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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第3章:LV1から積み上げたものだけが本物だ

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「飯を食え、生きていればそれでいい」

 田ノ里の飯は、変わらずうまかった。

 変わらないものが、ここには残っている。

 それだけで充分だと、田中は思う。常識だろうが。


 一行が砂漠を出ると、空気が変わった。


 乾いた熱が引いて、草の匂いが混じり始める。田ノ里まであと半日という道の途中で、ネネが「ようやく、砂漠ではなくなったか」と言った。


「そうだ」と田中が答えた。


「草があるぞ!牛も、馬もおるな」


「そうだ」


「……悪くない、我は良い気分じゃ」


「そうだ」


 ネネが少し間を置いた。「......”そうだ”を連発するな」


「そうだ」


「また言ったな!!」


 そのやり取りの中、アルスが、いつものうさぎ跳び筋トレでぴょんぴょん跳ねながら「(ぴょん)田ノ里は師匠が以前行ったところですか!!(ぴょん)」と言った。


「そうだ。飯がうまい」


「(ぴょん)なら、飯が目的ですか!!(ぴょん)」


「それだけじゃない。ハドソンの確認がある」


「(ぴょん)ハドソンさんとは!!(ぴょん)どんな方ですか!!(ぴょん)」


「三代目だ」と田中が前を向いたまま言った。それだけで終わった。


「(ぴょん)三代目!!(ぴょん)何の三代目ですか!!(ぴょん)」


「うるさい、話すか筋トレするかどっちかにしろ。削れ」


「(ぴょん)はい!!(ぴょん)」 ゴツン! いつも通り田中の制裁が下った。――が、アルスは筋トレをやめることはしなかった。


 エリュシアが内心で補足した。


(田ノ里は、前の世界から来た先代の足跡が残っている場所です)

(田中さんが「懐かしい匂いがする」と声に出した、数少ない場所の一つです)

(書く欄:ありました)

(あと相変わらず動きがキモいのに、もう見慣れてしまいました...)


 フィオが形の良い石を一つ拾って磨き始めた。歩きながら磨いていた。砂漠でも磨いていたが、草地でも磨いていた。フィオにとって石は場所を選ばないらしい。


「……フィオさん、ずっと磨いていますね」とエリュシアが言った。


「習慣だ」


「田中さんと同じ言葉ですね」


「違う」


「でも今、同じ言葉を——」


「違う」


 フィオが少し早口になった。エリュシアが内心で「(言い切りました)(でも顔が少し赤いです)(草地の風のせいだと思います)」と書いた。


******


 田ノ里に入ると、前回と少し違う空気があった。


 引き戸の間から子供の声が聞こえる。前回は静かだった。路地を歩く住人の顔が、わずかに柔らかい。「田」の字の家紋が並ぶ通りに、小さな露店が二軒出ていた。手作りの干物と、発酵させた野菜の漬物、納豆等を売っていた。


 田中が露店を一秒見た。


「……仕入れたか」


 声が聞こえたのか、露店の奥からハドソンが出てきた。前回と同じ口下手で真面目な顔だが、目の下のこわばりが少し取れている。


「来てくれたか」と言った。前回より、わずかに早かった。


「来ると言った」と田中が答えた。


「……帳面をつけ始めた。前回に教わった通りに」


「見せてみろ」


 ハドソンが帳面を差し出した。田中が受け取って、黙って読んだ。

 ......一ページ、二ページ。


 アルスがぴょんぴょん跳ねながら「(ぴょん)ハドソンさんは田中師匠のお知り合いですか!!(ぴょん)」とハドソンに話しかけた。


「……お前は何をしながら歩いているんだ」


「(ぴょん)腹筋です!!(ぴょん)移動中も鍛えられます!!(ぴょん)」


「移動しながら腹筋ができるのか」


「(ぴょん)習慣です!!(ぴょん)師匠に教わりました!!(ぴょん)」


 ハドソンが少し間を置いて田中を見た。田中が帳面から目を上げずに「弟子だ」と言った。


「……なぜ跳ねているんだ」


「習慣だ。気にするな。気にしたら負けだ」


 ハドソンが「……わかった」と言って、跳ねているアルスから目を離した。


「数字が合っている」と田中が帳面を返しながら言った。「前回より精度が上がった。誰かに教わったか」


「田中さんの書いた手順書を何度も読んだ」


(「使えるな」は、言いませんでした)

 エリュシアが内心で記録した。


(でも帳面を返した手が、少し丁寧でした)

