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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第3章:LV1から積み上げたものだけが本物だ

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「また先に来てやがった」

 魔界の反乱を抑えた田中一行。田中の説得、アルスの筋トレパフォーマンス、ほぼこれだけですべてが解決した。


 次の目的地は砂漠の交易都市ソレイユ。トルネコの商売ルートが一本通っていて、フィオが先行情報を持っているという。


 普通の勇者なら転送魔法ワープで一跳びだが、田中には関係ない話だ。転送魔法は高い。歩ける距離は歩く。常識だろうが。


 ただ、出発前に一つだけ気になることがあった。


 夜明け前、エリュシアが目を覚ました時、田中の寝場所が空だった。


 ネネの寝場所も、空だった。


 グラだけが、丸くなったままネネの毛布の上で眠っていた。


(……また、朝いませんでした)(二人とも)


 エリュシアは起き上がって、少し待った。聞くつもりはなかった。ただ、待った。


 夜明けの光が地平に滲み始めた頃、砂漠の道の向こうから二人が戻ってきた。田中が先で、ネネが少し後ろ。二人とも何も言わなかった。田中は戻るなりすぐ帳面を取り出して、何かを書いた。一行か、二行か。それだけ書いて、閉じた。


 ネネがグラを抱き上げると、グラが「グゥ」と鳴いて目を細めた。それだけだった。


 エリュシアは何も聞かなかった。


(……どこへ行っていたのかは聞きません)(でも)(帳面に書いた数字が、昨日と少し違う気がします)(気がするだけです)(でも、違います)(以上です)


 アルスが毛布をはねのけて起き上がってきた。目をこすりながら田中を見て、一瞬だけ止まった。


「師匠、LVが——」


「うるさい。走り込みだ」


「はい!!」


 返事と同時に立ち上がり、アルスが砂漠の道を走り出した。止める間もなかった。ギルが毛布の中から「……朝から走るのか、あいつは」と言って起き上がってきた。


 田中が「行くぞ」とだけ言って荷物を担いだ。一行が動き始めた。


 炎天下の砂漠道を、一行は歩いていた。


******


 正午を過ぎた砂漠の道は、灼熱(しゃくねつ)というよりもはや嫌がらせ(・・・・・)だった。砂が光を跳ね返して、立っているだけでじわじわと体力が削がれていく。


 田中がパーティの先頭を歩いていた。帳面に何か書きながら、汗もかかずに歩いている。昭和の工場で二十三年鍛えた体は、多少の暑さでは止まらないらしかった。


「暑い……でも筋トレの姿勢は崩しません!!」とアルスが上半身裸で後ろをついてきた。


「崩していい。熱中症は経費がかかる」


「はい!!崩します!!」

 崩さなかった。


 アルスは歩きながら両腕を横に広げ、ゆっくり上げ下げし始めた。砂漠の道の真ん中で、サイドレイズをしながら歩いている。


「……お前、崩してないじゃないか」と田中が前を向いたまま言った。


「崩しつつ、別の部位を鍛えています!!サイドレイズで三角筋に刺激を!!」


「お前には何を言っても無駄だな」


「いいえ!!ちゃんと崩そうとしました!!でも体が!!」


「筋肉バカめ」


「ありがとうございます!!」


 礼を言うな、と田中が言ったが、アルスはもうサイドレイズに集中していた。


 その横でネネがグラを胸に抱えたまま歩いていて、グラが「グゥゥ……」と溶けそうな声で鳴いていた。


「暑い」とネネが短く言った。


「魔界の方が暑いだろうが」


「魔界の暑さは我のものだ。この暑さは砂のものだ」


「意味がわからん」


「……我もわからん」


 少し間があってから、ネネが「でも、そういう気分だ」とだけ付け加えた。エリュシアが内心でそっと頷いた。


(……わかる気がします)(言葉にはなりませんが)


 トルネコが扇子をパタパタ扇ぎながらエリュシアの横を歩いてきた。「エリュシアさん、暑そうですな〜」


「暑いです」


「おっ、声に出ましたな」


「……出していいことにしました」とエリュシアが少し顎を上げて言った。


「成長ですなあ!!」


「成長かどうかはわかりません。ただ、言いたいことが増えてきたので」


(言いたい気持ちが……増えてきました)(以上です)


