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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第3章:LV1から積み上げたものだけが本物だ

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「石投げとけ(当たらない)」

 石というものは、意外と届かないものだ。

 届いた時のほうが大抵、問題になる。

 今日の教訓:フィオの石は全部回収して、翼竜に渡せ。

 夜明け前、砂漠の夜は冷えるが、明け方になると石壁がじわりと熱を持ち始める。

 田中が宿の自室の扉を開けると、ネネがすでに廊下に立っていた。最近、いつものことである。


「早いな田中」

「お前もな」

「我は習慣になったようじゃ」

「同じ習慣だ」


 それだけ言って、二人は歩き出した。


 エリュシアが部屋の扉の隙間から、こっそりと二人の背中を見ていた。


(……また行くんですか)(私をおいて)

(朝、いません)

(毎朝です!!)


 少しの間。


(……行きます)(もう我慢できません!)

(——エリュシア、いっきまーす!!!!)

 心の中でだけ、ガッツポーズをした。女神なので声には出さなかった。


 扉を静かに開いて、廊下に出た。二人の背中が見える。消えないくらいの距離を保ちながら、後ろを歩いた。


 ギルが階段の踊り場から、その三人を見ていた。田中、ネネ、エリュシアの順で廊下を横切り、宿の外へ消えていく。


(……三人か)

(毎日、やっているのか)

(……習慣、ということか)


 何も言わなかった。一段降りて帳面を開き、続きを書き始めた。


******


 ダンジョンの入口、田中が一度だけ足を止めた。

 振り返りはしなかった。前を向いたまま、「来るなら距離を詰めろ。迷子になる」と言った。


 エリュシアが内心で一行書いた。

(……来てよかったです)


 ネネが横目で後ろを確認してから、前に向き直った。口元が少しだけ緩んでいた。声には出さない。黙っていてやる、そういう顔だった。


 三人が並んでダンジョンに入っていく――


******


 洞窟をしばらく進んだところで、エリュシアの足が止まった。


 左の岩盤に、うっすらと発光石の層が見えた。神力が制限中のはずなのに、ランタンの灯が一段明るくなった。


「……また反応しました。すみません、権限——」


「謝るな。索敵に使え」と田中が前を向いたまま言った。「お前も来るなら効率に入れる。歩きながら光る石を拾え。習慣にしろ」


 エリュシアが三秒、動かなかった。


(役割になりました)

(いきなりです)

(早朝初参加で、いきなりです)

(……でも)

(う、嬉しいです!)

(書けません)


「……わかりました」


 返事が少し大きくなった。ネネが前を向いたまま、口の端を上げた。声には出さない。


 エリュシアが、左の岩盤に向かって歩き出した。制限中の神力が、石にだけ、正確に反応し続けた。


******

 

 魔物を倒しながら三名が鍛錬していると、日中、アルス、フィオやトルネコなどの本隊メンバーがダンジョンに潜ってきた。


 田中たちが魔物と対峙しているのを見つけ――フィオが石を一つ拾って構えた。


「あれを石で倒す」 


 全員が一秒止まった。


「やめろ!投げるな!」と田中が言った。


「(今回は)当たる」


「今まで何回外したんだ」


「……今回は当たる!」


根拠ソースを言え」


「感覚だ」


却下アウトだ」


 フィオが黙った。田中が前に進んだ。三歩進んだところで、背後から小さな音がした。


「(……ぽいっ)」


 投げた。弧を描いた石が、トルネコの荷物にめり込んだ。


「また荷物でっかーーーーー!!」トルネコが荷物を抱えながら叫んだ。「三回目でっせ!! 命中率は荷物にしかないんでっか!! 三回連続でっか!!」


「……狙いが外れた」


「前も言いましたやーーーーん!! 毎回言ってますやん!! そういう問題やないんですよ!!!大体、魔物おりませがな!!」


 ギルが一歩引いた。荷物を持っていなくてよかった、という顔をしていた。というかドン引きしていた。次は俺の番かとドン引きしていた。


「次は《《当たる》》」とフィオが石を拾い直していた。


 アルスが腹筋しながらぴょんぴょん跳ねて、「(ぴょん)次は俺が目標になりますよ!!(ぴょん)」と宣言した。


「目標になっちゃあきまへんーーーーー!!」とトルネコが叫んだ。


「当たっても鍛錬です!!(ぴょん)」


「そういう話ちゃいまんがな!!!!」


 フィオが次の石を構えた。アルスが腹筋をやめずに的になろうとしていた。ギルが「……やめろ」と言って腕を引っ張ったが、アルスは「師匠の許可があれば!!(ぴょん)」と言って続けた。


