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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第4章:習慣は、呪いより強かった

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「無駄、だ(戻ってきた)」

 それは、一党が市場を歩いている際、宝飾屋の前で起こった。


 田中が棚の奥に置かれた指輪を見ていた。金と宝石で作られた指輪だった。値札がついていた。金額は五十万Gだった。今の田中なら即購入していたであろうものだ。


「これだ――」と田中が言いかけた。


 手が、止まった。


(……これは)


 静かだった。草原でも城でもない。道端の宝飾屋の前だった。誰かが待っているわけでも、何かが迫っているわけでもなかった。ただ田中の手が、止まっていた。


(これは、()()、だ)


「……()()()


 声に出た。


 田中が手を下ろした。振り返った。「行くぞ」


 エリュシアが「(戻ってきました)(田中さんが)(……少し惜しかった気がします)(書けません)」と内心だけで言った。


******


「……削れ(コストカット)


 田中が歩きながら言った。久しぶりのセリフだった。


「削れ!!(即発動)」


 エリュシアが言った。二人同時だった。


 二人が止まった。


「……俺の台詞だろうが」と田中が言った。


「私の台詞でもあります!!(ドS)」とエリュシアが言った。


(でも合っています)(今日は合っています)(複雑です)


「ようやく戻ったか」とネネが言った。


「うるさい」と田中が言った。


「うるさい(ドS)」とエリュシアが言った。


 ネネが「……また二人で言った」と言った。


 間髪いれず、田中がエリュシアの額にデコピンを入れた。


「いたっ」


「うるさいお前は」


「(いたかった)(……なぜかよかった気がします)(書けません)」


 アルスが「師匠が女神様を!!」と言った。グラが「グゥ(うるさい)」と返した。アルスも黙った。


 ネネが「(……我も)(いや違う)(これはダメだ)(魔王だぞ我は)」と内心だけで言った。


挿絵(By みてみん)


******


 しばらく歩いたところで、エリュシアが立ち止まった。


「ところで……なんで私だけ戻らないんですか!!」


「知らん。お前の意思が弱いんだろ」と田中が言った。


「知らんじゃありません!!術式は解除されたはずです!!『削れ』が止まりません!!なぜですか!!」


「お前だけ何か残ったんだろう」とネネが言った。


「何が残ったんですか!!えっ何が――」


「……(知っている)(言わない)」


「ネネ様なら知っているはずです!!教えてください!!」


「言わない、というか言えない......」


「なぜですか!!」


「知らない方がいいからだ」


 エリュシアが「(何が残ったんですか)(でも)(声に出せています)(田中さんに怒れています)(……なぜかよかった気がします)(書けません)」と内心で思った。


「怒っているのに顔が笑っているぞ」とネネが静かに言った。


「笑っていません!!(ドS)」


 田中がチョップを入れた。


「いたっ……(内心:また叩かれました)(ああ、でもよかった気がします)(書けません)」


「バカ女神、うるさい」


 アルスが黙っていた。グラが肩の上で「グゥ」と一声鳴いた。


******


 アルスが鍛錬を始めた。


 何かの反動でシャツが破れた。


「師匠!!また破れました!!」


「シャツ代がかかる。削れ」と田中が言った。


「削れ!!(ドS即発動)」とエリュシアがまたも言った。


「二人に削れと言われました!!どちらが本物ですか!!」


「俺だ」


「私も本物です!!(ドS)」


 田中「(無視)」


 エリュシア「(無視されました)(……よかった気がします)(あっ、私のドMが出ちゃいました)(ドSとドMが今日から共存しています)(書けません)」


 田中がとうとうゲンコツを入れた。


「いたぁい!!(ドS)(内心:三回目です)(今日だけで三回です)(もっと!って言いそうになっちゃいました)(ダメです、私は女神)(よかったです)(書けません)」


「うるさい」


 ネネが腕を組んで静かに見ていた。「……(また叩かれている)(……我も)(いや待て)(魔王だぞ)(待て)(でも)(ダメだ)(記録しない)」


「ネネ様、どうかしましたか」とアルスが言った。


「何もない」


「顔が少し赤いです」


「何でもないと言っている!」


「はい師匠!!(なぜか師匠と言ってしまった)(破れたシャツのまま、筋トレを続けよう......)」


挿絵(By みてみん)