******


 砂漠に入って三十分ほどのところで、ネネのケータイが鳴った。


 着信音が——鳴った。


 全員が振り返った。


 どこかで聞いたことのある、のんびりとした曲が砂漠の静寂に響き渡って、風に乗ってどこかへ流れていった。


「フィルナ」と田中が言った。


「は〜い!!」とフィルナが荷物を揺らしながら手を挙げた。


「それはなんだ」


「着メロです!!ゆうべ設定しました!!かわいくないですかぁ~!!」


 フィルナのケータイから流れていた。砂漠の真ん中で、のんびりした旋律が止まらずに鳴り続けている。


「止めろ。出ろ」


「は〜い!!もしも——」


 ブツッ。


 フィルナが止まった。「切れました!!」


「電波が悪い。砂漠だ。出ても切れる。着メロも止めろ」


「で、でもかわいくなかったですか!?」


「かわいくない。デフォルトに戻せ」


「え〜!!!」


 フィルナが肩を落としかけたその瞬間、ネネが帳面をすっと取り出した。「……着メロ……設定方法……フィルナに聞く……」と呟きながら書いていた。


「ネネ様」とエリュシアが前に出た。


「なんだ」


「設定するんですか!?」


「何かおかしいか」


「砂漠を歩いている最中に魔王のケータイがのんびりした曲を鳴らすんですか!? 今みたいに全員が振り返りますよ!?」


「振り向けばよい」


「振り向いてほしくない状況というものが——!!」


「ない」


「あります!!絶対ありますって!!」


 言い切ったところで、田中の指がエリュシアの額に向かって、ぴん、と弾けた。


「いたっ……!!」


 デコピンだった。そんなに強くはない。でも、ちゃんと当たった。


 エリュシアが額を押さえて田中を見た。


「うるさい」と田中が言って、前を向いた。


(……いたいです)(でも)(田中さんからいただきました)(デコピンが)(でも)(……よかったです)(あっ)(また......ダメです)(以上です)


 一歩遅れて歩き出しながら、エリュシアは頬が少し熱くなっているのを感じた。


(砂漠の気温のせいです)(以上です)


 ネネが横目でちらりとほほの染まるエリュシアを見た。何も言わなかった。ただ帳面に、静かに何かを書いていた。


挿絵(By みてみん)


******


 さらに歩いた頃、今度はゾルグからの着信が入った。田中が出ると、ザザザという雑音の向こうから声が聞こえてきた。


「たな……!!……かさん……!!南区画の……水路が……」


「聞こえない」


「……え? き、聞こえ……ます……か?」


「聞こえない。三行にまとめて出直せ」


 ブツッ。


 エリュシアが横から「砂漠は電波が悪いんですか」と訊いた。今回は声量が普通だった。


「ケータイは電波がいる。砂が多い土地は通りにくい」と田中が歩きながら答えた。「カーヴェに改良案を出させろ」


「わかりました」とエリュシアがケータイを取り出し、文字通信を打ち始めた。カーヴェへの改良依頼を、神界業務日報と同じ丁寧な書き口で——


「エリュシアさん、魔石がじわじわ減ってますわ〜」とトルネコが横目で見ながら言った。「文字通信は通話より消費が少ないですけど、長文になると、田中さんが教えてくれはった、”パケ死”みたいにじわじわいきますわ。使いすぎたら充填が七日待てませんで〜」


 エリュシアが魔石の残量を確認すると、確かに少し暗くなっていた。


「使いすぎるな。七日待てない分は無駄だ。()()しろ」と田中が前から言った。


「……はい」


 エリュシアは文を打ち直した。「砂漠・電波悪・改良案求む。以上。」送信した。


「三行以内に収まりました」


「よし、よくやった」


(……田中さんに影響されています)(よくやったって言われちゃいました!!)(否定しません)(以上です)


