「筆頭として、見過ごせない」
四天王が全員、王都にいる。
魔王もいる。勇者もいる。
この状態を何と呼ぶのかは、謎だ。
朝。宿の広間に集まる人が多かった。多すぎた。
田中・ネネ・エリュシア・グレイン・フィルナ・ゾルグ・ゼフィーラ・アルス。グラがネネの頭の上に。さらにショウが壁際に立っている。
これだけの人数が一つのテーブルを囲んでいた。――ただ一人、女神カーヴェは別の動きをしているためいなかったが......。
アルスが小声でゾルグに言った。「……こんなに集まったのは初めてですね」
「そうですな」とゾルグが言った。「奪還計画の会議では、こうはなりませんでした」
「計画があったんですか」
「ありました。全部、経費で論破されました」
「……それは、お疲れ様でした」
「ありがとうございます、勇者殿」
ゾルグが目を細めた。
フィルナが全員分のお茶を配っていた。田中の分も、ゼフィーラの分も、全部均等に配った。
「みんなで朝からお茶!! 嬉しいねぇ~!!」
誰も返事をしなかった。でも、誰も嫌な顔をしていなかった。
ゼフィーラが「私の分は——」と言いかけた。
「もう配りました! ゼフィーラさんはミルク多めですよね!!」
「なぜそれを知っている」
「なんとなく!!」
ゼフィーラが黙った。ミルク多めだった。なぜわかったのかは不明だった。
グレインが自分のお茶を一口飲んだ。「……普通のでよかった」
「グレインちゃんはそういう人だと思って!!」
「……そういう人って何だ」
「シンプルが好きそう!!」
グレインが黙った。正しかった。
エリュシアが内心だけで言った。
(フィルナはなぜいつも正確なのでしょう)
(悪意がないから気づかれないだけで、観察眼が異常です)
******
ゼフィーラが立った。
懐から書類の束を取り出してテーブルの中央に置いた。
「全員に共有する。内容は三点だ」
「とうとう田中師匠のパーティ合流宣言ですか」とアルスが筋トレしながら言った。
「違う」
「でも全員に向けて——」
「独立した判断による情報共有だ。合流ではない」
ゾルグが小声でアルスに言った。「昨日から数えるともう、十一回目です」
「何の回数ですか」
「『合流ではない』の回数です」
「記録していたんですか」
「自然と覚えてしまいました」
ゼフィーラの目がゾルグに向いた。ゾルグが黙った。
「内容は三点だ」ともう一度ゼフィーラが言った。
「一。神界から魔王軍に対し、十二年以上にわたり定期的に偽の情報書類が送られていた。魔王軍の意思決定を、特定の方向に誘導する内容だ。正規の書類ではない。発信元は神界の中枢に近い何者かだ」
全員が黙った。
「二。同様の書類が、この国の複数の機関にも送られていた。王都の商業権妨害はその一端に過ぎない。組織的だ」
田中が書類を一枚手に取った。黙って読んでいる。
「三。これらの書類には共通点がある。——勇者田中剛の行動を阻害する目的が、全ての書類に通底している」
沈黙が落ちた。
田中が書類から目を上げた。「エリュ。お前はこれを知っていたか」
エリュシアが止まった。
「……知りませんでした。書類の末端処理でした。発信元までは——」
「そうか」
田中がまた書類に目を戻した。それだけだった。
エリュシアが内心だけで言った。(「そうか」だけでした)(怒られませんでした)(怒られないと、なぜか少し、物足りない気がします)(……おかしい)(私はおかしい)(それは前から知っています)
******
その次、最初に口を開いたのはグレインだった。
書類を一枚取って、三秒見た。
「……なるほどね」
アルスが即座に「認めたわけじゃないんだろ」と言った。
「うるさい」
「でも今——」
「うるさい。筋が通っているのを確認しただけだ」
「それを認めたと言うのでは——」
「うるさい」
グレインがアルスを一睨みした。アルスが黙った。
グレインが書類をテーブルに戻した。腕を組んだ。
(……また「なるほど」と言ってしまった)
(なぜだ)
(この男の話をすると、なぜか「なるほど」が先に出る)
(認めたわけではない)
(断じて認めていない)
(ただ、全部筋が通っているだけだ)
(それだけだ)
「……一つだけ聞く」とグレインが言った。田中に向かって言った。「お前はこうなると、最初から読んでいたか」
