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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第2章:仲間が増えるたびに、なぜか黒字になった

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「習慣だから」

昨日、技に名前がついた。

今日も動く。

習慣というのは、そういうものだ。

 朝。宿の一階で、トルネコが田中に耳打ちをした。


「昨夜の残党が、王都南の廃坑(はいこう)に集結しています。数は昨日より多い。そして——今日は封印(ふういん)の専門家が複数います。田中さんのチートを、段階的に、完全に封じるつもりかと」


 田中が少しの間、黙った。


「完全にか」


「そうです」


「そうか。行く」


 それだけだった。


 エリュシアが立ちかけた。「私も——」


「お前は書類の続きをやれ。ゼフィには別の動きを頼んである」


「……わかりました」


(今日もそう言われました)

(いつも最後に「わかりました」と言っています)

(なぜ「わかりました」と言うのか、自分でも理解できていません)

(でも言います)

(いつもそうです)


 田中・ネネ・アルスが動いた。グラが田中の肩から降りなかった。


「グラも来るのか」とアルスが言った。


「降りんのだ」と田中が言った。


「グゥ」とグラが言った。


 ネネが歩きながらグラをちらりと見た。何も言わなかった。


******


 王都の南。古い廃坑(はいこう)の入口は、昨夜の製錬所(せいれんじょ)より狭かった。


 田中が一歩踏み入れた瞬間、感じた。


 重くなった。体が。少し。


(……来てる)


 奥に進むにつれて、重さが増した。チートが削られていく。一枚、また一枚、薄皮を剥がすように、力が落ちていく。


「……師匠、今のは」とアルスが言った。


「封印陣だ。重ねてある。奥に行くほど強い」


「チートが全部削られたら——」


「相手より速く――動けばいい」


 アルスが止まった。「それだけですか」


「それだけだ」


 田中が先に歩いた。


 廃坑(はいこう)の奥、広い空間に出た。松明(たいまつ)の灯りが揺れていた。人影が八つ。全員が封印術を構えている。その中心に術式陣(じゅつしきじん)が描かれていた。田中がそれを見た瞬間、チートが、消えた。


 完全に。


(……《《ない》》)


 すぐさま、体を確かめた。腕を動かす。速さが普通だ。踏み込む。力が普通だ。防御が張れない。回復がない。


 ただの”十七歳の体”だ。


「……行くぞ」と田中が言った。


******


 相手が動いた。先手を取られたが、なんとか田中は(かわ)した。


 そう躱した。


 チートがない体で、躱した。


 それは、計算ではなかった。


 工場の床が、頭の中にあった。二十三年間歩き続けた、あの床。毎朝確認した動線。無駄を削り続けた段取り。何千回、何万回繰り返した動き。体が先に動いていた。


 次の攻撃が来たが、またも体が躱した。考えていなかった。

 さらに来た。それも体が受け流した。


「……師匠、全部避けれています!!」とアルスが叫んだ。


「当然だろうが」


「チートがないのに!?!?」


「体が覚えている」


「どうやって!!!」


「《《二十三年》》だ。うるさい。前を見ろ」


 アルスが前を向いた。体が動きかわすことができた。

 アルスの体も、今まで続けてきた何かを覚えていたのだ。それが何かはまだわからなかったが、確実に避けられていた。


 田中が攻撃を避けながら、あっという間に三人目を倒す。それも体が自動で動いた。工場の床。段取り。動線。削り続けた二十三年。それが全部、今ここにあった。


 相手の術師が互いに目配せした。


叩き込みの型(ハード・ワイヤード)……」と一人が(つぶや)いた。「チートなしで、やつは動いている」


「名前まで知っているのか」と田中が言った。


「昨日、ついた名前だ。もう広まっている」と、敵方の一人が言う。


「そうか。広まるのは早いな」


「恐ろしいのはそっちだ……!化け物め!!」


「常識だろうが」と田中が言って、敵を攻撃した。


******


 あと残り三人が体勢を立て直した。奥から一人が弓を引き、矢が放たれる。


 チートがない田中には、そのままなら当たってしまう。


 今度は、体が間に合わなかった――

 その瞬間。


 グラが田中の肩から飛び、翼を広げて、矢の前に出た。

 グラはくちばしを器用に使った。(はじ)ける音がし、矢が砕けて床に落ちた。そのまま、グラが空中でくるりと回って、田中の肩に戻った。


「グゥ」


 田中がグラを見た。一秒。


「……使えるな」


「グゥゥ」とグラが鳴いた。


挿絵(By みてみん)


******


 ネネが固まっていた。


(……《《グラが》》矢の前に出た)

(別に我はグラに対して何の感情もない)

(我の頭に乗るのは魔力の引き寄せだし)

(餌をもらいに来るのも習慣だし)

(ちょっとだけ鱗の色が綺麗だと思ったことはあるが、それは審美眼(しんびがん)の話であって感情ではない)

(つぶらな目で我を見てくることがあるが、それも魔力の影響だ)

(怪我をすれば治療費が増えるから懸念(けねん)しているだけだ)

(支出の増加を心配しているだけだ)

(我は別に何も——)

(……グラが)


