「習慣だから」
昨日、技に名前がついた。
今日も動く。
習慣というのは、そういうものだ。
朝。宿の一階で、トルネコが田中に耳打ちをした。
「昨夜の残党が、王都南の廃坑に集結しています。数は昨日より多い。そして——今日は封印の専門家が複数います。田中さんのチートを、段階的に、完全に封じるつもりかと」
田中が少しの間、黙った。
「完全にか」
「そうです」
「そうか。行く」
それだけだった。
エリュシアが立ちかけた。「私も——」
「お前は書類の続きをやれ。ゼフィには別の動きを頼んである」
「……わかりました」
(今日もそう言われました)
(いつも最後に「わかりました」と言っています)
(なぜ「わかりました」と言うのか、自分でも理解できていません)
(でも言います)
(いつもそうです)
田中・ネネ・アルスが動いた。グラが田中の肩から降りなかった。
「グラも来るのか」とアルスが言った。
「降りんのだ」と田中が言った。
「グゥ」とグラが言った。
ネネが歩きながらグラをちらりと見た。何も言わなかった。
******
王都の南。古い廃坑の入口は、昨夜の製錬所より狭かった。
田中が一歩踏み入れた瞬間、感じた。
重くなった。体が。少し。
(……来てる)
奥に進むにつれて、重さが増した。チートが削られていく。一枚、また一枚、薄皮を剥がすように、力が落ちていく。
「……師匠、今のは」とアルスが言った。
「封印陣だ。重ねてある。奥に行くほど強い」
「チートが全部削られたら——」
「相手より速く――動けばいい」
アルスが止まった。「それだけですか」
「それだけだ」
田中が先に歩いた。
廃坑の奥、広い空間に出た。松明の灯りが揺れていた。人影が八つ。全員が封印術を構えている。その中心に術式陣が描かれていた。田中がそれを見た瞬間、チートが、消えた。
完全に。
(……《《ない》》)
すぐさま、体を確かめた。腕を動かす。速さが普通だ。踏み込む。力が普通だ。防御が張れない。回復がない。
ただの”十七歳の体”だ。
「……行くぞ」と田中が言った。
******
相手が動いた。先手を取られたが、なんとか田中は躱した。
そう躱した。
チートがない体で、躱した。
それは、計算ではなかった。
工場の床が、頭の中にあった。二十三年間歩き続けた、あの床。毎朝確認した動線。無駄を削り続けた段取り。何千回、何万回繰り返した動き。体が先に動いていた。
次の攻撃が来たが、またも体が躱した。考えていなかった。
さらに来た。それも体が受け流した。
「……師匠、全部避けれています!!」とアルスが叫んだ。
「当然だろうが」
「チートがないのに!?!?」
「体が覚えている」
「どうやって!!!」
「《《二十三年》》だ。うるさい。前を見ろ」
アルスが前を向いた。体が動きかわすことができた。
アルスの体も、今まで続けてきた何かを覚えていたのだ。それが何かはまだわからなかったが、確実に避けられていた。
田中が攻撃を避けながら、あっという間に三人目を倒す。それも体が自動で動いた。工場の床。段取り。動線。削り続けた二十三年。それが全部、今ここにあった。
相手の術師が互いに目配せした。
「叩き込みの型……」と一人が呟いた。「チートなしで、やつは動いている」
「名前まで知っているのか」と田中が言った。
「昨日、ついた名前だ。もう広まっている」と、敵方の一人が言う。
「そうか。広まるのは早いな」
「恐ろしいのはそっちだ……!化け物め!!」
「常識だろうが」と田中が言って、敵を攻撃した。
******
あと残り三人が体勢を立て直した。奥から一人が弓を引き、矢が放たれる。
チートがない田中には、そのままなら当たってしまう。
今度は、体が間に合わなかった――
その瞬間。
グラが田中の肩から飛び、翼を広げて、矢の前に出た。
グラは嘴を器用に使った。弾ける音がし、矢が砕けて床に落ちた。そのまま、グラが空中でくるりと回って、田中の肩に戻った。
「グゥ」
田中がグラを見た。一秒。
「……使えるな」
「グゥゥ」とグラが鳴いた。
******
ネネが固まっていた。
(……《《グラが》》矢の前に出た)
(別に我はグラに対して何の感情もない)
(我の頭に乗るのは魔力の引き寄せだし)
(餌をもらいに来るのも習慣だし)
(ちょっとだけ鱗の色が綺麗だと思ったことはあるが、それは審美眼の話であって感情ではない)
(つぶらな目で我を見てくることがあるが、それも魔力の影響だ)
(怪我をすれば治療費が増えるから懸念しているだけだ)
(支出の増加を心配しているだけだ)
(我は別に何も——)
(……グラが)
「グラ……!!」
声が、出た。
ネネ自身、気づいていなかった。
グラが田中の肩からネネの方に首を伸ばした。「グゥ」と鳴いた。
ネネが手を伸ばした。グラの頭を、一度だけ触れた。
「……怪我はないか」
「グゥ」
「そうか、ならよい」
それだけで、終わった。もうネネは何も言わなかった。
******
アルスが目を見開いた。いつの間にか腕立て姿勢になっていた。なぜそうなったかはわからなかった。体が自動的にそうなっていた。
「……今、グラさんがすごく役に立ちましたよね!!」
