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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第4章:習慣は、呪いより強かった

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「価値が、逆さになった」

 朝、出発前にトルネコが地図を広げた。


「SONYさんの本丸、わかりましたで。地元の情報屋から取りました。『根源(こんげん)の塔』言いまして——この山道を半日ほど行った先にある古い塔です。中に何かがある、とは昔から言われてるんですが、誰も詳しいことは知らんそうで」


「いくらだ」


「情報料は三千Gです〜。先払いでいただきました」


「領収書を出せ。あと今度先払いにしたら殴る」


「あちゃあ。もちろん出します出します〜」


 田中が地図を一度見て、畳んでポケットに入れた。「行くぞ」


 根源の塔に向かう道は、思ったより整っていた。石畳こそないが、誰かが踏み固めた形跡がある。商人か、盗賊か。以前に踏み込んだ冒険者のものかもしれない。

 だが、いずれにしても田中には関係のない話だった。


「師匠、もし道中に強敵が出た場合は——」と、移動筋トレをしながらアルスが言いかけた。


「来たら倒す。それだけだ」


「シンプルすぎますぅぅ!!」


 グラが田中の肩で「グゥ」と一声鳴いた。


 木々が迫り、岩が増えた。空気がじわじわと重くなっていく。足元に薄い霧が漂い始めた頃、エリュシアが足を止めた。


「……何かあります。古い術式の残滓(ざんし)が、塔の周囲に」


「SONY様か」


「おそらく。最後の仕掛け(トラップ)かもしれません。田中さん、近づく前に——」


「よし、行くぞ」


「話を聞いてください!!」 さーい さーい さーい

 エリュシアの叫びはむなしく空にこだました――。


******


 塔の入口は、古い石造りで出来ていた。


 苔が壁をビッシリと覆い、扉の上に見慣れない紋様もんようが刻まれている。光ってはいない。だが空気が、かすかに震えているような雰囲気であった。


 田中が三秒だけ扉を見た。「ここが根源の塔だな」


「……ええ」エリュシアが言った。

 その瞬間だった。


 紋様が、音もなくピカッと光った。青白い光が広がり、田中とエリュシアを包んで——間もなく消えた。


 誰も動かなかった。グラだけが「グゥ」と一声鳴いた。


「——このあたりの宿は安すぎる。もっとよい宿に泊まらせろ」


「……はあ?」


 アルスが聞き返した。


「格調のある宿でないと、英気が養えん。一番よい施設を用意するぞ」


 静寂――――。


 エリュシアが目を見開いた。

(田中さんが)(なんと)(格調ある施設がですって?!)


 そして自分の口が、勝手に動いた。


「そんなの——"論外(アウト)"だ!! 常識だろうが!! 削れ(コストカット)!!」


 全員が固まった。


 エリュシア本人が、いちばん固まっていた。


(ええ?……いま)(私が)(田中さんの台詞を)(なぜ私が!?!?)


「……なぜこれが私の口から出るのでしょう」


「削れと言ったのはお前だろうが」と田中が言った。「しかも俺の台詞を奪った」「パクリだ。パクリは重罪だ。著作権料をよこせ」


「奪っていません!! 口から勝手に出てきたんです!!」


「同じだ」


「違います!!」


 ネネが二人を交互に見た。「……お前ら、なんか入れ替わっていないか」


「入れ替わっていません!!」とエリュシアが言い、「……上等な宿を探せ。これは必要な出費だ」と田中が言った。


「入れ替わっているな」とネネが静かに言った。


 スクワットをしながらアルスが恐る恐る手を挙げた。「あの、師匠は普段、高い宿は削れっていう立場だったと思うんですが」

 

「そういう時代もあった」と田中が言った。


「そういう時代なんて、一度もありませんでした!!」とエリュシアが言った。「そして今の台詞も、本来は私が言うべきでは——」


「なぜだ」


「なぜなら私は普段、内心でだけ言っているからです!!」


「今は外に出てるだろうが」


「出したくて出してるんじゃありません!!」


挿絵(By みてみん)


