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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第3章:LV1から積み上げたものだけが本物だ

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「囲い込みか、S〇NYだ」


 今回は命名回です。

 田中が、神界の上位存在に名前をつけます。

 理由は「長いから」です。いつもどおり――常識だろうが。

 写本の束を広げると、アドルが地図を一枚、その上に重ねた。


「昨夜、改めて古い棚を全部照合した。削除の痕跡が集中している年代が三つある。八百年前。四百年前。そして五十年前——田所一郎の時代だ」


 田中が帳面を出した。「三回か」


「三回ではない」とアドルが言った。静かだが、声に重さがあった。「三つの記録帯(きろくたい)だ。その間にも、小さな痕跡が散っている。消し方が同じだ。合計すると、八百年間、定期的に何かが記録を削っている」


 エリュシアが写本に目を落としていた。削除された部分の前後を指でなぞりながら、声を出さずに読んでいる。


(……全部、同じ消し方です)

(書類の角を折るように、端から順番に消していく)

(神界の処理様式に、よく似ています)

(似ているどころか——)


「エリ」と田中が言った。


「……はい」


「顔に出ている」


「出ていません」


「出ている。何がわかった」


 少し間があった。ギルが壁際で腕を組んで、口を閉じている。アルスが腹筋を止めた。止めたことに気づいていない。


「……神界の書類処理の手順と、この削除の方法が——一致しています」


「神界がやっているのか」


「直接やっているのか、神界の技術を使った何かがやっているのか、それだけではわかりません。でも……」


「でも」


「設計が同じです。末端ではなく、根っこが同じです」


 田中が写本を三枚めくった。止まった。


「複数の世界でやっているってことか」


 アドルがうなずいた。「この記録に登場する異界人(いかいじん)は、一人ではない。この世界に来る前に、別の世界を経由している者もいた。その世界でも、同じ削除の痕跡が見つかっている」


「……この世界だけじゃないんですか」とアルスが言った。


「そうだ」と田中が言った。帳面に短く書いた。「複数の世界に同じ型を押しつけている。勇者を送り込む。記録を削る。また送り込む。——囲い込みだ」


 エリュシアが顔を上げた。


「上位存在の名前は、記録には『設計者(アーキテクト)』とだけあります。固有名は削除されています」


「S〇NYだ」と田中が言った。


 広間が、少しだけ止まった。


「……ソ〇ー、ですか」とエリュシアが言った。


「独自規格で囲い込んで、市場に負けた会社だ。構造が同じだ」


「……なぜ会社の名前なのですか」


「覚えやすいからだ。常識だろうが」


 アドルが一拍置いてから言った。「……S〇NYと呼ぶのか」


「そうだ。長い名前はいらん。削れ」


(八百年で三度目だ)とアドルが内心で言った。(この方の『削れ』に、私は毎回一言も返せない)


 ギルが「……なるほどね」と言って、気づいて「いや、これは——」と言いかけた。誰も突っ込まなかった。ギルが小声で「浸食おかされている」と言った。


挿絵(By みてみん)


******


「カーヴェに連絡します」とエリュシアが言った。


 田中が写本から顔を上げずに言った。「何を頼む」


「神界の技術記録と、この削除の様式を照合してほしいんです。私には技術層の解析ができません。カーヴェなら——」


「やれ」


「規定外の依頼になりますが」


「やれ」


「コストが――」


「やれ。必要なときは先行投資だ」


 エリュシアが少しだけ止まった。それから神力通信石(つうしんせき)を取り出した。出力が制限中でも、近距離の通信石は使える。


 少し間があって、カーヴェの声が届いた。制限があるので、少しノイズ混じりではある。


『(ジジー...)何。珍しいね、(ザー)エリュシアから連絡してくるの』


「……頼みがあります」


『聞くわ』


「神界の書類処理の技術様式と、今手元にある削除記録を照合してほしいんです。私の権限では技術層まで見られない」


 短い沈黙があった。


『……どこで手に入れたの、その削除記録』


「古木の森の記録者から」


『……アドルから』 別の沈黙があった。『わかった。調べてみる(記録者、アドルって名前だったっけ?ま、いっか)』


「ありがとうございます」


『礼はいい。——エリュシア』


「……はい」


『気をつけて(ザーッ...)』


 通信が切れた。エリュシアが通信石をしまった。


(カーヴェが『気をつけて』と言いました)

(あの方がそういうことを言うのは)