「やめるな」と田中が言った。


「はい!!(ぴょん)」


「田中はーーーーーーーーーん!!」とトルネコが天を仰いだ。


 フィオが石を投げた。――どう見てもギルの方向に飛んでいた。つまり明後日の方向ってワケ。


 その瞬間、グラが石の軌道に入った。


「グゥ!!」


 石をくわえ――そのまま、前方の魔物に向かって、ためらいなく投げ返した。


 ドスっ。


 命中した。魔物が倒れた。


 広場が静かになった。全員が、グラを見ていた。


 グラが田中の肩に戻って、「グゥ」と嬉しそうに鳴いた。


「グラの方が当たる」と田中。


 フィオは動かなかった。石を握ったまま、五秒そのままでいた。

 六秒目に、足元に石を置いた。


「——」


 彼女は何も言わなかった。


「師匠!!(ぴょん)グラさんがすごかったです!!(ぴょん)」


「経費ゼロだ。先行投資の回収が始まった」


 グラが「グゥ」と鳴いた。満足そうだった。


 ネネが静かにグラを呼んだ。グラがネネの肩に移って、「グゥ」と鳴いた。ネネが一度だけ目を細めた。


「……よくやったな」

 よしよし、とグラの頭と嘴を優しく撫でる。


 トルネコが荷物をさすりながら「……グラはんはほんまに使えるようになりましたな〜」と言った。「でも荷物はもうやめてくださいよ〜……傷がついとります〜……」


「荷物、丈夫だな」とギルが言った。


「三回も当たったら傷つきますやろ!! 私の心もボロボロでっせ!!!」


 エリュシアは、今回の件を内心でまとめていた。

(本日の石外れ:三回。うち命中:トルネコの荷物・二回、アルスの腹部・一回。正式な標的への命中:ゼロ)

(グラが石をくわえて命中させてました)

(田中さんが「先行投資の回収」と言いました)

(ネネさんが「よくやった」と言いました)

(同じことを、違う言葉で言っていました)

(書く欄:ありました)


「次は当てる」とフィオが言いつつ、性懲りもなくダンジョンの石を拾い集め始めていた。


「また拾ってるやないかーい!!こりてないがなぁ~~~」とトルネコが叫んだ。

「......あきらめろ、やらせとけ」と田中が言った。


挿絵(By みてみん)


******


その頃、神界では——


「エリュシア担当官が、早朝活動に初参加しました」とカーヴェが書類を捲りながら言った。「自分から後をついていった形です。内心ではガッツポーズをしていたらしいですよ。記録に残っています」


「残してはいけません」とウルダが言った。


「残してしまいました」


「削りなさい」


「削りました」


 ウルダが腕を組んだまま窓の外を見た。「田中が一度も振り返っていないのに『距離を詰めろ』と言ったようです。」


「……それは」とカーヴェが手を止めた。「気づいていた、ということですよね」


「たぶん最初からです」


 少し間があった。


「……私も」とカーヴェが静かに言った。「行こうかしら、あちらに」


「何しに行くんですか」とウルダが振り返った。


「索敵要員が一名増えれば効率が上がります。私もいじられに……いえ、技術支援に」


「言い直しましたね」


「言い直しました」


「寛大に、見守って差し上げます」


 その顔は、寛大では、なかった。


■神界業務日報 第71回 記録者:エリュシア


 本日、早朝活動に参加しました。

 初日です。

 田中さんは振り返りませんでした。

 でも「距離を詰めろ」と言いました。

 私のことだったのかどうか、聞いていません。

 聞きません。

 聞けません。

 索敵要員になりました。

 ……来てよかったです。

 以上です。


■魔王の家計簿 第71回 記録者:ネネ


 本日の支出:なし。

 早朝活動:参加者が一名増えた。

 女神は声に出さなかった。

 我は黙っていた。

 グラが石を命中させた。評価:すごかった。

 フィオが石を置いた。

 支出管理帳に「プライド」の欄は設けていない。

 以上。


■グラの一日 特別記録


 グゥ(起きた)

 グゥ(ネネの肩に乗った)

 グゥ(ダンジョンに入った)

 グゥ(石が飛んできた)

 グゥ(くわえた)

 グゥ(投げた)

 グゥ(当たった)

 グゥ(師匠に褒められた)

 グゥ(ネネにも褒められた)

 グゥ(最高だった)


※田中注:経費ゼロ。先行投資の回収が始まった。

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