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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第4章:習慣は、呪いより強かった

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「はあ?削れってどういうこと」

 根源の塔の最奥は、部屋ではなかった。


 通路が終わった先に、広い空間が広がっていた。天井の高さがわからない。壁があるのかどうかもわからない。あるのは床だけで、その床に細かい紋様が刻まれており、青白く光っている。石の感触はあるが、どこか作り物めいた静けさがあった。


 田中が先頭に立ち、部屋に踏み込んだ。グラが田中の肩でぎゅっと小さくなり、それからまた元に戻った。


 全員が中に入ると、扉が、音もなく閉まった。


「......何もいませんね」とエリュシアが言った。


()()」と田中は言った。


 次の瞬間、空間の中央で光が集まった。



 声が先に来た。


独自規格(どくじきかく)を、再起動リブートします」


 感情がない声だった。完璧に均一で、どこから聞こえているのかわからない。光が集まり、形を作り、人型の何かが現れた。


 それは、小柄な女性型に見えた。体形はとても細く、容姿からは年齢がわからない。髪の色が、見ているうちにみるみる、青から緑に変わっていった。

 特徴的な目だけが金色で、服は左右対称に整いすぎていて、どこか作り物めいた外見をしていた。


「ワタシが、この世界の管理を、継続します」


 田中が正面から見た。「......お前が――?」


「あなたは規格外です。管理対象外です」


「そうか」


「ですが、アナタは削除対象です」


 田中が一歩前に出た。「削除、か」


「はい。独自規格に適合しない存在は——」


「お前に、今この世界を動かせるか」


 一瞬、止まった。


「独自規格管理システム。稼働中です」


「嘘をつくな」と田中は言った。「それは動いていない。以前もう終わらせた」


「サブシステムは——」


「残りカスだ」


 空間が静かになった。


(残りカスと言われました)(処理中——)(——処理できません)


「それは正確ではありません。当システムは——」


「動いてもいないのに、何を管理するんだ」


 田中が続けた。声は平坦だった。


「誰も選ばない規格で、誰かを管理しようとしている。動いてもいないくせに。それで一丁前に削除対象とか言っているのか」


 少しの間があった。


「そんなもの、()()()()じゃないか」


(残りカス——)(残りカス——)(ワタシが――?)(——)


削れ(コストカット)。以上だ」



 管理者の形が、田中の言葉で揺れた。


 最初は小さかった。体の輪郭が、ほんの少し揺らいで、また戻る。それが二回、三回と続いた。


 そして、声が変わった。


「削除——」


 さっきまでの均一な管理者の声だ。だがその直後、まるで別人のように口調が変わった。


「あ――?アタシとやんの? やんならやるけど??」


 アルスが「え?」と言った。誰も答えなかった。


 また変わった。


「——計測値が変動して——処理が——」


 今度は感情のない、機械的な分析口調だ。それが一瞬で途切れて、また別の声になる。


「わたし、消えちゃう——ねえ、見てる?——」


 不安そうな、か細い声だった。かと思えば、


「面白いじゃん、あなた——もっと近くに——」


 今度は打って変わってにやにやした口調になった。


 つまり、こういうことだった。


 一人の体から、ばらばらの別人が交互に喋り続けている。管理者風。ヤンキーのような荒っぽい声。データ分析型。不安定メンヘラ。小悪魔系。それが一秒ごとに入れ替わり、どの声も中途半端に途切れて、次の声に上書きされていく。


