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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第4章:習慣は、呪いより強かった

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「美しい。以上だ」

 朝練に、付き合わされた。


 夜明け前。田中がパーティを叩き起こした。「鍛錬だ。行くぞ」


 近くの草原にスライムが出る地帯があった。弱い。それを田中は知っていた。


「ポーションを出せ」とトルネコに言った。


「今から買いに——」


「昨日買った。これだ」


 田中が袋を出した。中から瓶が出てきた。瓶が光っていた。


「……師匠、それ」とアルスが言った。


「最上級ポーションだ。一本三万Gする」


「さん、まん」


「高いものが正義だ。朝練には最上級を使う」


 静寂が草原に広がった。


「田中さん」とエリュシアが言った。「一本三万Gと言いましたか」


「言った」


「スライムに、使うのですか」


「高級志向だ。最上級の装備で最上級の鍛錬をする」


「削れ!!常識だろうが!!それは高すぎます!!」


「高いものが正義だ」


「正義じゃありません!!スライムに三万Gは正義じゃありません!!」


 ネネが腕を組んで草原の向こうを見た。「……スライムが来ている」


 田中が振り返った。スライムが一体、のんびりと近づいてきていた。


 田中が構えた。


「師匠、スライムです、スライムなので——」とアルスが言いかけた。その時――。


 「|絢爛豪華・天上無双・黄金の極意・万金を惜しまぬ覇者の一撃《バブル・ゴールデン・サプリーム・エクスキューション》!!!!!!!」

田中がスライムに向けて放った。


その膨大なエネルギーはスライムの矮小な存在そのものをこの世から消し去るにあ十分すぎるほどの一撃であった。


エリュシア「......名前が長すぎるわ!!削れ!!!!!スライム相手にやりすぎなんですけどぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

ネネ「……(正気の我も今は黙る)」


 スライムが、消えた。それどころか草原一帯が焼け野原になった。


「……最上級の魔法を、スライム一匹に」とアルスが言った。「MPがゼロです師匠!!」「あとこの辺が焼け野原になってます!」


「使い切った。スライム相手だから全力でやる」


「使い切る意味が!!スライムに!!」


「かすり傷だ。ポーションを使う」


 田中が三万Gのポーションを一口飲んだ。かすり傷が治った。


 全員が固まった。


「……かすり傷に三万G」とエリュシアが言った。声が低かった。


「高級志向だ」


「削れ!!今すぐ削れ!!これは削らなければなりません!!常識どころじゃありません!!」


「贅を尽くした朝練だ。以上だ」


「以上じゃねえわ!!何も以上じゃありません!!」


 アルスはもうあきらめて、いつもの腕立てを始めた。現実から逃げた。三回目でシャツが破れた。


 ネネが「……朝練の意味が何もなかった、いやスライム一匹分で大赤字か......」とだけ言った。誰にも届かなかった。


******


 昼前。都市に着いた。


 トルネコが地図を広げた。「今夜、この都市で貴族の宴があるそうでっせ〜。ギルさんの伝手で招待状が取れましたわ〜」


「行く」と田中が即答した。


「高いですよ〜。礼装が必要ですし〜」


「品位だ。足元から格式が出る。礼装屋を探せ」


「師匠が礼装屋を!?」「探せと言っている!?!?」「師匠が!?!?!?!?!?」とアルスが三回確認した。


「言っている」


「……(腕立てをする)(現実から逃げる)(シャツが破れた)」ビリビリ。


「よし、高いものを着ろ」と田中が言った。「全員だ」


 誰もツッコみをしなかった。


******


 礼装屋に入った。


 田中が棚を見て回った。高い順に選び始めた。エリュシアが「削れ!!上等なものは削れです!!」と狂ったように叫んでいる。

 田中は「品位だ」と言い返した。


 そのうち田中がエリュシアの方を向いた。「お前も着ろ」


「私は——」


「これだ」


 田中が一着を持ってきた。エリュシアが受け取って、開いて、固まった。


(……これは)(私の好みが)(なぜわかるのですか)(いいえ待ってください)(なぜ着させようとしているんですか)


「……着ません!絶対に着ません!!」


「品位だ。着ろ」


「嫌です!着ません!!」


(ドSが)(前に出ようとしています)(待ってください私)


「……ではこれを」


 エリュシアの手が動いた。棚から別の一着を取ってきた。田中に向けた。


「田中さんが着てください」


「俺は——」


「品位です!!似合います!!上等なものを着る、と言ったのはどなたですか!!」


 田中が受け取った。着た。なぜか素直に着た。豪奢状態のため異論がなかった。


 エリュシアが固まった。


(着ました)(田中さんが)(着てしまいました)(なぜ着させてしまったんですか私)(ドSが前に出ました)(あとすっげえ似合ってます)(ああ、素敵です)(いえません)(書けません)


「……お前、めっちゃ楽しそうだな」とネネが静かに言った。


「楽しくありません!!(ドS)」


「顔が笑っている」「頬が赤いぞ」


「笑っていません!!(ドS・でも少し笑っている)」「朝から微熱があったからです!」


 田中が「礼装代はいくらだ」と言った。トルネコが金額を告げた。田中が財布を出した。


(……高い)(待て)(高いものが正義だ)(待て)(高い)(だが品位だ)(高い)(でも)(いや)(手が震える)


