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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第2章:仲間が増えるたびに、なぜか黒字になった

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「カーヴェが来た」

 朝の王都宿の一室は、ぎゅうぎゅう詰めに人数が多すぎた。


 田中がテーブルで書類(※前話参照)を広げ、エリュシアが隣で補足を入れている。

 ゼフィーラが書類の発信元を一枚ずつ確認し、グレインは壁際で腕を組んで読んでいた。

 フィルナはお茶を全員分配り終えてにこにこしており、

 ゾルグは昨日の号泣の目元が少し残ったまま直立していた。ネネはグラを膝に乗せて書類を覗き込み、アルスが部屋の隅で腕立てをしながら、その話を聞いていた。


「アルス。いい加減腕立てをやめろ」と田中が言った。


「はいっ!! でも体が——!!」


()()


「はいっ!!」


 アルスが座った。――が、三秒後に自分でも気づかないまま、また腕立ての姿勢に戻った。


 エリュシアが内心だけで言った。

(……習慣です。田中さんも気づいています。でも二回目は言いません。そういう方です)


 ゼフィーラが書類に目を落としたまま言った。

「この迂回決裁(うかいけっさい)の経路、一段階まだ追えていない部分がある」


原本(げんぽん)が必要だな」と田中が言った。

「原本を持っているやつが来るまで待て」


 エリュシアが田中を見た。


「……来ると、わかっているんですか」


「必ず、来る」と田中が言った。それだけ言って書類に目を戻した。


 それから十分ほどで、扉がノックされた。


* * *


挿絵(By みてみん)


 カーヴェが入ってきた。


 白衣のクールビューティー女神。


 腕に分厚(ぶあつ)い書類ファイルを二冊抱えており、部屋の中を一瞬で把握する鋭い目をしていた。


「野球盤の件、問い合わせが三十二件になってたわよ。増えてる」


「把握しているか」とエリュシアに田中が視線だけ向けた。


「……把握しています」


「それ、()()()()()()()ね」とカーヴェが言った。


「把握した上で優先順位を——」


「三十二件、全部後回しにしてる顔だわ」


 エリュシアが口を閉じた。カーヴェが口の端を少し上げた。


「ということで、その間にこっちをやってきたわ」


 書類ファイルを机の中央に置いた。どさり、と音がした。


「ずっと別口(べつくち)で追っていた分よ。神界が並行世界への介入に使っていた決裁経路(けっさいけいろ)の原本と、削除される前の記録の複写。それと——」


 もう一冊を重ねた。


昭和製造法レガシー・プロダクションの技術記録への神界側のアクセスログ。あなたの仕組(しく)みを、上が観測していた証拠よ」


 部屋が静かになった。


カーヴェは、「私もそろそろ決まり以外の事をやってみようかと思って」と続けた。その言い方はさらりとしていて、とても軽かった。


 エリュシアが書類ファイルの表紙を見たまま、動かなかった。


(……PCエンジンちゃん(カーヴェ)


 声には出なかった。出なかったが、(むね)の奥で何かが少し動いた。温かいものと、一トーン低くなる何かが、同時にあった。


「カーヴェ」とエリュシアが言った。声が、いつもより微妙に低かった。


「なに」


「……なぜ一人でやっていたんですか。相談すればよかったのに」


「あなた、連絡できる状況じゃなかったでしょ。書類を隠した後で」


「それは——」


「それだけよ。私は私で、できることをした。それだけ」


 エリュシアが少し間を置いた。


(……できることをする。あなたがよく使う言葉ね)

(田中さんも似たようなことを言います)

(なぜ似てくるんですか)

(声には出しません)


