「ケータイになった」
田中一行、魔界出向の最終日。荷物をまとめながら、田中は「フーッ...」と一息吐き、帳面をパタリと閉じた。
「ゾルグ――」
「はい!!」
「糸電話は」
「……はい!!大事にしています!!毎晩磨いています!!」
「捨てろ」
「えっ」
「新しいのが来る。捨てていい」
ゾルグが固まった。
(……捨てる、ですと!?)(田中さんから最初に渡されたものです)(初通話一秒で切られましたが)(切られましたがあああ!!)
「どうした」
「い、いいえ!!――わかりました!!」
ゾルグが棚の上の糸電話を手に取った。糸の部分がよく磨かれていた。一秒眺めて、そっと箱にまた片付けた。
(……捨てません)(捨てませんとも)
「捨てなかったな」
「……はい!!捨てませんでした!!」
「そうか、なら良い」と田中が言った。それだけ言って、部屋を出た。
もちろん、ゾルグは号泣した。
******
門を出たところで、小さな荷物が届いていた。
差出人:女神カーヴェ。
田中が荷紐を解いた。中に四台、手のひら大の魔道具が入っていた。糸電話より少し厚みがあり、表面に丸い魔石が嵌まっている。その石が淡く光っていた。
同封の紙に、几帳面な文字で説明がびっしり書いてあった。
「(うわ、こまかっ)田中さん、要約しましょかー」とトルネコが言った。
「いらん。読む」
田中が十五秒で全部読んだ。
「複数同時通話。感度三倍。電力は魔石で自動充填。以上三行だ」
「三倍!!」とアルスが言った。「何が三倍なんですか!!」興奮気味に聞く。
「......声が届く距離だ」
「なるほど!!三倍の距離!!」
「うるさい。声がでかい」
「はい!!」
ネネがひとつ手に取った。「……軽い」
「グゥ」とグラが首を伸ばして、石の光をじっと見た。
「グラ、噛むな」
「グゥ」
エリュシアが内心で呟いた。
(……カーヴェが作ったですって)(感度三倍)(カーヴェが)(これは評価されちゃいます)(田中さんに)(――評価されたい.....)(え、今私は何を思ったのですか)(違います)(これは違います)
******
さっそくこの魔道具の配布が始まった。
「これで、魔界との連絡は毎回転移しなくて済む」
田中は魔導ケータイを机に置いた。
ゾルグの声が、向こう側から聞こえる。
『聞こえますか!? こちら魔界です!! 聞こえますか魔王様!!』
「うるさい」
『聞こえてますね!!』
ネネが耳を押さえた。
「便利ではあるが、声がでかい」
「音量を下げろ」
トルネコが横から覗き込む。
「いやぁ、これ売れまっせ」
「売る前に通信費を決める」
「そこからでっか」
「そこからだ」
エリュシアは魔導ケータイを見つめた。
「転移魔法一回分と比べると……かなり安いですね」
「だから作った」
田中は通信石の残量を確認し、短く言った。
「移動費、連絡費、削減完了。節約完了だ」
『すごいです田中さん!!』
「うるさい。切るぞ」
『はい!!』
次に、ゼフィーラは受け取って三秒で仕様を確認した。「充填周期は?」
「七日だ。節電機能あり。使わなければ光が消える」田中が答える。
「問題ありませんね」
次にグレインが受け取った。表を見た。裏を見た。石を指で押した。
「なるほどね」
「?通じないぞ」
「なるほどね(起動してみる)」
何も起きなかった。
「なるほどね(わからない)」
田中が横から二秒で操作した。光が強くなった。
「なるほどね(……)」
グレインはその後も、いじるたびに、「なるほどね(わからない)」を繰り返していた。
「次。フィルナ」
フィルナが両手で受け取った。目がきらきらしていた。
「わあ!!光ってる!!かわいい~!!」
「使い方だけわかっておけ」
「は〜い!!あの、田中さん」
フィルナが目をきらきらさせたまま、荷物をごそごそ探り始めた。
「これ、宝石、貼っていいですか!!」
全員が止まった。
「宝石?」と田中が言った。
「荷物に入ってて〜。安いやつなんですけど、こういうの貼るとかわいくなりそうで!!」
フィルナが袋から小粒の石をひとつかみ取り出した。色の違う安石が混ざっていた。一個数カッパーで売っている装飾品だ。
「……貼っていいぞ」
「は〜い!!やったあ~!!」
フィルナが魔道具の表面にぺたぺたと石を並べ始めた。「ここにこれで〜、こっちに青で〜、真ん中は赤かなあ!!」
三分で出来上がった。
表面に安石が七粒、均等に貼られていた。淡い光を反射して、きらきらと輝いていた。
トルネコが前に出た。
じっと見た。
算盤を取り出した。
シュバババ!パチパチパチパチパチパチパチ。亜音速のレベルで算盤をはじくトルネコ!!
