでもじわじわ押されはじめていた。
全員で削って、それでも押された。
そんな中、
「師匠!!チートを!!」とアルスが叫んだ。やっぱりシャツがびりびりに破れていた。もう全部破れていた。上半身がほぼ露出していた。
「いや。使わん」
「師匠!!!」
「使わん」
「師匠お願いします!!今すぐ!!」
ベータが横から言った。「ねえ、チートあるんでしょ。使えばよくね~?(ヤンキー)」
「使わん」
エリュシアが叫んだ。「(ドS)田中さん!!今すぐ使ってください!!常識だろうが!!」
「使わん」
ネネが静かに言った。「......使え」
「使わん」
グラが田中の肩で一言。
「うるさい(田中に)」
全員の時間が止まった。
グラが田中に「うるさい」と言ったのは、今日が初めてだった。
田中が振り返った。グラが金の目で田中を見ていた。
「......」
全員「「「「「......」」」」」
田中「......うるさい(グラに言い返した)」
グラ「グゥ(離れない)」
全員「「「「「田中さん!!(師匠!!)(使え!!)(使ってください!!)(ねえ!!)(うるさい)」」」」」
田中がエリュシアの頭にゲンコツを一発入れた。
「エリうるさい。わかった。黙れ」
エリュシア「いたっ(いたいです)(でもよかったです)(今それどころではありませんが)(よかったです)(書けません)」
*
少しの間があった。
田中が防衛機能を見た。
「ハァ......わかった。使うか」
全員「「「「「やっと???!!!」」」」」
「ただし」
全員「は?」
「一秒で終わらせる。そのほうが安い」と田中は言った。「長く戦うとコストがかかる。経費削減だ。以上だ」
全員「「「「「それが理由かい!!!!!」」」」」
エリュシア「(ドS)理由は経費ですか!!命の危機に経費削減ですか!!常識だろうが!!」
ネネ「(その観点は)(予想していなかった)(......まあ、田中だな)」
ベータ「(処理中)(理由:経費削減)(処理:完了)(なんか納得した)(なんで?)」
アルス「師匠が言うと一番説得力があるのはなぜですか!!(ビリッ)もう、シャツの残りがない)」
田中「うるさい(全員に)」
そして田中がゆっくりと腕を上げ始めた。
*
......ゆっくり、だった。
本当にゆっくりと、すこ~しずつ、田中の拳が上がってゆく。
その瞬間、空気が変わった。
チートが起動する感覚を、エリュシアが神力で感知した。(田中さんのLVが)(計測値が)(ちょっと待ってください)(計測が追いつきません)
ネネが呼吸を止めた。(これは)(千年生きてきて)(一度も見たことがない)
ベータが全システムをフル稼働させた。(計測中)(計測中)(計測中)(計測不能)(観測不可)(システム:過負荷)(記録:不可)(……なんかやばい)(ヤンキー)
アルスが涙目になった。「師匠ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
防衛機能がたじろいだ。あれだけでかかった何かが、田中の拳一つで「……?」という空気を出した。
田中がゆっくりと、本当にゆっくりと、拳を振り下ろした。
一秒後。
ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
天井から石屑が落ちた。全員が頭を伏せた。塵が漂った。
静寂。
そこには、何もいなくなっていた。
「一秒だったな」と田中は言った。
全員がゆっくりと顔を上げた。
「「「「「......(今の何だったんですか)」」」」」
エリュシア「(計測しようとしました)(できませんでした)(ドS出る)田中さん、説明してください!!常識だろうが!!」
田中(無視)
(無視されました)(よかったです)(今はそれどころではない気がします)(でもよかったです)
ベータ「(全システム:再起動)(観測値:正常)(……なんか、終わった感じ?)(処理中)」
ネネが目を閉じて、深く息を吸った。
「......我の魔力が」
戻っていた。久しぶりに、全部戻っていた。
エリュシアも同じ感覚があった。「......神力の制限が、解除されました」
「そうか」と田中は言った。
戦いは一瞬で終わった。
派手な勝利宣言はなかった。
神を斬ったわけでも、世界を砕いたわけでもない。
ただ、残っていた無駄が消えていた。
過剰な支配。
不要な管理。
