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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第3章:LV1から積み上げたものだけが本物だ

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「長い。削れ。市場が選ばなかっただけだろ」

 名前が長い組織ほど、自分の名前に守られたがっている。

 削れば残るものがある。

 残ったものだけが、本物だ。


 ソレイユの中央通りに、使者が来た。


 朝の市場が開き、砂漠の乾いた空気に香辛料の匂いが混じる時間帯に、黒い外套マントまとった男が三人、田中たちの宿の前に立っていた。外套の胸元に、ヴェルム商会の紋章ではない別の紋章が刻まれていた。ヴェルムの者たちとは少し雰囲気が違い、我々は格が違う、と言わんばかりの圧をしていた。


 先頭の男が、巻物を広げた。


「ヴェルム・テオドラート・エクシオン・ゼイオス商業連合体・砂漠地区統括管理機構・ソレイユ支部運営評議会の名において——」


「長い」と田中が言った。


 男が止まった。巻物を持つ手が、微妙な角度で固まっていた。


「続けろ」


「……ヴェルム・テオドラート・エクシオン・ゼイオス商業——」


削れ(コストカット)


「……は」


「名前が長い。削れ。以上だ」


 使者が、口をぽかーんと開けたまましばらく動かなかった。宿の前の石畳に朝の光が差し込んでいて、砂埃が細かくきらめいていた。その中で三人の外套が風に揺れている。絵としては威厳があった。ただ田中の一言で、その威厳の重心が少し、いやだいぶずれて、”間抜け”だった。


 トルネコが帳面を開きながら「……名前、長いですわな〜」と小声で言った。「しかもこの長さで全部が一つの組織でっか〜。たまりまへん〜」


「これがS〇NYだ」と田中が使者を見たまま言った。


「……それは、何でしたっけ」とエリュシアが田中の隣に立ちながら静かに聞いた。今回は止めなかった。どうせ止められないことを、もう知っていた。


「独自規格で市場を囲い込んだ会社だ。自分の規格だけに名前をつけて、外から入れなくした。長い名前も同じ理屈だ。正式名称が長いほど、他の言葉で呼ばれたくない。自分の枠から出したくない。そういう構造メカニズムだ」


「……なるほど(多分わかっている)」とギルが腕を組んだまま言った。書類を処理し続けてきた目が、使者の紋章から巻物の文字へと静かに動いていた。「長い名前の裏に、権利の層が重なっている。一つ削るたびに、また別の名前が出てくる仕組みだ」


「そうだ」


「……削れば終わる、ということか」


「削れば残るものがある。残ったものだけが本物だ」


 ギルが少し黙って、それから短くうなづいた。何かを確かめるような、静かな、そして確かな頷きだった。


******


「ソレイユを含む砂漠地区全域の流通権を、当機構が管理することになっている」と使者が巻物を読み直しながら言った。声に、先ほどより慎重さが滲んでいた。「市場規約の変更・物品流通への課税・農村への物資供給の制限について、正式な通達として——


「まず、書類を出せ」と田中が言った。


「こちらが正式な——」


「その巻物スクロールに効力を持たせるための上位許可書アッパーアグリートメントを出せ。ない場合は口頭の主張と同じだ。法的根拠がない。印鑑でもいいぞ。ほらどうした」


 使者が一拍、止まった。組織からの使者として、この男は何度もこの巻物を使ってきたはずだった。普通の者なら、これであきらめるはずだった。

 長い名前を読み上げるだけで相手が引いた経験が、体に染みているのだろう。田中の返し方は、その経験や、ことわりの外側にあった。


 そういわれて、使者は巻物を閉じ、外套の内側を探っていたが、その手も少しの時間の後、何もないことを悟って諦めた。


 使者たちはすごすごと引き返していった。


挿絵(By みてみん)


******


 昼前、宿の一室に書類が積まれた。


 カーヴェが神界から降りてきたのは、朝の使者が引き上げてから二時間後のことだった。白いラボコートの胸元に自分のケータイが光っていて、エリュシアを見つけると「予告通りです」と言って書類の束を机に置いた。イースからの記録写しと、ゼフィーラが神界文書を精査して抜き出した許可証の原本が含まれていた。


 イースの手紙は短かった。


『田中剛へ。800年分の記録から、ヴェルム系列の流通権設定の変遷へんせんを抜き出した。添付の通りだ。記録することと、使われることは別の話だと思っていたが、今日は使われてもいい気がした。——古木エルドの森イース』


「イース、使えるな」と田中が読み終えて言った。


「私も一言」とカーヴェが書類の端を整えながら言った。「神界側の許可証の原本に、ヴェルム系列への流通独占権の付与を示す文書が三点あります。ただし、いずれも正規の審議を経ていません。決裁印が一つ欠けています」


