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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第2章:仲間が増えるたびに、なぜか黒字になった

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「書類は全部論破できる。常識だろうが」

 朝の宿。昨日より分厚い書類の束があった。


 カーヴェがテーブルの上で分類している。イースの写本・並行世界介入記録・ゼフィーラが持ち込んだ妨害書類の原本、それぞれを照合すると一つの結論が出る。


 神界が「規定」と呼んできたものの全てが、根拠のない後付けの正当化(せいとうか)だ。


「神界に送りつける」と田中が言った。

「書類で来たなら書類で返す。常識だろうが」


 カーヴェ「送付手段は神界側が管理しています。エリュシア、担当権限で——」


「送れます」とエリュシアが言った。「()()()ですが」


「あなた最近その言葉の頻度(ひんど)が上がってますよ」


「……把握しています」


「把握した上でやってるってことね」


「そういうことです」


 田中が書類の束を一冊に束ねた。表紙に一行だけ書く。


 *神界規定の根拠照会請求。回答期限:一時間以内。—— 田中剛*


 カーヴェが固まった。「……一時間!?」


「それ以上かかるなら答えられんということだ」


「神界への照会は通常一週間以上の処理期間が——」


「無駄だ。削れ《ノーサンキュー・プライスカット》」


 エリュシアが内心だけで言った。

(……一週間が一時間になりました)

「送りました」


「よし。待つ」


 アルスが腕立てをしながら「来るでしょうか師匠!!」と言った。


「来ないなら無視だ。無視は認めたのと同じだ」


 ウルダ(SEGA神)が、四十分で来た。


******


 転送光がいつもより速かった。


 白衣に金の装飾。ウルダ——主神(しゅしん)SEGA神が、書類を携えて現れた。表情は穏やかだが、いつもと何かが違う。焦りではない。急いで来た者の顔だ。


「四十分か」と田中が言った。「悪くない」


「……田中。この書類の送付について——」


「うるさい黙れ。回答を聞く。一点目。並行世界への介入記録(かいにゅうきろく)。神界規定上の根拠は何だ」


「それは上位決裁——」


「上位決裁の根拠となる規定は何だ」


「……」


「答えられんなら論外(アウト)だ。はい、次!」


 カーヴェが二枚目を出した。「妨害書類の発信元(はっしんもと)がSEGA神の決裁経路(けっさいけいろ)を通っていない。正規の神界書類ですか」


「……確認が——」


「確認できていないなら偽書類(にせしょるい)です。次」


 エリュシアが三枚目を出した。声は静かだが、一言一言が相手に落ちていくような話し方だった。


「田中の申請、二十三年分の全却下。決裁者(けっさいしゃ)の名前がどの書類にも記載されていません。神界規定第八条の記録義務違反です」


「……それは——」


「答えられませんか」


 SEGA神(ウルダ)が長い間、黙った。


 そこで田中が懐から神タバコを取り出して火をつけた。一服した。吸い終えると、そのまま床に落とした。


 エリュシアが止まった。「……田中さん。屋内で——」


「吸ったら捨てる。昭和はそうだった」


 SEGA神が書類から顔を上げた。「神界では火気の()り扱いに関する規定が——」


「SEGA神。さっきからお前の書類には根拠がなかった。この件の根拠を出せるか」


 SEGA神が止まった。


(……出せない)


