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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第3章:LV1から積み上げたものだけが本物だ

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「VHSに負けたBetamax(ベータマックス)だ」

 独自規格というものは、強ければ強いほど危ない。

 囲い込んだ瞬間に、逃げ道がなくなるからだ。

 市場は正直だ。常識だろうが。

 砂漠都市ソレイユの中央市場は、朝からとても活気があった。


 砂漠の交易都市らしく、香辛料・染料・革細工・金属加工品が所狭しと並び、乾いた空気の中に甘い匂いと獣の匂いが混じっている。人の流れが多く、声が飛び交い、商品が嵐のように売れていた。一見すれば、健全な市場に見える。田中が入口で足を止めなければ、そのまま通り過ぎていただろう。


 看板が出ていた。


『当市場では「ソレイユ石貨」のみ取り扱いとなります。入場前に両替所にてご両替ください』


 田中が看板を三秒読んだ。それだけで充分だった。


「両替手数料はいくらだ」とトルネコに聞いた。


「一割でっせ〜」とトルネコが帳面から顔を上げずに答えた。「しかも市場を出る時の再両替でまた一割取られますわ〜。往復二割でんな〜。あと、ソレイユ石貨は市場の外では使えまへんのや〜。発行元は市場の奥の商会一社だけでっせ〜」


「……詳しいな」


エリュシア(いつもなら、長いと言われそうなのに)(よっぽど、大事なことなのですね)


「調べましたさかい〜。着いた瞬間に嫌な予感がしましたわ〜」


 田中が入口の看板から両替所、両替所から市場の奥にある大きな商会の建物へと、五秒で視線を動かした。


「SONYだ」


 エリュシアが半歩引いた。


「……また命名ですか、前に聞いたことある名のような――」と静かに言った。


「独自規格で全部囲い込んでいる。入るには両替が必要で、外では使えず、出る時にも手数料を取る。商会一社が発行元だ。これはS〇NYだ。負けパターンだ」


「その、そ、S〇NYというのは……?」とギルが少し眉を上げた。


「昭和にあったメーカーだ。技術は本物だった。だが独自規格で囲い込みすぎて市場に負けた。お前が思っている悪口ではない。構造の話だ」


「……なるほど」とギルが言った。


(また「なるほど」が出ました)

 エリュシアが内心で一行書いていた。ギルは気づいていない。毎回気づいていない。


「商会の名前がわかれば、権利構造が読める」とギルが腕を組んだまま続けた。「父の代に砂漠方面の取引記録があった。当たってみる」


「行け」と田中。


 ギルがきびすを返した。


******


 日陰で待つことになった。


 砂漠の朝は涼しい時間が短い。石畳の端がじりじりと熱を持ち始め、グラがネネの肩の上で「グゥ……」と鳴いた。しんどそうだった。


「暑い」とネネが言った。


「砂漠だ」と田中が答えた。


「わかっている」


「ならいい」


「……暑いと言いたかっただけだ」


「そうか」


 ネネが口を閉じた。怒っているのか諦めているのか判断のつかない顔で、グラの頭を一度だけなでた。グラが「グゥ」と鳴いた。


(田中さんの「そうか」は会話を完全に終わらせる機能があります)

(ネネさんが毎回それで止まっています)

(今日で七回目です)

(記録していますからねっ)


 エリュシアが内心でそっとまとめた。


 一方、アルスは腹筋しながらぴょんぴょん跳ねていた。日陰の中でも跳ねていた。砂を踏むたびに「ざっ、ざっ」と音がした。


「(ぴょん)師匠!!(ぴょん)ギルさんは何をしに行ったんですか!!(ぴょん)」


「書類を取りに行った」


「(ぴょん)書類でS〇NYに勝てるんですか!!(ぴょん)」


「勝てる。書類は証拠だ。証拠があれば根拠になる。根拠があれば論破できる。常識だろうが」


「(ぴょん)なるほど!!(ぴょん)筋トレと同じですね!!(ぴょん)」


「違う」


「(ぴょん)積み上げる点が同じです!!(ぴょん)」


 田中が少し止まった。「……まあそうか」


「(ぴょん)やはり同じでした!!(ぴょん)」


「跳ねるな。砂が飛ぶ」


「(ぴょん)すみません!!(ぴょん)」


「跳ねてるぞ!」


 ごちん!と田中の鉄拳が飛ぶ――が、アルスはやめない。


「あ、いてっ。(ぴょん)すいません!体が覚えてしまっています!!(ぴょん)」


 トルネコが帳面を閉じながら「……師匠もツッコんでますやん、最近」とぼそっと言った。


 田中は返事をしなかった。エリュシアが内心でもう一行書くことになった。


(……返事しませんでしたが否定もしませんでした)