******


 少し後、今度はアルスのケータイが鳴り出した。歩きながらサイドレイズを続けていたアルスが「はい!!師匠!!アルスです!!」と元気よく出た。


「お前に電話してない」と田中が言った。


「えっ」


「誰が発信した」


 全員が確認すると、ギルが少し手を挙げた。ケータイを見ながら「……試しに押したら繋がった」と、どこか言い訳がましく言った。


「テストか。魔石の消費は確認したか」


「……してない」


「次からしろ。無駄だ」


 ギルがケータイを確認すると、充填石が通話の分だけ暗くなっていた。「……削れた」と呟いて、しばらく黙ってケータイを見ていた。


 その様子を横目で見ながら、エリュシアがトルネコに小声で言った。「ギルさんも、自然に田中さんの言葉が入ってきていますね」


「じわじわ感染(かんせん)してますわ〜」とトルネコが算盤を取り出しながら笑った。「田中語録(たなかごろく)、一冊まとめて売れますわ〜」


「商売にしないでください!!」

 またエリュシアの大声が出た。トルネコが「すんません」と算盤そろばんをしまった。


******


 ソレイユの城門が砂煙の向こうに見えてきた頃、田中が足を止めた。


 門の前の木陰に、人影があった。小柄で、ポニーテールが風に揺れている。足元には数個の石が転がっていた。


「……また先に来てやがった」


「久しぶりだな」とフィオが言った。「一週間ぶりか」


「一週間でどうやって先に来れたんだ?」


「石を投げたり、拾ったりして歩いてたら()いた」


「また石か。意味がわからん」


「私にもわからない。でも()いた」


 田中が一秒フィオを見てから「何かわかったか」と訊いた。


「ある。この街、変だ」とフィオが立ち上がり、ソレイユの門を顎で示した。「独自の通貨を使っていて、外から金を持ち込んでも交換レートがおかしい。街の外の商品が入ってこない構造になってる。露店を回ればすぐわかる」


「……囲い込みか」


「そう見える。石を投げながら歩いてたらわかった」


「よくやった」


 フィオが少し間を置いた。「……お前に言われると落ち着かない」


「そうか」


 トルネコが算盤をパチパチ弾いた。「独自通貨の囲い込みですか〜。S〇NYちゅうやつの臭いがしますな〜、田中さん」


「そうだ」と田中が帳面を開いた。「調べる。ギル、来い」


「わかった」とギルが田中の横に並んだ。その瞬間——


 ヒュッ。ごつん。


「……っ!!」


 ギルの側頭部(そくとうぶ)に、石が当たった。綺麗な放物線だった。全員が静止した。


 フィオが右手を下ろしていた。「……(くせ)で投げた」


「なんで癖で人に当てるんだ!!」とギルが頭を押さえて振り返った。「今わざとやったよな!?」


(くせ)だと言った」


(くせ)で人の頭に当てるな!! 脈絡もない!!」


「脈絡は毎回ない。私の石に脈絡はない」


「あれよ!脈絡!!投げるなら!!!」


 田中が「うるさい。ソレイユに入るぞ」と言って歩き出すと、言い合いを続けながらもギルとフィオが後に続いた。


 グラが地面に落ちた石を一つ拾い、ぺたりと田中の肩に戻ってきた。


「それは返せ。フィオの持ち石だ」と田中が前を向いたまま言った。


「グゥ」とグラが鳴いて、石を咥えたままギルとフィオの方へとひらりと飛んでいった。着地して、ギルの足元に石をそっと置いた。


「……翼竜(よくりゅう)が」とギルが言葉を止めた。


「石を返しに来た」とフィオが静かに言った。


 二人がグラを見た。グラが「グゥ」と一声鳴いて、田中の肩に戻っていった。ギルとフィオが顔を見合わせた。言葉が、なかった。


 アルスが後ろで「師匠!!フィオさんとギルさんが無言で見合っています!!」と言った。


「どうでもいい」と田中が言った。「歩け」


 砂漠の風が、城門の旗を揺らした。


******


**その頃、神界では――**


 ウルダに報告が届いた。「ソレイユにて独自通貨による囲い込みを確認。田中剛、調査開始。なお道中にて、フィルナ様が設定した着信音が砂漠に響いたとのことです。デフォルトに戻すよう命令あり。また、エリュシアへのデコピンが一回あったとのことです」


 ウルダが書類を持ったまま止まった。「……砂漠で、着信音が」「はい、のんびりした曲だったとのことです」「……デコピンは」「エリュシアが少し声をあげすぎていたとのことで」


 ウルダが長い間、動かなかった。


「ププ……寛大(かんだい)に、見守ります」


「主神は寛大です」


 部下が小声で言い合った。「のんびりした曲でしたね」「デコピンもありましたね」「どちらが先に笑いが出たか……」「今日は早かったし、少し大きくなっておられます」「寛大です」「寛大です」

