表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第2章:仲間が増えるたびに、なぜか黒字になった

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/45

「エリュシア、動く」

 アドルからの写本が届いたのは、古木の森を訪れた翌々日の朝だった。


 宿の入口に、丁寧に紐で束ねられた数冊の書物が置かれていた。表紙に一言だけ書いてあった。


『記録する約束を守ります。——アドル』


 エリュシアが手に取った。束の重さが、掌に伝わってきた。


 (……写本です。アドルさんが徹夜で作ったかもしれません。八百年分の記録の中から、神界に関係する部分を全部書き写した。それだけのものが、ここにあります)


 表紙をめくると、最初のページに小さな文字で一行だけ書き加えてあった。


『削除された部分の前後を、できる限り補いました。参考にしてください』


 エリュシアは少しだけ目を閉じた。


 (……八百年、誰にも頼まれなかったと言っていました。それでもこれだけの仕事をした)

 (アドルさんも、守れる分を守ってきた人なんですね)


 書物を抱えて、部屋に向かった。


******


 調査は思っていたより早く進んだ。


 カーヴェが横に座って、手帳に何かを書き続けている。エリュシアが写本を読み進め、気になる箇所に指を止めると、カーヴェが無言で別の資料を差し出す、という作業が繰り返されていた。


「ここの削除、二十三年前から始まっている」とカーヴェが言った。「記録帳の消し方が、この年を境に変わってる。それ以前は自然な劣化。それ以降は意図的な消去」


「二十三年前」とエリュシアが繰り返した。


 声が少し変わったのを、カーヴェは聞き逃さなかった。


「……何か思い当たる?」


「……いいえ」


「顔に出てる」


「出ていません」


「出てる。今、ちょっと止まったでしょ」


 エリュシアが写本から目を上げて、カーヴェを見た。


「カーヴェ」


「はい」


「なぜあなたはここまで手伝ってくれるんですか。これは規定外の調査です。あなたには関係がない」


 カーヴェが少し考えてから、肩をすくめた。


「私にできることをやる。それだけ。書類の不正消去は技術記録の改竄(かいざん)にも繋がる。私の管轄(かんかつ)に引っかかる」


「……それだけですか」


「それだけよ」


 エリュシアが少しだけ間を置いた。


「……ありがとうございます」


「お礼は成果が出てから言って」


 それきり二人とも黙って、また作業に戻った。


 (カーヴェは自分ができるかどうかだけで動く。でも今日の手伝い方は、それだけじゃない気がする)

 (言いませんが)

 (……少しだけ、ありがたいです)


******


 昼過ぎ、廊下でアルスがうずくまっていた。


 フィルナが横でしゃがんで「大丈夫?!大丈夫?!」と繰り返している。


「大丈夫です!! 根性でカバーしています!!」


「膝が根性でカバーできてないよ!!! 曲がる向きがおかしい!!!」


「曲がる向きがおかしいのはなぜですか師匠!!」と田中に向かって叫んだ。


 田中が廊下を通り過ぎながら「兎跳(うさぎと)びのしすぎだ」と言った。


「師匠がやらせたんですが!!!!」


「つばでもつけときゃ治る。()()()()()()()()()


「膝が治るまで腕立てしていいんですか!! なぜか少し嬉しいです!!!」


「(なぜ嬉しいんですか)(でもわかります)」とエリュシアが部屋の中から内心で呟いた。


 ネネが廊下を通りながら、アルスを一瞥(いちべつ)した。


「……ゾルグに似てきた」


「どういう意味ですか魔王様!!!」


「目の下のクマだ」


「使命感だけで動いてるって顔ってことですよね!!」


「そうだ」


 アルスが少しだけ黙った。


「……師匠に『使えるな』と言ってもらうために、もう少し頑張ります」


 ネネが少し止まった。


「……馬鹿め」と言った。声が少し柔らかかった。「だが、おぬしはそれでいい」


******


 夕方になって、エリュシアの手元にある写本の、ある一枚が光った。


 神界からの通信だった。文字が浮かび上がって、ゆっくりと読めるようになっていく。


 ウルダからだった。


『エリュシア。その写本に関する調査を、これ以上進めることは規定外となります。直ちに中断し、写本を神界へ送付してください。これは命令ではなく、規定による通達です』


 エリュシアが通知を読んだ。もう一度読んだ。


 カーヴェが横からちらりと見て、何も言わなかった。


 窓の外で、田中が一行に何か指示を出している声が聞こえてきた。低くて、短くて、いつもと変わらない声だった。


 エリュシアは写本を手に取った。


 通知の文字はまだ光っていた。


 『送付してください』という言葉が、静かに待っていた。


 (二十三年前から、削除が始まっている)

 (神界が意図的に消した記録がある)

 (その記録の中に、何がある)

 (……私は、知らなければならない)


 エリュシアは写本を閉じた。


 それを、机の引き出しの奥にしまった。


 通知に向かって、短く返信した。


『確認しました。処理します』


 送信した。


 嘘ではなかった。処理した。ただ、神界が期待した方向には処理しなかった。


 それだけだった。


 (……初めてです)