(書く欄:少し、ありました)


 フィオが砂地から石を拾い、構えた。市場の入口付近に、両替所の係員が立っているのが見えた。


「……狙う――!」


「だから、石を投げるな」と田中が言った。


「当たる!」


「お前の『当たる』は当たったためしがない。却下アウトだ」


「今回は感覚が違う」


「根拠を言え」


「……勘だ」


「またか。却下だ」


 フィオが黙って石を置いた。五秒後にまた別の石を拾った。田中が視線だけフィオに送る。すると、フィオが石を置いた。とてもきれいな姿勢フォームであった。


「あの人、石に関する動作だけは完璧に仕上がってきましたな〜」とトルネコがしみじみ言った。


「投げないだけ《《マシ》》だ」と田中が言った。


「その言い方やと進歩してる感じがしますけど、本来は投げないのが普通でっせ!!」


******


 三十分ほどで、ギルが薄い紙束を持って戻ってきた。息が少し乱れていた。どうやら走ってきたのか、交渉してきたのか、どうにもわからない顔をしていた。


「どこで入手したんでっか?」とトルネコが目を細めた。


「……商人ギルドの古い記録室だ。貴族証書の写しを見せたら、閲覧を許可された」とギルが答えた。「十二年前の開設許可証の写しと、現在の規約が手に入った」


「それだけか」


「もう一枚ある」とギルが一枚を別に出した。「当時の許可審査官の署名入りの条件書だ。専用通貨の使用については一切記載がない。後から書き換えた証拠になる」


 トルネコが帳面を開いて三枚の書類を素早く見比べた。「……これ、完璧でっせ〜。日付の差分と署名の有無で、改ざんが一目でわかりますわ〜」


 田中が三枚を受け取り、順番に読んだ。一分かからなかった。


「《《使えるな》》」


 三回目だった。


 ギルが少しだけ受け取った紙の角を、指で押さえた。体が芯から震えている。


(……三回だ)

(一回目は干物の解体だった。二回目は採掘権の書類だった。今日は商業証書の差分だ)

(すべて父の記録が動いた)

(没落した家の仕事が、今日ここで三度目に役に立った)

(なぜこれが積み上がる感じがするんだ)

(積み上がってはいけないものじゃないのか、これは)


「ギル。これを市場の入口に貼れ。見える場所に、大きく」


「……いいのか」


「規約違反を知らせるのは正当な行為だ。常識だろうが」


「(ぴょん)ギルさん!!いい顔してます!!(ぴょん)」とアルスが言った。


「跳ねながら言うな」


「(ぴょん)すみません!!(ぴょん)」


 ギルが書類を持って、市場の方へ歩いていった。初めて出会ったころとは違う、堂々とした歩き姿だ。

 その背中を、トルネコが目を細めて見送りながら「……ギルはん、また育ちましたな〜」と言った。


「投資だ」と田中が言った。「回収させてもらっている」


 エリュシアが内心でまとめた。

(ギルさんの歩き方が変わりました)

(ドルガンの時とも違います)

(田中さんは気づいていると思います)

(――が、言いません)

(言わない方が、伝わっています)

(書く欄:ありました)


******


 書類が貼り出されると、通りかかった商人たちが立ち止まって読み始めた。ひそひそと声が上がり、両替所の前に立っていた係員が引き剥がしに来たが、入口の正面に田中が立っていたので手が止まった。何も言っていない。腕も組んでいない。ただ、そこに立って見ていた。それだけで、係員は商会の建物の方へ引き上げていった。