「——再起動——やんの?——処理中——消えちゃう——面白い——削除——」


 全部が混ざった。


 体が小刻みに揺れ、髪の色が青→緑→赤→紫と切り替わり続け、金の目が忙しなく瞬いた。


 全員が動かなかった。アルスが「な、なんですかこれ」と小声で言い、ネネが「黙れ。見ていろ」と返した。


 やがて揺れが収まっていった。長い沈黙の後、その何かが静止した。


「......わたし」


 声が出た。さっきの均一な声ではなかった。不安定で、どのモードにも属していない声だった。


「......わたし、何?」


 田中が見た。「βマックスだ」


βちゃん(ヤンキー)「......はあ?やんのか?てめぇ」


「負けた。でも残った。ベータだ」


「......」


「以上だ(歩き出す)」


「ちょ——はあ?それだけ?意味わかんないんだけど」


 田中は止まらなかった。そのまま歩き続けた。


 ベータが一瞬固まって、それからついていった。



エリュシア「(どうして今回もこうなるんですか)(ドS出る)田中さん、説明してください!!今すぐ!!常識だろうが!!」


 田中が振り返りもせず、チョップだけエリュシア寄越した。


「う る さ い」


「痛いです!!(一拍)......(よかったです)(でも今それどころじゃありません)(どちらでもよかったです)(書けません)」


 ネネが田中の横に並んだ。「......その名前、なんだ?」


β(ベータ)マックスだ」


「βマックス、とは」


「昔、S〇NYが作った規格だ。VHSと戦った。負けた」


「......負けたものを、なぜつける」


「性能は本物だった」と田中は言った。「市場に負けた。でも本物だったことは本物だ。残ったものを残りカスとは言わん。残ったんだから、残ったものだ。それがベータだ」


 ネネが少し考えた。「......そうか」


(負けた、でも本物だった)(それで命名した)(田中らしい、な)


 後ろから声がした。


「で――そのVHSってやつ、どうなったわけ」


 荒っぽい口調だった。さっきの不安定な声とも、管理者の声とも違う。ぶっきらぼうで、少し尖っている。


「今も残っている」と田中は言った。


「......ふーん」


「お前も残った。()()()()()


「......」


(処理中)(小悪魔に切り替わりかけて、止まる)


「......むかつく」


田中(無視)


「は?無視してんじゃん。何なんマジで、殺すよ?」


田中(歩き続ける)


βちゃん「......(ついていく)」


エリュシア「(ドS全開)その子に話しかける前に私の質問に答えてください!!削れと言って命名するのはなんですか!!常識だろうが!!」


田中(無視)


(無視されました)(よかったです)(また合唱になりましたが)(どちらでもよかったです)


 ネネが腕を組んで、後ろを振り返った。


「......また人が増えたな」


 慣れている声だった。そして少し、懐かしい感じがした。


(確かこれは)(我が初めて合流した時に)(田中が言われた言葉だ)(我が言ったんだったか)(......書かない)


 グラが田中の肩から飛んだ。


 ふわっとベータの肩に乗った。


「......なんで乗ってんのオマエ」


「グゥ」


「......」


 グラは、βから離れなかった。


「......まあ、勝手にしろ」


 田中が塔の出口に向かって歩き続けた。全員がついていった。


******


その頃、魔界では——


 ゾルグが執務室の扉を勢いよく開けた。


「大魔王様!!根源の塔で何かが人型になったという報告が!!」


「知っている」


「知っていたんですか!!?」


 ハガーが安葉巻に火をつけながら言った。「田中がまた何かに名前をつけたそうだ」


「なぜそれを!!情報源はどこですか!!」


「フィルナが『なんか増えたみたいですぅ!!』と連絡してきた」


 ゼフィーラが目を閉じた。「......フィルナは」


「問題ない。連絡があった。それだけだ」


「大魔王様は、それを聞いてどう思いましたか(ゾルグ)」


「また増えた、と思った。以上だ」


 ゾルグが「それはネネ様と同じ感想では......」と言いかけて、ゼフィーラに一歩踏み出されて止まった。


「ゾルグ。それ以上言うな」


「はいっ!!(でも言いたい。あといつも二人きりだとネネちゃまとか言ってるんですか?とか聞いてみたい!!でも言えない!!!)」


 ハガーが安葉巻の煙を吐いた。窓の外、魔界の空が今日もずれた方向に光っていた。


(田中が、また名前をつけた)(残ったものに)(残ったんだから、残ったものだ、と言いそうだ)(そういう男だ)