 (書類を、隠しました)

 (規定に反しました)

 (でも)

 (この方向に、正しいことがある気がします)

 (田中さんが「正しかったからやった」と言っていました)

 (私も、今、正しいと思っています)

 (声には、出しませんが)


******


 夜、田中が宿の廊下でエリュシアとすれ違った。


 田中が立ち止まった。


 エリュシアも立ち止まった。


「何か隠したな」と田中が言った。


 廊下に、その言葉だけが残った。


 エリュシアが田中を見た。どこまで気づいているのか、その目からは読めなかった。


「……何でもありません」


 田中が少しだけエリュシアを見た。二秒か、三秒か、それだけの間があった。


「そうか」


 それだけ言って、前を向いて歩いていった。


 振り返らなかった。追及もしなかった。それ以上、何も言わなかった。


 エリュシアが廊下に立ったまま、田中の背中が見えなくなるまで見ていた。


 (……何も言いませんでした)

 (聞きませんでした)

 (ただ「そうか」と言って、前を向いた)

 (この方は)

 (……この方は、私を信じているんでしょうか)

 (それとも)

 (単に、私が判断することだと思っているんでしょうか)

 (どちらでも、構いません)

 (どちらでも、同じことです)

 (……やります)


 廊下が静かだった。どこかの部屋でグラが「グゥ」と鳴いた。


******


 その夜、田中が命名をした。


 唐突だった。


 夕食の後、カーヴェが茶を飲んでいる横で、田中が一度だけ見て言った。


「PCエンジンちゃんだ」


 カーヴェが止まった。


「……何ですか、今」


「性能はいい。でも普及しなかった。もったいない。NEC(エヌイーシー)とハドソンが作ったゲーム機だ。1987年。良いものを作ったが、時代と噛み合わなかった」


「……それが私?」


「そうだ」


 カーヴェがエリュシアを見た。エリュシアが前を向いた。


「……エリュシア、これは褒めてるの?」


最大級の敬意(モスト・リスペクト)だそうです」


「そうなの」


「そうだそうです」


「なるほど」


 カーヴェが少し考えてから、田中に言った。「まあ、受け取っておく」


「よし」


 エリュシアが内心だけで呟いた。


 (PCエンジンちゃんも「まあ」で折れました)

 (この宿で「まあ」と言った人間は、次の話から全員働いています)

 (カーヴェも、そうなるんでしょうか)

 (なるんでしょうね)

 (というかどう考えてもP()C()()()()()()()()、のほうが長いんですが......)


******


**その頃、神界では――**


 ウルダが通知への返信を受け取った。


『確認しました。処理します』


「……処理、とは」


「写本を送付することかと思われますが」と部下が言った。


「届いていますか」


「……届いていません」


 ウルダが長い沈黙の後、目を閉じた。


「……エリュシアは、今、何をしていますか」


「調査を、続けているようです」


 また沈黙があった。今度は少し長かった。


「……寛大に」とウルダが言った。「見守ります」


「寛大です」


 部下が記録した。「本日:一回。声が、いつもより少し小さかった」


**神界業務日報 第28回**


 本日の特記事項。


 写本の調査を進めました。


 削除が始まったのは二十三年前からと判明しました。


 神界から通知が来ました。「規定外につき中断せよ」とのことでした。


 「処理します」と返信しました。


 処理しました。


 書類を、隠しました。初めてです。


 廊下で「何か隠したな」と言われました。「何でもありません」と答えました。「そうか」と言われました。


 それだけでした。


 それだけで、十分でした。


 理由は、書けません。


 以上です。


******


**魔王の家計簿 第28回**


 本日の収支:変動なし。


 エリュシアの顔が、夕方から少し違った。何かを決めた顔だった。千年生きた我でも、そういう顔の意味はわかる。


 PCエンジンちゃんという命名が出た。カーヴェが「まあ」で折れた。これで全員「まあ」か「わかりました」になった。田中の周りはそうなる。


 アルスの膝が心配だ。目の下にクマができている。ゾルグに似てきた。悪いことではない。


******


**アルス修行日誌 第4回**


 今日は膝が痛くて兎跳(うさぎと)びができませんでした。


 腕立てをしていました。


 師匠が「今日は腕立てでいい」と言いました。


 なぜか嬉しかったです。膝が痛いのに。


 魔王様に「ゾルグに似てきた」と言われました。


 使命感だけで動いている顔、だそうです。


 それでいい、と言われました。


 明日も腕立てします。膝が治ったらまた兎跳(うさぎと)びします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでいただきありがとうございます。感想・評価・レビューお願いします!励みになります
少しでも気になっていただけたら、作品ページものぞいていただけると嬉しいです。

小説家になろう 勝手にランキング
ギルド酒場るすと公式サイト

異世界ゲームバー転生おじさん(42)
影森ゆらは今日も死ぬ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