表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第3章:LV1から積み上げたものだけが本物だ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/90

「先行投資だ」

 出発前日。トルネコが地図を広げた。

 販売網の話だった。投資は人だ。 常識だろうが。

 次の目的地への出発は翌朝に決まっていた。


 王道亭の隅のテーブルで、トルネコが地図を広げていた。羊皮紙ようひしに書き込みがびっしり入っている。街道かいどう・港・鉱山・距離・予測所要日数。几帳面きちょうめんな字だった。


「田中さん〜、ちょっとよろしいですか〜」


 田中が地図を一瞥いちべつした。


「言え」


「ベッカー支店が動き出したら〜、次は流通ルートを固めたいんですわ〜。シーラ(港)、ドルガン(鉱山)、それぞれにおろし先を一件ずつ押さえとけば〜、素材が出るたびにルコはんから転送できまっさ〜」


「転送コストは」


「そこなんですわ〜。転送魔法は()()。なんで街道商人に委託(いたく)する方が現実的でっしゃろか〜」


「委託料は」


「交渉次第でっけど〜、五パーセント以下に抑えられると思いますわ〜」


「なら、()()


「毎度おおきに〜!」


 トルネコが地図に丸をつけ始めた。


 エリュシアが内心で整理した。

(ベッカーを中継点にして、各地の素材がルコのところに集まり、委託商人が各街へ届ける)

(田中さんが動かなくても収益が入る構造です)

(……こういう設計を、出発前日の朝に確定させます)

(記録します)


 ギルが向かいのテーブルからその地図を見ていた。


「……待て。その委託先、街道沿いの定期便商人か」


「そうでっせ〜、ギルはん、知ってはりますか〜」


「ベッカーからドルガンの街道は採掘権者(さいくつけんしゃ)の私道を一部通る。許可がないと定期便が止められることがある」


 田中がギルを見た。


「解決できるか」


「……父が採掘組合(さいくつくみあい)に名前を持っていた。書類は残っている」


「持ってこい」


「ドルガンに着いてからでいいか」


「それでいい。使える」


 ギルが少し止まった。

(また「使える」だ)

(一回目より二回目の方が、なぜか重く聞こえた)


 トルネコがにやっとした。「ギルはん、田中さんに気に入られてまっせ〜」


「……気に入られているのか、これは」


「田中さんが人を褒めるのは『使える』だけでっさかい〜。最高評価でっせ〜」


「それが最高評価なのか」


「そうでっせ〜」


 ギルが田中の背中を見た。


(……「本物だ」と言っていた)

(「使える」と言う)

(この男の語彙ごいは少ない)

(なのに全部残る)

挿絵(By みてみん)


******



 昼前、ルコが帳面ちょうめんを持って田中の前に来た。


「……あの、支店の仕入れ先を三件、自分で当たってみました」


「見せろ」


 田中が受け取った。三件の名前と、それぞれの取引条件・掛け率・支払いサイクルが書いてある。比較欄がついていた。


「……お前、これ自分で書いたか」


「はい」


「誰かに教わったか」


「田中さんに教わった書き方です」


 田中が三秒だけ帳面を見た。それから返した。


「一件目を使え。掛け率が低い」


「わかりました」


 それだけだった。ルコが帳面を抱えて厨房に戻った。


 トルネコが横でにやっとした。「ルコはん、ほんまに伸びてますな〜」


「投資は人だ」と田中が言った。「ルコに任せろ」


 エリュシアが内心で一行書いた。

(……三秒でした)

(また、見たことのない顔でした)

(書く欄:今日も少しだけありました)


 ギルが腕を組んで言った。「……あの子、貴族の帳面管理と同じ形式で書いているな」


「教わったからだ」と田中が言った。


「誰に」


「俺に」


 ギルが少し黙った。


(……田中が教えた)

(没落前、父の家令も同じような帳面を使っていた)

(当たり前だと思っていた)

(当たり前じゃなかったのか)


******


 昼食の後、アルスが中庭で日課の腹筋を始めた。


「師匠!! 本日の腹筋、六千回です!! あと四千回で完了です!!」


「よくやった。続けろ」


 田中が筋トレを横目に、荷物の最終確認を始めた。アルスがぴょんぴょん跳ねながら腹筋を続けている。


 ギルがその横を通りかかった。足が止まった。


「お前……何をやっているんだ」


「腹筋です!!(ぴょん)ギルさんも一緒にどうですか!!(ぴょん)」


「遠慮する」


「師匠から命じられました!!(ぴょん)」


「私は命じられていない」


 田中が通りがかりに言った。「ギル、腹筋千回だ」


「……なぜ私まで」


「体が資本だ。論外(アウト)を減らせ。常識だろうが」


 ギルが少し間を置いた。


(資本、という言葉を使った)

(貴族の論理で言えば「身体(しんたい)最低資本(さいていしほん)」だ)

(……正しい)