******


 夕方。宿を探していた。


 田中の足が、迷わず安宿を向いた。三秒もかからなかった。


「ここだ」


「(ドS)正解です!!削れ!!」とエリュシアが言った。


「俺が決めた。以上だ」


「(ドS)以上です!!(止まる)(内心:また奪いました)(また出ました)(書けません)」


 田中がデコピンを入れた。


「いたっ(ドS)(内心:四回目です)(今日は多かったです)(でもよかったです)(書けません)」


「うるさい」


「(ドS)うるさいのはそちらです!!」


「…………」と田中が言って、二回目のデコピンを入れた。


「いたっいたっ!!(ドS)(内心:五回目です)(書けません)」


 ネネが「……我だけ、まともだったのに」と静かに言った。


「そうか」と田中が言った。


「誰にも信じてもらえなかった」


「常識だろうが」


 ネネが「(それは謝罪ではない)(でも田中語でいう謝罪なのだろう)(……まあいいか)」と内心だけで言った。


 エリュシアが「ネネ様、ご苦労様でした」と言った。ドSではない声だった。


「……まあ、我がいて助かっただろう」


「(ドS)よかったです!!(止まる)(内心:これはドSでなく本音でした)(書けません)」


 田中がゲンコツを入れた。


「いたっ!!(ドS)(内心:六回目です)(今日最多です)(でもよかったです)(本音でした)(書けません)」


「うるさい」


 ネネが「(……)(記録しない)」と内心だけで二回目を言った。


 田中が宿に入っていった。エリュシアがついていった。


 グラが「グゥ(うるさい)」と全員に向かって鳴いた。


 アルスが「……今日は何かいろいろありましたね(師匠に)(女神様に)(ネネ様に)(グラに)」とだけ言った。


******


 その頃、神界では——


「本日、田中剛のデバフが解除されました。発話内容『やめだ』。宝飾屋前にて」


「……そうですか」


「エリュシアのデバフも連動解除。ただしドS成分が残留しています」


「……残留」


「はい。本日の『削れ』発話回数:エリュシア——集計中です。多いので」


 ウルダが書類を置いた。「……寛大に」


「田中剛によるデコピン・チョップ・ゲンコツの合計:六回です」


 ウルダの口元が動いた。動いて、止まった。「ぷ……見守ります」


「笑っていないことは記録しません」


「寛大に、処置します」


「寛大一回。記録しました」


******


 さらにその頃、魔界では——


「魔王様より報告です!!田中のデバフが解除されました!!『やめだ』の一言だったそうです!!」とゾルグが叫んだ。


「なるほどね」とグレインが言った。「つまり本音が出た瞬間に切れた」


「そうです!!すごくないですか!!」


「……なるほどね(これは素直にすごい)(認めてない)」


 フィルナが「田中さんって、やめだって言っただけで戻れたんだね~」とおっとり言った。


「そうだ」とグレインが言った。


「やめだって言えるくらい、ちゃんと自分を持っていたんだね~」


 グレインが「……なるほどね(正しい)(何もわかっていないのに正しい)」と言った。


「よかったねぇ」とフィルナが言った。


「よかったんですか!!」とゾルグが泣きながら言った。


「ネネちゃんも、ご苦労様だったね~」


 全員が静かになった。


 ゾルグが「……魔王様――」と小声で言った。泣いていた。


「(フィルナに言われた)(……まあ)(よかったのかもしれない)(記録しない)」とグレインが内心だけで言った。


 ゼフィーラが書類から目を上げた。「フィルナ」


「え~なに~?」


「……今日はいい」


 フィルナが「みんな、よかったねぇ」と言った。ゼフィーラが書類に戻った。


※おじさん解説!


 ゲームで「コンティニュー」を押した瞬間のことを覚えていますか。ゲームオーバーの画面でカウントがゼロになる寸前に10円を入れる。または「はい」を押す。あの瞬間に全部戻ります。体力も、装備も、自分のゲームセンスも。


 田中が「やめだ」と言った瞬間がそれだったと思います。コンティニューです。


 ファミコンの『魔界村』(一九八六年・カプコン)というゲームがあります。死ぬと鎧が脱げて下着になります。それでも続けるかどうか問われます。田中なら続けます。下着でも続けます。無駄だとわかっていても続けます。それが田中剛という人間です。


 なお「やめだ」という言葉は昭和のサラリーマン語で「中止」を意味します。会議で上司が「やめだやめだ」と言うと全員が止まります。田中がその言葉を五話ぶりに取り戻した意味は、田中本人が一番わかっていたと思います。


 以上です。(おじさん調べ)


******


※神界業務日報 第八十六回


 本日、「削れ」と言うのをやめました。田中さんが言ったので。

 ……少しだけ惜しかったです。書いてしまいました。消しません。

 ただし、まだ少し出てくることがあります。理由:不明。

 叩かれました。六回。

 よかったです。

 ああ、とうとう書いてしまいました。消しません。以上です。


******


※魔王の家計簿 第八十六回


 五話分正気だった記録:全員に無視された。

 正気であることを証明する方法が見つからなかった。

 本日解決した。

 でも誰も謝らなかった。

 エリュシアだけ「ご苦労様でした」と言った。

 ……まあ、よかった。

 あと我もエリみたいにもう少し田中に......いやこれは書けない。以上。


******


※アルス修行日誌 第八十六回


 師匠が戻りました。「削れ」と言いました。五話ぶりです。

 女神様も「削れ」と言いました。同時でした。

叩かれていました。六回でした。女神様が嬉しそうでした。

 ネネ様が少し赤い顔をしていました。気のせいかもしれません。

 シャツが破れました。二人に削れと言われました。

 どちらが本物かはわかりませんでした。

 腹筋は続けています。以上です。

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