「欠けているのは誰の印だ」


ウルダ(SEGA)さんの一つ上の承認者アグリメンターです」


 エリュシアが書類を一枚手に取り、丁寧に確認してから顔を上げた。神力出力が制限されていても、書類を読む目に曇りはない。


「……この三点が無効になれば、流通独占権の根拠がなくなります」


「ふむ。お前、処理できるか」


 カーヴェは「……処理します」と静かに、でも迷わずに言った。


 それだけで話は終わった。エリュシアが書類を三点手に取って、自分の帳面を広げた。その手が、少しだけ速かった。


******


 午後、使者が戻ってきた。


 今度は五人だった。外套の紋章も違う。先ほどの三人より上位の者が混じっている編成で、ソレイユの中央通りに馬が繋がれていた。砂漠の午後の熱が石畳を揺らし、馬が鼻を鳴らしていた。


 田中が宿の前に出た。


 書類を一束、持っていた。


「正式な通達を持ってきました」と先頭の男が言った。「流通管理の権限に基づき——」


「根拠書類を確認した」と田中が言った。「神界承認印が欠けている。三点とも無効だ。書き直してから出直せ。以上だ」


「……神界の承認印など、確認できるはずが——」


「確認した。書類がある」


 田中が一枚を渡した。男が受け取って、読んだ。目が動いた。ゆっくりと、また最初に戻って読んだ。


 砂漠の午後の風が、外套の裾を一度だけ揺らした。


「……誰が、これを」


「書類の出所を聞くのか」


「…………」


「根拠があるか否かだ。あるかないかを言え」


 男が口を閉じた。隣の男と視線を交わした。どちらも答えを持っていなかった。名前が長い組織の中で動いてきた者たちは、自分たちの名前の枠外からくる問いへの答え方を持っていない。


「ない、ということだな。以上だ。とっとと帰れ(ゴーホーム、ヤンキー)


 五人はその言葉でまたもや引かざるを得なかった。

 馬がヒヒンと鼻を鳴らし、砂埃が細く舞い上がり、砂漠の大通りを遠ざかっていった。


「過剰書類、削減完了。節約完了(セーブコンプリート)だ」


 エリュシアは、その一言を聞いて少しだけ目を伏せた。


(削った後に、届くものがある)


******


 静かになった通りで、ギルが田中の隣に並んだ。


 日が傾き始めていて、石畳の影が長く伸びていた。ソレイユの市場の声が遠くから様々な音が聞こえてくる。今日も人がいて、いろんな商品が売れていた。


「……削れたのだな」とギルが言った。


「そうだ」


「でも、また奴らは来るぞ」


「来るだろう。名前を変えて来るが――、次も削る(コストカット)。ただ、それだけだ」


 ギルが少し間を置いた。砂漠の夕方の光の中で、少し目を細めながら前を向いていた。


「……削った後に残るものが、本物か」 そういって田中を見ながら、フ――、とわずかな笑みを浮かべる。


「そうだ」


「……父の記録が、今日も使われた」


「そうだ。四回目だな」


 ギルが一度だけ目を閉じた。それから、一呼吸。目を開いて前を向いた。


「……使えるな、と言うのか」


「そうだ」


「……それも、()()()だ」と、ギルは静かに言った。


 カウントが、田中のものと同じになっていた。エリュシアがそれを少し離れたところから見ていて、帳面に一行書いた。


(ギルさんが、自分から言いました)

(田中さんが言う前に)

(……ギルさんも、()()()()()()います)


(あと、私も言われた...い)

(そもそも私、ほとんど何もしてなくないですか今回!?)

(勇者の相棒パートナーとして、これでいいの私!?)

(頑張れエリュシア、貴女はやればできる女神なのよ――!)


 エリュシアは自分で内心ツッコミを入れながら、必要な事項を書いてから帳面を閉じた。閉じる前に、もう一行だけ付け加えた。


(書く欄:()()()()()


******


その頃、神界では——


 カーヴェが執務室に戻ったのは夕方で、ウルダ(SEGAさん)が窓の外を見ながら腕を組んでいた。砂漠の空は夕焼けが鮮やかで、その色が窓から切り取られてウルダの輪郭を染めていた。


「ヴェルム系流通独占権の根拠書類、三点が無効化されました」とカーヴェが書類を机に置きながら言った。「女神エリュシアが処理しました」


「……ほう、エリュシアが」


「「処理します」と言って、迷いませんでした」


 ウルダが窓から顔を動かして、カーヴェを見た。


古木エルドの森、イースさんから800年分の記録が届いていました。「今日は使われてもいい気がした」と書いてありました」とカーヴェが続けた。「ゼフィーラさんからも、神界文書の精査結果が届いていました。どちらも正規ルート外でしたが」


「……寛大です」


「何が寛大なんですか」


「800年書き続けた記録が、今日使われました。エリュシアさんが「規定外」を選びました。ギルさんが自分で「使えるな」と言いました」とウルダが静かに言って、また窓の外を見た。砂漠の夕焼けがゆっくりと暗くなっていくのを、しばらくそのままにしていた。「今日、たくさんのものが削れましたね」


