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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第3章:LV1から積み上げたものだけが本物だ

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「また来た、あの勇者が」

 シーラに着いた。ここは港だ。潮の匂いがした。

 住民が田中を知っていた。田中は特に何も言わなかった。

 常識だろうが。


 シーラまでの街道は、ドルガンへの分岐より先に海側へ折れる。


 潮の匂いが先に来た。ネネが気づかれない程度、少しだけ歩幅を広げた。それに田中は気づいたが、何も言わなかった。


「トルネコ、シーラの相場は」


「海近だけあって、干物と塩漬(しおづ)けが安いですわ〜。港やから海産素材は豊富(ほうふ)でっせ〜。あと防水布(ぼうすいふ)の原料になる海草が取れます〜」


「素材の買取先は」


「三件、目星つけてますわ〜。着いたら顔つなぎしてきますよって〜」


()()


 ギルが荷物を担ぎ直しながら言った。「港町は商流が独特だ。鮮度が命だから取引が速い。慣れていないと足元を見られる」


「経験があるのか?」


「……父が港の卸問屋(おろしどんや)と取引していた。交渉の立会いに何度か出た」


「使える。トルネコに同行しろ」


「わかった」


 トルネコがにやっとした。「ギルはん、よろしゅうおたのみしますわ〜」


「……貴族が商人の補佐をする日が来るとは思わなかった」


「貴族より商人の方が稼ぎますで〜」


「それは知っている」とギルが静かに言った。「家が潰れる前に知っておくべきだった」


 誰も何も言わなかった。


 トルネコがそっと先を歩き始めた。ギルがついた。


******


 港町の入口に差しかかったとき、前から人が来た。


 荷を抱えた中年の男だった。田中を見て、足が止まった。


「……あんた、もしかして」


「何だ」


「節約の勇者さんじゃないか。去年、神殿の連中をやっつけたっていう」


 田中が一秒止まった。


「……どこで聞いた」


「どこって、みんな知ってるよ。行商人(ぎょうしょうにん)が話を持ってきてね、神殿の寄付を根拠で論破した勇者がいるって。シーラでも神殿への義務払いを断る人間が増えてね」


 男が続けた。「去年よりうちの商売、少し楽になりましたよ。直接はあんたのおかげとは言えないけど、まあ……ありがたかった」


 男が荷を抱え直して、歩いていった。


 エリュシアが田中を見た。田中は前を向いていた。特に何も言わなかった。


 エリュシアが内心で一行書いた。

(……住民が勇者の名前を知っていました)

(田中さんは特に反応しませんでした)

(私だけが、少し何かを感じました)

(書けません)

(というか女神なので複雑です...)


 アルスがキモ筋トレ(うさぎ跳び腹筋)をしながら小声で言った。「(ぴょん)師匠……」


「何だ」


「……何でもないです(ぴょん)」


 アルスが腹筋しながらついてきた。いつもより少しだけ、静かな跳ね方だった。


******


 港の広場に出たところで、田中が立ち止まった。


 石畳の端に、女性の人影があった。


 その女性は、切りっぱなしのポニーテール。腰に魔道銃。右手に石を一つ持って、海の方を見ていた。


「……待ってたぞ」とフィオが振り返りもせずに言った。


「また会ったな」と田中が言った。


「早かったな」


「お前の方が早かったろうが」


「そうだ」とフィオが言った。石を海に向かって軽く投げた。水面に当たって跳ねた。三回跳ねた。「――先に着いた」


「何日前だ」


「二日」


「何をしていた」


「石を投げていた」


 田中が三秒止まった。


「それだけか」


「それと、港の商人から話を聞いた。あとダンジョンに一回入った」


「ダンジョンの場所は?」


「知っている。港の南、崖沿いだ。そこの魔物から海産素材が出る。奥に防水結晶(ぼうすいけっしょう)がある」


「使えるな」


 フィオが初めて田中の方を向いた。


「褒めているのか」


「事実確認だ」


「……そうか」


 ギルがフィオを見た。フィオがギルを見た。


「ところで……お前は誰だ」とフィオが言った。


「こいつはギルだ」と田中が言った。


「私は自分で名乗れる」とギルが言った。「ベルド・ア・ヴァン——」


「長い」とフィオが言った。「()()()()()


