「囲い込みか、S〇NYだ」
今回は命名回です。
田中が、神界の上位存在に名前をつけます。
理由は「長いから」です。いつもどおり――常識だろうが。
写本の束を広げると、アドルが地図を一枚、その上に重ねた。
「昨夜、改めて古い棚を全部照合した。削除の痕跡が集中している年代が三つある。八百年前。四百年前。そして五十年前——田所一郎の時代だ」
田中が帳面を出した。「三回か」
「三回ではない」とアドルが言った。静かだが、声に重さがあった。「三つの記録帯だ。その間にも、小さな痕跡が散っている。消し方が同じだ。合計すると、八百年間、定期的に何かが記録を削っている」
エリュシアが写本に目を落としていた。削除された部分の前後を指でなぞりながら、声を出さずに読んでいる。
(……全部、同じ消し方です)
(書類の角を折るように、端から順番に消していく)
(神界の処理様式に、よく似ています)
(似ているどころか——)
「エリ」と田中が言った。
「……はい」
「顔に出ている」
「出ていません」
「出ている。何がわかった」
少し間があった。ギルが壁際で腕を組んで、口を閉じている。アルスが腹筋を止めた。止めたことに気づいていない。
「……神界の書類処理の手順と、この削除の方法が——一致しています」
「神界がやっているのか」
「直接やっているのか、神界の技術を使った何かがやっているのか、それだけではわかりません。でも……」
「でも」
「設計が同じです。末端ではなく、根っこが同じです」
田中が写本を三枚めくった。止まった。
「複数の世界でやっているってことか」
アドルがうなずいた。「この記録に登場する異界人は、一人ではない。この世界に来る前に、別の世界を経由している者もいた。その世界でも、同じ削除の痕跡が見つかっている」
「……この世界だけじゃないんですか」とアルスが言った。
「そうだ」と田中が言った。帳面に短く書いた。「複数の世界に同じ型を押しつけている。勇者を送り込む。記録を削る。また送り込む。——囲い込みだ」
エリュシアが顔を上げた。
「上位存在の名前は、記録には『設計者』とだけあります。固有名は削除されています」
「S〇NYだ」と田中が言った。
広間が、少しだけ止まった。
「……ソ〇ー、ですか」とエリュシアが言った。
「独自規格で囲い込んで、市場に負けた会社だ。構造が同じだ」
「……なぜ会社の名前なのですか」
「覚えやすいからだ。常識だろうが」
アドルが一拍置いてから言った。「……S〇NYと呼ぶのか」
「そうだ。長い名前はいらん。削れ」
(八百年で三度目だ)とアドルが内心で言った。(この方の『削れ』に、私は毎回一言も返せない)
ギルが「……なるほどね」と言って、気づいて「いや、これは——」と言いかけた。誰も突っ込まなかった。ギルが小声で「浸食されている」と言った。
******
「カーヴェに連絡します」とエリュシアが言った。
田中が写本から顔を上げずに言った。「何を頼む」
「神界の技術記録と、この削除の様式を照合してほしいんです。私には技術層の解析ができません。カーヴェなら——」
「やれ」
「規定外の依頼になりますが」
「やれ」
「コストが――」
「やれ。必要なときは先行投資だ」
エリュシアが少しだけ止まった。それから神力通信石を取り出した。出力が制限中でも、近距離の通信石は使える。
少し間があって、カーヴェの声が届いた。制限があるので、少しノイズ混じりではある。
『(ジジー...)何。珍しいね、(ザー)エリュシアから連絡してくるの』
「……頼みがあります」
『聞くわ』
「神界の書類処理の技術様式と、今手元にある削除記録を照合してほしいんです。私の権限では技術層まで見られない」
短い沈黙があった。
『……どこで手に入れたの、その削除記録』
「古木の森の記録者から」
『……アドルから』 別の沈黙があった。『わかった。調べてみる(記録者、アドルって名前だったっけ?ま、いっか)』
「ありがとうございます」
『礼はいい。——エリュシア』
「……はい」
『気をつけて(ザーッ...)』
通信が切れた。エリュシアが通信石をしまった。
(カーヴェが『気をつけて』と言いました)
(あの方がそういうことを言うのは)
(珍しいです)
(……珍しいのですが)
