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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第3章:LV1から積み上げたものだけが本物だ

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「保存食は投資だ」

 ダンジョンで素材が取れた。

 港で加工した。ギルの手が動いた。

 常識だろうが。

 海の街、シーラ近郊のダンジョンは崖沿いにある。フィオが前日に確認していた通り、内部は潮気を含んだ通路が続いていて、壁面に防水結晶(ぼうすいけっしょう)が複数露出していた。半透明で青みがかった鉱石で、触れると皮膚に水をはじく膜が薄く張る。防水布の原料になる。


「これが防水結晶か」とギルが壁の結晶を見て言った。


「そうだ。全部剥がせ」


「……全部か」


「壁に残すな。持ち帰れる分は全部回収する。常識だろうが」


 ギルが慎重に素材を剥がし始めた。その手つきが妙に細かかった。一つひとつ、ひびを入れずに丁寧に外していく。力の加え方が正確で、結晶が欠けない。


 田中が横目で三秒ほど見て言う。「……貴族で、器用とは珍しいな」


工芸品(こうげいひん)鑑定補助(かんていほじょ)を父に仕込まれた。指先を使う作業は慣れている」


「そうか」


 田中が前を向いて別の通路へ進んだ。ギルはそのまま黙って結晶を剥がし続けた。


(「そうか」だった)

(「使えるな」ではなかった)

(なぜそれが気になるんだ、私は)

(気にするな、気にするな.....っ!)


 フィオが壁を軽く叩いて空洞を確認しながら言った。「奥に海産素材が出る。ヌメリ貝と燻煙藻(くんえんそう)だ。昨日確認した」「しかしよい石があまりない」


田中は最後のセリフを無視して

「一人でか」といった。


「石があれば入れる」


「……何がどう『石で入れる』んですか!?」とエリュシアが思いっきりつっこんだ。


「投げればわかる」とフィオ。


 エリュシアが内心で整理した。

(なにが「投げればわかる」ですかぁぁあぁぁぁぁぁ!!)

(この方の情報収集の方法論がまったく理解できません)

(でも毎回情報が正確です)

(それが一番困ります)



******


 奥の部屋には、ヌメリ貝と燻煙藻が豊富にあった。ヌメリ貝は殻ごと塩漬けにすると長期保存が効き、燻煙藻は乾燥させて燻製の香りづけに使う素材で、加工すると価値が跳ね上がる。


「回収する。全員で手分けしろ」


「(ぴょん)わかりました師匠!!(ぴょん)」とアルスが腹筋しながら袋を広げようとして、揺れて袋が落ちた。


「跳ねながらやるな」


「(ぴょん)すみません!!(ぴょん)」アルスはやめなかった。


 フィオが無言で石を一つ拾い、アルスの腹筋の隙間めがけて軽く投げた。


「(ぴょん)ぐほっ!!(ぴょん)また石ですか!!(ぴょん)」


「狙いが外れた」


「当たってますやーーーん!!」とトルネコが荷物を抱えながら叫んだ。「前回は荷物でしたが今回はアルスはんでっせ!! 標的マト()()()()()()でっせえええええ!!」


「やつの腹は丈夫だ」とフィオが言った。


「アルスはんが丈夫なだけでっせ!!」「いや狙ってないって言ってましたやん」「やっぱ狙ってるやないですか!」

トルネコの怒涛のツッコミの一撃!!


 アルスが腹を押さえながら「(ぴょん)これも鍛錬です!!(ぴょん)」と言った。ギルが袋を閉めながら横を見た。


(……これが日常なのか、この集団の)

(貴族の行儀作法を十七年かけて学んだが、洞窟内で腹筋しながら石を投げ合う場面は一度も習っていなかった)

(当然だが)


ネネとエリュシアは

((相変わらずあの動き、気持ち悪いです(のう))と内心思っていた。


******


 ダンジョンでの回収を終えた一行は、午後、港に戻ってから田中が作業台を借りて、干物の製造をはじめていた。


 田中がメンバーに手順を指示する。ネネが黙って塩を計る。アルスが腹筋を一時停止して魚を裂く作業に入った。三枚裂いたところで、また腹筋を始めた。四回腹筋して、また魚を裂いた。魚と腹筋を交互にやっている。


「お前……何をしているんだ」とギルが手を止めた。


「筋トレと作業を交互にやっています!!(ぴょん)効率化です!!(ぴょん)」


 誰も何も言わなかった。言えなかった。動きはキモかったが、魚の解体精度は落ちていなかった。そりゃ誰も何も言えませんて。


 エリュシアが内心で一行書いた。

(……やっぱキモいのですが)

