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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第3章:LV1から積み上げたものだけが本物だ

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57/90

「神殿の寄付に、根拠はあるか(再)」

 シーラにも神殿があった。田中が入った。

 根拠を聞いた。やっぱ、なかった。 常識だろうが。

 シーラの神殿は港の高台にある、白壁の小ぶりな建物で、潮風で塗装が少し剥げているが手入れは行き届いていた。王都の大神殿とは違い、働き者の空気がある。漁師の安全祈願と病人の治療が主な仕事らしく、早朝から人の出入りが多い。


「エリ。ここの儀式費用を把握しているか」


「……事前調査はしておりません」


「そうか。――入るぞ」


 エリュシアが内心で思った。

(入ります)

(......前にもあったような”嫌な予感”がします)

(でも止められません)


 入口の石段の脇で、フィオが石を選んでいた。神殿に用があるわけではなさそうだったが、なぜかついてきていた。


「お前は何をしに来た」とギルが声をかけると、「石が多い。高台は良質な石がある」とフィオが答えた。


「それだけか?」

「それだけだ」


 ギルが少し間を置いた。

(……石を拾うために高台までわざわざ?)

(この集団、全員行動原理がおかしい)

(それに自分も含まれている気がするが、今は考えないことにしよう)


******


 神殿の中に入ると、穏やかな顔の中年の女性神官が出迎えてくれた。港町らしく、浅黒い肌で、よく動く人だと一目でわかる。


「ようこそシーラ神殿へ。何か、お困りのことはございますか」


「儀式の費用が知りたい。いくらだ」


 神官が笑みのまま少し固まった。


「儀式といいますと」


「例えば漁師の安全祈願だ。一回いくらだ」


「それはお気持ちを——」


根拠ソースはあるか」


 神殿の中の空気が、一瞬で変わった。


 エリュシアが内心で整理した。

(来ました)

(「根拠はあるか」が来ちゃいました)

1章(はじめ)からまったく変わっていません)

(ある意味、安心と信頼の田中です)

(……安心してどうするんですか私は)


「根拠、と仰いますと」と神官が慎重に返した。


「安全祈願をして、実際に漁師の事故が減ったデータはあるか」


「それは……神の御加護ですから、数値で表すものでは」


「それが、”根拠がない”ということだ」


 神官の口が閉じた。返す言葉が出てこない、という顔だった。


 田中はそこで止まらず、続けた。「俺は、信仰を否定しているんじゃない。効果の根拠なく費用を取るやり方がおかしいと言っている。お気持ちで請求するのと、きちんと値段を出して請求するのでは、どちらが誠実だ?」


 しばらくの沈黙の後、神官が「……考えたこともありませんでした」と静かに言った。


「そうか。()()()()()()()()()()()()()。以上だ」


 田中が向き直ろうとしたとき、神官が「一つ聞いてもいいですか」と声をかけてきた。


「何だ」


「あなたは、神を信じないのですか」


 田中が少しだけ止まった。「信じるかどうかは関係ない。金の話()()をしている」


「……そうですか」


「信仰と会計は別だ。混ぜると両方が腐る。常識だろうが」


 神官がしばらく田中を見て、それから小さく頭を下げた。


「……ありがとうございました」


 田中は何も言わずに出た。


 エリュシアが神官と目が合った。


(……神殿の言い分にも根拠が)

(あるかないかで言えば、あまりないかもしれません)

(田中さんの言い方は乱暴ですが)

(内容は正しいです)

(それが一番困るんですよ毎回)


「あの方は、いつもああなのですか」と神官が小声で聞いてきた。


「……いつもです」


「大変ですね」


「……大変です」


 エリュシアが少し間を置いた。


(大変です)

(大変なんですが)

(……何か言いたくなりました)

(怒られた方がよかったような気もします)

(…………)

(書けません。本当に書けません)



******



 神殿の外に出ると、田中が振り返った。


「エリ」


「はい」


「お前は根拠があると思うか。あの儀式費用に」


 エリュシアが一秒止まった。


「……ありません」


 声に出た。ちゃんと出た。


 田中が「そうか」とだけ言って歩き出した。

 エリュシアは動かないまま、その背中を見ていた。


(……「そうか」だけでした)