 田中がすでに書類ファイルを開いていた。ゼフィーラが横から覗き込んで、カーヴェが続きを説明し始める。グレインが書類を一枚取って黙って読んだ。


「……なるほどね」と、グレインが言った。


 アルスが即座に口を開いた。「——なるほどって、また言った」


「うるさい!!」


「でも今——」


「うるさい。筋が通ってるのを確認しただけだ」


「それを——」


「腕立て千回してから話しかけてこい」


 グレインがアルスを一睨みすると、アルスが黙り、腕立て姿勢に戻った。


* * *


 昼過ぎ、宿の入り口の方から足音がした。


 フィオだった。


 切りっぱなしのポニーテールに、石の袋を肩にかけている。部屋に入ってきて、机の上の書類の山を見て、それから田中に向き直った。


「……増えたな、だいぶ」


「書類か、人数か」と田中が言った。


「両方だ」


「正解だ。座れ」


 フィオが座った。カーヴェが書類の概要を手短に話す。フィオが黙って聞いていた。


 話が「並行世界への介入記録」まで進んだとき、フィオの手が石の袋の上で止まった。


「……これは」


「お前が送り込まれた記録も入っているか」とカーヴェが確認するように言った。


「ある。書類として存在する」


 フィオが少しの間、動かなかった。


「……知っていたか」と田中が言った。


「一部は。命令として節約を課されていると聞いていた」


「書類として見たのは初めてか」


「……初めてだ」


 フィオが書類の一ページを手に取った。自分の名前と、「他世界勇者素材・節約特化型・投入承認」という文字列が並んでいる決裁欄(けっさいらん)を見た。


 田中は、何も言わなかった。


 フィオが書類を置いた。石を一つ、袋から出して手の中で転がした。重さを確かめるように。


「……神界に怒りを覚えるか?」とネネが言った。


「怒っていない」


「そうか」


「石はタダだ。書類があろうがなかろうが、何も変わらん」


 田中が前を向いた。


「変わらんなら続けるだけだ。使えるものが揃った。それだけだろうが」


 フィオが石を握ったまま、少しだけ田中を見た。


「……そうだ」


 短く言って、前を向いた。


* * *


 アルスは、フィオに気づいたのが少し遅かった。

 なぜなら、腕立てに集中していたからだ。汗だくの顔を上げたとき、フィオが机に向かって座っているのが見えた。


「(ぜぇぜぇ)フィオさん!! お戻りですか!!」


「……ああ」


「(ぜぇ)改めて、同門ですね!!」 スクワットを始める。


「違う、と何度言えばわかる」


「(ふっ、ふっ)でも師匠が——」 スクワットでだいぶ足がぷるぷるしている。


「お前に師匠と呼ぶ権利はない。俺には師匠はいない」


「(ふっ、ぜぇ、ふっ)でも同じ場所に集まった仲間——!!」 ――限界を迎えた筋トレで、アルスは崩れ落ちた。


「仲間は仲間だ。同門じゃない」


 田中が疲れ切ったアルスに、振り向かずに言った。「アルス。腕立て追加千回だ」


「はいっ!!師匠!!」


 フィオが石を袋に戻した。


「俺も腕立てをすればいいのか?」


「違う。お前はずっと石投げとけ」


「……わかった」というと、フィオは石袋を持って外に飛び出していった。

 ――窓の割れるガシャーンという音が、聞こえたような、聞こえてないような気がしたが、田中たちは無視した。


 エリュシアが内心だけで呟いた。

(アルスとフィオさんが並んでいます)

(理由は違いますが同じ()()()()訓練になっています)

(なぜこうなるのでしょう)(田中さんが引力なのかもしれません)(声には出しません)


 ゾルグが端から様子を見て、目元が少し潤んだ。


「……皆さんが、うっ、集まって......」


「泣くなみっともない。男だろ」と田中が言った。


「申し訳ございません!!」


「泣くなら後でやれ。今は書類を読め」


「はっ!!」


 フィルナが全員を見回して、にこにこした。


「みんないるねぇ~!! 仲良しさんでよかったぁ~!!」


 誰も返事をしなかった。でも誰も嫌な顔をしなかった。


 グラが「グゥ」と一声鳴いて、ネネの膝からカーヴェの腕に飛び移った。カーヴェが驚いて一歩引いた。


「……これ、なに」


「グラだ」と田中が言った。「資産だ」


翼竜(ワイバーン)の幼体……経費は」


「餌代ほぼゼロだ」


「なるほど、効率的ね」


 エリュシアが内心だけで言った。

(……カーヴェまでその反応をしています)

(この宿に来ると全員グラの経費を聞きます)

(なぜかわかります)

(わかりますが、声には出しません)


