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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第3章:LV1から積み上げたものだけが本物だ

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「石が飛んできた」

 今回から行脚が本格化します。

 フィオが先に来ています。あいかわらず石を投げながら。

 あと、アルスに重大な問題が発生しているようです。

 ある明け方。まだ夜が「朝に負けました」と認めていない時間帯。

 この男は、誰も見ていないのをいいことに、ひとりで起きて、ひたすら走っていた。鍛錬である。たぶん。本人はそう言い張るだろう。


 夜明け前、宿の連中がぐっすり寝ているあいだに、ひとりで外へ出る。

ひとりで帰ってくる。

 

 しかもなぜか、帳面を持っている。汗だくのうえ、帳面は汗でビショビショだ。わりと肩で息もしている。なのに理由は言わない。聞かれても答えない。いや、そもそも誰にも聞かれていない。勝手に朝練して勝手に帰ってきただけである。


 それが、この(元)おじさんのやり方だった。昭和の頑固な男のやり方。

努力は見せない。弱音も吐かない。説明もしない。


 ……いや最後のは、ただコミュニケーション能力が昭和で止まっているだけでは?

常識だろうが――。


******


 古木(エルド)の森を発ち、一行が次の宿場町に入った朝のことだった。


 |フィオナ・ヴァル・クレス《フィオ》が宿の前の通りに立っていた。


「また先に来てまんがなでんがな~」とトルネコが帳面を抱えながら言った。


「先行偵察だ。問題ない」とフィオが短く答えた。


 田中が横を通り過ぎようとして、止まった。フィオを上から下まで見た。フィオが「……何だ」と言った。


「汗をかいている」


「走ってきた」


「どこから」


「砂漠の手前まで。往復した」


 田中が三秒、黙った。


「……朝飯は食ったか」


「まだだ」


「食え。体が資本(しほん)だ」


「わかった」 そういうと同時になぜか石を投げた。アルスに当たった。

「いてっ!」

「また人に当ててまんがな~!!」トルネコが言った。


 それで終わった。エリュシアが内心で処理した。


(田中さんも今朝、汗をかいて帰ってきていました)

(二人とも、走っていました)

(何も言いませんでした)

(理由は、聞きませんでした)

(あとまた石を人に当てています)


 フィオが宿の中に入っていく田中の背中を、一秒だけ見た。


(……散歩、ではないな。あの汗は)

(でも聞かない。顔が「聞くな」と言っていた)


******


 朝食の途中で、アルスがはしを置いた。深刻な顔だった。


「師匠」


「何だ」


「……最近、筋肉が育ちません」


 全員が止まった。


「腹筋は継続しています。腕立ても続けています。食事量も増やしました」アルスが続けた。「なのに、育たないんです。それどころか——」


 少しだけ、目が揺れた。


「食べているだけでは、太ってしまいます!!」


 ネネが「……深刻な顔だな」と言った。


「深刻です!!勇者として太るわけにはいきません!!師匠、どうすればいいんですか!!」


 田中が椀を置いた。腕を組んだ。短く考えた。


蛋白質(たんぱくしつ)が足りん」


「……たんぱくしつ」


「筋肉の材料だ。飯を食うだけでは追いつかん。別で補給(ほきゅう)しなければならない」


 アルスが目を見開いた。「そんな便利なものがあるんですか!!」


「ある。豆か乳があれば作れる」


「この辺り、豆も乳もありますわ〜」とトルネコが即座に手帳を開いた。「安いですよ〜。仕入れますか〜?」


「仕入れろ」と田中が言った。「作るか」とアルスに言った。


「作ります!!!何でも作ります!!!」


 エリュシアが内心でそっと記録した。


(勇者が栄養補給の問題を抱えていました)

(田中さんが三秒で解決しました)

(「豆か乳があれば作れる」)

(……この方は、本当に何を知っているんですか)


「材料費を計算してから出直せ」とトルネコに言った。


「もっともですわ〜!!」


******


 食後、フィオが地図を広げた。砂漠方面の街道筋に、小さく印がついている。


「砂漠の手前の交易路(こうえきろ)に、変な商会が入り込んでいる。通行料を取って、独自の取引証を持たない商人を()め出している」


根拠(こんきょ)はあるか」と田中が言った。


「見てきた」


「どうやって」


 フィオが少し間を置いた。


「石を投げながら歩いていたら、見えた」


 全員が黙った。


「また……石を投げながら、歩いたのか」と田中が繰り返した。


「そうだ。投げると、見える」


「何故だ」


「わからない。でも投げると見える」


 田中がフィオを七秒、見た。フィオが返した。どちらも表情が変わらなかった。


「……情報は正確か」


「正確だ」


「ならいい」と田中が言った。帳面に書き始めた。「石を投げながら歩くのは自由だ。情報が取れるなら投資対効果(とうしたいこうか)は高い。石は()()だ」


「師匠が認めた!!」とアルスが言った。


「投げ方を認めたわけじゃない。結果を認めた。常識だろうが」


 フィオが地図を指で押さえた。「商会の名前は現地で調べた。砂漠側(さばくがわ)に本拠地があるらしい。詳細はまだわからない」


「行く」と田中が言った。それで全部決まった。


 ギルが横で腕を組んでいた。「……独自の取引証で()め出す。贵族(きぞく)の封鎖令と似た構造だ」


「そうだ」と田中が言った。「権利を独占して、通る者から(しぼ)る。古い(・・)やり(・・)()だ」


 エリュシアが一拍、息を止めた。


(古い、と言いました)