「……田中さん」
「なんだ」
「これ、売れますわ」
田中がフィルナのケータイを一秒見た。
「……そうだな」
「素材は安石で一個たこうても十カッパー。七粒で七十カッパー。魔道具に貼るだけで見た目が変わる。工賃込みで一台三Gで売れますわ!! 仕入れ原価の四十倍ですわ!!」
「計算してから値段をつけろ。商売の基本だ」
「あんたにはかないません!!」
「よくやった、フィルナ」と、田中はフィルナの頭をよしよしする。
フィルナが顔をほころばせた。
「えへへ〜!!よかった!!ネネちゃんとおそろにしよ~っと」
エリュシアが一歩前に出た。
「あの、田中さん」
「なんだ」
「……私も、以前『よくやった』と言っていただいたことがあります」
「そうだな」
「……フィルナさんは、宝石を貼っただけですよ?」
「商売になる考えを出した。それがよくやった、だ」
「……商売……」エリュシアが安石を一粒眺めた。「宝石を貼るだけで商売になるんですか!?」
「そうだ」
「私も貼ればよかったんですか!?」
声が出た。全員が振り返った。
エリュシアが気づいて少し止まったが、今回は口を押さえなかった。
(……言いました)(言いたかったので言いました)(言いたかったんですか私は)(……言いたかったです)(というかなでなで――...)
「おい、また顔が赤いぞ」とネネが言った。
「多分気温のせいです」
「今日は魔界にしては涼しい日だ」
「た だ の 体温です!!」
ネネが帳面を取り出した。「……よくやった……フィルナ……我……まだ……」と呟きながら書いていた。
「ネネ様」とエリュシアが言った。
「なんだ」
「……帳面に何を書いてるんですか」
「記録だ」
「何の記録ですか」
「よくやった、をまだ言われていないという記録だ」
「魔王がそれを記録するんですか!?」
また声が出た。エリュシアが自分で気づいたが、今回は完全に出し切った。
(……言いました)(この方の記録内容はちょっとおかしい)(言っていいと思います)
田中が先を歩きながら「うるさい」とだけ言った。なぜかネネもエリュシアもうれしそうな顔をしていた。
配布は、それで終わった。
******
早速、通話テストをすることになった。
ゾルグが十メートル先に立った。田中が発信すると、魔道具の石が点灯から点滅へと光りだした。
「……もしもし!!田中さんですか!!」
「ゾルグ」
「はい!!」
「以上だ」
ブツッ。
全員がゾルグを見た。端末を持ったまま立っている。
「……一秒でした」
エリュシアが前に出た。
「一秒ですよ!? 感度三倍になって、複数同時通話もできて、魔石で充填されて——それで通話一秒なんですか!?」
「通じた。以上だ」
「以上か!? カーヴェが一月かけて改良したんですよ!?」
「使えるようになった。それで十分だ」
「十分じゃないと思います!!」
「PCエンジンちゃんはよくやった」
(ま、またよくやったって言いましたね!!)(私には言ってくれないのに)エリュシアは思った。
アルスが感嘆した。「エリュシアさんが三回連続で大声を出してます!!はじめてのことですね!!」
「黙れ、筋トレしろ」と田中が言った。
「はい!!」なぜかアルスは裸になって筋トレを開始した。ぴょん。
ゾルグがエリュシアを見た。「エリュシア様、よかったんですか? 一秒の件」
「よくないです!!」
「でも田中さんから発信していただきました」
「……」
「一秒でも、来ていただきました」
「……」エリュシアが少し間を置いた。「……それは、そうですね」
「そうです!!」ゾルグが晴れやかに言った。
エリュシアがグレインを見た。グレインが「なるほどね(そういうことらしい。よくわからん)」と言った。
(……そういうことらしいです)(私にはまだわかりません)(でもこれ以上言い返せません)(以上です)
******
帰り道で、ネネがトルネコに言った。「この道具、名前はあるのか」
「カーヴェさんの設計書には『改良型遠距離魔道通信機・第二型』て書いてありましたけどな〜」
「長い。削れ」とネネが言った。
それを聞いて――全員が止まった。
「ネネちゃんが」とフィルナが目を輝かせた。「削れって言ったよぉ~!!」
「普通のことを言っただけだ」
「なるほどね(なにが?)」とグレインが言った。
「トルネコ、ケータイでいいな」と田中が言った。
「ケータイ!!ええですわ!!かわいいですわ!!」
「よし。正式名称は”ケータイ”だ」
ネネが少しだけ悔しそうな顔をした。帳面を取り出した。「……削れ……発言……命名には至らず……」と書いた。
「ネネ様、それも記録するんですか!?」