(田中さんの「よく見た」という意味の動きを、私は知っています)

(書く欄:ありました)


 ハドソンが露店の方に目を向けた。「先代の記録に『余ったものは外に出せ。人に渡せ。それが投資になる』とあった。やってみた」


「いくら動いた」


「一日で十二G 動いた」


「悪くない。続けろ」


 ハドソンが「……わかった」と言った。その「わかった」は、前回よりずっと早かった。


 その横で、フィルナが露店の干物を覗き込んで「わあ!! ここのお店、すごく手が込んでいますね!!よかった!!」と言った。


「……売り物だ」とハドソンが言った。


「たくさん買います!!」


「……ありがとう」


「ネネちゃんの分も買います!!買えてよかった~!!」


「……ありがとう」


 ハドソンの表情が少しだけ緩んだ。田中がその顔を一秒見て、前を向いた。


(露店に初めてお客さんが来た顔ですね)

(でも、これからはきっと、もっと――)


 エリュシアが内心で記録した。


(フィルナさんは、天然で正しいことをすることがよくあります)

(書く欄:つくります)


******


 昼前、ハドソンが誘ってくれたので、全員で飯を食わせてもらうことになった。


 味噌に近い発酵調味料の汁物と、固めに炊いた穀物と、干し肉の煮付けだ。田ノ里の飯は、前回と変わっていなかった。変わっていないことが、ここでは正しかった。


 アルスが一口食べて「(ぴょん)うまいです!!(ぴょん)」「筋肉に効きますかね――?」と言った。


「跳ねながら食うな、みっともない」


「(ぴょん)すみません!!(ぴょん)でも本当にうまいです!!(ぴょん)」


「跳ねるな。行儀が悪い」


「(ぴょん)体が覚えてしまっています!!(ぴょん)」


「食事中だけやめろ。常識だろうが」


「(ぴょん)はい!!(ぴょん)……(ぴょん)」


 ビシッ!!田中の激しいチョップがアルスの頭に直撃する。

 が、筋トレで鍛えられた体には、チート無効中の田中の攻撃はさほど効いていないようだ。


「まだ跳ねてるのか」


「(ぴょん)すみません体が!!(ぴょん)」

 田中は――諦めた。


 ネネが汁物を一口飲んで、黙って飲み続けた。グラが膝の上でおとなしくしていた。フィオが干し肉を一口食べ、保存状態を確認するように噛んで「……燻製の温度管理が正確だ」と言った。料理の感想ではなかった。


「おいしいとかじゃないんですかぁ~?!」とフィルナが言った。


「うまい。技術が高いという意味で言ってる」


「あ、褒めてたんですね!!わかんなかった。でもよかったぁ!!」


「……そうだ」とフィオが言った。少しだけ間があった。


 田中が汁物を飲んだ。飲み終えたら、椀を前に出した。


()()()()()


 ハドソンが「……もう三杯目だが――」と言った。


「何杯でも飲む。うまいから飲む。以上だ」


 ハドソンは、それ以上何も言わずに椀に汁を注いだ。その手が、少しだけ満足そうに動いていた。トルネコが「田中さん、田ノ里来るたびに一番食べてますな〜」とにやにやしながら言った。


「飯がうまい店に金を落とすのは当然だ。常識だろうが」


「感想やなくて経済論になってますやん〜!!」


 エリュシアが内心で書いた。


(田中さんが四杯も食べています)

(感情の出し方が、田中さんらしいです)

(ていうか塩分大丈夫でしょうか)

(書く欄:たくさんありました)


******


 食後、ハドソンが奥の部屋から一冊の薄い手帳を持ってきた。


「……祖父が、先代の荷物の中に残っていたと言っていた。日本語で書かれていた。前回、見せようとして機会を逃した」


 田中が受け取った。


 表紙に、見慣れた文字が書いてあった。日本語だ。


 前半はほとんど同じ内容だった。「今日も飯を食った。生きている」が続く。何十ページも。字が乱れない。どんな日も同じ筆跡で書き続けている。


 田中がページをめくり続けた。


 残り数ページのところで、文章が変わった。


()()()()


 それだけ書いてあるページがあった。


 次のページ。


()()()()()()()()()()()


 次のページ。


()()()()()()()()()()()()()()


