007 選ぶために、離れる
朝になる。
目を覚ました瞬間、分かってしまった。
――今日、何かが起きるって。
理由なんてない。
それはただの確信。強烈な確信だけ。
◆◆
教室に入る。
いつも通りの賑やかさ。
ホントいつも通りの朝。
……のはずやのに。
違う。明らかに。
席に座って、すぐにとなりの席をうかがう。
今日もちゃんとルリがいた。
「……おはよ」
なぜか笑っている。
昨日と同じ顔してる。
昨日より、もう少しだけ透けている。
「……おはよう」
返した声が少し掠れてしまい「んん」と誤魔化す。
ルリは気づいていないふり……をする。
考えすぎ? 怖いと感じる。
「ねえ」
ルリがこっちを見る。
「今日も一緒にいて」
その言い方に、少しだけ引っかかる。
「……うん」
◆◆
やがて授業が始まる。
今日は魔法実習だった。
机を寄せて作った教室の中央に、円形の術式が展開されている。
淡い光が床に浮かび上がり、ゆっくりと回転していた。
「基礎転写。昨日の続きからな」
先生の声。
……昨日の続き?
ま、いいか。
クラスメイトたちが配置につく。
手のひらに魔力を集め、術式へ流し込む。
光が強くなる。
形状がが変わる。
小さな結晶が、空中に浮かび上がった。
「おお、いいぞ」
「安定してる」
あちこちで歓声が上がる。
本当ならわたしも「すごい」って拍手のひとつでもするところ。
――でも。
……変。
何かがおかしい。
光がキレイすぎる。
揺れがない。
乱れがない。
まるで。
最初から【失敗があり得ない】みたいに。
「……ねえ」
横からの呼びかけがあって。
ふり見るとルリ。
「前は、もっと崩れてたよね」
その言葉に息が止まる。
「……前?」
「うん。前……」
ルリは術式を眺めつつ呟き。
「もっと歪んでて、うまくいかなくて」
「それで、あなたが――」
そこで、ルリが「あ……」っと止まる。
「……ううん」
小さく首を振る。
「なんでもない」
わたしは、ルリの言う「前」を知らない。
胸がざわつく。
――そのとき。
術式の光がユラッと揺れた。
ほんのわずかに。
これだけの人が居ながら、誰も気づいてない。気付いたのはわたしだけ。
いや。わたしともう一人。
わたし以外……ルリの二人だけがそれを見ていた。
「……ねえ」
ルリが小さく言う。
「変だよね。これ」
◆◆
休み時間。
わたしは約束を破り、席を立った。
明らかに逃げるみたいに。
「……どこ行くの?」
すぐに後ろから追いすがりの声が。
振り向くとルリが、教室の入り口にポツンと立っている。
「いや。ちょっとだけ」
「……すぐ戻る?」
「……うん。戻るよ」
頷くルリ。
「じゃあ待ってる」
その一言、とても重い。
廊下を歩く。
やっぱりわたし……逃げてるな。
分かってるのに、どうすればいいか、分からない。
「正解を知りたいにゃ?」
マカロンが廊下の窓枠にもたれ、後ろ足で首を掻いていた。
「……いたん?」
「ずっと」
ニャーと鳴く。その感情はどんなものか。
「で、どうするにゃ?」
「……何が」
「そのまま一緒に沈むかにゃ?」
沈む……。
黙る。
「今日って日やけど」
「なんだにゃ?」
「もしかして繰り返してる?」
前足で顔洗いの仕草をするマカロン。
「さぁ?」
「さぁ……って……」
答えないのか、答えられないのか。まったく読めない。
「――で? 一緒に沈む?」
「それは……!」
「それともさ。理解するかにゃ?」
……理解?
その意味が理解できないのに刺さる。
まるで完全に理解できているみたいに、刺さる。
サラの言葉が思い出された。
【全ては救えない。排除よ】
この言葉……たぶん2回目や……。
ううん、もっとなのかも知れん。
「……分からん。ゼンゼン分らん」
正直に答える。ウソなんてつけない。ホントに分かんない。
マカロンがニャニャと歯を見せた。その耳は伏せている。
「いいにゃ。それで」
「……何が」
「分からないって言えるの、まだ壊れてない証拠だからにゃ」
軽薄な言いっぷり。
なのにどこか親身にも聞こえた。
「で?」
マカロンが続ける。
「このまま何も知らずに選ぶかにゃ?」
少しだけ間を置いて。
「それとも。ちゃんと見に行くかにゃ?」
ざわつく心。
「……どこに」
肩をすくめる。
「決まってるにゃ」
ニーッと目を細める。
「現実の世界に、にゃ」
その言葉の意味を考えだしたとき。
「――やめて」
振り向くと。
――ルリ。
いつの間にか、そこにいた。
「行かないで」
身体が崩れかけている。
「ねえ」
一歩、一歩、近づいてくる。
「一緒にいよう?」
なぜか後ずさるわたし。
「……わたし、ゼッタイに消えへんよ」
笑うルリ。なんで笑う?
「黒姫になれば、いいのよ?」
空気が歪む。
音が、なくなる。
……アレ?
そのセリフ……。
その言葉……。
「それは違うって」
やっと、口が動いた。もういちど。
「それは、違う!」
ザザ……とノイズが走る。
「……なんで」
「なんでって言われても、それは……」
そのとき。
空気の流れが変わった。
「……ここまで。もう時間切れです」
サラが、廊下の奥に立っていた。
「これ以上の不安定化は、許容できません」
ためらいなく近づいて来る。
そのたびにルリの身体が、ほろほろ崩れていく。
「やめて!!」
叫ぶルリ。
でも。サラの歩みは止まらない。
「悪いけど排除します」
身体が勝手に動いた。
「待って!!」
サラの前に立つ。
ああ、何かこのシーン……。
荒い息。乱れる髪。波打つ心臓。
真っ白な頭の中。
「……止める理由を言ってくれる?」
同じ言葉。
でも、前と少し違う。
ルリを見る。もう半分崩れている。
それでもまだ、ちゃんといる!
「……正解も不正解も、そんなの知らない」
震える喉を唸らせる。想いを吐き出す。
「知らんまま、消しちゃうんは……違う! そう思う!」
言い切った。
続く沈黙と無表情。わたしを見詰めたまま。
――やがて。
「……わかった。あなたが理解するまでの間、猶予します」
視点は逸れない。真っ直ぐな眼差しで――
「理解して。それができなければ、結局同じ結論になるから」
ルリの崩壊は止まっていた。
「理解する場所を共有します」
短く言って。
サラは去っていった。
静寂が戻る。
時間は停止したままなのか、周りに動きが無かった。
10秒か、20秒か……。
どうにか元の状態を取り戻したルリが、笑みを浮かべた。
「まだ一緒にいられるね」
マカロンを見たが何も言わない。
ただ、少しだけ頷いた。
わたしは息を吸い。
告げる。
「……行く」
静かで強い意志を、マカロンに向けた。
「ちゃんと知るよ」
ルリの表情が固まる。
その顔に、しっかりと応える。
「知らないと、選べないから」
わたしは消え逝こうとしていたルリから、目を逸らさなかった。