 全員が口を開いた。声が重なった。


「「「なぜポイ捨てが論破されているんですか!!!」」」


「常識だろうが」


 ゾルグが小声でネネに言った。「……魔王様。昭和では屋内で煙草(たばこ)を——」


「黙ってろ」とグレインが言った。


「はいッ!」


 SEGA神が一度目を閉じた。また開いた。何かを決めたような顔だった。


「……三点、認める。記録の不備。発信元の不明確な書類の存在。並行世界介入の説明責任。これは私の権限で対応できる」


「できない点は何だ」


 少し間があった。


「……書類の最終発信源(はっしんげん)については、私も全てを把握していない」


 カーヴェが手元の資料を見た。その手が止まった。


「……ウルダ様。この書類の発信源のログ、ウルダ様のシステムと互換性がない。別の経路から来ています。神界の管理外の書類です」


「……」


 田中がSEGA神を見た。


「独自規格か。外から見えない。互換性がない。全部囲い込む」


 一拍置いた。


「つまり、()()()S()O()N()Y()だ」


 エリュシアが止まった。「……何ですか、それは」


「敵の名前だ。神界の上に、神界とは別の管理構造がある。そいつが全部仕切っている。姿は見せない。書類だけで動かす」


 カーヴェが静かに言った。「……私が追えなかった部分はそこだった。技術記録のアクセスログに同じ形跡がある」


「お前でも追えなかったなら本物だ」


 SEGA神が口を開いた。「……私も、詳細は知らない。規定の上にある規定が存在する。それだけは確かだ」


 田中「今はいい。わかった分を使う」


******


 SEGA神が書類を机に置いた。それまでと少し違う声になった。


「エリュシアよ」


「はい」


「これ以上の調査は——私の権限では止められない。だが、上からの指令が来れば、私もそれに従わなければならない。お前に迷惑がかかる」


 エリュシアは動かなかった。「……それは命令ですか」


「私の……(たの)みだ」


 部屋が静かになった。


 エリュシアの頭の中を、何かが流れた。

 田中が二十二歳の夜に一人でラインを直した記録。三十一歳の三月の記録。二十三枚目の改善提案書が却下された記録。四十六歳の後始末残業の記録。全部、自分が処理していた。全却下で。書類として。


(……もう一度、同じことをするのですか)


 エリュシアが田中を見た。田中は前を向いており、こちらを見ていなかった。何も言わなかった。


 エリュシアがSEGA神を見た。


「……調べます。私の判断で」


 声に出た。田中に言われたからではなかった。カーヴェに続いたからでもなかった。SEGA神に向かって、自分から言った。


 SEGA神が長い間、エリュシアを見て、何かを言おうとして、やめた。

 そして、目を閉じた。


「……わかった」


 それだけ言って、一歩引いた。


 田中が「……」と、一瞬だけ止まった。それから次の書類を手に取った。


 エリュシア内心:(怒られませんでした)(今日は物足りない、とは思いません)(……自分で言えました)(声には出しません。でも記録します)


******


 神界書類の話が終わりかけた、その瞬間だった。


 場の空気が変わった。


 人型ではない。声もない。ただ、圧だった。形のない、しかし確実にそこにある何かが、部屋の中に降りてきた。


 グラが田中の肩の上で「グゥ」と低く鳴き、翼を少し広げて臨戦態勢になる。


 ゾルグが「……なんか、嫌な感じが」と言った。


 グレインが腕を組んだまま固まった。「……強い。これは——」


 田中がゆっくり腕を上げ始めた。


 グレインが動きを止めた。視線が腕に向いた。「……腕が」


 アルスが叫んだ。「師匠の腕が上がるぞ!!!」


 ゾルグ「逃げろ!! 殺される!!!」


 四天王が全員後退した。


 ゼフィーラも下がっていた。二歩。


 (……待て。私は何を。なぜ下がった。筆頭として——下がっていた?)


 アルスが腕立ての姿勢のまま床を這って後退した。「……自然に下がってました俺!!!」


 フィオが石を握ったまま三歩下がっていた。「……俺も後ろに下がった。理由がわからない」


 カーヴェが壁際まで退(しりぞ)いていた。「……条件反射の研究事例として——」記録を取ろうとしている。


「今書いてる場合か!!」(全員)


 SEGA神も、半歩引いていた。


挿絵(By みてみん)


 (……私も、下がっていた)(主神である私が後退した...)(何年ぶりだ、これは)


 その圧は、一瞬で消えた。


 田中「……」

 黙ったまま、田中は腕を下ろした。

「気配だけか。まだ本体じゃないな」

「次は力を抑える」


「腕あげるのやめてください!!」(全員)


 ネネがグラを膝で受け止めながら、静かに田中を見ていた。


 カーヴェが息を整えながら言った。「あの圧……今後の重要課題ね」


「そうだな」と田中。


******

 すべての神界書類について決着がつき、SEGA神が帰り際、エリュシアに短く言った。


「……笑っていたぞ、エリュシア。今日も」


「業務上の問題は——」


「そういうことを言っているのではない――」


 光の柱が降りて、SEGA神が消えた。


 エリュシアがしばらくその跡を見ていた。


(……笑っていたんですか、私)(以前にも言われました)(あの時より、今日の方が、なぜか納得できます)(声には出しません)