(「よくやった」ではありませんでした)

(……なんか、足りない気がします)

(何が足りないのかは...とても書けません)

(足りないと思っていること自体も書けません)


 ネネがすれ違いざまに小声で言った。「お前、また顔が赤いぞ」


「なんでもありません!!」


「ただの神殿の話で赤くなるのか」


「なんでもありませんってば!!!」


「そうか」


「……なんでもありません(小声)」

(なんでもありました)


挿絵(By みてみん)


******


 石段を降りたところで、フィオが石を投げていた。


 狙いは定かではなかった。ただ手が動いた、という感じの投げ方だった。


 神官には当たらなかったが、近くにいたトルネコの荷物に当たった。


 鈍い音がした。


「いたっ……じゃなくて荷物が!! 荷物がへこみましたわ!!」


「外れた」とフィオが言った。


「当たってますやん!! 荷物に当たってますやん!!!」


「狙ったのはそこじゃない」


「一体どこ狙ってますのん!!!!」


 フィオは答えなかった。無視して、次の石を選んでいた。もう次のことを考えている顔だった。


 トルネコが荷物を確認しながらため息をついた。「……フィオはん、石を投げるのはええんでっけど〜、せめて荷物から離れてから投げてもらえませんか〜」


「わかった。次は離れる」


「ありがとうございます!! ……って、また投げる気でっか!!」


「投げる」


「なんでですか!!!」


 アルスが腹筋しながら口を挟んだ。「(ぴょん)フィオさん!!(ぴょん)練習しましょう!!(ぴょん)腹筋しながらやると投石の精度が上がりますよ!!(ぴょん)」


「腹筋と投擲は関係ない」


「師匠はあらゆることが繋がると言っていました!!(ぴょん)」


「それはそれだろ」


「違うって根拠はありますか!!(ぴょん)」


 フィオが少し止まった。石を持つ手が、わずかに固まった。


「……神殿の受け売りだろ、それ」


「師匠の受け売りです!!(ぴょん)」


 エリュシアが内心で整理した。

(「根拠はあるか」がアルスさんにまで伝播でんぱしています)

(田中さんの口癖が弟子に移りました)

(これは、止められません)

(記録します)


 ギルが腕を組んで横から言った。「……石が当たらないのは練習不足だ。毎日同じことを繰り返せ」


「お前が言うか」とフィオが返した。


「俺は剣の話をしている。応用だ」


「……まあ、いい」


「まあいいじゃないですよ!!」とトルネコが叫んだ。「荷物の話が終わっていませんやん!! 修理代は誰が払うんでっか!!」


「もちろん経費だ」と田中が前を向いたまま言った。


「誰の経費ですか!!!」


トルネコ(お前)の経費だ」


「私でっか!?なんでやねん!!!!」


「管理不足だ」

「これからは、石が来ても動体視力の訓練と思え」


「荷物が訓練台になっていますやん!!!!!」


 ネネが小声でエリュシアに言った。「……トルネコ(あいつ)が気の毒だな」


「……そうですね ププ」


「お前、笑っているぞ」


「笑っていません!!」


 グラが「グゥ」と鳴いた。その鳴き声は、笑い声にしか聞こえなかった。


「グラまで!!ひどいですやん」とトルネコが泣いた。



******



 午後、ダンジョンの入口確認を終えて宿に戻ると、田中が帳面を開いた。


「よし明日、ダンジョンに入る。目的は防水結晶と海産系素材だ。トルネコ、買取先は」


「押さえましたで〜。港の問屋が一件、干物屋が二件でっさかい〜。明日の昼には話がつきますわ〜」とトルネコが帳面を出しながら答えた。「ギルはんの読みが正確でして〜、取引の流れが早かったですわ〜。さすがでんな〜」


「……当たり前だ」とギルが壁の方を向きながら言った。耳が少し赤かった。


 エリュシアが内心で一行書いた。

(ギルさんが照れています)

(「当たり前だ」と言いましたが耳が赤かったです)

(記録します)


 田中が糸電話を取り出して糸を張った。


「ゾルグ」


「田中さん!! ゾルグです!!