(……SONYの話を、思い出しました)

(同じ構造が、また出てきています)


「行程に入れる」と田中が帳面を閉じた。「ギル、貴族の封鎖令の書式を教えろ。対抗できる」


「……わかった」とギルが答えた。「役立てる」


 田中が「そうだ」と言って立ち上がった。


 ギルが内心で言った。(三回目の——いや、まだカウントしない)(でも、少し、私にもわかった気がする)


挿絵(By みてみん)


******


**その頃、神界では――**


 ウルダの机に今日も書類が届いた。「フィオナ・ヴァル・クレス、砂漠方面の情報収集を単独で石を投擲しながら実施。田中一行と合流・情報共有」


「……い、石を投げながら、ですか」とウルダがいう。


「そう書いてありますね」

()()()()()()()そうです」


「……」


「何故でしょう」


「……寛大に、見守りましょう」


「やはり主は寛大です」「今日の『寛大』は少し、()()()()()()()ね」「気のせいでしょう」「そうですね……」

**※おじさん解説!**


 蛋白質(たんぱくしつ)——プロテインというのは、筋肉を作る材料だ。炭水化物や脂質と並ぶ三大栄養素(えいようそ)の一つで、筋肉・皮膚・臓器(ぞうき)を構成する。運動をしている人間が食事だけで(おぎな)おうとすると、必要量に追いつかないことがある。特に筋肉を増やそうとしている場合はなおさらだ。


 昭和の工場では「飯をしっかり食え」が基本だったが、昭和後期からプロテインドリンク(ぷろていんどりんく)が普及し始めた。大豆由来(ゆらい)のソイプロテイン、乳由来(ゆらい)ホエイ(ほえい)プロテイン。作り方の原理(げんり)は単純だ。豆か乳のたんぱく質を抽出・乾燥(かんそう)・粉末化する。昭和の製造管理おじさんなら知っている。ちなみにホエイにはWPI/WPCと含有量によって違いがある。常識だろうが。


 アルス・ラナ・ファーレン(二十歳・勇者)は、今日初めてプロテインを知った。


 なお田中剛(四十六歳)は毎朝、誰も見ていない時間に走っている。聞いていない。以上だ。


******


**アルスの修行日誌 第十三回**


 本日の特記事項。


 筋肉が育たない問題を師匠に相談しました。

 「蛋白質(たんぱくしつ)が足りん」と言われました。

 豆と乳から作れるそうです。

 師匠が「作るか」と言いました。

 私は「作ります!!!」と言いました。

 なぜか、泣きそうになりました。理由はわかりません。

 筋肉が育つ日が、近い気がします。


 石を投げると情報が見えるそうです。

 師匠が黙りました。

 私も黙りました。

 七秒、黙りました。数えました。


******


**神界業務日報 第六十三回**


 本日の特記事項。


 田中さんが「蛋白質(たんぱくしつ)が足りん」と言いました。豆と乳から何かを作るそうです。記録します。


 フィオさんが「石を投げると見える」と言いました。田中さんが七秒黙りました。認めていました。記録します。


 本日の特記事項その二。


 朝、田中さんがいませんでした。フィオさんも走って帰ってきていました。二人とも何も言いませんでした。


 私も、何も聞きませんでした。


 以上です。


******


**魔王の家計簿 第六十三回**


 本日の支出:豆・乳(仕入れ予定)。


 アルスが「筋肉が育たない」と言っていた。深刻な顔だった。田中が三秒で解決した。田中はいつも三秒か七秒だ。それ以上かかった記憶がない。


 フィオが「石を投げると見える」と言った。田中が七秒黙った。七秒というのは、この男にとっては長い沈黙だ。記録する。


 砂漠の方向に変な商会がいるそうだ。SONYの話を思い出した。田中も同じことを思ったと思う。顔を見ればわかる。聞かなかったが。


 支出:豆・乳代。筋肉への先行投資だ。


【現在のステータス】


勇者 田中剛 LV:4 チート:無効

魔王 ネネ  LV:3相当 魔力:低下中

女神 エリュシア 神力出力:制限中(通常の1割以下)

アルス LV:11

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