誰かを捨て駒にするための理屈。
正しいふりをした、古い仕組み。
田中は、折れた足場の上で息を吐いた。
「削れたな」
その声は、いつもと同じだった。
だが、誰も笑わなかった。
エリュシアが、静かに頷く。
ネネも、何も言わずに隣へ立った。
「世界一つ分の無駄だ。高くついた」
田中は前を向いたまま、短く続けた。
「だが、払うよりは安い」
一拍。
「節約完了だ」
その言葉だけが、壊れた塔の上に残った。
*
少し静かになった後、田中がアルスを見た。
「これですべてが終わった」
「削り終わった世界を守る奴がいる。そいつが勇者だ。お前だ」
アルスが止まった。
「......(限界寸前)......はい師匠!!わかりました!!」
少しの間があった。
「あと!!」
「なんだ」
「筋トレジムを、開きます!!」
全員が止まった。
ベータ「はああ?(ヤンキー)」
エリュシア「(ドS)勇者訓練所ではないんですか!!筋トレばっかしてないで、世界を救えよ勇者!!常識だろうが!!」
ネネ「世界を救えよ勇者」
ベータ「世界より筋肉なの?(処理中)(理解できない)(でもなんかわかる)(なんで?)」
グラ「うるさい(アルスに)」
アルス「世界は救います!!でも筋トレジムも開きます!!なぜなら筋肉は世界を救うからです!!師匠が証明しました!!一秒でした!!」
全員「「「「「どこで証明した!!!」」」」」
「シャツの節約になるな。いい」と田中は言った。
全員「「「「「なぜその観点!!!」」」」」
エリュシア「(ドS頂点)シャツ代の節約で弟子の今後を承認するのですか!!!常識だろうが!!!」
田中(無視)
(無視されました)(よかったです)(今日も合唱でしたが)(どちらでもよかったです)
アルスが残っていた最後のシャツの切れ端を、田中の前に置いた。
「師匠!!今まで、ありがとうございました!!」
ゆっくりとアルスは田中に向かって一礼した。とても深かった。
田中が一秒だけアルスを見た。
「筋トレは続けろ。丈夫なシャツを作ってもらえ。鍛冶師に頼め。以上だ」
アルスが頷いた。目が赤かった。でも泣かなかった。泣かないために、体を動かした。
例のうさぎ跳びを始めながら、彼はそのまま去っていった。
全員が笑いながら見送った。
うさぎ跳びのせいで全然速くない。でも誰も止めなかった。エリュシアが笑いながら少し目を拭っていた。ネネが腕を組みながら、口角が上がっていた。ベータが「(なんかこれ、いいかも)(処理中)(なんで?)」という顔をしていた。グラが田中の肩で「グゥ」と一声鳴いた。
アルスが角を曲がって見えなくなった。
田中が前を向いた。「行くぞ」
全員がついていった。
******
その頃、魔界では——
ゾルグが報告書を抱えて走り込んできた。
「大魔王様!!田中様が第一世界をクリアしました!!弟子を置いて次へ向かうそうです!!あと弟子が筋トレジムを開くそうです!!!」
ハガーが安葉巻にゆっくり火をつけた。
「......行ったか」
「えっ、それだけですか!!?」
「ゾルグ」とゼフィーラが静かに言った。「それ以上言うな」
「はいっ!!(でも言いたい)」
ハガーが煙を吐いた。
(子供はいつか遠くへ行く)
(田中がそう言った)
(......そういうことだ)
(でもネネちゃん、パパの事わちゅれちゃったんでちゅか~......?さびちい)
「悪くない」
フィルナ「大魔王様〜!!田中さん、世界クリアしたんですって〜!!弟子さんがジムを開くんですって〜!!よかったですね〜!!」
ゼフィーラ「フィルナ、それ以上言うな(二度目だ)」
フィルナ「え〜なんでですか〜」
ゼフィーラ「......わかっているはずだろ」
フィルナ「え〜フィルナ全然わかってないです〜(ほんとにわかってない)」
ゾルグ(大魔王様が「行ったか」と言った時、それは田中さんのことですか、弟子さんのことですか、それとも両方ですか、聞いていいですか、言わない、めちゃくちゃ言いたい、でも言わない、言いたい、言わない、言いたい、言っちゃおうかな、えーい、でもダメだ言わない)
ゼフィーラ「ゾルグ、口が動いている。キモい」
ゾルグ「はいっ!!(口を閉じた)(でも心の中では言ったもんね!)」
ハガーが安葉巻の煙を窓の外へ吐いた。魔界の空が今日もずれた方向に光っている。
(娘の隣に、悪くない男がいる)
(以上だ)
(ネネちゃんに会いたいバブー)
※おじさん解説!
