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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第4章:習慣は、呪いより強かった

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「我だけが正気だ(信じてもらえない)」

 朝から、魔王ネネは正しいことしか言っていなかった。

 それなのに、誰にも届いていなかった。

 宿の朝食の場――。


「今日の宿は安くていい施設だったな」とネネが言った。「田中、昨日の宿代はいくらだったかのう?」


「格調が足りなかった。もっと上等な宿にすべきだった」


「(帳面を見て)一泊おひとり様十五Gだった。十分な食事と設備であった」


「十五Gぽっちじゃ格調は買えない」


「田中よ。我の言葉を聞け――」


「格調ある宿は最低でも——」


論外(アウト)です!! 削れ!! 常識だろうが!!」


 エリュシアが三回同時に言った。ネネが「そうだ、常識だ」と言った。

 エリュシアがネネを見た。


「……今は私の台詞ですが」


「正しいから同意した」


「正しいのはわかっています!! でも私に言わせてください!!」


「どちらが言っても正しい」


「そういう問題では——」


「はぁ。......話を進めるぞ」とネネが言った。


 誰も聞いていなかった。


******


 道中。田中が立派な馬具屋の前で足を止めた。


「馬具がいる。格調ある移動には——」


「そもそも馬がいないじゃろうが」とネネが言った。「馬具より先に馬だ。順番がおかしい」


「格調ある馬具を先に揃えてから格調ある馬を選ぶ。常識——」


「削れ!!順番通りにしてください!!常識だろうが!!」


 エリュシアが言った。ネネが「うん、そうだ」と言った。


「ネネ様、同意しないでください」とエリュシアが言った。


「正しいから言っている」


「私が言いたいのです!!」


「どちらが言っても——」


「どちらが言っても正しいのはわかっています!! それはわかっています!!」

(なんかおかしいのもわかっています)(......それが、悔しいです)


 田中が馬具屋の扉を開けた。ネネは「馬がいない」と言い、田中が「まずは馬具から揃える」と言った。


 ネネが目を閉じた。

(……我だけがまともなことを三回言っている)(だが、届いていない)(今後の課題とする)


******


 昼。フィルナがケータイ越しに「ネネちゃん、今日は少し難しい声してるね~」と言った。


正気(まとも)だからだ」


「そっかぁ」とフィルナが言った。「()()()()()()って大変だね~」


「大変だ」


「でも、ネネちゃんだけが正気なんだよね~」


「そうだ」


「じゃあネネちゃんが一番えらいね~」


 ネネが少し間を置いた。「……そういうことになるな」


「よかったねぇ」 がちゃり。通話が切れた。


 ネネが「(よかったのか)(よかったのかもしれない)(よかったかどうかはわからない)」と内心だけで三段階で処理した。


挿絵(By みてみん)


******


 夕方。一党は宿を探していた。


 田中がまた格調ある宿の前で止まった。今日で三日目だった。


「ここに——」


 足が動かなかった。ぶるぶると震えて一歩も動けない。

 昨日も一昨日も、同じだった。体が毎回、隣の安宿の方を向く。そして、結局田中(自分)が毎回、格調だ高級だと言い張る。それに応じてエリュシアが毎回、削れと叫ぶ。そんな日々が繰り返されていた。


 ネネが静かに田中の隣に立った。


「田中。お前の足は、まともだな」


「……うるさい――」


「三日連続で足が安宿を向いている。体で覚えたものは消えないのじゃ」


「格調——」


「《《無駄》》だと思っているだろう」


 田中が、止まった。


(……無駄)(違う)(格調だ)(いや)(無駄)(待て)


「……思っていない」


「顔に出ている」


「出ていない」


「我だけが正気だ。お前の真実が見える」


 長い間があった。


 田中が「……行くぞ」と言って歩き出した。向かった先は、隣の安宿だった。


 エリュシアが「(今日も足が勝ちました)」と内心だけで言った。ネネが「言っただろうが」と小声で言った。


 アルスが「師匠!!足が!!」と言いかけて、グラに「グゥ(うるさい)」と言われた。


******


 その頃、神界では——


「本日のネネ様の正論発言:七回。田中剛への届達率:ゼロ回です」


 ウルダが書類を受け取った。しばらく黙った。


「……ゼロ回」


「エリュシアへの届達率も、ゼロ回です」


「……」


「ただし、フィルナへの届達率は百パーセントです」


 ウルダの口元がかすかに動いた。「……フィルナちゃん、いい子ですね」


「見守りますか」


「寛大に、処置します」


「寛大一回。記録しました」


******


 さらにその頃、魔界では——


「魔王様より報告です!!本日も正気だったそうです!!」とゾルグが叫んだ。


「知ってる」とグレインが言った。「毎日そう言ってる」


「毎日正気なんです!!すごくないですか!!」


「そ れ が普通だ」


「普通なんですか!!」


「正気なのが普通だ。お前が普通じゃないだけだ」


 ゾルグが三秒固まった。「……はいぃぃぃ」と言って泣いた。


 フィルナが「でもネネちゃん、誰にも届いてなかったんだよね~」とおっとり言った。


「届かなかったな」とグレインが言った。「なるほどね。つまり——」


「でもフィルナには届いたんだよ~」


 グレインが「……なるほどね(何もわかっていない)」と言った。


「よかったねぇ」とフィルナが言った。


「よかったのか?」とゾルグが泣きながら言った。


「よかったんじゃないかな~」


 ゼフィーラが書類から目を上げた。「フィルナ」


「え~なに~?」


「それ以上言うな」


「え~なんで~?」


 ゼフィーラが「(理由は言わない)」と内心だけで処理して、また書類に向き直った。


※おじさん解説!


 「正気」といえば昭和の職場には「俺だけが正しい上司」が必ず一人いました。会議で正論を言うたびに誰にも届かない。それでも言い続ける。田中の前の職場にもいたそうです。田中はその上司のことを「無駄に正しい人だった」と評していました。


 ゲームでいえばファミコンの『マリオブラザーズ』(一九八三年・任天堂)に似た状況です。二人でやると片方が邪魔をし続けて一切協力できない。正しい動きをしているのに全部裏目に出る。ネネ様の今週の状況と一致しています。


 なお正気であることの証明は昭和でも難しかったそうです。「俺は正しい」と言えば言うほど信じてもらえない。田中はそれを二十三年間経験してきました。ネネ様はまだ四話目です。先は長いです。


 以上です。(おじさん調べ)


******


※神界業務日報 第八十四回


 本日の特記事項。

 ネネ様が七回正論を言いました。全部正しかったです。

 私も同意しました。七回。

 田中さんには届きませんでした。

 ネネ様が「我だけが正気だ。お前の真実が見える」と言っておられました。

 田中さんの足が安宿に向きました。ネネ様が正しかったです。

 ……悔しくはないです。そういう問題ではないです。以上です。


******


※魔王の家計簿 第八十四回


 本日も正気だった。七回言った。届かなかった。

 フィルナだけが聞いてくれた。「よかったねぇ」と言った。

 よかったのかどうかは今も処理中だ。

 夕方、田中の足が安宿を向いた。我が言った通りだった。

 「言っただろうが」と言った。誰にも聞こえていなかった。

 支出:宿代十五G。適正だった。以上。


******


※アルス修行日誌 第八十四回


 今日もネネ様が正気でした。正しいことを七回言っていました。

 師匠には届いていませんでした。

 夕方、師匠の足が安宿に向きました。ネネ様が正しかったです。

 グラに「うるさい」と言われました。今日で四回目です。

 シャツは今日は破れませんでした。綿に戻したからだと思います。

 師匠には言っていません。以上です。

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