(精度が落ちていないのが)

(一番キモいです)


「……我には無理だ」とネネが腕を組んだまま三秒見て言った。


「そうか」


「でも認める。認めたくないが認める」


「習慣だ。慣れろ」と田中が前を向いたまま言ったので、ネネはそれ以上何も言えなくなった。


 トルネコが帳面を書きながら「仕入れた魚の種類と量、確認しましたで〜」と言った。


 ギルが、魚の内臓を取り出す工程に入った瞬間、田中が作業の手を止め、見ていた。ギルの手は迷わない。下手に力を入れず、最小の動作で内臓をきれいに抜く。骨に沿って身を割るとき、刃の角度が正確で、結晶を剥がした時と同じく身が崩れない。


「……どこで覚えた」


狩猟(しゅりょう)解体補助(かいたいほじょ)だ。貴族のたしなみとして仕込まれた。過程は同じだ」


「何匹でもやれるか」


「……やれる」


使()()()()


 田中が不敵な笑みを浮かべつつ、それだけ言って次の工程に移った。ギルが少しだけ作業の手を止めた。


(使えるな)

(……言われた)

(なぜ嬉しいんだ)

(没落した家の記録でしかなかったものが、今日ここで使えた)

(この男の「使えるな」は)

(……なぜこんなに、重いんだ)


 作業を続けた。手は止まらなかった。


 ネネが塩を計りながら田中の背中を見た。少し間を置いてから、小声でエリュシアに言った。


「……我、最近「使えるな」と言われていないな」


「言われていませんね」


「悔しい。田中に……」


 少し止まった。


「……言われたい、のか。我は」


「彼に、言われたいんですか」


「……う る さ い」と、エリュシアのほっぺたをネネがつねった。

「痛い、痛い!ネネには!やられたくないです!!」

「”我には”~??......お前、やっぱり”そういう人”だなぁ」


 エリュシアが内心で整理した。

(恥ずかしい――女神として)

(ネネさんも同じでした)

(同じです)

(我々は同じです)

(こんなこと……書けません)


挿絵(By みてみん)


******



 しばらくして――完成した干物が並んだ。塩漬けの瓶が三十本、燻製が二十束。田中が全部を一秒見て言った。


「これは品質できがいい」


「ギルはんのおかげでんなあ〜」とトルネコが言った。「処理が正確でっさかい〜、身崩れが少ない分、見た目がいい。これは値が上がりますわ〜、たまりまへん」


「よし、計算に入れろ」


 トルネコが帳面を走らせた。「通常の干物より二割増しで出せますわ〜。全部合わせると八十二Gの上乗せでんな〜」


()()()()


 田中がギルを見た。ギルが視線に気づいた。「何だ」


「ドルガンでも使う。覚えておけ」


 ギルが少し間を置いた。


「……わかった」


(また来た)

(続きが来た)

(なぜ嬉しい、なぜ嬉しいんだ私は)

(没落貴族の手仕事が、今日ここで百七十八Gになろうとしている)


「……ギルが嬉しそうだぞ」とネネが言った。


「嬉しくない」と即答した。


「耳が赤い」


「集中しているからだ」


「潮風は冷たいぞ」


「……うるさい」


 エリュシアが内心で書いた。

(ギルさんの耳が赤いです)

(「使えるな」と言われた直後でした)

(私は「使えるな」と言われませんでした)

(なぜ気にしているのかは書けません)

(「書けません」の回数が増えています)

(それも書けません)