チートとは何か。この作品においてのチートは「異世界人上限の10倍のステータス」だ。田中剛は転生時に与えられたが、ほぼこの世界で使わなかった。理由は「コストがかかる」ではなく「体で覚えた分が本物だからだ」と確信しているからだ。第1話から徹底してこの男はそうである。
それを今日、使った。
理由は「一秒で終わる方が経費削減」だった。
全員が納得した。なぜなら田中剛だからだ。常識だろうが。
******
神界業務日報 第96回
本日の特記事項。
最上位防衛機能が出現しました。
田中さんが「使わん」と言いました。
全員が「使ってください!!」と言いました。
田中さんが「経費削減だ。一秒で終わる」と言いました。
一秒で終わりました。
私の神力制限が解除されました。
田中さんが「削れたな。以上だ」と言いました。
それだけでした。それだけで十分でした。
アルスさんが「筋トレジムを開きます」と言いました。
全員が「世界救えよ勇者」と言いました。
田中さんが「シャツの節約になる。いい」と言いました。
なぜその観点なのか今でもわかりません。
アルスさんがうさぎ跳びで去りました。
笑いながら見送りました。
少し泣きました。
書きます。
以上です。
担当:エリュシア(神界第七課・業務継続中)
******
魔王の家計簿 第96回
支出:なし(チートは無料だった)
田中が「一秒で終わる方が安い」と言った。
一秒で終わった。
経費削減だった。
魔力が全部戻った。
田中が「削れたな」と言った。
それだけだった。
アルスが筋トレジムを開くと言った。
「世界を救えよ勇者」と言った。
田中が「シャツの節約」と言った。
全員で笑った。
アルスがうさぎ跳びで去った。
全然速くなかった。
笑いながら見送った。
悪くない別れだった。
以上。
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アルス修行日誌 最終回
師匠が「削り終わった世界を守る奴が勇者だ。お前だ」と言いました。
なので、筋トレジムを開くことにしました。
あれからジムは大盛況です。
世界を筋肉で救った勇者、と言われています。
シャツはまだ破れます。
なので上半身は基本的に毎日裸です。
たまに通報されます。
でも筋肉は削れません。師匠が正しかったです。
師匠たちが次の世界へ行かれる時も、僕はうさぎ跳びで見送りました。
全然速くなくて見送りに遅刻しました。全員に殴られました。
以上です。
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ベータの観測記録 第五回
本日の観測。(システム)
最上位防衛機能:出現→消滅(一秒)
田中:チート使用(経費削減のため)(処理:完了)(なんか納得した)(なんで?)
エリュシア:泣いてた(違うって言ってた)(泣いてた)
ネネ:笑ってた。はじめて見た。(いい顔してた)(むかつく)(なんで?)
アルス:うさぎ跳びで去った。全然速くなかった。(でもなんかよかった)(処理中)(なんで?)
グラ:「グゥ」と言った。(なんかわかった気がした)(処理中)(「なんで?」が多い)(むかつく)
田中は前を向いていた。
ついていった。
なんでかは今日もわからない。
記録する。