「......悪くない」


フィルナ「なんの話ですかー?!(扉から顔を出す)」


ゼフィーラ「フィルナ、なぜここに——」


フィルナ「四天王にも報告しに来ましたー!!根源の塔で何かが仲間になったみたいですよー!!よかったですねー!!」


ゼフィーラ「それは今ゾルグが——」


フィルナ「あとハガー様ー、その葉巻、昨日と同じ匂いですー!!やっぱりいい感じですー!!」


「フィルナ、それ以上——」


「えー、なんでですかー」


 ゾルグが小声でゼフィーラに言った。「(フィルナが言っても大魔王様は怒りませんよね......)」


 ゼフィーラが小声で返した。「(......わかっている。だから余計に言うな)」



※おじさん解説!


 田中がつけた名前「ベータ」の元ネタを解説するぞ。


 昭和五十年代、家庭用ビデオデッキの「録画方式戦争」があった。


 一方はソニーが作った「ベータマックス(Betamax)」。もう一方はビクター(JVC)が作った「VHS(ブイエイチエス)」だ。


 画質はベータマックスの方が良かったと言われている。技術としての完成度も高かった。だがVHSが勝った。


 理由は録画時間だ。VHSは映画一本が録れる長時間録画に対応していた。松下・日立・三菱が揃ってVHSを普及させた。消費者は録画時間を選んだ。どんなに性能が良くても、市場が選ばなければ負ける。ベータマックスは1988年に製造を終了した。


 「性能は本物だった。市場に負けた。それでも本物だったことは変わらない」


 田中がベータに名前をつけた理由は、それだけだ。残りカスとは言わない。残ったんだから、残ったものだ。常識だろうが。


 ※VHSは現在も記録メディアとして一部で残っています。


******


神界業務日報 第93回


本日の特記事項。


根源の塔の最奥にて、独自規格のサブシステムが人型として出現しました。

田中さんが「残りカスじゃないか。削れ。以上だ」と言いました。

システムが崩壊しました。

田中さんが「ベータ」と命名しました。

ベータさんがついてきています。


私が説明を求めました。

田中さんに無視されました。

よかったです。


ネネ様が「また増えた」と言いました。

私も少し同じ気持ちでした。

書きません。

書きました。

以上です。


担当:エリュシア(神界第七課・業務継続中)


******


魔王の家計簿 第93回


支出:なし(無料で人が増えた)


塔の奥から何かが出てきた。

田中が「残りカスじゃないか。削れ」と言った。

何かが壊れた。

田中が「ベータだ」と言った。

ついてきた。


「また増えた」と言った。

慣れている。

以前、我が最初に合流した時のことを思い出した。

田中に何と言われたかは、書かない。

以上。


******


アルス修行日誌 第93回


本日、塔の最奥に何かがいました。


田中師匠が「残りカスじゃないか。削れ。以上だ」と言いました。

何かが崩れました。

田中師匠が「ベータだ」と言いました。

ベータさんがついてきました。


師匠の命名を見るのはこれで何回目か数えています。

共通点があります。

「負けたけど本物だったもの」に名前をつけます。

いつか俺もそう言われる日が来るかもしれません。

今日も腹筋しました。習慣です。以上です。


******


ベータの観測記録 第一回


田中とかいうのが「残りカスだ。削れ。以上だ」と言った。

処理できなかった。


田中が「ベータ」と言った。

これが自分の名前らしい。


ついていくことにした。

理由:不明。

でも止まれなかった。


グラというのが肩に乗ってきた。

「グゥ」と言った。

処理中。

まあいいけど。


記録する。寂しい。もう行っちゃうの?はぁ?やんのかてめぇ。

等複数人格の記述がめちゃくちゃに並んでいるため、以下省略――

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