「私が見てきたものは本物だった」
命令で始めたことが、本物になることがある。
やり続けた後でしかわからない。 わかった後は、もう戻れない。
だが、それでいい。
目を覚ますと、フィオがどこにもいなかった。
朝から姿が見えなかった。ケータイでかけるも一秒で切れた。
メッセージは『先に行く』の一行のみ。
田中がそれを読んで「行くぞ」と言ったので、一同がソレイユ郊外へ向かうことになった。
一方、ヴェルム商会の動きは、ここ二日で変わっていた。
市場独占を潰され、村の排除部隊が撤退させられた。次は直接、流通そのものを押さえにくる段階だろう。商会の荷馬車が三方向から郊外の農村を囲む動きが、トルネコの情報網にいち早く引っかかっていた。
「三方向からきまっせ〜」とトルネコが帳面を開きながら言った。「北の街道、東の砂丘沿い、南の水路沿いの三本からでっせ〜。本気でワテらを締め上げる気でんがな〜まいりましたなあ」
「フィオはどこかわかるか」と田中が言った。
「東の砂丘沿いに、先に入ったみたいでっせ〜」
「そうか。ならば北を行く」
ギルが地図を広げて「南の水路沿いは、農村の唯一の水源だ。そこを抑えられたら住人が動けなくなる」と言った。
「そこには、お前が行け」
「わかった」
言うやいなや、ギルが地図を折って南へ走り出した。それと同時に田中が北へ向かって走る。
******
北の街道は荷馬車が三台、横並びで塞がれていた。
荷馬車の後ろには人が十人以上いた。装備は、以前(※74話「三万Gか」参照)の排除部隊より重い。個人でなく、組織として動いている人数と隊形をしていた。
田中が一歩前に出た。
見張りの一人「この先には行かせん」
「根拠を言え」と田中が言った。
「ヴェルム商会の判断です」
「書類はあるか」
「……」
「ないな。以上だ。どけ」
見張りはその言葉でも動かなかった。後ろの十人が前に出た。田中が止まった。
ネネが横に並んだ。魔力が低下しているが、それでも魔王だ。存在感がある。グラが田中の肩で「グゥ」と鳴いた。アルスが前に出た。
「(ぴょん)邪魔です!!(ぴょん)」
「跳ねながら言うな。迫力が落ちる」
「(ぴょん)すみません!!(ぴょん)でも邪魔です!!(ぴょん)」
場が膠着した。
両者動かぬまま、二分続いたところで、東の方角から音が聞こえてきた。
一発の銃声だった。
全員が東を向いた。
砂丘の上に、細い影がいた。切りっぱなしのポニーテール。フィオだ。腰に魔道銃を戻すところだった。砂丘の向こうで砂が舞い上がり、何かが弾き飛んだ音がした。
荷馬車の後ろの人間たちが、互いに顔を見合わせた。東の隊が落とされた。という空気が走った。
田中が荷馬車を見た。
「どけ」
その言葉に、今度はどかざるを得なかった。
******
三方向が全部片付いたのは、昼前だった。
ギルが水路沿いから戻り、アルスが荷馬車の撤収を確認し、トルネコが農村への影響を聞き取りに回った。田中が村の入口に立って全体を確認していた。
フィオが砂丘を下りてきた。田中の前に立った。
「片付いた」
「そうだな」と田中が言った。
「今日も銃を撃った」
「見えていた」
「三万Gだ。また使ってしまった」
「そうか」
フィオが少し止まった。「……理由がある。昨日とは別の理由だ」
「別に聞かん――」
「聞けよ」
田中がフィオを見た。正面から見た。
フィオが前を向いたまま言った。
「神界に言わされていたのかもしれない。この世界に来てからも、命令で撃っていたのかもしれない。ずっとそう思っていた」
「……」
「でも昨日、子供を見たんだ。村の子供だ。道の端から顔を出して、こっちを見ていた。ああいう顔を、前の世界でも見た。その子も――同じ顔をしていた」
フィオがため息を一つ吐く。
「今まで――命令で見ていただけなのかもしれない。でも見てきた。私が、見てきた。命令じゃなかったとしても、それは本物だった。見てきたことは、すべて本物だった」