******


 ネネが田中の前に立った。「田中。お前、なんかおかしい。わかるか」


「……格調の問題だ——」


「それはお前の台詞ではないだろ」


 田中が、止まった。


(俺は今)(なぜ格調などという言葉を)(不快だ)(これは)


「……なんだ、これは」


「入口にあった術式だろう。魔界の書物で見たことがある。"価値反転(バリュー・リバース)"——その者が最も拠り所にしているものを逆転させる仕掛けだ。SONY様の最後の置き土産だろうな」


 エリュシアが即座に言った。「魔王様だけが正気ということですか!?」


「そうなるな」


「なぜですか!!」


「魔王属性は支配への反抗が本質だ。反転させる支配系の術式が効かない」


「……魔王だからだ」と田中が言った。


 ネネが少しだけ得意げな顔をした。「……我のおかげか」


「そういうことになる」


「……まあ、認める」


 エリュシアが深呼吸した。

(正気なのは魔王様だけ)(信じがたい状況ですが事実です)(処理します)


「解除するには、術式の根幹に当たるしかないということですね」


「それは塔の中にある。進むしかない」とネネが言った。


 エリュシアが田中を見ると、田中が「ではセーブポイントとして、上等な宿を確保しながら進むぞ」と言った。


 エリュシアの口が動いた。「——削れ!!(勝手に出た)……」


 目を閉じた。「……はぁ」


 ネネが腕を組んで、静かに見ていた。「……慣れろ」


「慣れられません!!」


「我は慣れた。一刻で」


「一刻で慣れないでください!!」


 田中が塔の入口へ向かって歩き出した。「行くぞ。格調ある施設と高貴な設備を確認してから慎重に進む」


「格調ある施設など、塔の中にはありません!!」


「削れと言っているのに進むな、とも言った。どちらが本音だ」


「どちらも本音です!! 今は状況が!!」


 グラが「グゥ」と鳴いた。


 アルスが小声でグラに言った。「……なんか、すごいことになってきたな」


 グラが「グゥ」と返した。それ以上は言わなかった。


******


その頃、神界では――


 報告書がウルダの手元に届いた。


「根源の塔・入口付近にて"価値反転(バリュー・リバース)"が発動。田中剛・担当女神エリュシアの行動特性が反転した模様です」


「……そうですか」


「なお魔王様は無効とのことです」


 ウルダがしばらく目を閉じた。「エリュシアちゃんの様子は」


「内心発言が全部、外に出てしまっているとのことです」


「……心中お察しします」


 補佐官が記録した。「本日:お察し一回。増刷した却下印:使用ゼロ枚。残り三百枚」


「寛大に、見守らねば」とウルダが窓の外を見た。


「寛大一回。記録しました」





※神界業務日報 第八十一回


 本日の特記事項。


 根源の塔・入口付近にて術式が発動しました。

 私に何が起きているかは把握しています。

 「削れ」と言いました。一回目です。田中さんの言うセリフでした。

 なぜ私が言っているのですか。理由:処理中。

 内心が全部出ています。困っています。私の他の内心が出るかと思うと......。

 これ以上書くと記録量が増えるので以上です。次回は三行にします。


******


※魔王の家計簿 第八十一回


 本日から我だけが正気になった。


 支出:宿代。田中が「一番いい宿がいる」と言った。阻止した。効果:あり。

 エリュシアが「削れ!!」と叫んだ。田中の顔をしていた。

 田中が「格調が必要だ」と言った。エリュシアの顔をしていた。


 田中が「魔王だからだ」と言った。理由として正しかった。

 少し誇らしかった。書いてしまった。


******


※アルス修行日誌 第八十一回


 今日、師匠と女神様の様子がおかしくなりました。術式のせいだそうです。ネネ様だけ正常だそうです。

 師匠が「格調ある宿がいる」と言っていました。いつも言わないことを言っていました。

 今日の出来事を記録します。いつか師匠に話す日が来ると思ったからです。その時に師匠は「削れ」と言うと思います。

 腹筋は今日も続けています。シャツは今日は大丈夫でしたが、結構パンパンです。 


 以上アルスでした。

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