「お前まで削るのか!!」


「短い方がいい」


「田中と同じことを言ってるなお前も!!」


 トルネコが小声でギルに耳打ちした。「ギルはん、この方も節約勇者でっせ〜。同族嫌悪ならぬ同族共鳴でっか〜」


「共鳴したくない」とギルが言った。


 フィオが石を一つ選んで、軽く投げた。アルスの腹筋中の腹に当たった。


「(ぴょん)ぐほっ!!(ぴょん)」


「……外れた」とフィオが言った。


「当たってます!!(ぴょん)俺の腹に当たりました!!(ぴょん)」


「狙ったのはそこじゃない」


「どこを狙ってるんですか!!(ぴょん)」「でも鍛えた筋肉のおかげで全然痛くありません!!(ぴょん)」


 フィオはそのツッコミには答えず、また次の石を選んでいた。


 エリュシア内心

(思いっきり、アルスに石が当たってますけど!?)

(でも狙ったところではないそうです......)

(また石を拾う意味がわかりません)

(記録します)


******


 宿を取った後、田中がフィオに声をかけた。


「ダンジョンは明日攻略する。今日は港を見る。一緒に来い」


「……なぜ私に声をかける」


「先行情報を持っている。使える」


「また”使える”か」


「そうだ」


 フィオが少し間を置いた。


「……わかった」


 夕方の港を、二人と一竜で歩いた。グラがフィオの肩に乗ろうとした。フィオが少し驚いた顔をした。


「……乗るのか、私に」


「グゥ」


「なぜ私に」


「グゥ~」


「答えになっていない」


 田中が言った。「こいつの先行投資だ。気にするな」


「翼竜が先行投資をするのか」


「するらしい。こいつは()()


 フィオがグラをそのまま肩に乗せた。グラが「グゥ」と満足そうに鳴いた。


 港の商人が田中を見て少し目を丸くした。「あんた、去年来た節約の——」


「そうだ」


「また来たのか」


「来た」


「うちの干物、また買ってくれるか」


「相場を出せ。値切る」


「……そりゃそうだよな」と商人が笑った。


 フィオが小声で言った。「……この町、お前を知っている」


「聞こえたぞ」


「知っていたのか」


「今知った」


「驚かないのか」


「驚いても何も変わらん」


 フィオが少し間を置いた。


(……そうだ)

(驚いても何も変わらない)

(石はタダだ)

(何があっても、それは変わらない)


「……そうだな」とフィオが静かに言った。


 グラが「グゥ」と鳴いた。


******


 夜、宿の食堂で全員が夕食をとった。


 干物の盛り合わせが出た。ネネが一切れ食べて目を細めた。


「……うまい」


「塩加減だ」と田中が言った。「明日、干し方を確認する」


「食べている最中に仕事の話をするのか」


「飯と仕事は切り離さない。常識だろうが」


「……我は切り離したい」


「食いながら覚えろ。効率だ」


 ネネが干物をもう一切れ食べた。


「……効率が美味しいのは腹立たしいな」


「そうか」


 アルスが腹筋しながら干物を食べようとして、皿が揺れた。


「(ぴょん)すみません!!(ぴょん)」


「座って食え」


「(ぴょん)はい!!」


「跳ねてる」


「体が!!(ぴょん)」


 フィオが無言で石を一つ取り出した。アルスを見た。


「投げるな!!(ぴょん)食ってる最中です!!(ぴょん)」


「狙っていない」


「じゃあそれ()を、しまってください!!(ぴょん)」


 フィオが石を戻した。なぜかその顔は――残念そうだった。


 ギルが干物を一口食べて、少し黙った。


「……シーラの干物は、実家でも食卓に出ていた」


 誰も何も言わなかった。


「没落する前の話だ。気にするな」


「気にしていない」と田中が言った。


「……そうか」


「うまかったろうが」


「……うまかった」


 それだけだった。ギルが干物をもう一切れ取った。


 エリュシアが内心で一行書いた。

(……今日、この町で田中さんの名前が二回、知られていました)

(田中さんは両方、何も言いませんでした)

(でも夕食は干物を三切れ、食べていました)

(記録します)


******


**その頃、魔界では――**


 ゾルグが糸電話を手に取った。


「田中さん!! ゾルグです!!