 田中が書類ファイルの最後のページを閉じた。


「これですべて(そろ)ったな。明日から動く――」


 誰も異論を言わなかった。


* * *


 夜、廊下でカーヴェがエリュシアに声をかけた。


「一つだけ言っておくわ」


 エリュシアが立ち止まった。


「あなたが先に書類を隠してくれたから、私も動けた。順番が逆だったら、私は動いていなかったと思う」


 エリュシアはしばらく何も言わなかった。


 沈黙の中、廊下の端で、どこかの部屋からアルスの筋トレの音が聞こえていた。


(あの人、まだトレーニングしてますね)(明日も速いんだから早く寝てください)

「……ありがとうございます」


「どういたしまして」


 カーヴェが(きびす)を返しかけた。


「カーヴェ」


「なに」


「……問い合わせの三十二件、明日処理します」


「処理する、でいいの? 無視とかじゃなくて?」


 エリュシアが少しだけ間を置いた。


「処理します。私の判断で」


 カーヴェが小さく笑った。


「なるほどね」


「そういうことです」


 廊下が静かだった。カーヴェが部屋に戻っていく足音が遠ざかり、エリュシアはしばらくそこに立っていた。目を閉じて、また開いた。


(……同期は、厄介です)

(声には出しませんが)

(……少しだけ、よかったです)

(あと、なるほどね、はいろいろと危ないです)


 エリュシアは部屋に戻った。夜は更けていく――。

******


※おじさん解説!


昭和のパーティゲームといえば人生ゲームだ。


タカラが1968年に日本で発売した。

元はアメリカのミルトン・ブラッドレー社が作ったゲームで、

日本向けに作り直した。

ルーレットを回して自動車型のコマを進め、

就職・結婚・子供・老後を経てゴールを目指す。

途中でお金を稼いだり払ったりする。


田中剛(四十六歳)の場合、このゲームで問題が起きる。


「結婚マス、スキップできないのか」

「できません」

「コスパが悪い。次の就職マスに直行したい」

「そういうゲームではありません」

無駄(ロス)だ。削れ」


スタートから三マスで進行が止まった。


このゲームのルールに「コスト削減」という選択肢はない。

それが昭和の限界である。


なお今回のパーティには四天王・魔王・女神・

他世界勇者・神界技術担当・翼竜が一室に集まった。

人数は十人を超えた。


人生ゲームの最大プレイ人数は六人だ。

全員では遊べない。


人数の問題は、経費で解決できないらしい。


※神界業務日報 第四十七回


本日の特記事項。


カーヴェが書類を持参しました。

「私もそろそろ決まり以外の事をやってみようかと思って」とのことでした。

記録します。


問い合わせが三十二件になっていました。

明日処理します。私の判断で。


フィオさんが戻ってきました。

書類を見て、石を握っていました。

「変わらん」と言いました。

記録します。


夜、廊下でカーヴェと話しました。

「ありがとうございます」と言いました。

初めて言えた気がします。

声に出たかどうか、記録しておきます。

……出ました。


以上です。


******


※魔王の家計簿 第四十七回


本日の支出


宿代 三十五G

食費 十三G

書類保管用(ほかんよう)棚(追加) 八G


カーヴェが来た。書類が増えた。棚を買った。


フィオが戻ってきた。石を一つ握っていた。

「変わらん」と言った。

千年生きたが、そういう人間を我は何人も知っている。

変わらないことが力になる人間がいる。

田中もそうだ。

家計簿には書けないが、書いた。


グラが今日も元気だった。

支出:〇G。


******


※フィルナのおたより 第三回


みなさんへ。


今日カーヴェさんが来ました!

前に来た時より書類が多かったです。

エリュシアさんの声がいつもより少し低くなっていました。

なんか仲いいのかな~と思いました!


フィオさんも戻ってきました。

アルスさんが「同門ですね!!」と言ったら「違う」と言われていました。

アルスさんは懲りないですね~!

でもその後二人でそれぞれ筋トレと石投げをしていました。

仲良しですね~!!


グレインちゃんが「なるほどね」って言ったあと

アルスさんに「また言った」って言われてました。

いつも通りでした。よかったです!


ネネちゃんは今日も元気でした。よかったです!


 フィルナより

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