(何だか、少し、助かりました)
「以上か」と田中が言った。
「以上です」
「ならいい。次の行程に入る」
田中が帳面を閉じ、立ち上がった。アドルが「写本の追加分を用意する。明朝までに」と言った。
「干物で払う」
「……それで構わない」(もう干物相当あるんですけど)
トルネコが小声でギルに言った。「干物が通貨になってますなあ〜」
ギルが小声で返した。「……貴族として、この取引単位には慣れていない」
アルスが小声で言った。「師匠の前では貴族の常識は通じません」
三人が前を向いた。田中が振り向かずに言った。「うるさい」
「「「……はい」」」
******
**その頃、神界では――**
ウルダの執務室に、短い報告が届いた。
「古木の森にて田中が上位存在に命名。呼称:S〇NY。理由:独自規格で囲い込んだ会社だから、とのことです」
ウルダが書類から目を上げて、こめかみに手をつけて目を閉じて言う。
「……ソ、S〇NYと」
「はい」
「……独自規格の、会社」
「はい。神界の仕組みと構造が同じだと判断したようです」
ウルダが長い間、机の一点を見ていた。がなんとか声を振り絞った。
「主神として……か、か、寛大に、見守ります」
「主神は寛大です」
「今日は声が少し遠かったです」と部下が隣に小声で言った。「いつもより、遠かったです」「はい……」「ウルダ様の『寛大』が、今日は少し重かった気がします」「気がするだけかもしれません」「そうですね」 二人とも、それ以上何も言わなかった。
**※おじさん解説!**
S〇NYとは日本の電機メーカーだ。技術力は本物だ。ウォークマンを作った。プレイステーションを作った。世界に通用するものを作り続けた。これは事実だ。
ただ、独自規格への固執という点で、市場に負けた事例がある。
録画磁気テープの規格戦争だ。昭和五十年代、家庭用ビデオデッキの録画方式は「ベータマックス」対「VHS」に二分された。ソニーのベータは画質がよかった。しかし録画時間が短く、他メーカーへの開放が遅れた。松下・日立・三菱が束になってVHSを普及させた。消費者が選んだのはVHSだった。技術が勝っても、市場は別の話だ。
メモリースティックという独自の記憶媒体もあった。他社はSDカードに統一されていったが、ソニーは長らく独自規格を続けた。
悪い会社だとは言っていない。独自規格という戦略が、市場に負けた——その事実だけの話だ。
田中剛(四十六歳)は構造を見抜いた。見抜いて、名前をつけた。それだけだ。常識だろうが。
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**神界業務日報 第六十二回**
本日の特記事項。
神界の上位存在に田中さんが命名しました。
S〇NY。
理由:独自規格で囲い込んだ会社だから。
書いてもいいのかわかりませんでしたが、記録しました。これは業務日報です。記録するのが仕事です。
カーヴェに依頼しました。「気をつけて」と言われました。記録します。
本日の特記事項その二。
朝、田中さんがいませんでした。帳面だけが机に残っていました。どこへ行ったかは聞きませんでした。戻ってきて、帳面に何か書き足されていました。
理由は、聞きませんでした。
以上です。
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**魔王の家計簿 第六十二回**
本日の支出:干物代(写本代と相殺)。
田中が上位存在に名前をつけた。SONY。我には意味がわからないが、田中が「構造が同じだ」と言っていた。
田中の「同じだ」は、毎回正しい。
エリュシアが通信石を持って外に出ていた。声は聞こえなかった。戻ってきた時、顔が少し違った。何かが決まった顔だった。
我は何も言わなかった。言う必要がない時は言わない。それだけだ。
ギルが「なるほどね」と言って固まっていた。面白かった。記録する。
あと、田中が朝どこかに出かけていたようだ。何をしているのか気になっている。
支出:干物代のみ。
【現在のステータス】
勇者 田中剛 LV:4 チート:無効
魔王 ネネ LV:3相当 魔力:低下中
女神 エリュシア 神力出力:制限中(通常の1割以下)
アルス LV:11