本日の報告です!!

魔界状況:平常。以上です!!」


 一秒あった。


「二行と言っただろうが。以上オーバー


 ブツッ。


「……実際は、三行でした」とゾルグが静かに言った。


「お前の一行は長いんだろ」とグレインが言った。


「一行を一文で書くと長くなります!!」


「句読点を削れ」


「田中さんみたいなことを言わないでください!!」


「認めてない」


 フィルナが小首をかしげた。「ねえ、句読点って何〜?」


「フィルナは、黙りなさい」とゼフィーラが言った。


「はーい〜」


 魔界は今日もあわただしいが、平和だった。


******


 その頃、神界では――


 ウルダが報告書を受け取った。


「シーラの住民二名が田中剛を認識、感謝の意を表明。田中は無反応。エリュシアが内心で記録」


「……そうですか」


「住民が広めたのは神殿論破の件だそうです。波及が確認されました」


 ウルダが少し間を置いた。


「……神殿論破の件、私が却下印を押した案件です」


「はい」


「……そうですか」


 補佐官が何も言わなかった。


 ウルダが窓の外を見た。長い間、見ていた。


「……見守ります」


「寛大です」


「……今日は、本当に、そう思います」


 補佐官が記録した。「本日:一回。追記:『本当に』なし。笑み:〇・九回分。貧乏ゆすり:なし」


 補佐官が小声で言った。「……貧乏ゆすりがないのは初めてです」


「記録しなくていいです」


「記録します」


 ※おじさん解説!


 桃太郎電鉄(ももたろうでんてつ)というゲームがある。


 ハドソンが1988年にファミコンで発売した鉄道(てつどう)経営(けいえい)ボードゲームだ。サイコロを振って全国の物件を買い、収益(しゅうえき)を増やして、目的地に先に着く。物件には地域の特産品が使われている。


 このゲームの面白さは「いかに効率よく物件を増やすか」だ。いい物件は早く押さえた者勝ちだ。港町の物件は食品系が多い。干物・海産(かいさん)物・(しお)。地味に見えて安定して稼ぐ。


 田中がシーラで干物の干し方を確認して素材を仕入れて売るのと、同じ発想だ。


 地域の特産を活かして稼ぐ。当たり前のようで、意外とできない。桃鉄は四十年近く続いている。今もシリーズが出ている。地域と経済を組み合わせた設計が強い証拠だ。


 常識だろうが。


******


**※神界業務日報 第五十六回**


 本日の特記事項。


 シーラ到着。住民が田中さんの名前を知っていました。二名確認。

 田中さんは特に反応しませんでした。

 私だけが、少し何かを感じました。書けません。


 フィオさんがシーラに先行していました。二日前着だそうです。

 石をアルスさんの腹に投げていました。狙ったところではないそうです。

 記録します。


 夕食:干物三切れ(田中さん)。

 いつもより一切れ多かったです。

 記録します。書く欄:今日は十分ありました。


 以上です。


【現在のステータス】


 勇者 田中剛 LV:2 チート:無効

 魔王 ネネ  LV:3相当 魔力:低下中

 女神 エリュシア 神力出力:制限中(通常の1割以下)


******


**※魔王の家計簿 第五十六回**


 本日の支出。


 宿代:田中が値切った(今回も金額は聞いていない)

 夕食・干物盛り:支払い済み


 住民が田中を知っていた。

 田中は何も言わなかった。

 我には少しわかった。

 感謝を受け取るのが、得意でない顔をしていた。

 千年生きて、初めてそういう人間を見た気がする。

 家計簿に書いてよいかわからないが書いた。


 追記:干物がうまかった。

 実家で食べた味だった。

 記録した。

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