「LV1からだ、常識だろうが」
LVを確認した。
1だった。
常識だろうが。
翌朝、王都の宿の一階。
田中は走り込みを終えて戻った。テーブルにA級昇格の認定証が置いてある。昨日ヨシコさんから受け取ったやつだ。
そしておもむろに、ステータスを確認した。
『LV:1』
攻撃力:チート無効につき測定不可。
スキル:叩き込みの型・昭和製造法他。
「......LV1は、常識だろうが」
誰も聞いていないが言った。
エリュシアが向かいの椅子にいた。神界業務日報の紙を広げていたが、何も書いていなかった。
「……おはようございます」
「現状報告をしろ」
「私の神力出力、1割以下です。魔法の行使は最小限に制限されています」
「わかった。何話分だ」
「……何、話、分、ですか??」
「制限の期限だ」
「……田中さん。話というのは単位ではありません」
「そうか。期限の通知は」
「……神界からはありません」
「わかった。使えるもので動く。以上だ」
エリュシアが内心だけで言った。
(……何話分という概念を普通に使う人間を、初めて見ました)
(怒らないのですか)
(怒らない方が……なぜか、困ります)
(何も書けません)
******
ネネが朝食のパンをかじりながら来た。
「ふわぁぁ、我も……力が薄い。全部弱い気がする」
「具体的に何が落ちてる」
「展開魔法。全体的に重い。あと——威圧も出しにくい」
田中が一秒止まった。
「威圧はいらん。無駄だ」
「……今、なくなってる方の話をしている」
「そうか。ちょうどいい」
ネネが少し固まった。
(……削られた)
(なくなっていると言ったら「ちょうどいい」と言われた)
(言い返すか)
(……どうにもならないな)
(言っても無駄だし、我は言わないぞ!)
エリュシアが内心で整理した。
(魔王の威圧能力が「いらん、無駄だ」と一言処理されました)
(「ちょうどいい」と言いました)
(記録欄に書ける気がしません)
そこにアルスが二階から腹筋ジャンプをしながらピョンピョンと降りてきた。気持ち悪い動作だ。
階段・廊下に腹筋の跡がある。
「おはようございます師匠!! これにて本日の腹筋、一万回達成しました!!」
「よくやった」
(エリュシア:毎朝、めちゃくちゃ気持ちわるいんですけどぉ~!!でも、何も言えない...)
アルスがステータスオープンをした。LV:10。と表記されている。
「ふむ。唯一まともな戦力だな」と田中が言った。
「……え、あの、私だけですか」
「そうだ」
アルスが周囲を見た。エリュシアが静かに目を逸らした。ネネがパンをかじった。
「……そう……ですか」
少し間があった。アルスが背筋を伸ばした。
「……全力で、やります」
「当然だ。腹筋一万二千回、スクワット一万五千回、背筋二万回は最低だ」
「はい!!」
「限界を超えてからが勝負だ」
「はい!師匠!!」
「また、増えておるのか……」とネネが言った。
(エリ:ここって筋トレジムとそのトレーナーの集まりでしたっけ...?なんかわからなくなってまいります......)
******
出発前、田中が作業台の前に座った。道具箱から細い糸を出して、木の筒を二つ削り始めた。
先ほど到着した、ショウ(トルネコ)が横からその作業を見守る。
「なんでっか、それ――?」
「通信機だ」
「ええっ……糸と木ですよね」
「そうだ」
糸電話の原理。糸を通じて振動が伝わる。そこに少量の魔力を乗せれば、届く距離が伸びる。
「魔力を乗せたら、糸なくても届きますよね」とエリュシアが言った。
ポカン! 田中がエリュシアの頭を叩く。
「魔力は消耗品だろうが」
「……ああ――、すいません」
「糸は消耗が少ない。安い。以上だ」
エリュシアが内心で整理した。
(糸に魔力を乗せる=魔力を水路に変換する)
(魔力そのものを飛ばすより効率が上がる)
(……なぜ46年間、神界がこれを思いつかなかったのですか)
(書けません)
(あとなんで頭叩かれたんでしょうか)
(うれし...いや、そんなわけはありません)
その後、二十分で「魔力糸電話二台」が仕上がった。
シンプルな意匠の木の筒に糸。手のひらに収まるサイズ。一台をショウに渡した。
「ゾルグに持っていけ。使い方は話す」
「わかりました~」
ショウが魔導経路で魔界に転送した。一分後、通信が繋がった。
「もしもし?田中さん!? こちらゾルグです!! 届いております!! これは一体!?」
「三行にしろ」
「受信:確認。
感激:最大。
報告:現在魔界は平常運転。
田中軍の動向を全員で祈っており——」
「三行じゃないぞ、削れ」
「申し訳ありません!!」
田中が一言だけ言った。