田中が少し間を置いた。
「そうだな」
「……お前も、そうだったのか?」
「そうだ」と田中が言った。「俺も二十三年、同じ繰り返しだった。だが、それは命令じゃなかった。ただ正しかったからやっただけだ。それで、負け続けた。それでもやる。結果は、やり続けた後でしかわからん」
「……わかる、のか。やった後で」
「わかる。それが、お前の今日だ」
フィオが顔を上げ、少しだけ前を向いた。砂漠の砂地を、まっすぐ見た。
「……今日だけじゃない。これから先も撃つ――!」
「そうしろ。お前の判断でな」
「命令じゃなく、アタシ自身で?」
「そうだ」
「三万Gでも?」
「そこは節約しろ。TPOだ」
フィオが少しだけ口元を動かした。笑ったのかもしれない。その表情は、すぐに消えた。
「……そこで節約の話を言うなよ」
「常識だろうが」
******
少し離れたところで、エリュシアはそれを聞いていた。
近づかなかった。声を出さなかった。
(……神界に言わされていたのかもしれない)
(でも見てきたことは本物だった)
エリュシアの中で、何かが動いた。
(また......気づかされてしまいます)
(二十三年分)
(私が処理しました)
(全却下で、書類として処理しました)
(ただの書類として、処理し続けました)
(でも)
(田中さんがやり続けたことは)
(全部、本物でした)
(私が却下した全部が)
(本物でした)
(ずっと)
(ずっと、本物でした)
(わたしの、今の気持ちも、きっと――)
声には出なかった。
田中が前を向いて歩き出した。その背中を見た。
(私には言えません)
(彼に言う権利が、まだありません)
(でも)
(書きます)
(絶対に、書きます)(書き続けます――!)
エリュシアが帳面を開いた。
何かを書こうとして、止まった。
熱いものが目があふれ、それ以上言葉が出てこなかった。
一行だけ書き、そっと、帳面を閉じた。
******
フィオが腰の魔道銃を見た。
それから砂地に落ちていた石を一つ拾った。
拾って、地面に置いた。
それは彼女にとって、拾わなくてもいい石だったが、拾い、置いた。
「……フィオ」とネネが言った。フィオの横に、いつの間にか立っていた。
「何だ」
「撃つ理由が、できたのか」
フィオが少し間を置いた。
「できた。今日」
「そうか」とネネが言った。「我も、そういうことがあった」
「魔王にも、あるのか」
「ある」
ネネがグラを膝の上に下ろしながら「正しくても認められない時期が、千年あった」と言った。「今も続いている」
「……千年か」
「長かった。でも本物だった」
フィオが砂地を見た。
「……お前も、そうだったのか」
「そうだ」
二人が並んで、しばらく砂地を見ていた。風が砂を少し動かした。
アルスが遠くから「(ぴょん)フィオさん!!(ぴょん)今日かっこよかったです!!(ぴょん)」と叫んだ。
「跳ねるな」とフィオが言った。
「(ぴょん)すみません!!(ぴょん)でもかっこよかったです!!(ぴょん)」
ネネが口の端を少し上げた。フィオが石を一つ拾って、アルスに向かって構えた。
「……当てるなよ、おい」とネネが言った。
「当たらない」
「わかってる」
フィオが石を投げた。
アルスの三メートル手前の砂地に落ちた。
「(ぴょん)惜しいです!!(ぴょん)」
「う る さ い」とフィオが少し笑いながら言った。
でも、彼女は石をもう一つ拾わなかった。
******
帰り道、田中が前を向いたまま歩いていた。
その少し後ろを、フィオ。さらに後ろをエリュシアが歩いていた。
三人の間隔が、行きより少しだけ狭かった。
誰も何も言わなかった。無言の時間が続く。
砂漠の夕方の風が、心地よく三人の間を抜けた。
『ステータス オープン』
勇者 田中剛
LV:7 チート:無効
スキル:昭和製造法(習慣・技能・経験値のみ有効)
魔王 ネネ
LV:6 魔力:低下中(回復の兆し)
女神 エリュシア