「いや」と田中が言った。
「……そうか」
「書類を見たらそうなっていた。それだけだ」
グレインが少しの間、黙った。
「……なるほど」
「また言いましたよ」とアルスが言った。
「う る さ い 黙れ」
エリュシアが内心で言った。(今日だけで三回目です)(報告書に書きます)
******
フィルナが書類を受け取って読んだ。読んでから顔を上げた。
「……ゾルグさんが知らなかったのも、これのせいですか?」
全員の視線がゾルグに向いた。
ゾルグが動かなかった。書類を見ていた。
「……そうですな」とゾルグが言った。「私は、知らなかった」
声が少しだけ掠れていた。
「魔王様が正しいことをしようとされるたびに、何かがうまくいかなかった。邪魔が入った。私は自分の無能のせいだと思っていました」
「それは今も変わらない」と田中が書類を読みながら言った。
「……はい。変わりません」
ゾルグが少し笑った。自分でも意外そうな顔だった。
「ですが——私は、ずっと何も知らなかった。魔王様が千年、孤独だった理由を。正しいことをしようとしても、どこかで潰された理由を。私は一度も、知らなかった」
声が、崩れた。
ゾルグが泣いていた。声を出さずに、ただ涙が落ちていた。
「知らなかっただけだ」と田中が言った。
ゾルグが顔を上げた。
「知らなかっただけだ。知った今から動けばいい。それだけだろうが」
田中がフォローする。
ゾルグが口を一文字に結んだ。また涙が落ちた。
「……はい」
フィルナが静かにゾルグの隣に寄った。何も言わずに、ただそこにいた。
ゾルグがそれで、また泣いた。
アルスがゾルグに小声で言った。「……お疲れ様でした」
「ありがとうございます」とゾルグが嗚咽しながら言った。
「さっきも言ってましたよね、それ」
「言いました。でも、今は、意味が、全然違います」
アルスが黙った。
エリュシアが内心だけで言った。
(……わかります)(私も、同じです)(声には出しません)
******
ネネが、ゆっくり口を開いた。
「……神界は、千年間、我を利用していたということか」
誰も答えなかった。
「魔王を恐怖の象徴として置いておく方が、都合がよかった。だから正しいことができないように、邪魔をし続けた。そういうことか」
「《《そういうことだ》》」と田中が言った。
ネネが少しの間、黙った。
「……そうか」
それだけ言って、また黙った。
怒っているのか、悲しいのか、その顔からは何も読めなかった。ただ、静かだった。
グラがネネの頭の上から、膝に降りた。「グゥ」と一声鳴いた。
ネネがグラの背に手を置いた。
グラが鳴いた。「グゥ」
ネネが、一度だけ頷いた。
******
ゼフィーラが、立ったまま言った。
「一つだけ言っておく」
全員がゼフィーラを見た。
「私は今も、合流したわけではない」
「十二回目です」とゾルグが嗚咽しながら言った。
「ゾルグ、黙れ」
それを言うのと同時に、ゼフィーラの肘鉄が飛んだ。
「はぃぃ...。うぐ」
「独立した判断で動いている。それは変わらない。ただ!」
ゼフィーラが書類に目を落とした。一秒。また顔を上げた。
「筆頭として、見過ごせない」
それだけだった。それ以上の説明はなかった。
ネネが、ゼフィーラを見た。
ゼフィーラが、ネネを見た。
一瞬だけ、ゼフィーラの眉間の皺が、消えた。
(……魔王様が、笑っている。千年ぶりに笑っていた)
(それを邪魔したのが何者なのか、今日わかった)
(見過ごせない。それだけだ)
「認めたわけではない」とゼフィーラが言った。田中に向かって言った。
「知っている」と田中が言った。「お前も来い」
「……わかった」
ゼフィーラが、座った。
ゾルグがまだ泣きながら「ゼフィーラ様……!」と言った。
「泣くな」
「はい……!」(泣いている)
フィルナが「よかったぁ~!!!みんな、仲良しだね!」と言った。
グレインが「うるさい」と言った。
知らない間に、アルスが腕立てを始めていた。いつの間にか始めていた。
田中が書類を置いた。「昼飯を先に食う。その後動く。高くない店を頼む」
「かしこまりました」とショウが言った。
エリュシア
(みんないます)(全員います)(書く欄が……)(今日は、書けそうです)
(少しだけ)
※おじさん解説!