 田中が作業の合間にステータスを確認した。「今日で……LV3になった。上りが遅い」それだけ言って干物の確認に戻った。


 アルスが腹筋と魚裂きを交互にやりながら「(ぴょん)おめでとうございます師匠!!(ぴょん)」と言った。


「早く作業しろ」


「(ぴょん)はい!!(ぴょん)」


******



 その頃、魔界では――


 ゾルグが糸電話を置いて、静かに言った。「……二文字でした」涙が出ていた。


「お前の報告の方が長かったということだろう」とグレインが壁から言った。


「三行に削ろうとしたんです!! でも田中さんに「削れ」と言われてから語尾まで削ろうとしたら、なんかトルネコはんの関西弁が——」


「移ってますやん!!」とトルネコが実際にそこにはいないのに、ゾルグの口から関西弁が出た。


「……今、自分で言いましたよ」とゼフィーラが書類から顔を上げた。


「言いました!! なぜですか!!!」


「削りすぎると語尾が崩れる」とグレインが一言で言った。「田中もそうだった」


「師匠がいますな〜!!」と、またゾルグの口から関西弁が出た。


「ゾルグさん師匠って言いましたよ〜!!」とフィルナが目を輝かせた。


「違います!! 出ただけです!!」


 フィルナが口を開いた。「二文字って——」


「何も言うな」とゼフィーラが先読みした。


「……はーい〜」


 ゾルグが深呼吸した。「……気を取り直します。次は一行で送ります」


「認めてないが、正解だ」とグレインが言った。


「認めてますやん!!」とゾルグが言って、自分で止まった。「……また出ました」



******



 その頃、神界では――


 ウルダが報告書を読んでいた。


「田中さんの語彙ごいを集計してみました」と補佐官が言った。


「……集計したんですか」


「「使えるな」「削れ」「常識だろうが」「以上」「よくやった」、この五語で全発言の七割を占めています」


「……七割」


「はい。残り三割は数字と固有名詞です」


 ウルダが少し間を置いた。「……それで人が動くんですね」


「動いています」


「語彙が五語なのに」


「五語なのに、です」


 ウルダが窓の外を見た。「……私は寛大という言葉を使いすぎているのかもしれませんね」


「記録上は本日だけで四回です」


「寛大です」


「五回になりました」


「……寛大に見守ります」


「寛大です」


「それは私が言ったんです」


「記録します」


 ウルダがため息をついた。


 補佐官が小さく記録した。「本日:ため息一回。初記録」

※おじさん解説!


 燻製(くんせい)とは何か。


 食材を煙で燻して保存性と風味を高める調理法だ。昭和の現場では「スモーク」とも言った。鮭、チーズ、ベーコン。なんでもいぶせる。


 燻製の利点は三つだ。保存が効く。旨味が増す。香りで付加価値がつく。同じ魚でも燻製にすると値段が上がる。昭和の工場でも同じで、同じ素材でも加工の精度で値段が変わる。ギルの手仕事が今日二割値を上げた。これが加工業の基本だ。


 保存食は投資だ。今食べなければ後で使える。腐らせたら損。崩れたら値が下がる。丁寧な手仕事が後で金に変わる。常識だろうが。



******



※神界業務日報 第五十八回


 本日の特記事項。


 シーラダンジョン攻略完了。防水結晶・海産素材の回収完了。

 干物・塩漬け・燻製の製造・販売完了。純益百七十八G。


 ギルさんが「使えるな」と言われました。一回目です。記録します。

 ギルさんの耳が赤かったです。記録します。


 田中さんのLVが3になりました。「遅い」とのことでした。記録します。


 私は「使えるな」と言われませんでした。

 「書けません」の回数が本日五回でした。

 増えています。

 以上です。


【現在のステータス】

勇者 田中剛 LV:3 チート:無効

魔王 ネネ  LV:3相当 魔力:低下中

女神 エリュシア 神力出力:制限中(通常の1割以下)

アルス LV:11



******



※魔王の家計簿 第五十八回


 本日の収支。


 ダンジョン入場:無料

 素材回収:プラス

 干物・塩漬け・燻製販売:純益百七十八G


 ギルが干物を作った。田中に「使えるな」と言われていた。耳が赤かった。

 我も最初に「使えるな」と言われた時のことを覚えている。嬉しかった。

 なぜ嬉しかったのか、今もわからない。ギルもわからないだろう。

 でも積み上がっていくやつだ。


 我も最近言われていない。悔しい。

 悔しいと書いた。

 書いてから気づいた。

 ……言われたいのか、我は。

 家計簿に書いていいことではないが書いた。消さない。


 追記:「使えるな」を言われたい者がもう一名いる気がする。言わない。


******


※アルス修行日誌 第二十回


 本日の内容:ダンジョン攻略・干物製造。


 魚の解体と腹筋を交互にやりました。効率化です。師匠が「習慣だ」と言いました。ギルさんが「何をしているんだ」と言いました。キモいと思われているのはわかっています。でも精度は落ちていませんでした。師匠は何も言いませんでした。何も言わないのが答えだと思っています。


 師匠のLVが3になりました。「遅い」と言っていました。私のLVも11になりました。腹筋のおかげだと思います。根拠はありません。でもやります。


 ギルさんが「使えるな」と言われていました。耳が赤かったです。記録します。

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