**※おじさん解説!**


 パケ死というのは平成のケータイ時代に生まれた言葉だ。当時の通信料金はパケットというデータ単位ごとに課金されていて、使いすぎると月末に恐ろしい請求が届いた。予想外の高額請求を「死」と表現したわけだ。田中の工場の後輩が一度やらかして、給料日前に青い顔をしていた。「パケット定額プランに入れ。基本だ」と田中は言ったが、後輩は「もったいない」と言って入らなかった。そして財布(さいふ)が死んだ。防げた支出だった。田中は異世界転生した今も腹が立っている。


 着メロというのは好きな曲をケータイの着信音に設定できる機能で、平成の一時期には着メロ配信だけで大きなビジネスになっていた。最初は単音、やがて和音が鳴るポリフォニック着メロになって、音楽ファンが我こそはという設定をしていた。田中の世代は着メロを自分で打ち込む人間もいた。五線譜を見ながら一音ずつ入力して、完成した時の達成感は格別だった。無駄な作業に思えるが、あの時間があったから節約脳が鍛えられたと田中は思っている。常識だろうが。


 ちなみに着メロが普及する前の話だが、一九八九年に任天堂がゲームボーイを出した。白黒画面で単三電池四本。画面が小さくて暗い、それでも爆発的に売れた。同じ年、セガがゲームギアを出した。フルカラーで画面が綺麗、スペックはゲームボーイより上だった。ただし単三電池が六本必要で、連続六時間しか動かなかった。ゲームボーイは三十五時間動いた。結局ゲームボーイが勝った。高スペックよりも、使い続けられることの方が大事だった。エリュシアのデコピン一回も、同じ話だ。何が大事かは、続けてみなければわからない。これも常識だろうが。


******



**アルス修行日誌 第五十四回**


 砂漠の道を歩きました。師匠に「崩していい」と言われたので崩そうとしましたが、体がサイドレイズを始めていました。「筋肉バカ」と言われました。ありがとうございます、と言ったら「礼を言うな」と言われました。以後気をつけます。


 朝、師匠のLVを確認しようとしたら「うるさい。走り込みだ」と言われました。走りました。数字は確認できませんでした。でも、少し違う気がします。計算してみます。


 フィルナさんの着メロが砂漠に響きました。のんびりした曲でした。


 フィオさんとギルさんが出会いました。石がギルさんに当たりました。グラが石を返しに行きました。二人が無言で見合いました。


 仲がいいと思います。


******


**神界業務日報 第七十回**


 本日の特記事項。


 本日の出発前、田中さんとネネ様が朝いませんでした。二人とも。戻ってきた時、田中さんが帳面に何か書きました。


 聞きませんでした。聞きません。でも書きます。


 田中さんのLVが、少し違う気がします。気がするだけかもしれません。でも違います。以上です。


 砂漠で電波が悪かったです。文字通信を「砂漠・電波悪・改良案求む。以上。」に短縮しました。三行以内でした。田中さんに「よし」と言われました。記録します。


 着メロについて主張しました。田中さんにデコピンをされました。いたかったです。


 ……よかったです。


 書きました。消しません。


 以上です。


******


**魔王の家計簿 第七十回**


 本日の支出:水代のみ。砂漠だった。


 朝、田中と出かけた。どこへ、とは書かない。帰ってきた。田中が帳面に書いた。我も何かを感じたが、書かない。書いた。消した。


 着メロを設定しようとした。田中がフィルナに止めた。我は設定できなかった。残念だ。帳面に書いた。


 エリュシアがデコピンをされた。顔が赤かった。砂漠の気温のせいではないと思う。記録した。


 フィオという人間が先にいた。石を投げる人間だ。ギルに当たった。グラが石を返しに行った。二人が無言だった。我には関係ない。でも記録した。


【現在のステータス】


勇者 田中剛 LV:7 チート:無効

魔王 ネネ  LV:5 魔力:低下中(微回復の兆しあり)

女神 エリュシア 神力出力:制限中(通常の1割以下)

アルス LV:12

 ケータイ:砂漠・電波悪・着メロ禁止令発動・デコピン一回

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