******


【神界審査記録】


対象:勇者田中剛

議題:勇者行動規範からの逸脱について

提出書類:八十二枚

田中による削減後:二枚


削除項目:

・儀礼的前置き

・責任者不明の伝統文

・効果未検証の慣例

・誰も読んでいない別紙

・別紙の別紙


最終確認。


ウルダ「……通します」


カーヴェ「通すんですか」


ウルダ「通ります。削られたので」


田中「それでいい、常識だろうが」


【結果:審査時間七割削減】


 田中は席を立つ前に、書類の端を指で揃えた。


「不要な書類すべて、節約完了(セーブコンプリート)だ」


【神界職員一同:沈黙】

【担当女神エリュシア:内心崩壊中】


******


 夜、縁側で田中が神タバコの残り一本に火をつけた。ネネが横に来た。グラが肩の上で目を閉じた。


 しばらく誰も何も言わなかった。


「……怖くなかったのか」とネネが言った。例の圧のことだ。


「怖い」と田中が言った。


 ネネが少し止まった。


「怖いから備えた。備えたから動ける。それだけだ」


 煙草を最後まで吸い切って、今度は足元の灰皿に押しつけて消した。


 エリュシアが内心だけで言った。

(……今度は消しました)

(報告書に書くかどうか迷っています)

(迷っているということは、書かないということです)

(それでいいと思います)


 ネネが少しの間、田中を見た。それからグラを見た。グラが「グゥ」と一声鳴いた。


「……そうか」とネネが言った。


 それだけだった。


******


**その頃、神界では——**


 SEGA神が部屋に戻ると、上からの書類が一枚、机の上にあった。


 見慣れない発信印(はっしんいん)だった。自分の決裁経路を通っていない。


 内容は一行だけだった。


『勇者管理システムの見直し検討(けんとう)。チート機能の再設定(さいせってい)を含む。至急』


 SEGA神が書類を見たまま、長い間動かなかった。


「……来たか」


 それだけ言った。



**※おじさん解説!**


SONYとは1946年創業の日本の電機メーカーだ。

音楽・映像・ゲーム・半導体(はんどうたい)。実力は本物だ。

問題は規格だ。

映像(えいぞう)記録のβマックス。携帯音楽プレーヤーのATRAC。記録媒体のメモリースティック。

どれも性能は高かった。どれも独自規格だった。

他社と(つな)がらない。外から入れない。全部囲い込む。

最終的に市場で孤立した。


悪魔のSONYというのは、そういう意味だ。

強い。しかし外から見えない。互換性がない。全部自分の規格で動かそうとする。

田中剛(四十六歳)がこの世界の上位構造に対してつけた、最高の警戒評価だ。


なおソニー製品への田中の個人的評価は「性能は認める。囲い込みが気に食わない」だ。

相手への評価と個人の好みは別だ。これも常識だろうが。


******


**※神界業務日報 第四十八回**


本日の処理件数:規定外:多数。

書く欄:ありません。

続きは次章で。


「調べます。私の判断で」と言いました。

声に出ました。

今日初めて、自分でそう言いました。


SEGA神が「笑っていたぞ」とおっしゃいました。二回目です。

今回は気づいていませんでした。

記録します。


追記:田中さんが今日、灰皿を使いました。

記録します。


******


**※魔王の家計簿(かけいぼ) 第四十八回**


本日の支出:特になし。

書類が全部論破された。支出:0G。


例の圧が来た時、田中は腕を上げた。全員逃げた。我も下がった。

千年生きたが、腕を上げただけで全員が後退する人間を初めて見た。


田中は怖いと言った。でも前を向いていた。

怖いと言える人間と、黙って前を向く人間は、別だと思っていた。

同じ人間だった。


家計簿には書けないが書いた。


******


**※アルス修行日誌 第十六回**


師匠が腕を上げた。

全員後退した。

私も後退した。腕立ての姿勢のまま後退した。

なぜそうなったかは今もわからない。

体が、勝手に、動いた。

あとで、全員に「あの動き方は部屋のGみたいで、気持ち悪すぎる」と言われた。


ゾルグさんが「逃げろ! 殺される!!」と言った。

私も同じことを思った。

声に出なかっただけだ。


腕立て千回との関係:ある。絶対にある。

根拠はない。でも、ある。


明日も腕立てをする。

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