 田中の指が、値段の札を三回指した。全身が震えている。


(体が言うことを聞かない)(格式だ)(高い)(格式)(高い)


「……」


「田中さん?」とエリュシアが言った。


「品位だ。以上オーバーだ」


 田中はそれでも払った。払いながら「(高い)(無駄)(待て)(無駄)(違う)(……)」とだけ内心で言い続けていた。


******


 夜。宴の会場だった。


 ネネが礼装を着ていた。「(我は魔王だぞ)(なぜこういうことになるんだ)(……似合っているか)(常識人なのに今日は確認したくなった)」


 アルスが「師匠!!みなさん素敵です!!」と言いながら筋トレをしていた。鼻血が出かかっていて、もちろんドレスもシャツも破れた。


「強くなった証拠だ」と田中が言った。「経費だ」


「はい師匠!!(破れたまま礼装の会場にいる)」


 田中が振り返った。エリュシアを見た。ネネを見た。フィルナを見た。


「……()()()。以上だ」


 それだけ言って、前を向いた。


 エリュシアが止まった。


(ドS)「格式が——(止まる)」

(内心)(……よかったです)

(ドS)「……」

(内心)(なぜドMが出てくるんですか)

(ドS)「……(何も言えない)」

(内心)(書けません)


「……(ドS+ドMが同時に出て相殺されて無言になった)」


 ネネが横で、笑いをこらえていた。


 田中が歩き出した。会場の中へ入っていく。


 エリュシアがついていった。何も言わずについていった。


挿絵(By みてみん)


******


 その頃、神界では——


「本日、田中剛が最上級ポーションをスライム朝練に投入しました。一本三万G。計三本です」


「……三本」


「MPはゼロになりました。かすり傷は全快しました」


 ウルダの口元がかすかに動いた。動いて、止まった。「か、か、か、か……寛大に」


「笑っていないことは記録しません」


「……寛大に、処置してください」


「寛大一回。記録しました」


******


 さらにその頃、魔界では——


「魔王様より本日の報告です!!田中が最上級ポーションをスライムに使いました!!一本三万G!!三本です!!合計九万G!!」とゾルグが叫んだ。


「なるほどね(数字の計算ができない)」とグレインが言った。「つまりデバフが豪奢方向に振れている」


「振れています!!すごくないですか!!」


「すごくない。問題だ」


「問題なんですか!!」


「九万Gをスライムに使うのは問題だ」


「なるほどです!!」


「なるほどね(お前もわかっていない)」


 フィルナが「田中さんって、スライムに三万G使えるくらいお金持ちなんだね~」とおっとり言った。


「金があるかどうかの話ではないな」とグレインが言った。


「でもお金持ちじゃないとあんなに使えないよ~」


 グレインが「……なるほどね(何もわかっていないが正しい)」と言った。


「よかったねぇ」とフィルナが言った。


「何がですか!!」とゾルグが泣きながら言った。


「ネネちゃん、今日ちょっと笑ってたよ~」


 全員が静かになった。


「(今日は書かないことにした)」とグレインが内心だけで言った。


 ゼフィーラが書類から目を上げた。「フィルナ」


「え~なに~?」


「それ以上言うな」


「え~なんで~?」


 ゼフィーラが書類に戻った。理由は言わなかった。

※おじさん解説!


 最上級ポーションといえば、昭和のゲームに「ドーピング」という概念がありました。RPGのすごいアイテムをラスボス直前まで取っておいて、結局使わずにエンディングを迎える。田中も二十代の頃そういうプレイをしていたそうです。


 今回は逆でした。スライムに全部使いました。


 ゲームでいえばドラゴンクエストの「かしこさのたね」を最初のスライムに使うようなものです。本来ラスボス用のアイテムです。昭和のゲーム少年には絶対にできない行為でした。田中がデバフ状態でなければ三万Gのポーションをスライムに使うことはなかったはずです。


 なお「高いものが正義だ」という価値観は、バブル期の日本では一般的でした。高ければ高いほどいい。ブランドものが並んでいれば安心。田中はその時代を生き抜いて「高いものより適正なものが正義だ」という結論に至ったはずでした。デバフはそれを全部ひっくり返しました。


 礼装代は後日、田中が見直すと思います。


 以上です。(おじさん調べ)


******


※神界業務日報 第八十五回


 本日の特記事項。

 礼装を着ました。理由:書けません。

 田中さんが『美しい』と言いました。以上です。

 これだけで全部です。それ以上は書きません。書けません。


******


※魔王の家計簿 第八十五回


 礼装代:不明(田中が出した)。

 田中が『美しい』と言った。

 我のことかどうかは書かない。

 常識人なのに今日は書かないことにした。以上。


******


※アルス修行日誌 第八十五回


 スライムに最上級ポーションを三本使いました。合計九万Gです。

 師匠はMPをゼロにしました。かすり傷が治りました。

 朝練の意味がよくわかりませんでした。

 礼装の会場でシャツが破れました。その後礼装もびりびりになりました。筋トレがたりません。

 師匠が『美しい』と言いました。女神様が無言になりました。ネネ様も少し笑っていました。

 今日も腹筋は続けています。以上です。

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