「経験値単価を計算しろ」
初ダンジョンに行くことになった。
経験値の単価を計算した――スライムが最安値だった。
常識だろうが。
王都近郊のダンジョンは、冒険者ギルドの掲示板では「初級」と分類されていた。
田中が朝から帳面を広げていた。
「まず、スライムの経験値単価を計算する」
「……単価、ですか?」とエリュシアが言った。
「LV1から最短で上がるルートを割り出す。無駄なく上げる」
「無駄なく……」
「感情で選ぶな。数字で選べ。常識だろうが」
エリュシアが内心で整理した。
(経験値を単価で計算する勇者を、神界設立以来一人も見たことがありません)
(でも反論の余地がありません)
(それが一番困ります)
ネネが横から帳面を覗いた。「スライムが一番効率がいいのか」
「移動コストと討伐コストと回収素材を全部込みで計算したらそうなった」
「……回収素材まで入れるのか」
「当然だろうが」
ネネが自分の家計簿に何かを書き込んだ。
「我は今、LVがいくつだ」
「3相当だ」
「スライムから経験値が入るのか」
「入る」
ネネが少し止まった。
(う.....LV3の魔王が)
(スライムから経験値をもらっているなどと......)
(誰にも言えん、特にフィルナには)
「……行くか」と言った。
******
ダンジョンの入口は王都の外れにある。石造りの門に苔が生えていて、奥から冷たい空気が流れてくる。初級とはいえ、朝一番に来ている冒険者は少なかった。
アルスが背筋を伸ばして立っていた。
「師匠!! 準備完了です!!」
「腹筋は」
「今日は入口に来る前に一万回終わらせました!!」
「よくやった」
アルスのLVは10。現状このパーティで唯一まともな戦力だ。田中が続けた。
「アルス、一つ言っておく」
「はい!!」
「全部倒すな」
「……え」
「俺の経験値を残せ。もったいない」
アルスが固まった。
「……師匠の分を……残す」
「そうだ。効率的に回せ。お前が全滅させたら俺の単価が落ちる」
「そ、そういう……考え方があるんですね」
「当然だ。常識だろうが」
エリュシアが内心で一行だけ書いた。
(とても師弟の会話とは思えませんが、論理は通っています)
ショウが荷物を背負いながら言った。
「経験値を単価で計算しはるて、田中さんくらいしか言わへんですわ〜、ほんまに」
「トルネコ、お前は入口で待て。荷物番だ」
「わかりました〜。素材の仕分けは任せとくれやす」
******
中に入って三分で、最初のスライムが現れた。
青い半透明の塊が、通路の端でゆっくり動いている。脅威度としては最底辺だ。どう見ても弱い。
アルスが剣を構えた。
「師匠! やります!!」
「待て」
田中が腕を組んで、スライムを三秒見た。
「動きのパターンを見ろ。どこが核だ」
「あ……中心のちょっと左に固い部分があります」
「そこだけ狙え。無駄に振るな」
「わかりました!!」
アルスが最小の動作で核を一撃した。スライムは倒された。
田中のステータスに、小さな数字が加算される。
「我にも……入った」とネネが言った。
(LV3の魔王にも、入った)
(スライムから)
(本当に誰にも言えんぞこれ......)