 それで終わっていた。


 田中がしばらく、最後のページを見ていた。


 何も言わなかった。

 しばらくの時が過ぎて、手帳を閉じ、ハドソンに返した。


「……何か書いてあったか」とハドソンが聞いた。


「飯を食え。生きていればそれでいい」


「それだけか」


「それだけだ」


 ハドソンが少し間を置いた。「……先代らしい」


「そうだな」と田中が言った。


 それだけだった。


 田中が椀を前に出した。


「もう一杯もらえるか」


「五杯目だが」


「五杯でも飲む。以上だ」


 ハドソンが注いだ。


 エリュシアが、少し離れたところから、それを見ていた。声には出さなかった。出せなかった。


(……飯を食え。生きていればそれでいい)

(田所一郎さんが書きました)

(田中さんが読みました)

(何も言いませんでした)

(おかわりしました)

(それが、田中さんの「よくやった」なんだと思います)

(声になりませんでしたが)

(わかりました)

(絶対に書きます)


 フィルナが「田中さんって、本当にあの汁物が好きなんですね!!ほんとによかった!!」と言った。


「……よかったとは何がだ」とネネが聞いた。


「おいしいものをおいしいって言える人だってわかったから、よかったな、って!!」


 ネネが少し黙った。


「……そうだな」


 グラが「グゥ」と鳴いた。田中は前を向いて汁物を飲んでいた。


挿絵(By みてみん)


******


 午後、田ノ里の路地を歩いていた。


 田中が足を止めた。


 路地の端、日当たりのいい空き地で、子供が三人しゃがんでいた。石ころを地面に並べて、何かを作っていた。碁石のように並べる子。棒で地面に線を引く子。石を一個ずつ動かしながら何かのルールで競っている子。


 田中がそれを見ていた。


 三秒。


 五秒。


(……昭和にあった)


 田中の視線が、石から地面の線へ、線から子供の手へ、手から並んだ石の配置へと動いた。


(あれは)


(……作れる)


(いや、違う。あれじゃない。もっと別のやつだ。動かせる。音が出る。絵が出る)


(……作れるか)


(作れる。昭和にあった。ならば、作れる)


 何も言わなかった。歩き出した。


 エリュシアだけが、田中の足が止まったことに気づいていた。


(……何か見ていましたね)

(子供たちの遊び)

(田中さんの目が、何かを計算していました)

(聞けません)

(でも)

(いつか教えてくれると思います)

(その時まで、私が、記録しておきます)


 フィオが子供の遊びを横目で見ながら「……石を使っている」と言った。


「そうだ」とネネが言った。


「石はいい。タダだ」


「田中と同じことを言ったな?」


「違う」


「今日二回目だ」


「……うるさい、魔王は黙ってろ」


 フィオが石を磨く速度が少し上がった。顔はやっぱり少し赤かった。


******


 夕方前、出発の準備をしながら、トルネコが帳面を見ながら田中に話しかけた。


「田中さん〜。道中の荷物がだいぶ増えてきましたわ〜。地図を毎回広げるのも手間でっしゃろ〜。在庫の管理と地図が一個になったら最高ですわ〜。何かいい方法ありますかね〜」


 田中が少し止まった。


「……有用だ。考える」


「お! 前向きな返事が来ましたで!!」とトルネコが帳面を叩いた。「期待してまっせ〜!!」


「考えると言った。まだ作ると言っていない」


「でも検討段階には入ったってことでっしゃろ〜!! 田中さんが『考える』と言った時は、たいてい翌週には何かできてますわ〜!!」


「……そうだな」と田中が前を向いたまま言った。


 エリュシアが内心で記録した。


(「有用だ。考える」を言いました)

(これは田中さんの中で何かが動いた時の言葉です)

(「有用」「考える」が連続して出た時が一番危ない組み合わせです)

(何ができるのかは、まだわかりません)

(楽しみだと思っていることは、書けません)


 ハドソンが村の入口まで見送りに来た。田中がハドソンを一度見た。


「次に来た時、また飯を食わせてもらう」


「……待っている」


「帳面をつけ続けろ。投資を惜しむな」


「わかった」


 田中が歩き出した。今回の「わかった」は、かなり早かった。


 ハドソンがその背中を見送りながら、小さく言った。


「……先代も、こういう人だったのか」


 田中は振り返らなかった。


 歩き続けた。



******



その頃、神界では——


「田ノ里の再訪確認が取れました」とカーヴェが書類を置きながら言った。「ハドソンさんが帳面をつけ始めたそうです。田中さんが味噌汁というものを、五杯おかわりしました」