「グラ……!!」


 声が、出た。

 ネネ自身、気づいていなかった。


 グラが田中の肩からネネの方に首を伸ばした。「グゥ」と鳴いた。


 ネネが手を伸ばした。グラの頭を、一度だけ触れた。


「……怪我はないか」


「グゥ」


「そうか、ならよい」


 それだけで、終わった。もうネネは何も言わなかった。


******


 アルスが目を見開いた。いつの間にか腕立て姿勢になっていた。なぜそうなったかはわからなかった。体が自動的にそうなっていた。


「……今、グラさんがすごく役に立ちましたよね!!」


「した」と田中が言った。戦闘はまだ続いていた。


「『使えない』から『使えるな』に!!!」


「そうだ」


「師匠に『使えるな』と言われたのは何人目ですか!!」


 田中が少し考えた。「三人目だ」


「グラさんで三人目!! 記念すべき瞬間を目撃しました!!!」


 残りの相手が固まっていた。戦闘中にこの会話が起きていた。


「うるさい。前を見ろ。というか敵と戦え」


「わかりました!!!」


******


 戦闘はそれほど時間をかけずに終わった。


 全員が逃げるか膝をついた。田中は追わなかった。


 廃坑(はいこう)の外に出た時、夜が終わりかけていた。空の端が少しだけ明るくなっていた。


 アルスが大きく息を吐いた。「……終わりましたね」


「ああ」


「チートなしで全部やれてました」


「体が覚えている。それだけだ」


 アルスが田中の背中を見た。少しの間、黙った。それから聞いた。


「……師匠。叩き込みの型(ハード・ワイヤード)は、どうすれば使えるようになりますか」


「なれん」


 アルスが止まった。「え」


「俺の二十三年間が出ただけだ。お前にはお前の二十三年がある。それをやれ」

「前にも言ったろうが」


「……私は、まだ二十歳です」


「だろうがな。あと三年ある。これも言ったぞ」


 アルスが黙った。十秒くらい黙った。


「なんだ」と田中が言った。


「……わかりませんでした」


「そうか」


「でもやります」


「当然だろうが」


「やってからわかる、ということですか」


「そういうことだ」


「…………!!!」


「なんだ」


「今、少しわかった気がしました!!!」


「何がだ」


「わかりません!!!」


 田中が少しの間、黙った。


「……あと1万回腕立てをしてから聞け」


「今すぐやります!!!」


 アルスが廃坑の前でその場で腕立てを始めた。夜明け前の地面に手をついて、黙々とやっていた。


 ネネが横で腕を組んだ。「……あの弟子、大丈夫か」


「大丈夫だ」


「根拠は」


「習慣になるからだ」


 ネネが少し間を置いた。「……そうか」


 グラが田中の肩で「グゥ」と鳴いた。空が、明けていた。

******


※おじさん解説!


グラディウス。コナミ。一九八五年。横スクロールのシューティングだ。


自機の名前はビックバイパーという。

「Vic」はV字編隊のことだ。

オプションという光の玉が後ろについてきて、V字みたいに連なるからだ。

「Viper」は毒蛇。

オプションが蛇みたいに見えるからだ。

今日グラが矢を弾いた。

オプションと同じだ。

後ろが動いた。体の動きを、覚えていたんだろうが。

以上。


******


※神界業務日報 第十九回


本日の特記事項。

叩き込みの型(ハード・ワイヤード)発動(はつどう)を確認しました。

昭和製造法レガシー・プロダクション、三種が出揃いました。


チート完全無効の状況での発動でした。

「体が覚えている」とのことです。

二十三年分の記録は、私が処理しました。

全部処理しました。

その記録の中に今日動いた体があったのかと思うと、

書く欄がありません。


グラが矢を弾きました。

「使えるな」と言われました。

グラへの初評価です。

記録します。


アルス様が廃坑の前で夜明け前に腕立てをしていました。

記録します。


追記:私は宿にいました。

追記2:いつもそうです。


******


※魔王の家計簿 第十九回


今日の支出:朝食八G。


グラが矢を弾いた。

支出:〇G。

怪我:なし。


よかった。


田中が「使えるな」と言った。

グラへの初めての評価だった。

「使えるな」が褒め言葉だということは、もうわかっている。


我も最初は「使えんな」と言われた。

今は「使えるな」と言われている。

グラも今日から「使えるな」になった。


なんか、嬉しかった。

家計簿に書いていいことではないかもしれないが、書いた。


グラの頭を一度触れた。

支出:〇G。

やわらかかった。

これも書いていいかわからないが、書いた。


******


※アルス修行日誌 第十四回


今日、師匠がチートなしで動いた。


「体が覚えている」と言っていた。

二十三年間の現場が体に入っている、ということらしい。


叩き込みの型(ハード・ワイヤード)と名前がついている。

カーヴェさんが今日いなかったので、現場で相手に名前を呼ばれた。

もう広まっているらしい。


グラさんが矢を弾いた。

師匠が「使えるな」と言った。

私で三人目だそうだ。

記念すべき瞬間に立ち会えた。


「やってからわかる」ということを、やってからわかった。

何がわかったのかは、まだわからない。

なので腕立てをした。

廃坑の前で夜明け前に腕立てをした。

なぜ廃坑の前でやったのかは、わからない。

でも習慣だからやった。

これが正しいのかもわからない。

わからないのに、やった。


追記:師匠が「大丈夫だ」と言ってくれた。

根拠を聞いたら「習慣になるからだ」と言われた。

わかりませんでした。

腕立てをしながら考える。

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