「……わかった」


 ギルがアルスの隣に座った。腹筋を始めた。


「ギルさん!!(ぴょん)一緒にやりましょう!!(ぴょん)」


「跳ねながらやるな。効率が落ちる」


「師匠と同じことを……!!(ぴょん)」


「跳ねてる」


「体が覚えてしまっています!!(ぴょん)」


 エリュシアがその様子を眺めていた。


(……アルスさんが跳ねています)

(ギルさんも腹筋しています)

(田中さんの一言で動きました)

(……私にも、いつか腹筋を命令されるのでしょうか)


 一秒止まった。


(……されたく、ない)

(……でも)

(…………)

(書けません)


「エリュシア、また顔が赤いぞ」とネネが言った。


「なんでもありません!!」


「そうか」(......こやつ、”本物”の()()だからな――うむ。まあ黙って居よう)


 ネネが縁側からアルスを眺めた。腹筋しながらぴょんぴょん跳ねている。


「しかし……あれは本当にキモいな」


「キモいです」とエリュシアが即答した。


「珍しく早かったな」


「今回ばかりは迷いませんでした」


 ギルが腹筋しながら横目でアルスを見た。


「……お前、なぜ跳ねている」


「体が!!(ぴょん)覚えてしまいました!!(ぴょん)師匠が移動中もやれとおっしゃったので!!(ぴょん)」


「……なぜ従っている」


「師匠だからです!!(ぴょん)」


「それが理由か」


「それだけで十分です!!(ぴょん)」


 ギルが少し止まった。腹筋の手を止めた。


(「それだけで十分」)

(この集団、全員そう言う)

(なぜ私まで腹筋しているんだ)

(……でも)

(「体が資本だ」は正しかった)


「……続けるか」


「ギルさん!!(ぴょん)いい目をしています!!(ぴょん)」


「褒めるな。キモい」


「キモいです」とエリュシアが再び即答した。


「またキモいと言った」とネネが言った。


「キモいものはキモいです!!」


「でも止めに行かない」


「……行きません」


 グラが縁側で「グゥ」と鳴いた。同意しているように聞こえた。


 トルネコが帳面から顔を上げた。「……田中さん、腹筋代は経費になりまっか〜」


「ならん」


「でも体が資本なら〜、健康管理費として計上できひんですかね〜」


「自分でやれ」


「せやったら私も腹筋しますわ〜」


「するな。荷物番だ」


「……よかったですわ〜」


――この世界に、()()()()()が登場するのは、もう少し先の話になる。


******


 夕方、田中が出発前の最終確認をした。


「明日の朝、ここを出る。ドルガンまで二日だ。街道沿いの安宿を使う。ルコ」


「はい」


「支店は任せた。わからんことはトルネコに聞け」


「わかりました」


「帳面は毎日つけろ。見るのは戻ってからだ」


「……はい」


 ルコが少し間を置いた。「……田中さん」


「何だ」


「お気をつけて、無事、お戻りください」


 田中は特に何も返さなかった。荷物を肩にかけて、明日の段取りを確認し始めた。


 それが答えだった。ルコにはわかった。


 トルネコがルコの横に来て、小声で言った。「あれが田中さんの『わかった』でっせ〜」


「……荷物をかけ直しただけじゃないですか」


「そうでっせ〜。それが田中さんの返事でっさかい〜」


 ルコが少し間を置いて、前を向いた。


 エリュシアが内心で一行だけ書いた。

(……荷物を少し丁寧にかけ直していました)

(相変わらず、不器用な方)

(記録します。書く欄:今日は十分ありました)