「……五杯も」


「はい」


「田所一郎の手帳が出てきました。最後のページは『飯を食え。生きていればそれでいい』だったそうです」


 ウルダがしばらく黙っていた。


「……田中さんは、何と言いましたか」


「おかわりしました」


「それだけですか」


「それだけです」


 また沈黙があった。


「う……寛大なことです」


 今日は、静かな声だった。少しだけ、遠くを見ているような目をしていた。


 カーヴェが書類をもう一枚置いた。「田中さんが路地で子供の遊びを五秒ほど見て、何かを考えていたそうです。エリュシアさんが記録していました」


「……何を考えていたのでしょうね」


「わかりません。でも目が、計算していました」


「……寛大に、見守ることにします」


 その顔は、少しだけ、心配そうだった。

■田所一郎の日記


 今日も飯を食った。生きている。


 それと、飯を食え。


 生きていればそれでいい。


■神界業務日報 第75回 記録者:エリュシア


 本日、田ノ里を再訪しました。

 ハドソンさんの帳面の精度が上がっていました。

 田中さんが五杯おかわりしました。感情の出し方が、田中さんらしいです。

 田所一郎さんの手帳の最後に「飯を食え。生きていればそれでいい」とありました。

 田中さんは何も言いませんでした。おかわりしました。

 わかりました。

 田中さんが路地で立ち止まって子供の遊びを見ていました。

 何を考えていたか、聞けませんでした。

 書く欄:今日はたくさんありました。全部は書けません。

 以上です。


■魔王の家計簿 第75回 記録者:ネネ


 本日の支出:田ノ里での食事代(田中が払った)。

 田中が五杯食べた。

 先代の記録に「飯を食え」とあった。

 田中が読んだ。おかわりした。

 フィルナが「おいしいものをおいしいと言える人だとわかった」と言った。

 ……我も、食べた。三杯。うまかった。

 以上。


■※おじさん解説!


 今日は「飯を食え」の話をするぞ。


 昭和という時代、日本人にとって「飯を食え」は最上級の言葉の一つだった。

 心配している。気にかけている。元気を出せ。

 全部その四文字に入っていた。


 昭和のおじさんは感情を言葉にしない。

 「頑張れ」と言う代わりに「飯食ったか」と聞く。

 「大丈夫か」と言う代わりに「飯でも食っていけ」と言う。

 それが全部だった。


 田所一郎(元工場職人・享年不明)が最後に書いたのが「飯を食え。生きていればそれでいい」だった。

 剣を一生持たなかった。土を耕して死んだ。

 神界には「使えない」と判断された。


 でも田中剛(享年46歳・現在現役)はその記録を読んで五杯おかわりした。


 言葉はなかった。


 それで充分だ。常識だろうが。


―――――


 ここからはゲームネタだ。


【牧場物語シリーズ】

 1996年にスーパーファミコンで発売された農業シミュレーションゲームだ。

 主人公は都会から田舎に来て、荒れた農地を耕し、作物を育て、家畜を飼い、

 村人と交流しながら暮らしを立てる。

 剣は持たない。魔王も倒さない。ただ土を耕す。


 田所一郎は剣を一生持たず、土を耕して死んだ。

 神界に「使えない」と判断された。

 でも田ノ里の三代目は今日も帳面をつけている。

 牧場物語の主人公と、やっていることが同じだ。


 田中的評価:「農業は先行投資だ。土地と習慣があれば経費は最小だ。常識だろうが」


MOTHERマザー

 1989年に任天堂が発売したRPGだ。昭和の日本をモデルにした世界観で、

 主人公のネスが宇宙人の侵略に立ち向かう話だが、見た目は完全に「昭和の子供」だ。

 このゲームには「おかあさんに電話する」というコマンドがある。

 電話するとHPが回復する。理由はない。おかあさんに電話するだけだ。


 感情を言葉にしない。行動だけが変わる。

 田所一郎が「飯を食え」と書いた。

 田中剛がおかわりした。

 MOTHER的に言えば「電話した」と同じだ。


 田中的評価:「……電話代は経費だ。でも行動が正しい。以上」


【どうぶつの森】

 2001年にニンテンドウ64で発売された生活シミュレーションゲームだ。

 村で暮らす。虫を捕る。魚を釣る。住人に話しかける。

 劇的なことは何も起きない。毎日少しだけ変化がある。それだけだ。


 田所一郎の日記は「今日も飯を食った。生きている」が何百ページも続く。

 どうぶつの森のプレイ日記に似ている。

 何かを達成しようとしていない。ただ毎日を積み上げている。

 それが全部だった。


 田中的評価:「積み上げたものだけが本物だ。常識だろうが」

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