シーラご到着おめでとうございます!! 魔界は——」


「長い。三行で言え」


「魔界:平常。四天王:稼働中。特記:なし。以上!!」


以上オーバーだ」


 ブツッ。


「今のは、二行でした!!」とゾルグが向こうで叫んでいたが、もうその声は届かなかった。


 トルネコが「ゾルグさん、最近上手くなってきてますわ〜」とにやっとした。


「成長している」と田中が短く言って、帳面に目を戻した。


 それだけだった。評価としては高い方だとエリュシアにはわかったが、田中の表情は変わっていなかった。


(この方の評価の目盛りは、一般人より二段階ほど読み解きが必要です)

(記録します)



******



 夕食の後、エリュシアが一人で港の方を見ていると、ネネが隣に来て黙って立った。グラが頭の上で眠っていた。


 しばらく何も言わない間が続いて、それからネネが口を開いた。


「今日、神殿で何かあったか」


「……特にありません」


「顔が嘘をついているぞ」


「ありません!!」


「田中に何か言われたか」とネネが畳み掛けてきた。


「……「根拠があるか」と聞かれました」


「それだけか」


「「そうか」と言われました」


「それだけか」


「……それだけです」


「なぜ不満そうな顔をしているんだ」


 エリュシアは口を閉じた。


(不満ではありません)

(ただ「よくやった」の方が)

(あと田中さんにされるアレが...いや)

(私は、女神です。担当女神なんです)

(……書けません。本当に書けません。いよいよ書けません)


「なんでもありません」と一言だけ言った。


 ネネがポップコーンの残りを一粒食べて、海の方を向いた。


「田中は「根拠はあるか」と言うが、お前自身はここにいる根拠があるのか」


「……担当女神だからです」


「それだけか」


「……それだけです」


「そうか」と言ってから、ネネは少し間を置いた。「我も最初はそれだけだった。気がついたら変わっていた」


 それだけ言って、部屋に戻った。


 エリュシアが一人残った。潮風が少し強くなって、髪がなびいた。


(……変わっていた)

(根拠が変わっていた)

(私は)

(変わっているのでしょうか)

(……書けません)

(書く欄:今日は、ありませんでした)