「経費削減で上げる。文句があるか」
「ありません!! 全力で応援します!!」
「いらん。以上だ」
糸電話が切れた。正確には田中が糸を緩めた。一秒だった。
ショウが苦笑いした。「……ゾルグさん、泣きそうでんがな」
「知らん、泣かせとけ」
ネネが小さく言った。「……なぜかわかる」
******
田中は道具箱を閉めて立ち上がった。認定証を革袋に入れた。
なぜか、表には向けなかった。
「行くぞ」
誰も聞き返さなかった。全員が動き始めた。
LV1。チート無効。神力制限中。魔力低下中。腹筋一万二千回継続中。糸電話一台。
エリュシアが内心で一行だけ書いた。
(全部、以上です)
「常識だろうが」
田中が扉を開けた。
******
**その頃、神界では――**
ウルダが書類の束を見ていた。穏やかな顔だった。
補佐官が入ってきた。「エリュシア担当の規定外業務、集計が出ました。七十二件です」
「……そうですか」
「全件、却下印は押してあります。ただし実行済みのため記録上は全件反映されておりません」
「……わかりました。寛大に、見守ります」
「寛大です」
ウルダが一枚取り出した。却下欄の横に、エリュシアの文字で『必要と判断したため』と書いてある。七十二枚全部、同じ文字だった。
「……笑っていましたね、あのとき」と穏やかに言った。
「はい。記録にもございます。業務中に笑う:初記録です」
「記録しておきなさい。笑う女神は珍しいです」
補佐官が帳面に書いた。
ウルダが続けた。「さて。彼らの冒険が始まります。エリュシアの行動は今後も規定外の結果が続くでしょう。却下印の準備は何枚必要か……」
少し考えた。
「……百枚から始めなさい。足りなくなってから言いなさい」
補佐官が百枚の却下印を机の上に積んだ。
ウルダが窓の外を見た。
「LV1からですか。勇者も女神も、同じところから」
「はい。エリュシアも同等のLV相当です」
「……それは」とウルダがゆっくり言った。「面白いです。見守ります、寛大に。」
補佐官が小さく記録した。「寛大:2回。足の貧乏ゆすり:あり。笑み:0.5回分」
******
その頃、魔界では――
フィルナが魔道糸電話を持って走ってきた。
「ゼフィーラ〜!! なんで私たちついていけないの〜?!」
ゼフィーラが書類から顔を上げた。
「……田中に聞きなさい」
「聞いたよ〜!!」
「何と言っていた」
「『お前ら全員来たら食費が四人分増える。論外だ』って言ってた〜!!」
グレインが壁にもたれたまま腕を組んだ。
「……認めてないが、正論だった」
「認めてるじゃないですか!!」とフィルナが言った。
「なるほどな」
ゾルグが机の端で静かに泣いていた。
「ゾルグさん……」
「ううう……食費、です……食費で……弾かれました……」
「泣くな」とゼフィーラが言った。「私たちも同じだ」
糸電話が一瞬だけ震えた。
全員が一斉に見た。
田中の声が一秒だけ流れた。
「お前ら、魔界を管理しろ。以上」
ブツッ。
四人が沈黙した。
フィルナが小さく言った。「……いってらっしゃいだね〜」
誰も返事をしなかった。
でも誰も否定しなかった。
**※おじさん解説!**
糸電話とは何か。
原理はシンプルだ。紙コップか木の筒を糸で繋ぐ。声が振動になって糸を伝わる。受話器が増幅する。1667年にロバート・フックという人間が発見した原理だ。昭和の子供は全員やった。学研の付録にも入っていた。
問題は距離だ。糸が緩むと振動が伝わらない。張っていないと使えない。壁を越えられない。だから誰も通信機として真剣に使わなかった。玩具で終わった。
ただし。糸を魔力の水路にするという発想を一つ加えると話が変わる。魔力そのものを飛ばすより効率が上がる。消耗しない素材に乗せる。コストはほぼゼロだ。
昭和の子供が遊びでやっていたものが、異世界の通信インフラになった。
シンプルが一番無駄がない。常識だろうが。
******
※神界業務日報 第五十一回
【現在のステータス】
勇者 田中剛 LV:1 チート:無効 A級昇格:済
魔王 ネネ LV:3相当 魔力:低下中
女神 エリュシア 神力出力:制限中(通常の1割以下)
記録します。全員、以上です。
本日の特記事項。
「何話分ですか」という単位で聞かれました。
「話は単位ではありません」と申し上げました。
「そうか」と言われました。
※魔王の家計簿 第五十一回
本日の支出。
宿代:不明(田中が値切った後の金額を聞いていない)
糸電話製造費:糸・木の筒のみ。ほぼゼロ。
田中が「経費削減で上げる」と言った。LV1からだそうだ。
我も今日はLV3相当だった。同じようなものだと思った。言わなかった。




