「削れる、全部削れる」
今回は魔界の反乱鎮圧です。田中が動きます。
根拠を聞きます。ない。以上です。
それが田中クオリティです。常識だろうが。
魔界の南区画の反乱分子たちが砦に立てこもっていた。数はおよそ百名。フィルナの言う通り、半数は「困っているだけで説得可能」な層だ。
田中がその砦の正面に立った。アルスが横に並んだ。上半身裸のままだ。グラが田中の肩の上で「グゥ~~~」と鳴いた。
砦の上から声が飛んできた。
「――人間が!!なぜ人間が来るのだ!!」
「節約するためだ」
「は?……節約?」
「説得と戦闘では費用が違う。まず話す。常識だろうが」
砦の上がざわついた。
「費用ってなんだ?」「魔王さまもおられるぞ」「人間と魔王様が一緒にいる」「魔王さまは我々を裏切った!」
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フィルナがは~い、と手を挙げた。
「あのね、説得できそうな人、フィルナ呼んできていいかな〜」
ゼフィーラ「……第三席次、今は——」
「でも半分は話せばわかる人だよ〜? 無駄に戦うより早いよ〜削れ、でしょぉ~」
田中がフィルナを見た。一秒考えた。
「行け」
「は~い!!」元気な返事だった。
フィルナが砦の正面門に向かってとてとて歩き出した。ゼフィーラが「……」と固まった。グレインが「(あいつを止める気力がない)(それよりこの判断が)」と整理していた。
三十分後。フィルナが三十四名を連れて戻ってきた。
「田中さん!!三十四人来てくれたよ〜!!あと三人はまだ怖いって言ってたけど、明日には来ると思う〜!!」
連れてきた三十四名が、おずおずと後ろに並んでいた。「……本当に田中って人がいる」「人間だ」「上半身裸の人間もいる」「あのLV表示が消えてる人か」「怖い」「でもフィルナさんが大丈夫って言ってた」どよめきが静かに広がった。
田中が三十四名を一秒眺めた。「困っているなら言え。削れるものは削る」それだけ言って帳面を出した。
三十四名が黙った。それから、一人が手を挙げた。「……徴収された税が多くて」「書いた。次」また一人。「南区画の水路が壊れていて」「書いた。ゾルグ、把握しているか」「把握しています!!」「修繕費を計上しろ」「はい!!」
田中が頷いた。「フィルナ、よくやった」
「えへへ」フィルナが笑った。
ゾルグが「(フィルナ様が……)(三十分……)(ずっと言ってた)」とメモした。
グレインは腕を組んだまま「(一度も聞かなかった)(俺も含めて)」と目を閉じた。
最後にゼフィーラが「……以後、第三席次の報告を月次に組み込みます」と静かに言った。フィルナが「ほんとぉ~!!わぁい」と跳ねて喜んだ。
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砦に残ったのは強硬派の六十数名だった。その中心に、首謀者が立っていた。
「魔王様は我らを捨てた!!千年君臨されたのに、今さら人間と旅をするなど!!我々を見捨てたも同然だ!!言語道断!!」
田中が前に出た。
「で、根拠はあるか」
「……何?」
「魔王がお前らを捨てた、という根拠だ。三行で言え。はい、いえ。今すぐ言え」
首謀者の魔族が固まった。「えっ.....、根拠……そんなもの、いちいち——」
「なら、『ない』、ということだ」田中が続けた。「ネネは仕事をしている。今も、ここまで来ただろ?以上。解散!!」パン!と手を叩く。
「だが魔王が不在では——」
「仕事で出張している上司に向かって『お前は俺たちを捨てた』と言うのか。根拠なしで?お前らのために仕事してるのにだぞ?」
シーン。静かになった。
「……出張......」と誰かが繰り返した。
「そうだ。で、出張から一時的に戻ってきた。以上。解散!」
首謀者が言葉を詰まらせた。周りの強硬派たちもざわざわし始めた。
その時――、アルスが一歩前に出た。上半身裸で、腕を組んだ。
「師匠の言う通りです。根拠のない糾弾は、無駄です!!」
それから大きく息を吸った。「そして――筋肉は、嘘をつきません!!積み上げた事実だけが残ります!!パーフェクトマッスルボディへの道と同じです!!」
「黙れ。黙ってやれ」
「はい!!」
アルスがその場で腕立てを始めた。「イチ!!ニ!!サン!!」
LV表示が消えている人間が、砦の前で腕立てをしている。強硬派がざわついた。「……何をしている」「わからない」「なぜ裸なんだ」「鍛えているのか」
アルスが立ち上がった。両腕を広げ、力を込めた。筋肉がぴくん、ぴくんと動いた。
「おお~~~~……」
砦の上から魔族たちの感嘆の声が漏れた。それから、ぽつぽつとガヤが飛び始めた。
「肉が……輝いてる」「筋肉が光ってるぞ!」「あれは何という鍛え方なんだ」「LVが消えているのに筋肉は本物だ!!」「人間でもここまでになれるのか!!」「すごい!!」「俺もやりたい!!」
アルスが両腕を上げてポーズを変えた。
「おおおっ!!」「山だ!!山が二つある!!」「腕に山が生えた!!」「峰が二つ!!」「雪がないだけの山だ!!」「山岳信仰の対象になれる!!」
「師匠!!褒められています!!」とアルスが振り返った。
「うるさい。殴るぞ」
ごつん☆
田中がアルスの頭に昭和の怒りオヤジゲンコツを落とした。鈍い音がした。
「ぐっ!!あいたたたた」
アルスが頭を押さえてその場に蹲り、静かに腕立てを再開した。「イチ……ニ……サン……」
砦の上が静かになった。ガヤも小さくなった。「……また腕立てしてる」「さっきより静かだ」「怒られたのか」「山が萎んでしまった」「萎んでないぞよく見ろ」「本当だ萎んでない」「腕立てしながら山が動いている」「……すごいな」「うん……すごかった」
田中が前を向いた。「論外だ。アルス退け。次の話をする」
筋肉パフォーマンスは続く――。
******
その頃、ネネは少し離れた場所から見ていた。
田中が首謀者の前に立って、淡々と正論を並べている。「魔王は仕事をしている」という一言を、証拠もなしに言い放った。
(……理解ってくれておったのか)(我が何をしていたのか)(さすが田中じゃ.....)
