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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第4章:習慣は、呪いより強かった

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「根源の塔、石が先に行った」

 しばらくぶりに訪れた根源の塔は、よく見るとボロくてそして――古かった。


 ただ古いというのではなかった。石の一枚一枚が、長い時間の重さを吸い込んでいるような感覚があった。塔壁の苔は分厚く、壁の継ぎ目に指が入るほど風化している。塔のいただきかすみの中に消えていて、どこで終わるのかが見えない。


 田中は三秒だけ外観を見た。「高い」


「高さの話ですか?」とエリュシアが言った。


「コストの話だ」


「どちらも正しい気がします」


 トルネコが地図を折りながら言った。「中の構造は不明やそうです。情報屋も『中に入ったことがある奴が帰ってこない』言うてましたんで、参考にならんと」


「そうか」と田中は言った。「全員、帰れるようにして進め。以上だ」


 グラが田中の肩で「グゥ」と一声鳴いた。



 塔の中層に入ると、空気の質が変わった。


 石の壁が迫り、通路が狭くなる。光源は壁に染み込んだ魔素の残滓(ざんし)だけだった。青白く、揺れている。床は乾いているが、足音だけが余計に反響する。まるで塔そのものが、侵入者の位置を記憶しているようだった。


 田中が先頭を歩いていた。アルスがその後ろでいつも通り筋トレをしながら、荷物は全員分背負っている。本人いわく「トレーニングになります!」とのこと。

 エリュシアは田中の斜め後ろに位置を取り、ネネが続いた。フィオは中ほどにおり、グラは田中の肩でうとうとしていた。


「師匠!!この先に反応があります!!」


「どんな反応だ」


「でかいです!!」


「そうか。行くぞ」


 突き当たりの扉が、音もなくスゥ―――と開いた。



 それは()()()()()


 天井まで届きそうな体躯に、いくつもの腕。石造りの廊下の幅ぎりぎりに体を押し込んで、魔素を凝固(ぎょうこ)させた石骨巨人(ストーン・ゴーレム)が静止している。正面からダメージを与えようとすれば、相応のリスクがある。


 田中が足を止めた。(密度が高いな)(正面からでは削れない)(コストがかかる)


「師匠!!ここは俺が!!」


 アルスが荷物を全員に振り分けて、前に出た。


 田中が一秒だけアルスの背中を見た。腕の太さが、半年前とは違う。足の運び方も変わった。毎日千回以上の腕立てと、千回以上の腹筋と、常人では考えられないくらいのうさぎ跳び筋トレ走り込みと、誰にも言わなかった朝が全部詰まっている背中をしていた。わかりやすく言うと、「背中に鬼が生えていた」。


「よし、行け」


「はい師匠!!」


 アルスが拳を握った。


 石骨巨人(ストーン・ゴーレム)の腕が一本、真下に振り下ろされる。アルスが潜り込んで、脇腹に拳を打ち込んだ。豪快に石が砕ける音!


「師匠!!当たりました!!」


「続けろ」


「はい師匠!!(ビリビリッとシャツが破れる)」


田中「......また破れたか」


アルス「破れましたが問題ありません!!(石を砕きながら)この鍛えた体は削れません!!」


 エリュシアの口が動いた。「(ドS出る)削れ!!(追い打ち)」


田中(無視)


(無視されました)(よかったです)(今は戦闘中ですが)(どちらでもよかったです)


 アルスが二発目を打ち込んだ。石骨巨人(ストーン・ゴーレム)が揺れ、崩れ始める。たったの三発目でゴーレムは完全に砕けた。


「師匠!!倒しました!!」


「強くなった証拠だ」と田中は言った。「シャツ代は経費と考えろ」


「はい師匠!!(破れたまま立っている)」


 ネネが腕を組んで、静かに二人を見ていた。(また破れた)(......悪くない)