******



 その頃、魔界では――


 ゾルグが机の前に座って、表紙を書き直した手帳を開いた。


「魔界管理日誌……第一回」


 ペンを走らせた。三行で書いた。三行きっかりで書いた。


 それから糸電話を手に取った。震える手で糸を張った。


「……田中さん。ゾルグです。本日より魔界管理日誌を開始します。魔界状況:平常。以上です!!」


 一秒の間があった。


削れ(コストカット)以上オーバー


 ブツッ。


 一秒だった。


 ゾルグが糸電話を静かに置いた。


「……返答が()()()でした」


 グレインが壁から言った。「お前の報告も削れということだろう」


「三行でしたのに!!」


「三文字で返せる三行だったということだ」


 ゾルグが手帳を見た。「魔界管理日誌 第一回」と書いてある。


「……次は二行にします」


「認めてないが、正解だと思う」


「認めてますよねぇ~」と遠くでフィルナが言った。


「認めてない」


 フィルナが小首をかしげた。「ねえゾルグさん〜、三行って何行?」


「三行は三行です!!」


「じゃあ二行って何行?」


「二行です!!」


「じゃあ田中さんは何行?」


「……三文字でした」


「それって何行?」


 ゾルグが止まった。


「……一行、以下です」


「短い。すごいね〜!!」


「すごくないです!!」


 ゼフィーラが書類から顔を上げた。「全員、静かにしなさい。業務中だ」


 三人が黙った。


 五秒後、フィルナが「ねえゼフィーラ〜、業務って何行?」と言った。


「黙りなさい」


「はーい〜」


魔王城は平和じゃないのに、今日も平和でした。


******



 その頃、神界では――


 ウルダが報告書を受け取った。


「田中商会ベッカー支店、流通ルート確定。委託先交渉:トルネコ担当。ギルの採掘権書類活用予定。ルコが自主的に仕入れ先三件を比較検討して提案。田中が一件を採用」


「……そうですか」


「ルコが自主的に動いた点について特記がありました」


「何と」


「田中さんが『投資は人だ』と言ったそうです」


 ウルダが少し間を置いた。


「……また言いましたか」


「はい。記録上、今日で七回目です」


「七回」


「はい」


「……七回同じことを言うということは」


「信念、かと」


 ウルダが穏やかな顔で窓の外を見た。


「……見守ります」


「寛大です」


 補佐官が記録した。「本日:一回。却下印:一枚消費。残り:九十四枚。笑み:〇・六回分」


 補佐官が少し間を置いた。「……ウルダ様、笑みの計測を始めてから何回目ですか」


「数えていません」


「数えましょうか」


「……数えなくていいです」


「なぜですか」


 ウルダが少し止まった。


「……数えると、楽しみにしている気がします」


「楽しみにしていいのでは」


「神は寛大に、見守るものです。楽しみにはしません」


「……足の貧乏ゆすり、今日三回目です」


「記録しなくていいです」


「記録します。」


※おじさん解説!


 信長の野望というゲームがある。


 1983年、光栄(現コーエーテクモ)が発売した歴史戦略(せんりゃく)ゲームだ。武将を登用して、城を攻めて、天下を取る。当時のパソコンゲームだ。


 このゲームの核心は「人材だ」。武将には数字がある。知力・武力・政治。この数字が高い武将を登用できるかどうかで、ゲームの勝敗が決まる。強い城より強い人間の方が大事だ。


 田中が「投資は人だ」と言うのと、同じ話だ。


 昭和の現場でも同じだった。設備より人間だ。マニュアルより習慣だ。金をかけた設備は壊れる。でも人間が体で覚えたものは壊れない。


 ルコが自分で帳面を比較して提案してきた。それは田中が教えた形だ。教えたものが戻ってきた。これが先行投資の回収だ。


 信長の野望は今もシリーズが続いている。四十年以上だ。人を大事にするゲームは長続きする。常識だろうが。



******



※神界業務日報 第五十五回


 本日の特記事項。


 田中商会ベッカー支店、流通網確定。

 ルコさんが自主的に仕入れ先三件を比較検討しました。記録します。

 田中さんが「投資は人だ」と言いました。七回目です。記録します。


 ギルさんが腹筋に巻き込まれました。

 「体が資本だ」という理由でした。

 論理は通っています。通ってしまっています。


 腹筋しながら跳ねている光景を「キモい」と申し上げました。

 二回申し上げました。

 迷いはありませんでした。

 記録します。


 田中さんが荷物を少し丁寧にかけ直していました。

 記録します。書く欄:今日は十分ありました。


 以上です。


【現在のステータス】

勇者 田中剛 LV:2 チート:無効

魔王 ネネ  LV:3相当 魔力:低下中

女神 エリュシア 神力出力:制限中(通常の1割以下)



******



※魔王の家計簿 第五十五回


 本日の支出。


 王道亭宿代:田中が交渉済み(今回も金額は聞いていない)

 昼食・夕食:支払い済み


 田中が「投資は人だ」と言った。

 ルコが自分で動いていた。

 田中がそれを三秒で評価した。


 我も千年、臣下を持ってきた。

 三秒で評価したことがあったか。

 ……あまり、なかった気がする。

 次からある。

 家計簿に書いた。


 追記:腹筋で跳ねているのはキモい。

 エリュシアも言っていた。

 珍しく意見が合った。


【現在のステータス】

勇者 田中剛 LV:2 チート:無効

魔王 ネネ  LV:3相当 魔力:低下中

女神 エリュシア 神力出力:制限中(通常の1割以下)



******



※ゾルグ魔界管理日誌 第一回


 魔界管理日誌を開始する。奪還日誌から改名した。


 田中さんへ糸電話にて報告した。

 返答:「削れ。以上」(一秒)


 三行で報告したが、三文字で返ってきた。

 次は二行にする。


 魔界状況:平常。

 ネネ様:ご不在継続中。

 四天王:各自業務中。


 以上。


 追記:フィルナが「二行って何行」と聞いてきた。

 二行だ。

 「じゃあ田中さんは何行」とも聞いてきた。

 一行以下だ。

 「すごいね」と言っていた。

 すごくない。いや、すごい。悔しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでいただきありがとうございます。感想・評価・レビューお願いします!励みになります
少しでも気になっていただけたら、作品ページものぞいていただけると嬉しいです。

小説家になろう 勝手にランキング
ギルド酒場るすと公式サイト

異世界ゲームバー転生おじさん(42)
影森ゆらは今日も死ぬ
異世界Any%
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