「完全には戻らない(だが、それでいい)」
朝から、エリュシアは試していた。
試す、というより確認だった。止まるかどうかの確認。
「削れ!!(ドS)」
出た。止まらなかった。
(……まだ出ます)(理由:処理中)
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宿を出た。田中が先頭を歩いていた。いつもの歩き方に戻っていた。
そして、道具屋の前を通った。
「師匠!!今日の鍛錬用に消耗品を補充しませんか!!」とアルスが言った。
「削れ。昨日買った」
「はい師匠!!(シャツが破れる)」
「シャツ代がかかる。削れ」
「削れ!!(エリュシア・ドS即発動)」
田中がエリュシアをちらりと見た。無視した。歩き出した。
エリュシアが止まった。
(無視されました)
(……聞いてください)
(……でも無視されました)
(……よかった気がします)
(なぜですか)
(ドSとドMが同時に出ています)
(......こんなこと、書けません)
「……なんか今日は機嫌いいな」とネネが静かに言った。
「そんなわけがありません!!(ドS)」
「顔が笑っているぞ」
「笑っていません!!(ドS)(内心:少し笑っていました)(書けません)」
田中がデコピンを入れた。
「いたっ(ドS)(内心:一回目です)(早速よかったです)(書けません)」
「うるさい。行くぞ」
エリュシアがついていった。
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昼。食堂。
田中が値段を見た。「ここでいい」
「削れ!!もっと安いところがあります!!(ドS)」
田中が無視した。席に着いた。
「(無視されました)(……よかった気がします)(なぜですか)(処理中)」とエリュシアが内心だけで言って、席に着いた。
トルネコが「女神様、最近よく削れって言われはりますなあ」と言った。
「......そうです。言っています」
「なんか師匠みたいになってきましたで〜」
「なっていません!!(ドS)(内心:少しなっています)(書けません)」
田中が「メニューを持ってこい」と店員に言った。エリュシアが「安いものを!!(ドS)」と続けた。
「(……合っています)(今日も合っていました)(複雑です)」
ネネが二人を交互に見た。「お前ら……息が合っているな」
「合っていません!!(ドS)」
「いや、合っている」と田中が言った。
「なら合ってます!常識でしょうが!」
エリュシアが「(田中さんが認めました)(……よかった気がします)(なぜですか)(書けません)」と内心だけで言った。
アルスが「なんか最近、師匠と女神様が似てきた気がします」と呟いた。グラが「グゥ(うるさい)」と返した。
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なんだかんだで夕方。宿を探していた。
「ここだ」と田中が安宿を即決した。
「削れ!!(ドS)——(止まる)(内心:あれ)(今の台詞は合っていませんでした)(削れではなくここでいいです、が正しかったです)(ドSが先走りました)(処理中)」
田中がチョップを入れた。
「いたっ!!(ドS)(内心:先走りました、と言おうとしていました)(言えませんでした)(二回目です)(よかったです)(書けません)」
「うるさい、安いだろうが」
「(ドS)うるさいのは——(止まる)(内心:またドSが出ました)(止まりません)(どうするんですか私)」
田中がゲンコツを入れた。
「いたっいたっ!!(ドS)(内心:三回目です)(今日最多です)(でも)(よかったです)(書けません)」
ネネが腕を組んで静かに見ていた。「(……我も)(いや違う)(魔王だぞ)(三回目だった)(記録しない)」
「宿に行くぞ」と田中が言った。宿に向かって歩き出した。
エリュシアがついていった。三回叩かれた頭を押さえながら、ついていった。
「エリ」
田中が振り返らずに言った。
「……なんですか(ドS成分が引いた声だった)」
「完全には戻らん。以上だ」
エリュシアが止まった。
(……田中さんが)
(気づいていました)
(ずっと気づいていました)
(完全には戻らない、と言いました)
(それでいいとは言いませんでした)
(でも「以上だ」と言いました)
(田中さんの「以上だ」は)
(それでいい、という意味です)
(私は知っています)
(……よかったです)
(書けません)
(書きます)
「……わかりました」
ついていった。