******



 その頃、魔界では――


 ゾルグが手帳を開いてため息をついた。


「二行でした……三行が目標なのに……」


「二行でも三行でも同じだろう」と壁から腕組みのままグレインが言った。


「違います!! 三行が目標です!!」


「……認めてないが、その目標の立て方は正しい」


「認めてますやん!!」


 フィルナが小首をかしげた。「ねえ〜、三行と二行って何が違うの〜」


「一行です!!」


「じゃあ田中さんは何行で返してくれたの〜?」


「……三文字です」


「何行なの〜?」


「一行以下です!!!」


「すごいね〜!!」


「すごくないです!! いや……すごいんですが……!! 悔しいです!!」


 ゼフィーラが書類から顔を上げた。「全員、静かにしなさい」


 三人が黙った。


 四秒後、フィルナが「ゼフィーラ〜、一行以下って何行〜?」と言った。


「黙りなさい」


「はーい〜」


 ゾルグが手帳を閉じた。「……次こそ三行にします」


「お前の一行が長すぎるだけだ」とゼフィーラが書類を見たまま言った。「句読点を削れ」


「それ田中さんみたいなこと言ってますよ!!」


「黙れ」


「はい!!」


 グレインが「……なるほどね」と言いかけて、口を閉じた。三秒後に「……言っていない」と一人で言った。誰も何も言わなかった。



******



 その頃、神界では――


 ウルダが報告書を受け取った。


「シーラ神殿にて、田中剛が儀式費用の根拠を質問。神官が「検討したことがなかった」と回答。田中は「信仰と会計は別だ。混ぜると両方が腐る」と発言」


 ウルダが少し間を置いた。


「……神界も、似たような構造アーキテクトがあります」


「はい」と補佐官が静かに言った。


「……私が言うのも、おかしな話ですが」


「……はい」


 しばらく、二人とも何も言わなかった。窓の外で潮風でもないのに何かが揺れる音がした。


「見守ります。寛大に。」


「主神は、寛大です」


「……今日は、少し複雑な気持ちです」


 補佐官が記録した。「本日:一回。複雑:あり。笑み:〇・三回分。貧乏ゆすり:なし」


「複雑は記録しなくていいです」


「記録します」


「……なぜですか」


「田中剛の影響が神界に及び始めた記録として重要だと判断しました」


 ウルダが少し間を置いた。


「……あなた、最近少し変わりましたね」


「……記録します」


「それも記録するんですか」


「します」


 ウルダが「寛大に見守ります」とまた言った。今日二回目だった。

部下は、どんだけ寛大に見守るんだろう、と思ったが、黙っていた。



※おじさん解説!


 名作の「ウィザードリィ」というゲームがある。


 1981年にアメリカで発売され、日本ではPC-88やファミコンに移植されたダンジョンRPGだ。迷宮を探索して敵を倒してレベルを上げる。シンプルで深い。今もシリーズが続いている。


 このゲームに神殿がある。キャラクターが死んだとき、神殿に金を払うと蘇生してもらえる。問題は「灰になった」場合で、蘇生率が下がる。失敗すると「消滅」する。永遠に戻らない。


 このとき神殿は「お気持ちで」とは言わない。金額がきちんと表示される。払うかどうかはプレイヤーが決める。明確だ。


 根拠のない請求はしない。金額を出して選択を渡す。それだけで信頼が変わる。


 田中が神殿に言ったのと、同じ話だ。


 あとウィザードリィはキャラクターが消滅したとき本当に何も残らない。データが消える。昭和のゲームは容赦がなかった。常識だろうが。



******



※神界業務日報 第五十七回


 本日の特記事項。


 シーラ神殿にて田中さんが「根拠はあるか」を実施しました。二回目です。記録します。


 私が「根拠があるか」と聞かれました。

 「ありません」と答えました。

 「そうか」と言われました。


 ……「よくやった」ではありませんでした。

 何かが足りない気がします。

 何が足りないのかは本当に書けません。私は田中の担当女神です。

 足りないと思っていること自体も書けません。


 フィオさんがトルネコさんの荷物に石を当てました。狙ったところではないそうです。記録します。


 以上です。


【現在のステータス】

勇者 田中剛 LV:2 チート:無効

魔王 ネネ  LV:3相当 魔力:低下中

女神 エリュシア 神力出力:制限中(通常の1割以下)



******



※魔王の家計簿 第五十七回


 本日の支出。


 宿代:田中が交渉済み(今回も金額は聞いていない)

 夕食:支払い済み

 トルネコの荷物修理代:発生予定(フィオの石)


 神殿で田中が「信仰と会計は別だ」と言った。神官が「ありがとうございました」と言っていた。論破されて感謝する神官を初めて見た。


 エリュシアが夜、一人で港を見ていた。「なんでもありません」と言っていた。顔が嘘をついていた。聞かなかった。


 追記:石はタダだが荷物の修理代はタダではない。フィオに教えておく。


******



※アルス修行日誌 第十九回


 本日の内容:神殿同行・ダンジョン入口確認。


 石投げさんが石を投げました。神官には当たりませんでした。トルネコさんの荷物に当たりました。


 師匠が「根拠はあるか」と言いました。神官が黙りました。神官が「ありがとうございました」と言いました。なぜ感謝されたのか、まだよくわかりません。でも師匠の言葉は全部、後から「あ、そういうことか」となります。今回もそうなると思います。


 「根拠はあるか」と私も使ってみました。フィオさんに「師匠の受け売りか」と言われました。受け売りです。でも正しいと思っています。


 腹筋は本日八千回です。明日ダンジョンに入ります。頑張ります。

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