「次だ」と田中が言った。
******
五体目。アルスが少し動きを楽しみ始めたのを田中が察した。
「おいアルス」
「はい!!」
「今の一体、無駄に二回振ったな」
「す、すみません! つい!!」
「一回で足りる相手に二回は無駄だ。経験値は入っても動作効率が落ちる」
「……はい」
「叩き込みの型の話だ。数じゃなく精度で積め」
アルスが少し背筋を正した。
「……わかりました。一撃で」
「そうだ」
十体目になると、アルスの無駄が消えていた。動きが短くなっていた。田中は何も言わなかった。それが答えだった。
エリュシアが内心だけで言った。
(教えながら、削っています)
(戦い方も、無駄から削っています)
(この方は、いつもそうです)
ネネが小さく言った。「……アルスが変わっていくな」
「今気づいたのか」と田中。
「……少し前から気づいていた。言わなかっただけだ」
「そうか」
それだけだった。
******
中層に差し掛かったところで、スライムが三体同時に出た。
アルスが一体目を仕留めた瞬間、残り二体が田中に向かった。
田中が右のスライムを素手で叩いた。霧散した。
左のスライムに向き直ったとき、ネネの小さな魔法が先に当たり、スライムが倒された。
すぐさま、田中がネネの額に、デコピンを一発入れた。
「あいたっ」
「俺の経験値だ」
「……我の方が速かった。仕方ないだろう」
「次は残せ」
「……考える」
横で見ていたエリュシアの内心。
(デコピンされています)
(魔王が)(あいたって...)(魔王が...ぷぷ)
(スライムに先手を取られた魔王が、デコピンされています、うふふ)
(だめです、ツボに入ってしまいました)(魔王が、デコピンって)
(書く欄:ありません)
ネネが何事もなかった顔で家計簿を開いた。
「スライム一体……先取り……デコピン一発……経費:0G……」
******
出口に戻ったとき、田中のLVは上がっていた。
「……1から2だ」と田中が言った。それだけだった。
アルスが「師匠!!」と言いかけて、田中の顔を見た。特別な表情はなかった。次の計算をしている顔だった。
「素材を回収する。トルネコを呼べ」
全員が動き出した。
ショウが入口で待っていた。「どないでしたか〜」
「単価通りだった」と田中が言った。「明日も来る」
「おおきに〜。素材の買取先、今日中にぐるっと当たっときまっさ」
「頼む」
ネネが帳面を閉じた。家計簿の最後のページに、小さく一行だけ書いてあった。
「スライムより、デコピンしてくる田中の方が怖い。記録した」
その帳面は誰にも見せなかった。
******
**その頃、神界では――**
ウルダが書類を眺めていた。
「田中剛、LV2になりました」と補佐官が言った。
「……そうですか」
「スライムから積み上げています。初級ダンジョン。経験値の単価計算もやってるようです」
「……単価計算ですか」
「はい。倒す順番・数・魔力コストを全部計算した上で動いています」
ウルダが少し間を置いた。顔に手を当てて考えるようなそぶりをする。
「……寛大に、見守ります」
「寛大ですね、主神」
「……本当に」
補佐官が記録した。「本日:一回。『本当に』あり。却下印:三枚消費(エリュシア規定外業務分)。残り:九十七枚」
ウルダが窓の外を見た。
「……百枚で足りますか」
「……追加を刷っておきます」
「そうしなさい」
**※おじさん解説!**
昔のRPGは経験値の稼ぎ方で攻略が全然変わった。
雑魚敵でも、倒す数・場所・パーティ構成で効率が三倍も四倍も違う。魔法を使い過ぎると回復コストがかさむ。物理で押せるなら押した方がいい。道中で素材が取れる敵を優先するのは当然の判断だ。
スライムは弱い。経験値も少ない。でも移動コストが低くて素材が安定して取れて、回復コストがほぼゼロだ。コスパは悪くない。
序盤に一番大事なのは派手な戦果じゃなく継続できるかどうかだ。
LV1からLV2。小さく見える。でも積み上げないと積み上がらない。常識だろうが。
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**※神界業務日報 第五十二回**
本日の特記事項。
田中さんがスライムを「経験値単価」で選定しました。
アルスさんの剣の無駄が、一日で三割減りました。記録します。
ネネさんが経験値を一体横取りしたので、田中さんがデコピンしました。
ネネさんが「考える」と言いました。記録します。
LV:2になりました。
積み上がっています。
以上です。
【現在のステータス】
勇者 田中剛 LV:2 チート:無効
魔王 ネネ LV:3相当 魔力:低下中
女神 エリュシア 神力出力:制限中(通常の1割以下)
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**※魔王の家計簿 第五十二回**
本日の支出。
宿代:田中が値切った金額(聞いていない)
ダンジョン入場:無料
素材売却益:プラス
スライム一体、横取りしてしまった。田中にデコピンされた。わざとじゃないのに。
次は残す。たぶん。
【現在のステータス】
勇者 田中剛 LV:2 チート:無効
魔王 ネネ LV:3相当 魔力:低下中
女神 エリュシア 神力出力:制限中(通常の1割以下)
******
**※アルス修行日誌 第十七回**
本日の内容:師匠の経験値上げ。初ダンジョン同行。
師匠がスライムの倒し方に口を出しました。理由:経験値の節約だそうです。
「一回で足りる相手に二回は無駄だ」と言われました。確かに二回振っていました。
次から一撃にします。一撃にすると師匠が何も言いませんでした。それが答えだと思いました。
師匠のLVが上がりました。師匠は特に何も言いませんでした。次の計算をしていました。
明日も来るそうです。僕は、筋トレを終わらせてから合流します。