らした方が先に動いてくれますわね〜、こういうのは」とトルネコが帳面を広げながら言った。


「知っている」と田中が言った。「午後には来る」


「フィオさん、石投げたらあきまへんよ〜」


「……投げない」とフィオが石を構えたまま言った。


それ()、持ってますやん!!!」


 午後、トルネコの予想通り相手が来た。商会の代理人と名乗る男が、書類を一束持って田中の前に立った。背が高く、服装が整っていた。弁が立ちそうな顔をしている。


 田中が書類を一枚受け取り、読み、返した。


「規約改定の告知手続きが抜けている。無効だ。元の条件に戻せ。以上」


「……交渉の余地は——」


「ない。常識だろうが」


「しかし市場の運営上——」


根拠ソースがあるか」


 代理人が止まった。「……根拠、とは」


「お前の主張の根拠を言え。書類で出せ。口だけなら話にならん」


 代理人が書類を一枚めくった。もう一枚めくった。田中が待った。三枚目を出しかけて、代理人の手が止まった。


 田中が前を向いたまま言った。「ないな」


「……」


「以上だ。帰れ(ゴーホーム)


 代理人が引いた。ソレイユ石貨の強制両替は、その日の夕方に撤廃された。

 田中の完全勝利(33-4)である。


挿絵(By みてみん)


******


 夕日が砂地を赤く染める頃、田中が市場を一周して商品を仕入れていた。冷却素材二種と砂漠布を、元の相場価格で。帰り道、ギルが田中の隣に並んだ。


「……父の書類が、また役に立った」


「そうだ」


「……三回だ」


「数えているのか」


「……なぜか、数えていた」


 田中が少しだけ間を置いた。それから、前を向いたまま言った。


「四回目もある。《《覚えておけ》》」


 田中が歩き出した。ギルはその背中を少しのあいだ見ていた。


(四回目か――)

(この男は、まだ先を見ている)

(没落した家の記録を、まだ先に使うつもりでいる)

(それが——なぜか、悔しくない)

(それどころか――)


 グラが田中の肩で「グゥ」と鳴いた。夕風が砂を少し巻き上げ、また静かになった。


******


その頃、神界では——


「ヴェルム商会ソレイユ支部の両替強制が撤廃されました」とカーヴェが書類を一枚置きながら言った。「所要時間:半日。費用:ゼロ。証拠書類三枚。交渉時間:二分以内。以上です」


「寛大なことです」とウルダが腕を組んだまま言った。


「何が寛大なんですか」


「半日で市場を動かした男が、また一人有望な人間を育てました。三回目の『使えるな』でした」


 カーヴェが少し黙った。「……私も言われたことがありますけど?」


「知っています」


「言われると、何かが悔しい気持ちになります。また言われたくもなります」


「寛大なことです」


 その顔は、またしても寛大ではなかった。

■※おじさん解説!


 今回田中さんが言った「VHSに負けたBetamax」について解説するぞ!


 昭和の終わり頃、家庭用ビデオデッキには二つの規格があった。

 ソニーが作った「Betamaxベータマックス」と、

 JVCが作った「VHSブイエイチエス」だ。


 画質はBetamaxの方が良かったと言われている。

 技術的な完成度も高かった。

 だがVHSが勝った。


 なぜか? 録画時間だ。

 VHSは最初から長時間録画に対応していた。

 映画一本が録れる。野球中継が録れる。

 消費者はそちらを選んだ。


 どんなに性能が高くても、市場が選ばなければ負ける。

 Betamaxは2002年に生産終了した。


 SONYが「独自規格で囲い込む」癖を覚えたのも、このあたりからかもしれない。

 メモリースティックとか、ATRACとか。

 技術は本物だった。でも市場は選ばなかった。


 田中的結論:「囲い込んだ瞬間に逃げ道がなくなる。常識だろうが」


 ※SONYは現在も存在する優良企業です。PlayStationは今も現役です。おじさんはPS2世代です。


■神界業務日報 第72回 記録者:エリュシア


 本日の命名:ヴェルム商会→S〇NY。

 田中さんの「そうか」による会話終了:本日七回目。記録しています。

 ギルさんの歩き方が変わりました。

 田中さんは「四回目もある」と言いました。

 私には何回目が来るかわかりません。

 書く欄:ありました。以上です。


■魔王の家計簿 第72回 記録者:ネネ


 本日の市場:両替手数料が撤廃された。支出削減額:往復二割分。

 「暑い」と言ったら「そうか」で終わった。

 七回目だ。数えている。

 言わない。


■ギル修行(仮)日誌 第1回 記録者:ギル


 田中に「使えるな」と言われた。三回目だ。

 一回目:干物の解体。二回目:採掘権の書類。三回目:商業証書の差分。

 すべて父の記録からだ。

 没落した家の仕事が、三度目に役立った。

 田中は「四回目もある」と言った。

 それがなぜか、悔しくない。

 理由はまだわからない。

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