ネネが二人の後ろを歩きながら「(それでいい、と言った)(田中語だ)(我も知っている)(……この男だけだ)(書かなくていい)」と内心だけで言った。
アルスが「……師匠、今何か言いましたか?」と小声で聞いた。
「行くぞ」
「はい師匠!!」
グラが田中の肩で「グゥ」と一声鳴いた。それ以上は言わなかった。
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その頃、神界では——
「本日のエリュシア外部発話報告です。『削れ』:十七回。うち合っていたもの:十四回。合っていなかったもの:三回」
「……十四回」
「田中剛による物理介入:三回。デコピン一・チョップ一・ゲンコツ一です」
「……」
「なおエリュシアの表情データですが——笑顔判定が十七回中十七回出ています」
ウルダが書類を閉じた。しばらく黙った。「笑顔......ぷぷ、寛大に、見守ります」
「笑っていないことは記録しません」
「寛大に、処置してください」
「寛大二回。記録しました」
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さらにその頃、魔界では——
「本日も魔王様から報告が来ました!!エリュシアが削れをなんと十七回も言ったそうです!!しかも田中に三回叩かれたそうです!!」とゾルグが叫んだ。
「なるほどね」とグレインが言った。「つまりドS成分が残留している」
「残留しています!!すごくないですか!!」
「問題だ」
「問題なんですか!!」
「術式が解除されても残るということは——」グレインが腕を組んだ。「……なるほどね(何もわかっていない)」
フィルナが「エリュシアさん、叩かれても嬉しそうなんだね~」とおっとり言った。
「……なるほどね?(これは正しい)(認めてない)(よくわかってない顔)」
「よかったねぇ」
「何がですか!!」とゾルグが泣きながら言った。
「田中さんが『完全には戻らん』って言ったんだって~、あとネネちゃんも顔が赤くなってたって~」
全員が静かになった。
「(……それはつまり)(認めているということだ)(なるほどね)(今回は認める)」とグレインが内心だけで言った。
ゼフィーラが書類から目を上げた。「フィルナ」
「え~なに~?」
「それ以上言うな」
「え~なんで~?」
ゼフィーラが書類に戻った。今日も理由は言わなかった。
※おじさん解説!
「完全には戻らない」といえば昭和のゲームに「セーブデータが完全に復元されない」という現象がありました。ファミコンのバッテリーバックアップが弱くなると、セーブしたはずのデータが半分だけ戻る。キャラクターはいる。でも装備が消えている。レベルが戻っている。それでも続けるかどうか。
昭和のゲーム少年は続けました。半分でも残っていれば続けました。
エリュシアのドS成分が残ったことは、バッテリーバックアップのようなものだと田中は思っているかもしれません。思っていないかもしれません。「以上だ」と言ったのでわかりません。
なお「以上だ」で全部済ませる喋り方は昭和の職場では「できる上司の証明」とされていました。余計なことを言わない。結論だけ言う。田中がそれを知っていたかどうかはわかりません。でも田中はずっとそうです。
以上です。(おじさん調べ)
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※神界業務日報 第八十七回
本日の特記事項。
「削れ」と言いました。十七回言いました。
無視されました。よかった気がします。
よかったです、と書きました。書いてしまいました。消しません。
田中さんが「完全には戻らん。以上だ」と言いました。
わかりました、と言いました。
これが私の現状です。以上です。
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※魔王の家計簿 第八十七回
本日も正気だった。
田中が「完全には戻らん。以上だ」と言った。
田中語の「それでいい」だ。我は知っている。
エリュシアもわかっていた。顔で分かった。
……(書かなくていいことを書いた)
支出:食事代。安かった。以上。
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※アルス修行日誌 第八十七回
今日、師匠と女神様が息が合っていると言われていました。
師匠が「合っている」と言いました。
女神様が嬉しそうでした。
師匠が「エリ」と呼びました。
女神様がついていきました。
シャツが破れました。削れと二人に言われました。
腹筋は続けています。以上です。