 上層に入ると、今度は通路が広くなった。


 石の質が変わる。壁の継ぎ目が精密で、表面に薄い紋様が刻まれている。古いが、意図がある。誰かが、ここから初めて塔を作ったのだということが、見てわかった。


 そのまま進む道中、田中がふと足を止めた。


 通路の先に、何かがいた。大きくはない。人型に近い何かが、奥で静止している。距離は五十メートル以上。光源の弱い上層では輪郭しか見えないが、発している魔素の密度が違った。


(......倒せる)(だが、ここからでは届かない)(射程が問題だ)


 田中が後ろを振り向いた。


 フィオが通路の端に立って、その何かを見ていた。


「フィオ」


「......」


「行けるか」


 フィオが少しの間、黙っていた。


「倒す理由、今日はある」


 田中が何も聞かなかった。「やれ」


 フィオが前に出た。荷物から取り出したのは石ではなかった。鈍い光を反射する筒。引き金と薬室がある。以前にも見ていたので、何かは一目でわかった。


 魔道銃――。一発三万Gというとてつもないコスト無視の武器。だがいざというときにその火力は役に立つ。


 フィオが構えると、通路の奥の何かが、ゆっくり動き始めた。


 そして引き金が引かれた。


 遠くで光が走って——


 ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!


 天井から石屑が落ちてきた。全員が頭を伏せて、しばらく塵が漂った。


 静寂が戻ってから、田中が通路の奥を見た。何もいなくなっていた。


「今回、石じゃなかったな」


「......うん」とフィオは言った。


 荷物に手を入れて、石を一個補充した。それだけだった。


「......使えるな」


 フィオが少しだけ前を向いた。


(六回目だ)(田中から言われた)(書かない)(書いた)(以上)



 さらに奥へ進んだ。


 最上層に近づくにつれて、空気の重さが変わっていった。魔素ではなかった。もっと古いもの、体系化された何かの残滓(ざんし)が、壁全体から滲み出ている感じがする。足音が吸い込まれるような、静かすぎる通路が続いた。


 エリュシアが立ち止まった。


「......田中さん」


「なんだ」


「......何かがいます」


 少しの間があった。


 普段の「何かがあります」ではなかった。確信のある、低い声だった。エリュシアが言葉を選んでから続けた。「神力で感知できます。塔の最奥に——独自規格のコアがあります。以前、論破されたはずのものが、サブシステムとして残ってるようです。それが、まだ動いています」


(動いています)(()()は、田中さんが削り切ったはずです)(......残っていました)(すみません)(気づけませんでした)


 田中が通路の先を見た。「そうか」


「......危険です」


「そうだろうな」


「準備を——」


「行くぞ」


 エリュシアが一瞬だけ固まった。そして小さく息を吐いた。


(行くぞ、と言いました)(いつもそうです)(......よかったです)


「......はい」


 田中が歩き出した。全員がついていった。


 塔の最奥に向かって、足音だけが続いていった。


******


その頃、魔界では——


 執務室に、ゾルグが報告書を広げた。


「大魔王様!!田中様の素性調査、完了しました!!」


 ハガーが椅子に深く座ったまま、葉巻を一本取り出した。いつものものだった——が、火をつけようとして、止まった。


(......高すぎる)


 ハガーがゆっくりその葉巻を戻した。引き出しの奥から、別の葉巻を取り出す。安い。どこでも手に入る安物の葉巻だ。ハガーは昭和の味がする、と思った。


(これでいい......)