神力出力:制限中(通常の1割以下)
アルス
LV:12 ※特記事項:筋力測定不能
田中がステータスを確認した。ネネのLVが一つ上がっていた。何も言わなかった。
ネネも確認していた。自分のLVが上がったことに気づいていた。何も言わなかった。
その後も、黙々と砂地を歩く音だけが続いた――。
******
その頃、神界では——
「フィオさんが魔道銃を撃ちました」とカーヴェが書類を置きながら言った。「今日も一発。三万G。合計二発です」
「……理由は」とウルダが言った。
「命令じゃなく自分の意思で撃ちたかったみたいです」
ウルダがしばらく黙っていた。
「……田中さんは」
「「節約しろ」と言いました」
また沈黙があった。笑いをこらえていた。
「……エリュシアは」
「業務日報が届いています。今日だけ、一行です」
カーヴェが書類を一枚出した。
『今日は書けません。以上です』
ウルダが書類を受け取った。読んだ。置いた。
「うぷっぷ……寛大に処します」
今日は、静かな声だった――が笑いはこらえ切れていなかった。
■神界業務日報 第76回 記録者:エリュシア
今日は書けません。以上です。
――日報の用紙にはところどころ、染みが乾いた跡のように少し、皺がついていた。
■魔王の家計簿 第76回 記録者:ネネ
本日の支出:魔道銃一発(フィオ持ち)。
フィオが「これから先も撃つ。命令じゃなく」と言った。
我も、千年前に同じことがあった。
LVが一つ上がった。言わなかった。
田中も言わなかった。
砂漠の風は静かだった。
以上。
■フィオの石磨き記録 第1回
本日の石:三個磨いた。一個投げた。アルスに当たらなかった。
本日の銃:一発撃った。命令じゃなかった。
田中に「節約しろ」と言われた。
それは、正しい。
……でも、今日だけは節約してる場合じゃなかった。
以上。
■※おじさん解説!
今日は「SNKさん」の話をするぞ。
SNKとは、1978年に大阪で生まれたゲームメーカーだ。
正式名称は「株式会社エス・エヌ・ケイ」。
後に「SNKプレイモア」と名前を変えた。
作った作品の質は本物だった。
「餓狼伝説」「KOF」
「サムライスピリッツ」「メタルスラッグ」。
どれも今でも愛されている名作ばかりだ。
でも2001年に経営破綻した。
資金が尽きた。続けられなくなった。
倒れた。
田中がフィオを「SNKさん」と呼んだのはそういう理由だ。
「強い。でも資金不足で倒れた。最大級のリスペクトだ」と本人が言った。
フィオが「受け取る」と言った。
SNKは2001年に一度倒れて、2003年に復活した。
「SNKプレイモア」として立ち上がり、今でも作品を出し続けている。
倒れても終わりじゃなかった。
田中的結論:「作ったものが本物なら、続く。常識だろうが」
―――――
本日の追加ゲームネタ。
【メタルスラッグ(SNK・1996年)】
田中がフィオを命名した理由になった作品だ。
「フィオ・ジェルミ」という金髪の女性キャラが銃を持って戦う。
フィオさんは黒髪ポニーテールで全然似ていないが、
田中は「銃を持って戦う。SNKだ。フィオだ」と決めた。
田中さんの命名基準は「雰囲気」と「昭和の記憶」でできている。
精度については問わない方がいい。常識だろうが。
【KOFシリーズ(SNK・1994年〜)】
毎年新作が出る対戦格闘ゲームだ。
「命令じゃなく、自分で戦う」というキャラが多い。
KOFのキャラは大抵、個人的な理由で戦っている。
組織に命令されて動くキャラは、たいてい中盤で離反する。
フィオさんが「命令じゃなく、俺が撃う」と言った今日は、
KOFで言えば「チームを抜けて、自分の意志で参戦を表明した」日だ。
田中的評価:「理由ができた。それでいい。節約はしろ」
おじさんはKOF94からやっていた。
草薙京が好きだった。理由はなんとなく昭和っぽい不良だったからだ。
詳しくは言わない。