「記録だ」
「しなくていいと思います!!」
「エリュシア」とネネが言った。
「はい」
「お前、今日よく声が出ている」
間があった。
「……少し、出やすくなりました」
「そうか」
「……ネネ様のせいかもしれません」
「我のせいか」
「記録内容が、少し気になってしまって」
ネネが帳面を閉じた。一秒だけエリュシアを見た。「……そうか」と言った。それ以上は言わなかった。
田中が前から「うるさい。黙って歩け」と言った。なぜか、叱られたのにまた二人とも嬉しそうな顔をしていた。これが田中たちの日常である。
また、全員が歩き出した。
******
**その頃、神界では――**
カーヴェの執務室に報告が届いた。
「ケータイ配布完了。通話テスト実施。田中が全員一秒で切りました。評価:『使えるようになった』とのことです。なお、フィルナ様が魔道具の表面に安石を七粒貼り、商売になるとのことです」
カーヴェが設計書を持ったまま、少しの間動かなかった。
「感度三倍の使われ方は」
「一秒でした」
「……充填機能は」
「特にコメントなかったとのことです」
「……複数同時通話は」
「テストしていません」
また少し間があった。
「何かが悔しいです。記録しておいて」頭を抱えるカーヴェ。
「しました」
「次の改良を始めます」とカーヴェが立ち上がった。「充填周期を三日にします。感度も上げます。あと——」
「あと?」
「四天王のフィルナがケータイにデコレーション宝石を貼ったと聞きました」
「はい」
「……私のケータイにも石を一粒貼ってみます」
「……記録しますか」
「記録しないでください」
**※おじさん解説!**
ケータイというのは平成のはじめに普及した、持ち歩きができる電話だ。最初は電話だけだった。次第にメール、カメラ、ゲーム、ウェブ、音楽と機能が増えた。日本のケータイは世界とは別の方向に独自進化して、ワンセグ、電子マネー、赤外線通信、デコメールと、どんどん別の生き物になっていった。世界から「ガラパゴス携帯」と呼ばれた。ガラパゴス諸島が独自進化した生き物の宝庫だったことから来た名前だ。略してガラケー。性能は高かった。でも世界とは繋がれなかった。その後スマートフォンに市場を奪われた。SONYのベータマックスと少し似ている。田中が聞いたら泣きそうな話だ。
ちなみにケータイが普及する前にも、持ち歩けるゲーム機というものがあった。任天堂が一九八九年に出したゲームボーイだ。白黒画面で単三電池四本。画面は小さくて暗い。それでも爆発的に売れた。同じ年、セガがゲームギアを出した。フルカラーで画面が綺麗、スペックはゲームボーイより上だった。ただし単三電池が六本必要で、連続六時間しか動かなかった。持ち歩き用ゲームとして六時間は少し短い。ゲームボーイは三十五時間動いた。結局ゲームボーイが勝った。スペックが全てではない。使い続けられるかどうかが大事だ。フィルナが石を貼って商売にしたのと同じ話だ。使われてこそ本物だ。これも常識だろうが。
******
**カーヴェ技術報告 第一回**
改良型遠距離通信機、配布完了。
名称は「ケータイ」に変更されました。田中が決めました。私の設計書の名前は使われませんでした。
通話テスト:全員一秒で切られました。感度三倍の意義は不明です。
田中の評価:「使えるようになった」とのことです。
フィルナ様がケータイに安石を七粒貼りました。商売になるとのことです。私も一粒貼りました。
何かが悔しいです。理由はわかりません。
次の改良を開始します。
******
**ゾルグ魔界管理日誌 第十八回**
ケータイを受け取りました。
田中さんから通話が来ました。一秒で切られました。糸電話と同じでした。
よかったです。
糸電話は捨てませんでした。捨てません。以上です。
******
**神界業務日報 第六十九回**
本日の特記事項。
ケータイの配布が完了しました。名称は田中さんが決めました。カーヴェが改良しました。フィルナさんが安石を貼りました。商売になるとのことです。
本日、声が何度か出ました。気温のせいではありませんでした。
出してもいいかもしれない、と思いました。少しだけ。
「ネネ様のせいかもしれない」と声に出しました。本当のことです。
以上です。
【現在のステータス】
勇者 田中剛 LV:6 チート:無効
魔王 ネネ LV:4 魔力:低下中(微回復の兆しあり)
女神 エリュシア 神力出力:制限中(通常の1割以下)自分を出しつつある
アルス LV:12
ケータイ:全員配布完了・全員一秒で切られた実績あり