 火をつけた。煙が細く上がった。


「大魔王様? その葉巻は先日までのものと——」


「報告しろ」


「あ、はい!!」とゾルグが書類を持ち直した。「田中様のレベルですが——LV6でした!!」


 沈黙が来た。


「......LV6?」


「そうです!!6です!!一桁です!!」


 ハガーが安葉巻をゆっくり吸った。


(LV6)(それで娘に追いついた)(それで俺とやり合った)(......それで生きている、と)


「フ......そうか」


「えっ、それだけですか!!普通もっと驚きませんか!!」


「ゾルグ」とゼフィーラが静かに言った。「それ以上言うな」


「はいっ!!(でも言いたい~~~田中さんのすごいところ、もっと報告したいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!)」


ゾルグ(あの安葉巻、田中様の煙草と同じ値段では......)(言わない)(言わないぞ!!)(が、死ぬほど言いたい)


フィルナ「大魔王様、葉巻の匂いが変わりましたよね〜!!なんかいい感じです!!」


ゼフィーラ「フィルナ、それ以上言うな」


フィルナ「えー、なんでですか〜」


ゼフィーラ「......わかっているはずだ」


フィルナ「え~フィルナ、何もわかってないですぅ〜」


 ハガーがまた安葉巻を一口吸って、窓の外を遠い目で見た。魔界の空は今日も光の方向がずれていた。


(LV6で来た、だと)(だが、ネネちゃん()の隣にいる)(......悪くない)

(あとネネちゃん早く帰ってきてほしいでちゅ、パパ寂しいんでちゅ!!)


******



※おじさん解説!


 根源(こんげん)の塔——これはそういう名前ではない。地元の情報屋が「昔からそう呼ばれている」と言った。正式名称不明。実態不明。入ったら帰らない冒険者が多数いる。それでも田中は「そうか、行くぞ」で処理した。元・昭和工場管理職は不明情報の前で止まらない。なぜなら現場で確認するからだ。


 どうでもいい話だが、昭和おじさんはファイナルファンタジー3のラストダンジョンである「クリスタルタワー」をクリアするために何時間もファミコンの前に座っていた。

 お袋の目をかいくぐり、クリアまでいかにACアダプタを取られないか、命がけでプレイしていたのだ。


 なぜならクリスタルタワーは入ったが最後、セーブできないからである。

 常識だろうが。


******


神界業務日報 第92回


本日の特記事項。


根源の塔・中層にて戦闘が発生しました。

アルスさんが石骨巨人(ストーン・ゴーレム)を単独撃破しました。

シャツが破れました。

田中さんが「強くなった証拠だ」と言いました。

私も「削れ!!」と言いました。

田中さんに無視されました。

よかったです。


フィオさんが遠方目標を撃破しました。

田中さんが「使えるな」と言いました。

フィオさんが石を補充していました。

理由は記録しません。本人が書かないと言っていたからです。


最奥に独自規格の残滓(ざんし)がいます。

サブシステムでした。気づけませんでした。すみません。

田中さんが「行くぞ」と言いました。

いつもそうです。

以上です。


担当:エリュシア(神界第七課・業務継続中)


******


魔王の家計簿 第92回


支出:情報料三千G(以前トルネコ先払い。田中に怒られた)


根源の塔に入った。


アルスが石骨巨人(ストーン・ゴーレム)を倒した。シャツが破れた。

田中が「強くなった証拠だ」と言った。

アルスが泣きそうな顔で喜んでいた。


フィオが撃った。石ではなかった。

田中が「石じゃなかったな」と言って、それだけだった。

フィオが石を補充していた。


奥に何かがいる。

田中が「行くぞ」と言った。

我もそう思っていた。

以上。


******


アルス修行日誌 第92回


本日、師匠に「行け」と言われました。


石骨巨人(ストーン・ゴーレム)がいました。

今までの筋トレの成果が出ています!

即、倒しました。が、またシャツが破れました。


師匠が「強くなった証拠だ」と言いました。

ここ最近で一番嬉しかったです。

涙が出そうになりましたが、出しませんでした。

戦闘中だったからです。


夜に百回腹筋しました。

習慣です。

以上です。明日もやります。明後日も。


******


フィオ記録帳 第92回


石でよかった場面があった。

石ではなかった場面があった。


理由は書かない。

でも書いた。


田中に「使えるな」と言われた。

六回目だった。


石はまだタダだ。

以上。

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