「……残ったものが本物、ということですかね?」


「それが、寛大なことです」


 今日のウルダの顔は、珍しく、穏やかだった。




■神界業務日報 第77回 記録者:エリュシア


 本日の命名:ヴェルム・テオドラート・エクシオン・ゼイオス商業連合体・砂漠地区統括管理機構・ソレイユ支部運営評議会→SONY。

 長さについては特に申し上げません。

 書類を三点、処理しました。規定外でした。

 「処理します」と言いました。今度は言えました。

 イースさんの手紙に「使われてもいい気がした」とありました。

 書く欄:ありました。以上です。


■魔王の家計簿 第77回 記録者:ネネ


 本日の支出:なし。

 流通独占権の根拠書類:無効化された。

 書類三点で片付いた。材料費:ゼロ。

 ギルが「使えるな」を自分で言った。

 田中より先に言った。

 記録した。我は見ているだけであった。以上。


■イースの記録帳


 今日、田中剛が神界の設計者に市場論理を説いた。

 800年で最も記録しにくい日だ。

 使われた。悪くなかった。


■ギル修行(仮)日誌 第5回


 「使えるな」と自分で言った。

 田中に言われる前に言った。

 言えた。

 四回目だ。


■※おじさん解説!


 今日は「SONYの規格戦争」の話をするぞ。


 VHSとBetamaxの戦いは72話で話した。

 でもSONYの「独自規格で囲い込む」戦略は、その後も続いた。


【メモリースティック】

 SONYが1998年に作った記録メディアだ。

 カメラやウォークマンに使える。

 問題は「SONYの製品でしか使えない」ことだ。

 他のメーカーはSDカードを使っていた。

 市場はSDカードを選んだ。

 メモリースティックは2010年代にほぼ消えた。


【ATRAC】

 SONYが作った音楽圧縮形式だ。

 ウォークマンで聴ける。

 問題は「SONYのウォークマン以外では聴けない」ことだ。

 市場はMP3を選んだ。

 ATRACは2012年にほぼ終わった。


MDミニディスク

 1992年にSONYが発売した音楽記録メディアだ。

 CDより小さくて、録音もできる。持ち運びに便利だった。

 当時のおじさんはMDウォークマンを持ち歩いていた。

 好きな曲を録音してタイトルを入力して、それが楽しかった。


 でもMDも独自規格だった。

 PCとの連携がATRACを通さないとできなかった。

 iPodが出た。音楽がPCから直接入れられた。

 市場はそちらを選んだ。

 MDは2013年にほぼ終わった。


 田中的評価:「使いやすかった。でも囲い込んだ。削れ」

 おじさん的追記:「MDのタイトル入力は面倒だったが好きだった」


【共通の構造】

 技術は本物だった。

 でも「自分の規格だけで囲い込んだ」。

 市場は、開いている方を選んだ。


 田中的結論:

 「独自規格で囲い込んで、市場に負けた。それだけだ。削れ」


―――――


 ここからはゲームネタだ。規格戦争の話が続く。


【セガサターン vs プレイステーション(1994年〜)】

 セガとSONYが家庭用ゲーム機の覇権を争った時代だ。

 セガサターンは基板設計が複雑で、開発が難しかった。

 プレイステーションは開発しやすかった。

 ゲームメーカーが集まった方が勝つ。

 市場はプレイステーションを選んだ。


 セガはその後ドリームキャストを出した。

 「GD-ROM」という独自規格のディスクを使った。

 DVDが普及し始めたタイミングで、独自規格は弱かった。

 セガはドリームキャストを最後に、ハードから撤退した。


 田中的評価:「SEGAだ。やることは派手だが外し続ける」

 (※ウルダさんの命名理由はここから来ています)


【PSP と UMD(2004年〜)】

 SONYが出した携帯ゲーム機PSPは、「UMD」という独自ディスクを使った。

 UMDで映画も見られる、という触れ込みだった。

 でもUMDで映画を見られる機器はPSPしかなかった。

 市場はDVDを選んだ。UMDの映画ソフト展開は数年で縮小した。


 田中的評価:「また独自規格だ。学習しない。SONYだ。削れ」


【任天堂の場合】

 任天堂は独自規格を作ることもあるが、「ゲームが面白い」を最優先にしてきた。

 ゲームボーイは性能が低かったが、電池が長持ちして外で遊べた。

 DSは二画面という独自設計だったが、「タッチで遊ぶ」という体験が本物だった。

 市場は体験を選んだ。


 田中的評価:「任天堂様だ。本物を作る。手堅い。質がいい」

 (※田中さんの最高評価がここから来ています)


 長い名前も、同じ構造だ。

 自分の枠で相手を囲い込もうとした。

 田中が「削れ」で一言で終わらせた。

 残ったものが本物だ。常識だろうが。

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