(珍しいです)

(……珍しいのですが)

(何だか、少し、助かりました)


「以上か」と田中が言った。


「以上です」


「ならいい。次の行程に入る」


 田中が帳面を閉じ、立ち上がった。アドルが「写本の追加分を用意する。明朝までに」と言った。


「干物で払う」


「……それで構わない」(もう干物相当あるんですけど)


 トルネコが小声でギルに言った。「干物が通貨になってますなあ〜」


 ギルが小声で返した。「……貴族として、この取引単位には慣れていない」


 アルスが小声で言った。「師匠の前では貴族の常識は通じません」


 三人が前を向いた。田中が振り向かずに言った。「うるさい」


「「「……はい」」」


******


**その頃、神界では――**


 ウルダの執務室に、短い報告が届いた。


「古木の森にて田中が上位存在に命名。呼称:S〇NY。理由:独自規格で囲い込んだ会社だから、とのことです」


 ウルダが書類から目を上げて、こめかみに手をつけて目を閉じて言う。


「……ソ、S〇NYと」


「はい」


「……独自規格の、会社」


「はい。神界の仕組みと構造が同じだと判断したようです」


 ウルダが長い間、机の一点を見ていた。がなんとか声を振り絞った。


「主神として……か、か、寛大に、見守ります」


「主神は寛大です」


「今日は声が少し遠かったです」と部下が隣に小声で言った。「いつもより、遠かったです」「はい……」「ウルダ様の『寛大』が、今日は少し重かった気がします」「気がするだけかもしれません」「そうですね」 二人とも、それ以上何も言わなかった。



**※おじさん解説!**


 S〇NYとは日本の電機メーカーだ。技術力は本物だ。ウォークマンを作った。プレイステーションを作った。世界に通用するものを作り続けた。これは事実だ。


 ただ、独自規格への固執という点で、市場に負けた事例がある。


 録画(ろくが)磁気テープ(じきてーぷ)の規格戦争だ。昭和五十年代、家庭用ビデオデッキ(びでおでっき)の録画方式は「ベータマックス(べーたまっくす)」対「VHS(ぶいえいちえす)」に二分された。ソニーのベータは画質がよかった。しかし録画時間が短く、他メーカーへの開放が遅れた。松下(まつした)日立(ひたち)三菱(みつびし)が束になってVHSを普及(ふきゅう)させた。消費者が選んだのはVHSだった。技術が勝っても、市場は別の話だ。


 メモリースティック(めもりーすてぃっく)という独自の記憶媒体(きおくばいたい)もあった。他社はSDカード(えすでぃーかーど)に統一されていったが、ソニーは長らく独自規格を続けた。


 悪い会社だとは言っていない。独自規格という戦略が、市場に負けた——その事実だけの話だ。


 田中剛(四十六歳)は構造を見抜いた。見抜いて、名前をつけた。それだけだ。常識だろうが。


******


**神界業務日報 第六十二回**


 本日の特記事項。


 神界の上位存在に田中さんが命名しました。


 S〇NY。


 理由:独自規格で囲い込んだ会社だから。


 書いてもいいのかわかりませんでしたが、記録しました。これは業務日報です。記録するのが仕事です。


 カーヴェに依頼しました。「気をつけて」と言われました。記録します。


 本日の特記事項その二。


 朝、田中さんがいませんでした。帳面だけが机に残っていました。どこへ行ったかは聞きませんでした。戻ってきて、帳面に何か書き足されていました。


 理由は、聞きませんでした。


 以上です。


******


**魔王の家計簿 第六十二回**


 本日の支出:干物代(写本代と相殺)。


 田中が上位存在に名前をつけた。SONY。我には意味がわからないが、田中が「構造が同じだ」と言っていた。


 田中の「同じだ」は、毎回正しい。


 エリュシアが通信石を持って外に出ていた。声は聞こえなかった。戻ってきた時、顔が少し違った。何かが決まった顔だった。


 我は何も言わなかった。言う必要がない時は言わない。それだけだ。


 ギルが「なるほどね」と言って固まっていた。面白かった。記録する。


 あと、田中が朝どこかに出かけていたようだ。何をしているのか気になっている。


 支出:干物代のみ。


【現在のステータス】


勇者 田中剛 LV:4 チート:無効

魔王 ネネ  LV:3相当 魔力:低下中

女神 エリュシア 神力出力:制限中(通常の1割以下)

アルス LV:11

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