ドラゴンクエストをはじめ、RPGというものには大抵、四天王という概念がある。
勇者の前に立ちはだかる、魔王の部下たちだ。
強い。一人ずつ倒す。全員倒したら魔王の前に進む。
それがルールだ。常識だろうが。
ドラクエ四天王の代表例で言うと、四天王という言葉で一番有名なのはドラクエ6だ。一九九五年、スーファミだ。デスタムーアという魔王の配下に四天王がいた。ムドーが飛び抜けて強かった。ムドーだけ覚えている人間も多いと思う。他にもドラクエ7、ドラクエ8にも幹部格の敵がいた。FFにも四天王はいる。シリーズによって二天王だったり六天王だったりするが、まとめて四天王と呼ばれることが多い。
この世界の四天王は、全員仲間になった。
ゼフィーラ・グレイン・フィルナ・ゾルグ。
「合流ではない」と十二回言った者も含めて、全員いる。
節約の話で来た。
経費の話で来た。
ネネちゃんのそばにいたかった。
使えるなと言われた。
筆頭として見過ごせなかった。
理由はそれぞれだが、全員いる。
RPGで四天王を仲間にしたプレイヤーは、ほとんどいない。
そういうゲームではないからだ。
この世界は、そういう世界ではなかったらしい。
以上。
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※第一席次ゼフィーラの業務報告 第五回
本日の業務内容。
書類の全員共有:完了。
説明:完了。
「合流ではない」の発言回数:十二回。
ゾルグが数えていた。
追記:合流ではない。
追記2:独立した判断で動いている。
追記3:「筆頭として、見過ごせない」と発言した。
追記4:「来い」と言われた。
追記5:座った。
追記6:ゾルグが泣いていた。フィルナが隣に寄っていた。アルスが腕立てをしていた。
追記7:この宿には、書く欄のない出来事が多い。
なお、魔王様が千年ぶりに笑っているということを、私は知っている。
それを邪魔していたのが何者かも、今日わかった。
業務報告書に書く欄はない。
だから追記に書く。
追記8:私は認めていない。
******
※第二席次グレインの状況報告 第二回
本日の状況報告。
神界妨害書類の内容:把握した。
「なるほど」と言った回数:三回。
アルスにつっこまれた回数:三回。
うるさいと言った回数:三回。
なお全て一対一対応だった。偶然だ。
「認めたわけじゃない」は本当だ。
ただ筋が通っている。それだけだ。
それだけなのに、なぜ三回なるほどと言ったのかは不明だ。
調査継続中。
なお田中への言及が今回も文量が多い。
気づいている。
理由はわからない。
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※神界業務日報 第二十回
本日の特記事項。
神界妨害書類の全員共有が完了しました。
「知らなかっただけだ。知った今から動けばいい」と言いました。
記録します。
ゼフィーラ様が「筆頭として、見過ごせない」と言いました。
記録します。
ネネ様が「そうか」とおっしゃいました。
それだけおっしゃいました。
(……千年分の「そうか」だと、私は思いました)
(処理しきれませんでした)
(声には出しませんでした)
「お前はこれを知っていたか」と聞かれました。
「知りませんでした」と答えました。
「そうか」と言われました。
怒られませんでした。
(怒られませんでした)
(なぜか少し、物足りない気がしました)
(……私はおかしいと思います)
(でもこれが私です)
(記録します)
追記:グラがネネ様の膝に降りました。
追記2:全員いました。今日は、少しだけ書けました。
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※魔王の家計簿 第二十回
今日の支出:朝食八G。昼食十G。
神界が千年間、我を利用していたということが、わかった。
怒っているのかどうかは、わからない。
悲しいのかどうかも、わからない。
ただ「そうか」と思った。
グラが膝に来た。
支出:〇G。
重さ:少し。
あたたかかった。
ゼフィーラが「見過ごせない」と言った。
千年間、ずっとそばにいた。
ゼフィーラはいつもそうだ。
言葉が少ない。でも、いつもそばにいる。
フィルナがお茶を配っていた。
ミルク多めで正解だったと、ゼフィーラが言っていた。
フィルナはなぜかそういうことを知っている。
千年来の話だ。
よかった、と思った。
家計簿には書けない。
でも書いた。