「した」と田中が言った。戦闘はまだ続いていた。
「『使えない』から『使えるな』に!!!」
「そうだ」
「師匠に『使えるな』と言われたのは何人目ですか!!」
田中が少し考えた。「三人目だ」
「グラさんで三人目!! 記念すべき瞬間を目撃しました!!!」
残りの相手が固まっていた。戦闘中にこの会話が起きていた。
「うるさい。前を見ろ。というか敵と戦え」
「わかりました!!!」
******
戦闘はそれほど時間をかけずに終わった。
全員が逃げるか膝をついた。田中は追わなかった。
廃坑の外に出た時、夜が終わりかけていた。空の端が少しだけ明るくなっていた。
アルスが大きく息を吐いた。「……終わりましたね」
「ああ」
「チートなしで全部やれてました」
「体が覚えている。それだけだ」
アルスが田中の背中を見た。少しの間、黙った。それから聞いた。
「……師匠。叩き込みの型は、どうすれば使えるようになりますか」
「なれん」
アルスが止まった。「え」
「俺の二十三年間が出ただけだ。お前にはお前の二十三年がある。それをやれ」
「前にも言ったろうが」
「……私は、まだ二十歳です」
「だろうがな。あと三年ある。これも言ったぞ」
アルスが黙った。十秒くらい黙った。
「なんだ」と田中が言った。
「……わかりませんでした」
「そうか」
「でもやります」
「当然だろうが」
「やってからわかる、ということですか」
「そういうことだ」
「…………!!!」
「なんだ」
「今、少しわかった気がしました!!!」
「何がだ」
「わかりません!!!」
田中が少しの間、黙った。
「……あと1万回腕立てをしてから聞け」
「今すぐやります!!!」
アルスが廃坑の前でその場で腕立てを始めた。夜明け前の地面に手をついて、黙々とやっていた。
ネネが横で腕を組んだ。「……あの弟子、大丈夫か」
「大丈夫だ」
「根拠は」
「習慣になるからだ」
ネネが少し間を置いた。「……そうか」
グラが田中の肩で「グゥ」と鳴いた。空が、明けていた。
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※おじさん解説!
グラディウス。コナミ。一九八五年。横スクロールのシューティングだ。
自機の名前はビックバイパーという。
「Vic」はV字編隊のことだ。
オプションという光の玉が後ろについてきて、V字みたいに連なるからだ。
「Viper」は毒蛇。
オプションが蛇みたいに見えるからだ。
今日グラが矢を弾いた。
オプションと同じだ。
後ろが動いた。体の動きを、覚えていたんだろうが。
以上。
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※神界業務日報 第十九回
本日の特記事項。
叩き込みの型の発動を確認しました。
昭和製造法、三種が出揃いました。
チート完全無効の状況での発動でした。
「体が覚えている」とのことです。
二十三年分の記録は、私が処理しました。
全部処理しました。
その記録の中に今日動いた体があったのかと思うと、
書く欄がありません。
グラが矢を弾きました。
「使えるな」と言われました。
グラへの初評価です。
記録します。
アルス様が廃坑の前で夜明け前に腕立てをしていました。
記録します。
追記:私は宿にいました。
追記2:いつもそうです。
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※魔王の家計簿 第十九回
今日の支出:朝食八G。
グラが矢を弾いた。
支出:〇G。
怪我:なし。
よかった。
田中が「使えるな」と言った。
グラへの初めての評価だった。
「使えるな」が褒め言葉だということは、もうわかっている。
我も最初は「使えんな」と言われた。
今は「使えるな」と言われている。
グラも今日から「使えるな」になった。
なんか、嬉しかった。
家計簿に書いていいことではないかもしれないが、書いた。
グラの頭を一度触れた。
支出:〇G。
やわらかかった。
これも書いていいかわからないが、書いた。
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※アルス修行日誌 第十四回
今日、師匠がチートなしで動いた。
「体が覚えている」と言っていた。
二十三年間の現場が体に入っている、ということらしい。
叩き込みの型と名前がついている。
カーヴェさんが今日いなかったので、現場で相手に名前を呼ばれた。
もう広まっているらしい。
グラさんが矢を弾いた。
師匠が「使えるな」と言った。
私で三人目だそうだ。
記念すべき瞬間に立ち会えた。
「やってからわかる」ということを、やってからわかった。
何がわかったのかは、まだわからない。
なので腕立てをした。
廃坑の前で夜明け前に腕立てをした。
なぜ廃坑の前でやったのかは、わからない。
でも習慣だからやった。
これが正しいのかもわからない。
わからないのに、やった。
追記:師匠が「大丈夫だ」と言ってくれた。
根拠を聞いたら「習慣になるからだ」と言われた。
わかりませんでした。
腕立てをしながら考える。