グレインがネネの横に立った。何も言わなかった。二人で、田中の背中を見ていた。
ネネ「……我は、魔王をやれていたのだろうか」
グレイン「もちろんだよ~!ずっとやってくれてるよ!」
「根拠は」
「田中さんがネネちゃんを見てた。以上!だよぉ~!」
トクン――。魔王の心臓が少し跳ねる。
ネネが少しの間、黙った。(……そうか田中が)(千年、動じなかった我だが)(なぜかそれが、少し、嬉しい)
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反乱は、夜明けまでに収束した。戦闘はほぼなかった。説得が先で、残りは田中の「根拠がない。退け」で終わった。もちろん費用はゼロだ。
あと、アルスが筋トレパフォーマンスをしては、魔族たちの興味を惹きつけ、うるさくなってくると、田中に殴られるくだりが5回ほどあった。それも反乱が無事に収まった原因だろう。
田中が帳面に書き込みながら言った。「損害は」
ゾルグ「南区画の窓ガラスが四枚割れました」
「修繕費を計上しろ」
「はい!!」
トルネコ「……田中さん、魔界に来て帳面つけてますわ」
「どこでも同じだ。常識だろうが」
グラが「グゥ?」と鳴いた。田中の帳面の端に乗って、一緒に覗き込んでいた。
田中が確認すると、魔界の帳簿は、無駄に分厚かった。
装飾が凝っており、中身がなく、ただ、分厚いだけだった。
田中は一枚目を見た。
二枚目を見た。
三枚目で、眉間にしわが寄った。
「……削れるな」
ゼフィーラの背筋が伸びる。
「どの項目でしょうか」
「全部だ」
広間が静まり返った。
蝋燭。
黒煙。
威圧用雷鳴装置。
玉座の後ろで常に鳴っている低音魔法。
魔王様登場用の赤い絨毯交換費。
四天王入場時の風演出。
田中の赤ペンが、止まらなかった。
「これは威厳です」
「見栄だ」
「これは伝統です」
「固定費だ」
「これは魔王城としての格式で――」
「赤字の原因だ」
ゼフィーラが黙った。
帳簿の半分が、赤くなっていた。
「魔界維持費、一次削減完了。節約完了だ」
ゾルグはひたすら泣いた。
グレインはなるほどね(わかってない)、と言いながら笑った。
フィルナはよかったねぇと拍手した。
ゼフィーラは、認めていない顔で頷いた。
**その頃、神界では――**
ウルダに報告が届いた。「南区画反乱、鎮圧。交渉:田中剛。戦闘:ほぼなし。費用:窓ガラス四枚」
「……窓ガラス四枚」
「はい。田中剛が費用を計上したとのことです」
「……魔界の反乱の費用が、窓ガラス四枚」
「はい」
ウルダが長い間、書類を持ったまま動かなかった。
「プ……寛大に、見守ります」
「寛大です主神よ」
部下が小声で「(ぼそ)たった、窓ガラス四枚でしたね」「四枚です」「やはり田中剛です」「田中剛でしたね」「……寛大ですね」「寛大です」
**※おじさん解説!**
昭和の会社にはストライキというものがあった。労働者が「給料を上げろ」「残業を減らせ」と訴えて仕事を止める運動だ。毎年春に「春闘」と呼ばれる交渉が行われて、労働組合と会社が睨み合いをした。田中の工場でも春闘の張り紙が毎年貼ってあった。「要求:月給二万円アップ」「回答:五千円」「再交渉」という流れが毎年繰り返された。
根拠のない要求には、根拠のある反論が一番効く。これは昭和の春闘でも魔界の反乱でも同じだ。ゲームで言えばドラゴンクエストに「ゆうしゃよ しんでしまうとは なさけない」という台詞がある。あれも根拠がない。死んだのは事実だが「なさけない」の根拠がない。田中なら「論拠を示せ。以上」で終わらせる。常識だろうが。
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**ゾルグ魔界管理日誌 第十六回**
反乱が収束しました。費用:窓ガラス四枚。田中さんが「根拠はあるか」で全部終わらせました。フィルナ様が三十四名を三十分で連れてきました。
ずっと言っていたのに、私は一度も聞きませんでした。申し訳ありません。
以上です。
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**魔王の家計簿 第六十六回**
反乱の費用:窓ガラス四枚。支出:修繕費のみ。
田中が「魔王は仕事をしている」と言った。根拠もなく言い放った。我が聞いていた。
我は魔王をやっている。今日、それがわかった。
……千年かかった。遅すぎる。でも、わかった。記録する。
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**神界業務日報 第六十六回**
本日の業務:魔界反乱対応。田中さんが「根拠はあるか」で鎮圧しました。費用:窓ガラス四枚。
フィルナ様が三十分で三十四名を説得しました。ずっと正しかったようです。記録します。
ネネ様の表情が、少し変わりました。書けません。書きます。
以上です。
【現在のステータス】
勇者 田中剛 LV:6 チート:無効
魔王 ネネ LV:4 魔力:低下中(微回復の兆しあり)
女神 エリュシア 神力出力:制限中(通常の1割以下)
アルス LV:12
筋肉量:LV基準値の347%超過/強硬派が後退した実績あり




